暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第76話 大御所様、ローマ法王への第一声を決める

 元和元年。

 

 改元を経て、江戸城の実務はかつてないほどの激務の渦に巻き込まれていた。

 

 津軽への救荒米の貸付手配、一国一城令に基づく城郭用途分類の審査、港別登録制度の各港への通達、田法の巡回指導、そして救荒備蓄台帳の整理。

 

 俺は、自室の机で完全に書類の山に埋もれ、息をするのも忘れるほどの速度で筆を走らせていた。

 

 そんな中、長崎、平戸、堺を経由して公儀に上げられた『海外情報』の束を処理している時だった。

 

 南蛮や紅毛の商人たちの噂話や、唐船からもたらされた断片的な航海情報の中に、ある一つの船の進路情報が混じっていた。

 

「……あれ?」

 

 俺は、猛烈に動かしていた筆を、ピタリと止めた。

 

「……伊達政宗公が派遣した、支倉常長(はせくらつねなが)殿の使節団の噂……」

 

 俺は、前世のおぼろげな世界史の記憶と、現在の暦を頭の中で急いで照らし合わせた。

 

「……そろそろ、支倉常長さんたちが、遠い海を越えて『羅馬(ローマ)』に到着し、法王パウロ五世に拝謁する時期じゃないか……?」

 

 その事実に気づいた次の瞬間。

 

 かつて、慶長十八年の秋の記憶が、鮮烈に蘇ってきた。

 

 あの時、伊達の船に密かに乗せた、公儀からの『密封箱』。

 

 外からは、厳重に封をされたただの重要な書状の箱にしか見えない。だが、その中身は、神仏ノードの力を応用した『通話札』だ。

 

 箱の中には、支倉常長向けの『外封取り扱い説明書』と、ローマ法王本人だけが開けられる『内封取り扱い説明書』。そして、途中で奪われた時のための恐ろしい誤開封対策まで仕込んである。

 

 俺は、顔から一気に血の気を引かせた。

 

「……待て。あの時、箱の中に入れた『初回通話台本』って……」

 

 俺の視界の端で、端末のログが残酷な文字を表示する。

 

『ローマ法王宛て密封箱:外部託送段階の最終フェーズへ移行』

 

『支倉常長向け・外封取り扱い説明書:作成済』

 

『ローマ法王本人向け・内封取り扱い説明書:作成済』

 

『誤開封対策:確認完了』

 

『【初回通話台本】:未完成』

 

「……台本、まだ完全版にしてないじゃん!!!」

 

 俺は、頭を抱えて机に突っ伏した。

 

「ずっと先の話だと思って、骨組みだけ作って『後で清書しよう』って放置してた……!」

 

 ローマ法王との、歴史的な第一声。

 

 それを決めるための台本作りという、とてつもなく重い仕事が、今この瞬間に、俺の胃を強烈に締め上げ始めたのだ。

 

 *

 

「うわああ……胃が痛い……。世界宗教のトップに、初対面で何を言えばいいんだ……」

 

 俺が一人で七転八倒していると、視界の端が歪み、見慣れた黒ゴスロリ姿のKAMI様が、空中にふわりと現れた。

 

『やっほー。ついに、西のローマ法王への『第一声』を決める時が来たわね』

 

「……来ないでほしかったです。完全に現実逃避してました」

 

『何言ってるのよ。何年も前からずっと残してた宿題じゃない。ようやく提出日よ』

 

「やめてください。胃に穴が空きます」

 

 KAMI様は、俺の苦悩をよそに、楽しそうに笑った。

 

『ローマ法王かー。懐かしいわね』

 

「……え? KAMI様、ローマ法王とも会ったことあるんですか?」

 

『まあね。私は地球の並行世界を股に掛けてる観測者だから、大体どの世界線でも、一度くらいはあっちのトップと関わる機会があるわよ』

 

「へえ。どんな感じなんですか? やっぱり、ものすごく厳格で近寄りがたいとか?」

 

『うーん、そうでもないわよ。だって、私が直接ローマ法王と長々話すことって、意外と少ないのよね』

 

「そうなんですか?」

 

『だって、いつも『イエス・キリスト憑依コンボ』で一発で済ませちゃうから』

 

「……はい?」

 

 俺の思考が、完全に停止した。

 

『イエスったら、本当にお人好しなのよ。信者全員を、上からゆるーく加護してるの。『愛だよ、愛』とか言ってね。だから、信者が本当にピンチで、因果律が大きく歪まない範囲なら、けっこう気軽に力を貸して助けてるのよ』

 

「……」

 

