暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第6話 そこを掘れば水が出る、たぶん

 

 竹千代兄上の御名をお借りして「水札」と「順番」による水口(みなくち)の管理を定めてから、数日が過ぎた。

 

 御料地とその上下に位置する村々の間では、最初は不満の声も上がったものの、目に見えて水の流れが安定したことで、ひとまずの小康状態を保っている。

 

 だが、一つの問題を片づけたからといって、平穏な日々が訪れるわけではなかった。

 

 むしろ、その逆である。

 

「若君、一大事にございます! 此度の水札の噂を聞きつけた周辺の村々から、連日のように泣きつきの訴えが届いておりますぞ!」

 

 朝の学問を終え、自室でほうじ茶を啜って一息つこうとしていた俺の前に、小栗半兵衛が分厚い絵図面を抱えて駆け込んできた。

 

「『うちの水口も見てほしい』『あそこの畦が崩れかけている』『水札を我が村でも使わせてくだされ』と、それはもう引っ切り無しで!」

 

 半兵衛は目を輝かせながら、俺の目の前に巨大な水路絵図を広げた。

 

 そこには、御料地を中心に、毛細血管のように広がる周辺地域の水路が、墨の線で几帳面に書き足されている。

 

 俺はほうじ茶の湯呑みをそっと置き、両手で顔を覆った。

 

(水番が成功したせいで、水の相談が雪だるま式に増えてる……。一つの案件をクローズしたら、三つの新規案件が飛んでくる。幕府の官僚機構って、こうやって優秀な人間から過労死していくシステムなのか?)

 

「半兵衛、落ち着け。我らが対応できることと、対応してよいことの線引きを間違えるな」

 

 俺は努めて若君らしい威厳を保ちながら、暴走気味の部下をたしなめた。

 

「みだりに他領や遠方の村の水にまで首を突っ込めば、今度は別の名主や代官と利権で衝突する。絵図にまとめるのは大いに結構だが、すぐさま全てに手を出せるわけではないぞ」

 

「はっ、それは重々承知しております。……なれど、若君。上流下流の諍いではなく、そもそも村の周囲に引き込める川がなく、干上がりかけている村があるのです」

 

 半兵衛が絵図の一角、御料地から少し離れた場所を指差した。

 

「榎戸村(えのきどむら)にございます。元より水回りの悪い土地柄なれど、頼みの綱である古井戸も今年は夏を前にして水が細り、田の苗がすでに枯れ始めているとか」

 

 その村の名前と、絵図に記された位置を見た瞬間、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。

 

「ここ、か……」

 

 昨夜の光景が、鮮明に脳裏に蘇る。

 

 暗闇の中で俺の視界にだけ展開された、あの青白いシステムメッセージ。

 

 そして、光のマップ上に点滅していた一つの「青い点」。

 

 それは間違いなく、半兵衛が今指差している榎戸村の端と一致していた。

 

『地下水脈候補、低精度検出』

 

『警告:未認証管理者による掘削指示は非推奨』

 

『周辺地質情報不足』

 

『掘削失敗リスクあり』

 

 脳裏にこびりついている無機質な警告文に、俺は胃の奥が冷たくなるのを感じた。

 

(現代知識チートの定番、「ここ掘れワンワン」で温泉や水がドバドバ出るやつ。……だが、我がポンコツSFノードは「水があるかもしれないけど、低精度だし失敗するかもしれないよ」なんて無責任なことしか言わない)

 

 もし掘って、何も出なかったら?

 

 藁にもすがる思いの村人たちの期待を裏切り、無駄な労力だけを強いることになる。

 

 逆に、もし本当に出てしまったら?

 

 俺の「神童」としての危険な名声が、さらに一段階跳ね上がってしまう。

 

(だが……見えてしまったんだ。知ってしまったのに、見殺しにして放置するなんて、後味が悪すぎるだろ)

 

 どう転んでも胃が痛くなる未来しか見えないが、俺は覚悟を決めた。

 

 自分の一存で動かすには、事の重さが過ぎる。

 

 こういう時は、必ず「あの人」の裁可を仰がねばならない。

 

     *

 

「……確実ではないのに、人を使い、地を掘り返すというのか」

 

 竹千代兄上の部屋。

 

 事の顛末――もちろん「SFノードが見えた」とは言えず、「私の勘と、わずかな地勢の見立てに過ぎませぬ」と誤魔化した上で――を報告すると、兄上は床几に腰掛けたまま、静かに俺を射抜くような視線を向けてきた。

