暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第62話 水神様、諸大名の前で蔵まで増やせと言う

 慶長二十年、旧正月。

 

 大坂の陣が冬のうちに終わり、天下の枠組みが完全に作り替えられた直後の、初めての新年。

 

 江戸城には、年始の挨拶のため、諸国から大名たちが続々と登城してきていた。

 

 本来ならば、正月は無事を喜び合うめでたい行事だ。

 

 だが、今年の江戸城に漂う空気は、恐ろしいほどの重さと、異様な緊張感に満ちていた。

 

 譜代大名たちは、兜の緒を締めるように表情を引き締めている。

 

「豊臣は滅びなかったが、完全に徳川の配下へ組み込まれた。……これで、名実ともに天下は定まった」

 

 外様大名たちは、互いに目配せをしながら、冷や汗を拭う。

 

「あの大坂城すら、一欠片の情けもなく召し上げられたのだ。もはや、徳川に逆らう道など日ノ本のどこにもない」

 

「だが……豊臣の命を奪わず、残した。……徳川は、ただ血と力で押し切るだけの家ではないということを、天下にまざまざと見せつけたのだ」

 

「それでも……。次は我らに、一体何を求めてくるというのか」

 

 西国の大名たちの内心は、さらに複雑だった。

 

「公儀の『水土御用』の支援は、喉から手が出るほど欲しい。だが……その支援を受ける代わりに、我らは公儀へ何を差し出すことになるのだ?」

 

 そんな大名たちの視線が、上座の少し下手に控える「一人の童」へ、時折チラチラと向けられていた。

 

 すでに、俺の噂は諸大名の間でも嫌というほど広まっていた。

 

「あれが……水神の若君か」

 

「大坂の焼け跡で、見事に温泉を掘り当てたという……」

 

「客星が現れる前に、祈祷の段取りまで手配していたと聞く。徳川の天下に神仏の加護ありという噂も、あながち嘘ではあるまい」

 

 俺は、無数の大名たちから向けられる奇異の視線に耐えかね、隣の竹千代兄上へ小声で囁いた。

 

「……兄上。なんか皆さんの視線が、水神様を見る目というより、『珍獣』を見る目なんですが」

 

「珍獣ではない。貴重な『政治資産』だ」

 

「政治資産って言われるの、もっと嫌です」

 

 *

 

 やがて、大広間の上座に、大御所・家康と将軍・秀忠が揃って姿を現した。

 

 諸大名が、一斉に平伏する。

 

 家康は、静かに、だが重く響く声で語り始めた。

 

「大坂の戦は、冬のうちに収まった」

 

「……」

 

「豊臣秀頼の命は残した。豊臣家も、一大名として生きる道を残した」

 

 家康の言葉は、天下の事実の再確認だった。

 

「これにより、天下を二つに割るような大きな柱は消えた。……戦国の世は、完全に終わる道へ入ったのだ」

 

 諸大名が、さらに深く頭を下げる。

 

「ははっ!!」

 

 家康は、平伏する大名たちを見下ろしながら、言葉を続けた。

 

「だが。戦が終わったからといって、天下が勝手に治まるわけではない」

 

「……」

 

「これより大事なのは、米を実らせ、人を飢えさせず、道を通し、商いを流し、民を安んじることじゃ」

 

 家康の目が、爛々と輝いた。

 

「徳川家は、これより身を粉にして、泰平の世を作るために働くつもりじゃ」

 

「諸国もまた。……存分に、徳川家を助けてもらいたい」

 

「ははっ!!」

 

 大名たちの返事は力強かったが、その「徳川を助ける」という言葉が、具体的に何を意味するのか……全員の背中に、冷たい汗が流れていた。

 

 *

 

 家康の言葉を受け、秀忠が実務的な説明に入った。

 

「昨年、徳川直轄地および一部協力地で試みた『田法』は、極めて大きな成果を上げた」

 

「塩水選、水番、水札、正条植え、稲刈り後の乾燥管理、救荒作物の保存。……これらは、国と民を根本から富ませる道である」

 

 諸大名の間に、どよめきが走った。

 

 水土御用の支援を欲しがっていた大名たちは、思わず前のめりになる。

 

「今年より、水土御用の指導を望む国には、公儀から段階的に支援を行う」

 

 秀忠の言葉に、大名たちの顔がパッと明るくなった。

 

 だが、次の言葉がすぐにそれを戒めた。

 

「ただし。無秩序な導入は決して許さぬ。必ず記録の帳面を取り、失敗例も包み隠さず公儀へ報告すること」

 