『だからね。私がローマ法王をパパッと説得したい時は、私が向こうの教皇庁に直接バーンって顕現して、イエスを自分に軽く憑依させて、光り輝きながら『この子たちの話を、素直に聞きなさい』ってやると、大体一発で言うこと聞くのよ』

 

 俺は、完全にドン引きして、顔を引き攣らせた。

 

「……ええ……。KAMI様、よその並行世界で、いつもそんなことしてるんですか……?」

 

『並行世界で何度もやってるから、最適解が分かるのよ。失敗したことないから、すごくオススメなのに』

 

「初回から、世界宗教の根幹を爆破しないでください!!」

 

『爆破じゃないわよ。最も効率の良い正攻法よ』

 

「どこが正攻法なんですか! ローマ法王から見たら、完全に本物の天使の降臨か、神の啓示じゃないですか!」

 

『まあ、大体そう扱われて、その場で平伏されるわね』

 

「だから駄目なんです! そんなことしたら、こっちの外交交渉の主導権も何もなくなるし、最悪、俺が異端審問にかけられるか、狂信的な十字軍を差し向けられますよ!」

 

『えー。便利なのに』

 

「絶対に駄目です!」

 

『まあいいわ。どうしても話が拗れて、異端審問の火あぶりにされそうになった時の、最終手段にしてあげる』

 

「最終手段にもしたくないですけど、今回は絶対に、絶対にそのコンボを使わないでくださいね!」

 

『はいはい。じゃあ、あんたたち人間の政治力だけで、頑張りなさいな』

 

 KAMI様は、軽く肩をすくめた。

 

『初回は『窓口作り』よ。喧嘩しない。相手の顔を潰さない。でも、自分の国の『線引き』だけは絶対に曖昧にしない。……それだけ守れば、十分よ』

 

「……普通にまともな助言もできるんですね……」

 

『失礼ね。私はいつでもまともよ。……じゃ、偉い人たちに相談してきなさい。台本係さん』

 

 KAMI様は、ふわりと消えた。

 

「世界宗教の裏側みたいなとんでもない爆弾を、雑談感覚で投げて消えるなよ……」

 

 俺は、さらに重くなった胃を抱えながら、大御所様たちのいる奥の座敷へ向かった。

 

 *

 

 江戸城奥の、内々の部屋。

 

 参加者は、家康、秀忠、竹千代、そして俺。

 

 必要に応じて天海や崇伝の意見も後で聞くが、初手は徳川家の一門だけで、国家の根本方針を決定する。

 

「大御所様。……長崎などに届いた南蛮船の噂や、後の世の歴史の記録によれば。そろそろ、伊達政宗公が派遣した支倉殿の使節団が、羅馬(ローマ)に到着し、法王パウロ五世に拝謁する時期にございます」

 

 俺が切り出すと、家康は静かに頷いた。

 

「うむ。あの箱か」

 

「ついに、海の果てで開く時が来たのだな」

 

 秀忠も、真剣な顔つきになる。

 

「以前、伊達の船に密かに乗せた、公儀からローマ法王宛ての『密封箱』。……あれが正しく開かれた場合、江戸とローマを繋ぐ水鏡の通信が繋がります。ですが……」

 

 俺は、冷や汗を拭いながら白状した。

 

「その際にお話しいただく、『初回通話台本』が、まだ完全には白紙に近い状態にございます」

 

「ほう。それは完全に、お前の落ち度だな」

 

 竹千代が、無慈悲に宣告する。

 

「はい。完全に私の胃痛案件です。申し訳ありません」

 

 家康は、責めることなく、鷹のような目で俺たちを見回した。

 

「伊達が、己の野心で外海へ手を伸ばすのを、ただ指をくわえて眺めているわけにはいかぬ。だからこそ、公儀の目と耳を、あの船に乗せた。あの時、そう決めたな」

 

「はい」

 

「ならば。その目と耳が、まさにローマの中心に届いた今。……我らが、彼らに向かって『最初に何を言わせるか』を、ここで明確に決めねばならぬ」

 

 *

 

 家康が、まず実務的な通信の仕様を確認した。

 

「向こうが箱を開けた時。儂と秀忠が、必要ならば直接話す」

 

「ですが大御所様。問題は『言葉』です。ローマの法王は日ノ本の言葉など一言も分からぬでしょうし、こちらも向こうの南蛮の言葉は分かりませぬ。通詞(つうじ)を介せば、言葉の妙な綾で、かえって誤解を生む恐れがあります」

 

 秀忠が懸念を示す。

 

「そこは大丈夫です」

 