 

「はい。ゆえに、村の者たちに強制はいたしませぬ」

 

 俺は平伏したまま、言葉を慎重に紡ぐ。

 

「失敗の理を、あらかじめ厳しく説きます。その上で、もし村の者たちが自ら望むのであれば、御料地側から職人と人足、そして相応の飯を手配いたします。たとえ掘り進めて一滴の水も出ずとも、その村の年貢を咎めるようなことには決して繋げませぬ」

 

 先日の水争いの折、兄上が示した「まず理を立てよ」という教えに従い、俺は徹底してリスクと責任の所在を明確にした。

 

 竹千代は目を閉じ、じっと考え込んでいるようだった。

 

「水が出るならば、その村の命が伸びる。……出ぬならば、お前がただの『利口ぶった暗君の芽』として、不要なそしりを受けることになろう。それでも掘るのか」

 

「……水が出るやもしれぬ場所を知りながら、己の保身のために黙って見過ごすのは、後々どうにも寝覚めが悪うございますので」

 

 俺の偽らざる本音を聞いて、竹千代はふっ、と小さく息を漏らして笑った。

 

「お前は、己の命が惜しい、平穏に生きたいと常々口にしながら、常に自ら一番面倒な泥の中へと足を踏み入れるな」

 

「……私も、心底そう思っております」

 

 俺が渋面を作ると、竹千代は表情を引き締め、力強い声で裁定を下した。

 

「ならば、試せ。国松」

 

「はっ」

 

「ただし、私が申した通り、必ず村の者たちに『出ぬやもしれぬ』と包み隠さず告げよ。理もなく希望だけをちらつかせるな。それを承知で、自らも泥を被ると言う者だけを使え。飯の手配と、失敗した時の責めは、この竹千代が引き受けよう。……そして、もし失敗したならば、なぜ出なかったのか、それも必ず帳面に記録せよ」

 

「ははっ! ありがたき御諚にございます!」

 

 俺は心の中で深く安堵した。

 

 兄上は、俺の突拍子もない提案をただの子供の遊びと切り捨てることなく、記録と責任を重んじる為政者として、しっかりと後ろ盾になってくれたのだ。

 

     *

 

 翌日。

 

 俺は半兵衛、与平、そして江戸近郊から呼び寄せた井戸掘り職人の頭領・源七(げんしち)と数人の人足を連れ、榎戸村へと足を踏み入れた。

 

 村は、絵図で見るよりもずっと過酷な状況だった。

 

 土は白く乾ききってひび割れ、田に植えられた稲は十分な水を吸えずに力なく葉を垂らしている。

 

 吹き抜ける風にすら、どこか焦げたような土の匂いが混じっていた。

 

「わ、若君様……! このような寂れた村にまで御足を運ばれるとは……」

 

 村の代表である弥助という老百姓が、震える体で地面に額をこすりつけて平伏した。

 

 その後ろには、痩せこけた村人たちが、怯えと期待の入り混じった目でこちらを見つめている。

 

「面を上げよ、弥助」

 

 俺は、努めて冷徹な声を作って言った。

 

「今日は、お前たちを無条件に救う奇跡などという、都合の良いものを持ってきたわけではない。ただ、ほんの少しばかり、地の下に水が潜んでいるかもしれぬという細い糸を頼りに、試しに来ただけだ」

 

 だが、その冷ややかな言葉とは裏腹に、村人たちの間にはざわめきが広がった。

 

「水が出るやもしれぬ場所を……若君様はご存じなのか?」

 

「やはり、噂通り、神仏の御声を聞かれて……」

 

(違うってば! 低精度のシステム予測だって! というか、その噂もうここまで回ってんのかよ!)

