暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
慶長二十年、春。
大坂の陣の後始末から始まった、田法拡大、客星の祈祷手配、街道整備案と、重すぎる政治と実務のラッシュがひと段落し。
俺は久々に、江戸城内の『御異物改方』の一室で、本来の業務である「奇物の整理」に没頭していた。
「……それにしても、魔鏡が増えすぎでは?」
俺は、机の前にズラリと並べられた十三枚の古鏡を見渡して溜め息をついた。
以前、尾張筋から持ち込まれた魔鏡の仕組みを、俺が「光と研磨の理」として見抜いて以来、諸大名や寺社から「我が家に伝わるこの鏡も、神異のものではないか!」と、一斉に古鏡が持ち込まれるようになったのだ。
神獣文様、鳳凰、龍、蓮華、仏の姿、古い文字、吉兆文様、寺社由来の梵字めいた文様……。
実に様々な柄が、光を当てると壁に浮かび上がる。
「お前がたちどころに仕組みを見抜いたせいで、各地の家宝が一斉に集まってきたのだ」
竹千代兄上が、呆れたように鏡を眺める。
「私のせいなんですか?」
「半分はそうだ」
「半分も!?」
御異物改方としての、魔鏡の基本方針はすでに固まっている。
『人を傷つける奇物ではない』
『神仏の理外ではなく、人の青銅研磨技術と高度な工芸の産物』
『美術品・文化財として価値がある』
『御異物改方は、記録と鑑定だけを行う』
『所有者が寺社や旧家の場合は、神話化しないよう釘を刺した上で基本返却』
『戦火・盗難・散逸を恐れる者からのみ、公儀の蔵で一時預かりとする』
『寺の秘宝扱いのものは、鑑定後に全て返却済み』
「これ、危険な奇物の調査というより、完全に『美術品の鑑定と保護案件』ですよね」
俺がぼやくと、竹千代は冷徹に言い放った。
「御異物改方が、危険物管理だけでなく、古物の保護まで担い始めたわけだな。……お前の蔵が、また一つ増える」
「また仕事が増えた……」
『よかったじゃない。未来の『徳川美術館』の目玉となる収蔵候補が、順調に増えてるわよ』
(その未来のログ、今は見せないでください。胃が痛くなるので)
*
そこへ、新六郎が来客を告げた。
「若君。仙台宰相・伊達政宗様がお見えにございます」
久しぶりに顔を見せた政宗は、相変わらず派手な陣羽織を纏い、独眼の奥にどこか楽しげな光を宿していた。
「大御所様、御将軍様、竹千代様、そして国松様。……お久しゅうございます」
政宗が、深く、だが堂々とした所作で平伏する。
「うむ、政宗。大坂の後始末と街道整備の触れで忙しい中、よう参った」
家康が、鷹揚に頷く。
「此度は、御異物改方へ持ち込むべきか、それともただの『見世物』とすべきか、いささか判断に迷うものを持参いたしました」
政宗の口元に、ニヤリとした笑みが浮かぶ。
「判断に迷うもの……?」
「また何か、南蛮渡りの妙なものを拾ってきたか」
竹千代が、警戒するように目を細める。
「今宵は、不可思議な『火薬遊び』をお見せしたく存じます」
政宗のその言葉に、座敷の空気が一瞬だけピリッと張り詰めた。
「……火薬?」
俺は、思わず身構えた。
大坂の陣が終わった直後なのだ。
火薬という単語には、ここにいる全員が極めて敏感になっている。
「戦がようやく終わったばかりの時に、火薬の奇物か」
秀忠の顔が、わずかに険しくなる。
「はい。ただし、これは人を撃ち殺すためのものではございませぬ。……夜の空を、鮮やかに彩るためのものにございます」
政宗の言葉に、俺はハッとして、薄々正体を察した。
「……もしかして、『花火』?」
「ほう。やはり国松様は、すでにご存じでございましたか」
政宗が、我が意を得たりとばかりに独眼を輝かせた。
*
夜。
江戸城近くの、広い水辺と砂地が確保できる安全な場所へ移動した。
俺は、実演の前に極めて口うるさく安全対策を徹底させた。
「いいですか。遊びとはいえ、火薬は火薬です。絶対に、風の強い日や町中ではやりません。風向き、湿度、周囲の建物の有無、火消しの人員、十分な水桶、砂、避難路……。全部完璧に確認してから、初めて火をつけます」
「さすがは水神様。火遊びの美しさを見る前から、火消しの段取りに余念がございませぬな」
政宗が感心したように言う。
「火薬遊びの不始末で江戸の町が燃えたら、笑い話じゃ済みませんから!」
実演場所には、家康、秀忠、竹千代、俺、そして政宗。
さらに厳重な警固の兵、火消し役、大量の水桶と砂、万が一に備えた医師、そして記録係として半兵衛が待機していた。
半兵衛は、すでに暗がりの中で筆を構え、目を輝かせている。
「半兵衛、絶対に神話にするなよ」
「火の花を天へ咲かせ給う、水神様……」
「まだ火もついてないのに、もう書き始めてる!!」
*
準備が整い、政宗の合図で伊達家の職人が火をつけた。
シュボォォォッ!!