 俺は、神仏ノードの機能を説明した。

 

「通話札は、神仏ノードの『意味補正』を強力に通すことで、互いの言葉が、相手には『自分の国の母国語』として自然に理解できるように変換されます。通詞は不要です」

 

「今回は、向こう側で密封箱が開かれた時、この江戸城の奥の座敷の『水鏡』と直接繋げます。声だけではなく、互いの姿が水面に映り、まるで顔を合わせて話しているように見える形式になります」

 

「……」

 

 秀忠が、絶句した。

 

「相手からすれば、それは完全に『神の奇跡』にしか見えぬのではないか?」

 

「はい。確実にそう見えると思います」

 

「それは、外交交渉において問題ではないか?」

 

 竹千代が指摘する。

 

「問題です。ですが、遠い東の島国からの『ただの手紙』を読ませるよりも、遥かに強い説得力と衝撃を与えられるのは間違いありません。向こうの土俵に引きずり込まれるより、こちらが先に奇跡を見せて場を圧倒した方が有利です」

 

「ならばよい。相手に未開の野蛮国だと軽く見られるよりは、よほどましじゃ」

 

 家康が笑う。

 

「いや、大御所様。効きすぎて、向こうがパニックになる可能性があります」

 

「効かぬよりはよい」

 

「大御所様、毎回それで押し切るのやめてください!」

 

 *

 

 ここで、家康がかつて釘を刺した絶対のルールを再確認した。

 

「国松。忘れておらぬな」

 

 家康の目が、鋭く光る。

 

「お前一人で、決して羅馬とは話すな。必ず竹千代を通せ」

 

「はい。忘れていません」

 

「もし、お前が少しでも危うい未来の言葉や、理外の理を語ろうとすれば……私が即座に、お前の手から通話札を取り上げる」

 

 竹千代が、冷酷な目で宣言する。

 

「兄上、そこまで信用ないですか?」

 

「自業自得だ。お前の口の軽さは、時に天下の火薬庫になる」

 

「今回は、ただの異国の商人ではない。世界を二分する宗教の頂に立つ『法王』が相手だ。国松の不用意な一言が、海の向こうの宗教の権威と、巨大な帝国を丸ごと揺らしかねぬ」

 

 秀忠も、将軍として重く釘を刺す。

 

「分かってます。……だからこそ、ここで『初回で話す内容』と、『絶対に話さない内容』を、きっちり箇条書きで決めましょう」

 

 *

 

 俺は、和紙を広げ、会議の目的を整理した。

 

「今回の通信の最大の目的は、ローマ法王を完全に論破して説得することではありません。ましてや、キリスト教の教義について、真偽を議論することでもありません」

 

「初回は、互いを『顔を合わせて正式に話せる、対等な国家の相手』として認識すること。そして、日ノ本の絶対の法である『禁教令』の線引きを明確に伝えること。……それだけです」

 

「条件交渉ではなく、公儀の『方針提示』に留めるということか」

 

 竹千代が頷く。

 

「はい。まずは、徳川公儀の基本姿勢を、誤解の余地なく明確にします」

 

 俺は、初回会談の目的を箇条書きにした。

 

 ・支倉常長ら伊達の使節への、ローマ側の温かい接遇に感謝する。

 

 ・伊達政宗の遣欧使節を、徳川公儀も完全に把握していると示す。(伊達の抜け駆けではないと分からせる)

 

 ・ただし、日ノ本全体の大政は、徳川公儀が担うと明示する。

 

 ・日ノ本は『禁教令』を維持すると明確に伝える。

 

 ・その理由を、正当なロジックで説明する。

 

 ・貿易、医学、天文、暦、航海術、建築、書物などの技術交流は、決して拒まないと示す。

 

 ・宣教師の自由な布教、教会網の形成、政治活動は絶対に認めないと示す。

 

 ・今後も、限定的な『定期通信』を行う提案をする。

 

「禁教令を、初回から真っ向に言うのか」

 

 秀忠が渋い顔をする。

 

「言うべきです」

 

 俺は即答した。

 

「曖昧にして先延ばしにすれば、ローマ側は必ず『期待』します。交渉次第で日本での布教が認められるかもしれないと誤解されれば、後で必ず余計に揉めます」

 

「期待させてからへし折る方が、向こうの恨みが深くなるな」

 

 竹千代が冷酷に言い切る。

 

「はい。だから、最初に絶対に越えられない線を引きます」

 

「線は引く。……だが、海へ向けた扉は完全に閉じぬ」

 

 家康の目に、老獪な光が宿った。

 