 

 俺は内心で頭を抱えた。

 

「勘だ。ただの山勘に過ぎん。過度な期待はするな」

 

 必死に火消しを図るが、村人たちの目には「神仏の御導きを謙遜される若君様」としか映っていないようだった。

 

     *

 

 俺が彼らを連れて向かったのは、村の外れ、鬱蒼と茂る木々に囲まれた小さな古い祠(ほこら)の傍らだった。

 

 茅葺きの屋根は朽ちかけ、中に祀られている小さな石地蔵は苔むして、すっかり風化している。

 

「ここは……」

 

 与平が、懐かしそうに周囲を見渡した。

 

「昔から、日照りが続けば雨乞いのために村人が手を合わせる場所ではありませぬか」

 

「はい。古くからの水守り様でございます」と、弥助が哀しげに目を伏せた。

 

「されど、近年はいくら祈れども水は湧かず、雨も降らず……皆、次第に足が遠のいておりました」

 

 その言葉と同時に、俺の視界の端に、再びあの青白い表示が浮かび上がった。

 

『局所信仰蓄積反応:微弱』

 

『水守り系信仰ノード、休眠中』

 

『環境保全補助履歴、確認』

 

『地下水脈候補:低精度』

 

(信仰ノード……休眠中? やっぱり、このSFシステムって、昔の人間たちの信仰や土着の宗教施設と何かリンクしてるのか?)

 

 疑問は尽きないが、今はそんな設定を考察している余裕はない。

 

 職人の源七が、祠の傍らの地面に這いつくばり、鋭い目で土の表面を観察し始めた。

 

 五十がらみの、筋肉質で日に焼けた体を持つ彼は、江戸近郊の土木を請け負う生粋の職人だ。

 

 将軍家の若君である俺の前でも、その態度は一切媚びていない。

 

 与平が田と村の暮らしを読む男なら、源七は土の層と穴の危うさを読む男だった。

 

 同じ現場の人間でも、見ているものが違う。

 

「……なるほど。一見すりゃあただの乾いた赤土だが、草の根の張り方が、周りと少しばかり違う。土を掘り下げてみりゃ、ほんの僅かに湿り気と冷気を感じるな」

 

 源七は手に取った土の匂いを嗅ぎ、立ち上がって俺を見た。

 

「若君様。確かにここには、何かあるかもしれやせん。……だが、水が出るという確たる保証は、どこにもねえ。途中で石の層にぶち当たればそれまでだし、掘るには人手も日数も要りますぜ」

 

「分かっている。だからこそ、問うのだ」

 

 俺は、弥助と村人たちに向き直った。

 

「聞け、榎戸村の者たち。ここを掘る。だが、もう一度言うぞ。水が出るとは限らない。途中で盤に当たって終わるやもしれぬし、掘っても掘っても乾いた砂しか出ぬやもしれぬ。それでも……お前たちは、この地に賭けてみるか?」

 

 弥助は、後ろに控える村人たちを振り返った。

 

 皆、不安そうな顔をしている。

 

 だが、その瞳の奥には「このまま何もしなければ確実に飢える」という、切迫した色が宿っていた。

 

 やがて、弥助は再び深く平伏し、震える声で言った。

 

「……掘らせてくだされ。水が出るやもしれぬという希望があるならば、我ら、この泥にまみれてでも地を穿ちまする。たとえ一滴の水も出ずとも、誰も若君様を恨むような真似はいたしませぬ!」

 

「よし。源七、始めてくれ」

 

「へいよ。合点だ!」

 

 源七の力強い掛け声とともに、いよいよ井戸掘りが開始された。

 

     *

 

 だが、現実は甘くない。

 

 なろう小説のように、俺が指差した途端に水が噴き出すような都合の良い奇跡は起こらなかった。

 

 職人たちと村人が交代でツルハシを振るい、土を掻き出していく。

 

 周囲が崩れないよう、木枠を慎重に組み込みながら、深い穴が穿たれていく。

 

 半兵衛は、水時計代わりの細い竹筒から落ちる滴で時を計りながら、掘り進めた深さと土の色を事細かに帳面に記している。

 

 開始から数刻。

 

 最初は順調に進んでいた作業だったが、ある深さに達した途端、穴の底から「ガァン!」という嫌な音が響き渡った。

 

「頭領! 駄目だ、硬てえ層にぶち当たった! 石混じりの分厚い盤(ばん)だ!」

 

 穴の底から顔を出した職人の声に、源七が渋い顔で下を覗き込んだ。

 

「……厄介だな。この下に水があるのか、それともただの岩山の続きなのか、上からじゃ判断がつかねえ」

 

 作業の進みが遅れ、村人たちの顔にみるみる不安の色が広がっていく。

 

「やはり、若君様のお見立て違いだったのでは……」

 

「この下には、何もないんじゃ……」

 

(やばい、やばい、やばい!)

 

 俺の胃の腑が、雑巾のようにきりきりと絞り上げられる。

 

(低精度ってこういうことか! 俺、もしかして村人を無駄に働かせて、ぬか喜びさせただけじゃないのか!?)