「さらに、田法で米が増えたからといって、いきなり『年貢を増やす』ことも厳に禁じる。無闇な増税で民を疲弊させれば、田法は完全に失敗と見なす」

 

 諸大名の中には、「米が増えるなら年貢を増やせる」と内心で計算していた者もいたため、秀忠の釘刺しに顔色を変えた者もいた。

 

 竹千代も、次期将軍として冷徹に補足する。

 

「米を増やすのは、民を潰すためではない。飢饉に耐え、国を富ませ、兵と民を安んじるためだ。……民を壊して蔵だけを太らせる者には、水土御用の支援は一切与えぬ」

 

 大名たちは、公儀の本気度を理解し、さらに深く畏まった。

 

 *

 

 その時。

 

 家康が、不意に俺の方へ視線を向けた。

 

「国松。米について、お前からも一言申せ」

 

「……えっ」

 

 俺はビクッとして固まった。

 

(ここで私ですか!?)

 

「お前の口から直接言う方が、彼らにもよく効く」

 

 家康が目で合図する。

 

「逃げるな」

 

 竹千代が、隣から背中を軽く突いた。

 

 俺は腹を括り、諸大名の刺さるような視線を一斉に浴びながら、前に進み出た。

 

「えー……」

 

 俺は、できるだけ水神様らしくない、泥臭い『実務官』の顔を作って話し始めた。

 

「昨年の検分の結果、田法によって米の収量が大きく増えることは、ほぼ確実です」

 

「おおっ……」

 

 と大名たちが沸き立つ。

 

「ただし。極めて重大な問題も見えました」

 

 大名たちが、ピタリと静まり返る。

 

「問題?」

 

「はい。……米が増えすぎて、『蔵』が足りなくなる可能性があります」

 

 ……場が、一瞬だけ完全に止まった。

 

(米が足りない、のではない。米が多すぎて、蔵が足りない?)

 

 その異次元の発想に、大名たちは驚愕の顔を見合わせた。

 

「これは、もちろん良いことです。飢えるより、余る方がずっと良いに決まっています。……ですが、米はただ田んぼで取れればいいというものではありません」

 

 俺は、前世のSE時代に叩き込まれた『ボトルネックの概念』を、この時代の言葉に変換してぶつけた。

 

「刈る、干す、脱穀する、運ぶ、蔵へ入れる。……そこまで全行程ができて、初めて米は『人を生かす食料』になります」

 

「米が多すぎて蔵に入りきらず、あぶれた米が雨に濡れたり、湿気で傷んだり、鼠に食われたりすれば……それはもはや豊作ではなく、ただの『損失』です」

 

 俺は、諸大名の顔を見回して言い切った。

 

「田んぼばかり見ていてはいけません。各国で、必ず『蔵の空き具合』を点検してください」

 

「新田を増やすなら、同時に蔵も増やすこと」

 

「米を増やすなら、それを運ぶ道も整えること」

 

「そして、脱穀の手間も増えるので、新しい農具の試験にも協力してください」

 

 諸大名たちは、俺の言葉を聞きながら、徐々に理解し始めていた。

 

(これは……単なる神仏の奇跡を語る神童の話ではない。……国を根底から作り直すための、極めて高度な『完全な実務指導』だ……!)

 

 *

 

 俺の話を受けて、家康が深く頷いた。

 

「うむ。この通りじゃ」

 

「豊作すぎて蔵が足りぬという見込みが、すでに公儀の調べで出ておる」

 

 諸大名が、ざわめく。

 

「田を増やすなら、蔵も増やせ」

 

「米を増やすなら、道も整えよ」

 

「蔵の空き具合を点検せず、せっかくの米を腐らせるような愚か者は、国を富ませる資格がない」

 

 家康の言葉は、ただの農政指導を超えていた。

 

「これは、ただの農の話ではない。飢饉の備えであり、万が一の軍の備えであり、何より民心の備えである!」

 

 秀忠が、それを政策として落とし込む。

 

「各国には、今年の作付け前に、蔵の数、規模、空き具合、修繕の必要の有無を公儀へ報告させる」

 

「水土御用の支援を望む国は、田の帳面だけでなく、蔵・道・水場の整備状況の帳面も併せて提出せよ」

 

「ははっ!!」

 

 大名たちは、圧倒的な行政の力学の前に平伏するしかなかった。

 

 *

 

 次に、竹千代が『千歯扱き』について説明した。

 