最初に披露されたのは、地面に置かれた竹筒から火の粉が吹き上がる『小型の噴出花火』だった。
竹筒から、白や赤っぽい鮮やかな火花が、パチパチと弾けるような音を立てて噴き出す。
「……おお」
竹千代が、目を見開いて火の粉のシャワーを見つめる。
次に、職人が別の筒に火を入れた。
ヒュルルルゥゥ……!!
夜空へ向かって、光の玉が一直線に打ち上がり……。
パァンッ!!
少し遅れて響く破裂音とともに、夜空にパッと、小さな『光の花』が咲いた。
「ほう……!」
家康が、感嘆の声を漏らして夜空を見上げた。
秀忠も、思わず口を半開きにして空を見つめている。
竹千代に至っては、完全に瞬きを忘れて、夜空に咲いては消える光に魅了されていた。
そして、最後。
一際大きな筒から打ち上げられた光が。
ドォォォンッ!!
夜空に、大きく、色鮮やかな光の傘を広げた。
「はははっ! 凄いな、国松!」
竹千代が、珍しく子供のように興奮した声を上げた。
「ええ、本当に綺麗ですね!」
俺も、この時代で見る初めての花火に、純粋に感動していた。
『ちなみに。次の将軍家光は、史実でも『無類の花火好き』として歴史に伝わっているわよ』
「……へえ。兄上、前世の本来の歴史でも、花火好きだったんだ……」
「ん? 何を呟いている」
竹千代が俺を見る。
「いえ。兄上が楽しそうで良かったな、と」
「……ふん」
竹千代は少し照れたようにそっぽを向いたが、その目はすぐに、再び夜空へと向けられていた。
*
実演が終わった後。
政宗が、平伏して本題に入った。
「此度は、御異物改方への『奇物』として持ち込みましたが……。大御所様。これを、日ノ本でも広く作れぬものかと考えております」
「ほう」
「我が伊達家にて、この花火の製法、職人の育成、火薬の配合、そして筒の改良を、一手に受け持たせていただければと存じます」
政宗のその言葉に、夜の冷たい水辺の空気が、スッと政治の緊張を帯びた。
花火は、確かに美しい娯楽だ。
しかし、扱うのは火薬である。
それを伊達家が受け持つということは、伊達が公然と「火薬製造技術」と「大量の火薬職人」を抱え込むということになる。
「政宗。……花火とはいえ、火薬を扱う技術であることに変わりはないぞ」
秀忠が、将軍としての警戒感を露わにする。
「伊達がこれを受け持つということは、お主の領内に、強力な火薬職人を公然と抱えるということだな」
竹千代も、鋭い視線を政宗へ向ける。
だが、政宗は全く悪びれることなく、堂々と答えた。
「その通りにございます。火薬を扱う以上、公儀の御疑念を招くは必定。……ゆえに、勝手に裏で進めるのではなく、こうして大御所様の御前で、堂々と実演し、正式なお許しをいただきに参りました」
家康は、政宗のそのふてぶてしいほどの潔さに、腹の底から笑い声を上げた。
「はっはっはっは! なるほどのう! これならば、公儀の咎めを受けず、堂々と火薬を握れるわけじゃな!」
「大御所様の御疑念は、ごもっともにございます」
家康は、笑いを収め、鷹のような目で政宗を見た。
「だが。……お主が今さら、その火薬で天下を取ろうなどという野心を起こすとは、到底思えぬわ」
それは、天下人としての絶対の自信と、政宗という男の器量を見抜いた上での、老獪な信頼だった。
「それに……戦国の世は、もう終わったのだ。火薬を全て『戦の道具』として暗い蔵に閉じ込めておくより、泰平の世における『新しい使い道』を示す方が、よほど国のためになろう」
政宗は、家康のその言葉に、深く、深く平伏した。
「ありがたき御言葉にございます」
「よかろう。許可しよう」