 

 俺の視界の中のAR表示も、激しく明滅し始めていた。

 

『地質抵抗層を検出』

 

『推定水脈深度、補正中』

 

『掘削継続リスク:中』

 

(リスク中って何だよ! やめるべきなのか、それともあと少し掘れば出るのか、はっきり言えよポンコツ!)

 

 もちろん、周囲の誰にもこの叫びは聞こえない。

 

     *

 

 太陽が西へ傾き、夕暮れが近づいても、一向に水は出なかった。

 

 掘った穴の底の土は確かに湿っているものの、それはただ「湿っている」というだけで、水が湧き出してくる気配は微塵もなかった。

 

 村人たちの顔からは完全に期待が削げ落ち、絶望の影が差し始めている。

 

 弥助が、痛々しいほどの無理な愛想笑いを浮かべて、俺の前に進み出た。

 

「若君様……もう、十分でございまする。我らのために、御料地の職人様まで遣わしてくださり……その御心だけで、我らは報われました」

 

 諦めの言葉。

 

 俺も、これ以上無謀な作業を続けるべきではないと、撤収の指示を出そうと口を開きかけた。

 

 だが、その時だ。

 

 泥だらけになって穴の底から上がってきた源七が、手ぬぐいで汗を拭いながら、俺を真っ直ぐに見た。

 

「若君様。ここまで掘ってみて、底の土の湿り具合は、決して悪くはねえ。……だが、俺の職人としての勘が告げてやがる。若君の示した場所から、水脈の本流は、ほんの少しばかりズレてるんじゃねえか、と」

 

「ズレている……?」

 

 俺が問い返すと、源七は穴の北東側を指差した。

 

「あっちだ。穴を少し斜めに広げて、北東の奥の盤を叩き割ってみたい。……若君、まだ、続けさせてもらえるかい?」

 

 その言葉にハッとして、俺は再びARマップを凝視した。

 

 すると、点滅する青い点が、今掘っている穴の中心から、確かにわずかに北東の方向へとズレて表示されているではないか。

 

(職人の勘が、システムのエラー補正と完全に一致している……!)

 

 俺は、源七の力強い瞳を見返した。

 

「許可する、源七! 北東側を広げて掘れ!」

 

 俺は声を張り上げた。

 

「ただし、日が暮れる前までだ。暗くなってからの作業は穴が崩れる恐れがある。無理はするな。職人と村人の命を最優先にしろ!」

 

「へっ、合点がいった! 野郎ども、若君のお許しが出たぞ! 日が暮れる前に、あの盤をぶち割れ!」

 

 源七の号令に、疲労困憊だったはずの職人たちと村人が、最後の力を振り絞って再びツルハシを振るい始めた。

 

     *

 

 硬い岩盤を砕く、乾いた音が響き渡る。

 

 与平は祈るように手を合わせ、半兵衛は筆を握りしめたまま固唾を呑んで穴を見つめている。

 

 そして。

 

「……あ」

 

 穴の底から、短い声が上がった。

 

 ツルハシの音が止み、代わりに、「じゅわり」という、泥が水を吸うような湿った音が聞こえた。

 

「頭領……! 湿りが、変わった! 土が、泣いてやがる!」

 

 村人たちが、弾かれたように穴の縁へと押し寄せる。

 

 俺も心臓を早鐘のように打ち鳴らしながら、中を覗き込んだ。

 

 砕かれた岩盤の奥。

 

 そこから、最初は泥の混じった濁った水が、じわり、じわりと滲み出してきた。

 

 職人が手桶でその泥水を掻き出す。

 

 すると、そのすぐ後から、今度は驚くほど澄んだ水が、穴の底を満たすように湧き上がり始めたのだ。

 

 噴水のような激しい勢いではない。

 

 だが、絶えることなく、こんこんと湧き出す確かな命の流れ。

 

「水だ……!」

 

 誰かが、掠れた声で叫んだ。

 

「水だ! 本当に、水が出たぞおおおおっ!!」

 

 夕陽の赤い光が穴の底に差し込み、湧き上がった水面を金色にキラキラと輝かせた。

 

 その神々しいほどの美しさに、俺は一瞬、息をするのすら忘れて見入ってしまった。

 

 周囲では、村人たちが互いに抱き合い、泥だらけの顔をくしゃくしゃにして泣き叫んでいる。

 

 弥助は地面に這いつくばり、わあわあと子供のように声を上げて号泣していた。

 

「水が……本当に……! 村が、田が救われたあああ!」

 

(出た……! 本当に出たぁぁぁあ!!)