「昨年の豊作では、脱穀の作業が限界に近かった」

 

「田法が広がれば、今年はさらに米が増える。そこで、公儀は新たな脱穀農具の試作を行う」

 

 俺が、簡単に描いた千歯扱きの絵図面を見せる。

 

「これです」

 

「櫛のような歯で、稲を引くのか」

 

「それで籾が外れると?」

 

「手作業より速いなら、確かにありがたいが……」

 

「ただし、便利な道具ほど怪我の危険があります。いきなり全国に配ることはしません」

 

 俺は、慎重な導入方針を告げた。

 

「まずは公儀の御用地で試作し、速度、損傷、怪我、安全な使い方を記録します。結果がよければ、希望する国へ段階的に広げます」

 

「導入を希望する国は、使い方の手順書を厳格に守ること。村の一部の者が独占しないこと。そして、壊れた時の修理体制を整えること」

 

 大名たちの中には、「公儀は、村の農具一つまで管理する気なのか」と驚く者もいたが、米が圧倒的に増えるという実利の魅力には、どうしても逆らえなかった。

 

 *

 

 そして。

 

 ついに家康が、今日の本命となる大政策を切り出した。

 

「そして、もう一つ。……これより公儀は、諸国の『道』を整える」

 

 大広間が、シーンと静まり返った。

 

 大名たちの顔に、明らかな警戒の色が浮かぶ。

 

 道を整えるということは、公儀の軍勢の通行を容易にするということでもあるからだ。

 

 家康は、その警戒を承知の上で、朗々と告げた。

 

「心配するな。これは、戦の道ではない」

 

「これからの道は、米と、人と、商いが滑らかに通る『泰平の道』である」

 

 竹千代が、それを新制度として説明する。

 

「街道、橋、宿場、水場、馬継ぎ、荷継ぎの整備を公儀の基準で進める国には……公儀の蔵より、一定の銭の支援を出す」

 

「これを、国松の言葉で『補助金(ほじょきん)』という」

 

 諸大名が、どっとざわついた。

 

「ほじょきん……?」

 

「公儀が、道を整えるために我らに銭を出すのか?」

 

「ただ命じるのではなく、銭で支援するということか……?」

 

 家康が続ける。

 

「無理に命じるだけでは、国は心から動かぬ」

 

「道を整える国には、銭を出す。水土御用の技術支援も優先して回す」

 

「田を増やしたいなら、米を運ぶ道を整えよ」

 

「商いを増やしたいなら、人が安心して行き交う道を整えよ」

 

 家康の目が、諸大名の心を射抜くように光った。

 

「戦国の世では、道は『敵を呼ぶもの』であった。……だが、泰平の世では、道こそが国を富ませる『血管』となる」

 

「徳川は、その血管を、日ノ本中に通す!」

 

 大名たちは、そのあまりにも巨大な国家ビジョンに完全に圧倒されていた。

 

 *

 

 大名たちの内心は、複雑に分かれていた。

 

 前向きな大名は、「街道整備に銭が出るなら悪くない。田法支援も受けられるなら、民も喜ぶ。国も富む」と素直に計算する。

 

 警戒する大名は、「道を整えれば、公儀の目がより届きやすくなる。……いずれ、江戸へ定期的に参れと言われる布石ではないか」と勘ぐる。

 

 だが、現実派の大名は、「もはや徳川に逆らう時代ではない。ならば、公儀の支援を得て、国を富ませる方向に動く方がずっと得だ」と結論づける。

 

 大名たちは完全に理解した。

 

 徳川は、ただ力で命令しているのではない。

 

 逆らう理由を完全に潰し、「従った方がはるかに得になる」という恐ろしい仕組みを作り上げているのだ。

 

 俺は、上座のやり取りを聞きながら、内心で冷や汗を流していた。

 

(田法支援、千歯扱きの導入、蔵の点検、街道整備、そして補助金……これ、全部が完全に繋がってる)

 

(米を増やしたいなら、蔵を増やせ。米を運びたいなら、道を整えろ。道を整えたら、公儀の目も届く。……そしていずれ、それが大名を江戸へ通わせる『参勤交代』の絶対の道になる)

 

(徳川幕府……俺が思ってたより、ずっと早い速度で『江戸時代の統制システム』の骨組みを作り始めてるぞ……!)