*
だが、家康はただ無条件に許すような甘い男ではない。
即座に、厳しい管理の条件が突きつけられた。
「花火の製造は、公儀の完全な『許可制』とする。火薬の量と配合は、全て帳面に記録せよ」
「打ち上げの場所は、今宵のように水辺や広場に厳重に限定する。江戸の市中での勝手な火薬遊びは、絶対に禁止じゃ」
「火消し、水桶、見張りの配置を義務化する。一度でも事故があれば、即刻製造を停止させる。花火職人は公儀への『登録制』とし、伊達家が育成を担うが、その人数と素性は全て公儀へ報告せよ」
「そして何より……戦用の火薬との流用は、一切禁ずる。花火は、祭礼、公儀の行事、あるいは泰平祈願の場でのみ使うものと心得よ」
政宗は、一つ一つの厳しい条件に、淀みなく「ははっ!」と応えていく。
「花火は、見るだけで心躍る、楽しいものじゃ」
家康が、夜空を見上げながら目を細める。
「火薬は今後、戦での出番が減り、持て余すと思うておったが……泰平の世にも、使い道があるものだな」
「火薬を、人を殺すためのものから、人を楽しませるものへ変える、か」
竹千代も、深く納得したように呟く。
「泰平の世らしい、とても良い変化ですね」
俺は頷きつつ、実務官として釘を刺した。
「ただし、火事だけは本当に怖いです。江戸は風が強いですから」
「ならば、火事を出さぬ仕組みも、国松、お前が同時に作れ」
家康の無慈悲な命令が飛ぶ。
「……やっぱり、私のところに管理台帳が増える!」
『火薬の保守運用ね。ご愁傷様』
「怖すぎる言葉だよ!」
「大御所様の御期待に応え、伊達家、必ずや日ノ本一の花火職人を育ててご覧に入れまする!」
政宗は、晴れやかな顔で拝命した。
*
政宗が下がった後。
竹千代が、夜空の名残を惜しむように見上げながら、珍しく感情の篭った声で言った。
「……国松。あれは、また見られるのか」
「兄上、かなり花火を気に入りましたね?」
「……悪いか」
「いいえ。とても良いと思います」
竹千代は、少しだけ声のトーンを落とした。
「戦の火は、もう見飽きた。……だが、あの火はよい。誰も殺さず、ただ空に咲いて、美しく消える」
その言葉には、竹千代が次期将軍として、「戦の時代」から「泰平の時代」へと、完全に意識を移行させていることが表れていた。
「花火は、世の中が平和じゃないと、心から楽しめないものですからね」
「ならば。あれをいつまでも見続けられる世にするのも、我らの政の一つか」
「兄上、そういう真面目な方向にすぐ持っていくんだから……」
俺は苦笑しつつ、ふと前世の現代感覚で思いついたことを口にした。
「でも、海が近い場所や、大きな川の近くなら、火事の危険を抑えつつ、多くの人に安全に見せられますね。江戸の町中では火事が怖いですけど、水辺なら比較的安心です」
「うむ」
「これ、うまくやれば……立派な『観光地』になるかもしれませんね」
「かんこうち?」
家康が聞き返す。
「また、後の世の言葉か」
秀忠がため息をつく。
「ええと……。後の世では、民がわざわざ遠くへ旅に出て、名所や大きなお祭り、美しい景色などを見に行く『土地』のことです」
「民草が、ただ生きるためではなく……『見物』のために旅をするというのか」
家康が驚く。
「はい。腹が満ちて、街道が安全で、泊まる宿があって、少しでも暮らしに余裕ができると、人は綺麗なものや珍しいものを見に、旅に出るようになるんです」
竹千代が、即座に政治と結びつけた。
「先日定めた『街道整備の補助金』と繋がるな」
「あっ」