 

 俺の内心は、大歓喜のスタンディングオベーションだった。

 

(よかった! 本当によかった! これ出なかったら、俺、村人たちの前で泣きながら土下座するしかなかったぞ!)

 

 だが、表向きはあくまで「徳川の若君」としての威厳を崩すわけにはいかない。

 

 俺は努めて冷静な、少し冷たいほどの声を作って言い放った。

 

「まだ井戸として定まったわけではない。浮かれるな。水量が安定するか見極め、濁りを抜き、井戸枠をしっかりと入れよ。地盤が崩れれば元の木阿弥だ。……喜ぶのは、それからだ」

 

 俺の毅然とした態度に、村人たちはハッと我に返りつつも、その目にはさらなる畏敬の念を込めていた。

 

 傍らに立つ与平が、俺の耳元で小声で囁いた。

 

「……若君様。そう仰る割には、お声がひどく震えておりまするぞ」

 

「気のせいだ。少し、風が冷たくなってきただけだ」

 

 俺は誤魔化すように、ふいと顔を背けた。

 

     *

 

 水が出た瞬間を境に、村人たちの俺を見る目が、劇的に変わってしまった。

 

 これまでは「徳川の立派な若君」あるいは「少し変わったことをする賢い子供」だったはずだ。

 

 しかし今、彼らが俺に向ける眼差しは、完全に「神仏の使い」に対するそれだった。

 

「水守り様が……神仏が、若君様のお体を通じて、我らに水を恵んでくださったのだ……!」

 

 弥助が震える手で、俺に向かって拝むように手を合わせた。

 

 他の村人たちも、次々とその場にひれ伏して念仏のように俺への感謝を唱え始める。

 

「違う、待て! 勘違いするな!」

 

 俺は即座に、全力で否定に走った。

 

「これは、決して私の力などではない! 最後まで諦めずに岩盤を砕いた源七たちの腕と、土の冷たさを見極めた与平、細かく刻を記録した半兵衛……そして何より、泥にまみれて地を穿った、お前たち村人の力で掘り当てた水だ! 私はただ、適当に場所を指差しただけだ!」

 

 必死の火消しだった。

 

 俺一人の手柄として祭り上げられれば、名声が危険水域を突破してしまう。

 

 しかし、その言葉を聞いた村人たちは、さらにボロボロと涙をこぼし始めた。

 

「おお……これほどの奇跡を起こされながら、驕ることなく、我ら泥にまみれた職人や百姓の手柄としてくださるとは……」

 

「場所を示すことこそが、神仏の御導きそのもの。まこと、若君様は生神様のような御方だ……!」

 

(違うって言ってるだろおおお! なんだその恐ろしい謙虚補正は!)

 

 口には出せないが、俺は心の中で絶叫していた。

 

(もしかして俺、完全にやっちゃいました……?)

 

 その時。

 

 村人たちが一斉に手を合わせている、あの古い祠の方から、俺の視界に再び青白い文字が浮かび上がった。

 

『水守り系信仰ノード、微弱再起動に成功』

 

『地域信仰安定度、上昇』

 

『環境保全補助履歴、断片復元』

 

『備考:現地住民の強烈な感謝反応を確認』

 

(信仰安定度って何だよ……。水が出ると、信仰ノードってやつも起きるのか? これ、本当にただのSFチートなのか?)

 

 さらに、俺の目の錯覚か、薄暗くなり始めた祠の奥、苔むした石地蔵の輪郭が、ほんの一瞬だけ、柔らかい光を帯びて明滅したように見えたのだ。

 

 はっきりとした声は聞こえない。

 

 だが、そこには確かに「何か」の気配が宿り始めていた。

 

(やめろ。見なかったことにしよう。今は神仏まで混ぜるな。俺の頭のキャパシティは、田んぼと井戸と兄上の機嫌取りだけで限界なんだ……)

 

 俺は固く目を閉じ、SFとオカルトの融合という厄介な事象から、全力で現実逃避を試みた。

 

     *

 

 城に戻り、泥を落とした俺は、すぐさま竹千代の元へと事の顛末を報告に上がった。

 

「兄上。……出ました。榎戸村に、水が」

 

 俺の言葉に、書物を読んでいた竹千代はわずかに目を見開き、そして深く息を吐き出した。

 