 

 *

 

 家康が、最後に諸大名へ向けて強烈な圧をかけた。

 

「此度の補助は、恩であり、同時に『試し』でもある」

 

 諸大名が、息を呑んで緊張する。

 

「徳川は、天下をただ締め付けるために道を作るのではない。民を富ませ、国を太らせるために道を作る」

 

「だが……公儀の助けを受けながら、民を苦しめ、蔵だけを私欲で太らせ、道を荒らすような輩があれば。……その者には、天下の国を預ける資格なしと見る」

 

 諸大名は、「これは恩賞ではなく、恐ろしい評価制度なのだ」と完全に理解した。

 

「泰平の世を望む者は、徳川を助けよ」

 

「田を整え、蔵を整え、道を整えよ。……それが、これよりの『武家の働き』である!」

 

 諸大名は、完全に平伏した。

 

「ははっ!!!」

 

 *

 

 長い、長い会議の後。

 

 俺は、自室に戻るなり、完全に燃え尽きて畳に大の字に倒れ込んだ。

 

「……米の話を一言するだけのはずだったのに。なんか、全国の蔵と、街道と、農具の未来が、一気に決まりましたね……」

 

「良い一言だった」

 

 竹千代が、満足げに言う。

 

「褒められても、全く嬉しくないです」

 

「お前の一言で、田だけでなく、蔵と道の重要性が諸大名に完全に叩き込まれた」

 

 竹千代は、俺の功績を冷静に評価する。

 

「これで、田法は単なる『米の増産』ではなく、国全体を繋ぐ『国づくりの仕組み』になった」

 

「規模が大きくなりすぎて、胃が完全に死にます」

 

「国松。これで諸国は、田だけではなく蔵と道を見るようになる。上出来じゃ」

 

 家康までが、上機嫌で顔を出す。

 

「いや、私はただ『米が腐るから蔵が足りない』って言っただけなんですけど……」

 

「それが、(まつりごと)においては極めて重要なのじゃ」

 

 *

 

 端末のログが、容赦なく更新される。

 

『旧正月諸大名会議:終了』

 

『田法拡大:正式承認』

 

『蔵点検制度:新規発足』

 

『千歯扱き試作:公儀御用農具として承認』

 

『街道整備【補助金】:正式採用』

 

『諸大名反応:警戒/期待/追従』

 

『参勤制度前倒しリスク:上昇』

 

『江戸時代制度化速度:加速中』

 

「……『江戸時代制度化速度:加速中』って何ですか。怖いんですけど」

 

『そりゃ加速するわよ。大坂夏の陣が消えて戦が早く終わった分、戦後統治と国づくりが前倒しになってるんだから』

 

「分かってましたけど、改めてログで見せられると胃が痛い……」

 

 *

 

 江戸城の大広間を出た諸大名たちは、それぞれの国元への早馬を手配し、家臣たちへ猛烈な勢いで命じ始めていた。

 

「ただちに、国内の蔵の数と空き具合を調べろ!」

 

「街道の泥濘の記録を取れ! 橋の修繕費を大急ぎで見積もれ!」

 

「水土御用の支援への申請書を作れ!」

 

「補助金を受けるには何が必要か、公儀の役人に探りを入れろ!」

 

 江戸城から、全国へ向けて。

 

『戦の命令』ではなく、新しい時代の『計算』が、すさまじい速度で広がっていく。

 

 大坂の陣は終わった。

 

 空の客星は、徳川の天下の瑞兆として光っている。

 

 だが、それを本当の瑞兆にするために必要なのは、空を拝むことではなかった。

 

 田を増やす。

 

 蔵を増やす。

 

 道を整える。

 

 米を無駄にしない。

 

 民を、絶対に飢えさせない。

 

 徳川の旧正月は、華やかな祝いの場でありながら、同時に、泰平の世の『過酷な実務方針』を諸国へ突きつける場となったのだ。

 

 戦国の武家は、敵の首を討つことでその力を示した。

 

 だが、これからの武家は、道と蔵と田を整えることでしか、その存在価値を示せなくなる。

 

 そして俺は、水神様と呼ばれながら、また一つ恐ろしい事実に気づいてしまった。

 

 泰平の世というものは……決して、戦の世より『楽な時代』などではないのだ。

 

 ただ、死ぬ理由が、槍や鉄砲から……『帳面の処理』と『工期の遅れ』と『予算の不足』に変わるだけなのだ。

 

「……やっぱり江戸時代って。思ってたよりずっと、ブラックじゃない?」

 

 俺の小さな呟きは、旧正月の華やかな江戸城の喧騒に、あっさりと飲み込まれていった。

 

 




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