「道を整えれば、人が安全に旅をする。人が旅をすれば、途中の宿場で銭が動く。銭が動けば、町が栄え、国が富む」
家康が、腹の底から楽しそうに笑った。
「はっはっは! 花火を見に、人が集まる町、か。……それは、まこと面白い!」
「いや、今のはただの雑談で……」
「雑談の中にこそ、政の種はあるものじゃ」
「大御所様! そういう仕事の拾い方しないでください!」
*
俺の言葉を聞き逃さなかった政宗が、嬉々として乗っかってきた。
「ならば! 我ら伊達の花火を、その『観光地』とやらの名物にいたしましょう!」
「名物化の動きが早すぎる!」
「祭りの折、海辺や川辺に安全に人を集める。そこへ地元の商人が屋台を出し、旅籠が潤い、町全体が栄える。……悪くありますまい!」
「政宗。お主、そういう銭と商いの話になると、本当に頭の回転が早いのう」
家康が呆れつつも感心する。
「戦で目立つ時代が終わったというのなら。これからは、泰平の世の『粋』で目立てばよろしいのです」
政宗のその痛快な言葉は、いかにも彼らしかった。
「ただし、火薬の管理だけは厳格にするぞ」
竹千代が釘を刺す。
「無論にございます!」
「あと、花火を見る場所の指定、風向きの計算、避難路の確保、火消しと水桶の配置! 全部セットで運用マニュアルを作ってからにしてくださいね!」
俺が実務の要件を付け足す。
「ははっ! 水神様の花火作法、しかと承りました!」
「作法名に、私を入れないでください!」
*
後日。
御異物改方の帳面に、新たな『奇物』の分類が正式に記された。
『分類名:火薬遊技器具/花火筒』
『判定:神仏の理外ではない。異星文明テクノロジーではない。火薬と筒と配合の工夫による、人の高度な技術』
『危険度:中〜高』
『文化的価値:高』
『戦時転用可能性:あり』
『管理方針:伊達家による監督・公儀の完全許可制』
「……火薬遊技器具って、文字面だけ見るとめちゃくちゃ怖いですね」
「だが、正確だ」
竹千代が、俺の書いた帳面を見て頷く。
『人間って、本当に面白い生き物よね。少し前まで、人を殺すために使っていた火薬で、今度は空に綺麗な花を咲かせて、みんなで笑って喜ぶんだから』
「……そこが、人間のいいところなんじゃないですか」
『ふふ。そうかもね』
*
魔鏡は、人の技が生んだ『光の不思議』だった。
客星は、人の力ではどうにもならない『天の異変』だった。
そして花火は……人間が、自らの手で火薬を操り、空に咲かせる『小さな星』だった。
戦国の世で、火薬は人を殺すために使われた。
だが、泰平の世では、人を空へ振り向かせ、驚かせ、笑わせるためにも使える。
そのことを、伊達政宗は、そして徳川の中枢は、誰よりも早く見抜いたのかもしれない。
もちろん、火薬は火薬だ。
一歩間違えれば、江戸の町を一瞬で焼く恐ろしい危険物であることに変わりはない。
だからこそ、俺の机の上には、またしても新たな帳面が増えたのだ。
『花火筒・使用許可台帳』
『火薬配合・事故防止記録』
『水辺祭礼時の火消し配置案』
『伊達家・花火職人育成計画書』
「……綺麗なものを見ただけなのに、また台帳が増えた……」
俺は、山積みの帳面に突っ伏した。
だけど。
あの夜に見上げた花火の光だけは、確かに美しかった。
戦の火ではなく、祭りの火。
人を焼く炎ではなく、夜空に咲いて、誰も傷つけずに消える光。
泰平の世とは。
こういう『火』を守れる世の中のことなのかもしれない。
俺は、墨の匂いのする自室で、少しだけ、そんなことを思った。
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