「……本当に出たのか」

 

「はい。なれど、先にも申し上げた通り、これは私一人の力ではございませぬ」

 

 俺は必死に、事実をありのままに――少しだけ謙遜を多めに振りかけて――説明した。

 

「私はただ、山勘で場所を示したのみ。実際に土を読み、岩盤を砕いたのは源七たち職人と、村の者たちの力にございます。まだ水量も安定しておらず、井戸枠も整えねばなりませぬ。ゆえに、私の功などとは到底呼べるものではありませぬ」

 

 竹千代は、静かに俺の目を見つめ返した。

 

「浮かれるな、ということか」

 

「はい。過度な名声に浮かれれば、いずれ足元をすくわれるという理にございます」

 

 竹千代は満足そうに一つ頷いた。

 

「よい心がけだ。だが、水の出ぬ村に水が出た。それは紛れもない大功であろう」

 

 俺の背中に、嫌な汗が伝う。

 

「なれど安心せよ。お前が望む通り、これを国松一人の功にはせぬ」

 

 竹千代の言葉に、俺は内心で渾身のガッツポーズを決めた。

 

(兄上、分かってる! 最高!)

 

「職人の見事な技、村人の苦労、与平や半兵衛の働き、そして何より、この御試みを許した徳川の功として、広く知らしめよう」

 

 兄上が為政者として、見事に手柄を分配し、徳川の威光へと変換してくれた。

 

 完璧な落とし所だ。

 

 これなら俺の変な名声も少しは薄まるはず――。

 

「だがな、国松」

 

 不意に、竹千代の声の温度が一段下がった。

 

「はい」

 

「城内の帳面をいかに書き換えようとも、民の心までは書き換えられぬ。……人は、渇ききった地において、水が湧く場所を示した者の顔を、決して忘れぬぞ」

 

 その鋭い宣告に、俺は顔から血の気が引いていくのを止められなかった。

 

     *

 

 兄上の予言通り、榎戸村で水が出たという話は、翌日から猛烈な勢いで城内、御料地、そして周辺の村々へと燃え広がっていった。

 

「お聞きになりまして? 国松様が乾いた地を指さされた途端、水が湧き出したとか」

 

「しかも、それが古き水守り様の祠のすぐ傍らだったそうにございます。まこと、神仏の御声を聞かれる御方……」

 

「竹千代様の御世には、水も米も満ち溢れるに違いない」

 

 最後の「竹千代様の御世には」という噂が混ざっていることだけが、俺にとっての唯一の救いだった。

 

 だが、それに輪をかけて「国松様は神仏に愛された生神様のような御方」という、あまりにも危険すぎる神格化の波が止まらない。

 

「違う! あれは兄上の御試みだ! 現場の職人が掘ったんだ! 私はただの勘だ!」

 

 顔を合わせるたびに火消しに走るが、周囲の大人たちは口元をほころばせ、

 

「まこと、神仏の使いであられる国松様は、なんと謙虚であらせられることか」

 

 と、さらに信仰の度合いを深めていくばかりだった。

 

(謙虚補正やめろおおおお! 俺はただの、平穏に生きたいだけの元現代人なんだよ!)

 

 夜。

 

 自室の布団の中で、俺は一人、深く頭を抱えていた。

 

 最初は、ただ死なないために、少しでも兄上に役に立つ弟になろうと、種籾を塩水で選んだだけだった。

 

 苗をまっすぐ植えれば、管理が楽になると思っただけだった。

 

 水路の泥を掃除して、理にかなった順番を決めただけだった。

 

 そして今日、俺は地面を指さして、水を出した。

 

 いや、出したのは俺ではない。

 

 土を掘ったのは村人で、岩盤を砕く技を振るったのは職人の源七で、土の見立てを補強したのは与平で、全てを細かく記録したのは半兵衛だ。

 

 俺の役割など、ポンコツなARマップに従って適当な指示を出しただけに過ぎない。

 

 だが、村人たちの目は、そして城の大人たちの目は、もうそうは見てくれなかった。

 

「……もしかして俺、本当にやっちゃいました?」

 

 布団の暗闇の中での俺の呟きに、誰かが答えるはずもない。

 

 ただ、窓の隙間から吹き込んだ夜風に乗って、遠く離れた榎戸村の祠の方角から、小さな鈴の音が、ちりんと、微かに鳴ったような気がした。




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