「その形が一番です」

 

 *

 

「だが」

 

 秀忠が懸念を口にした。

 

「ローマ法王の面前で、日ノ本は禁教令を出していると高らかに告げるのだぞ。相手は激怒するのではないか」

 

「怒るでしょう。納得も簡単にはしないと思います」

 

 俺は頷いた。

 

「ですが、理由を一切説明せずにただ禁じるよりは、ずっとましです」

 

「理不尽に拒絶する野蛮国ではなく。あくまで『国を守るための法』であると、論理的に示すべきだな」

 

 竹千代が、外交の筋道を立てる。

 

 俺は、あらかじめ練っておいた草案を読み上げた。

 

「『我らは、そなたらの信仰そのものを嘲り、蔑むために禁じるのではありません』」

 

「『日ノ本の民が、異国の権威と結びつき、公儀の法の外に、全く別の命令系統を作ることを防ぐためです』」

 

「『宣教師が民を組織し、領主や商人と深く結びつき、海の向こうの武力を持った国々と繋がるというのなら。……それはもはや信仰ではなく、完全な『政治』です』」

 

「『政治であるならば。公儀は天下の安寧のために、それを見過ごすわけにはいきません』」

 

「……踏み込むな」

 

 家康が、低く唸った。

 

「はい。ただ、ここまで言わないと、こちらの『何を恐れているか』の真意は伝わりません」

 

「神や教えそのものを恐れているのではない。信仰の名の下に作られる、外国の軍事力と結びついた『組織』を恐れている。……そう明確に伝えるべきです」

 

 竹千代の言葉に、秀忠も深く頷いた。

 

「確かに、その理屈ならば、一国の主として筋は通るな」

 

「よかろう。その方向で行く」

 

 *

 

「少なくとも」

 

 竹千代が、さらに鋭い指摘をした。

 

「宣教の活動と、スペインやポルトガルの『強大な海上軍事勢力』が分かちがたく結びついている間は、公儀として禁教令を解くことは絶対にできませぬ。……ここは、はっきりと言うべきです」

 

「そこまで、名指しに近いことを言うか」

 

 秀忠が少し驚く。

 

「言わねば、相手は決して理解しませぬ」

 

 竹千代は引かなかった。

 

「日ノ本が真に恐れているのは、目に見えぬ神ではなく。神の名を巧妙に掲げて、海を越えて侵略してくる『帝国の力』なのです」

 

「兄上の言う通りです」

 

 俺も強く賛同した。

 

「ローマ側に、『徳川は信仰を理解しない野蛮な政権だ』と思わせるより。……『宣教が、スペイン帝国の外交・軍事・商業ネットワークと完全に一体化していることを、極めて冷静に警戒している政権だ』と理解させた方が、絶対にいいです」

 

「……では、儂が自ら言う」

 

 家康が、静かに決断した。

 

「ただし、無闇に罵りはせぬ。……『そなたらの神ではなく、信仰と海の権力が一つになることを恐れている』と、腹を割って言えばよい」

 

「はい。それが一番穏当で、効果的です」

 

 *

 

 だが、禁教令を突きつけるだけだと、会談は完全に硬直してしまう。

 

 俺は、同時に『開く扉』の大きさも提示するべきだと言った。

 

「禁教令を伝えた直後に、『しかし日ノ本は、海を閉ざすつもりは毛頭ない』と伝えるべきです」

 

【公儀として認めるもの】

 

 商人の来航、薬種、西洋医学、天文学、暦学、航海術、測量、建築技術、書物、実用器具、時計、望遠鏡。そして、それらを伝える医師・学者・技術者の限定的な滞在。

 

【絶対に認めないもの】

 

 無許可の布教活動、教会建設、宣教師の自由な往来、日本国内の信徒の組織化、領主や商人を介した政治工作、そして「信仰を理由に公儀の法を拒むこと」。

 

 俺は、決め台詞の案を出した。

 

「『日ノ本は、知恵を拒む国ではありません』」

 

「『ただし。知恵と、信仰と、兵が、一つの船に乗って来るというのなら。我らはそれを、厳密に分けて受け取らねばなりません』」

 

「……よい言葉じゃ」

 

 家康が、深く頷く。

 

「先日定めた『港別登録制度』の仕組みを、ローマにも示すべきだな」

 

 竹千代が、内政と外交を連動させる。

 

「はい。ローマから優れた医師や学者が来るとしても、必ず指定された港で登録し、荷を検分し、公儀の許可を受ける。……相手が法王の使いであっても、例外は作りません」

 

「ローマ側は、それを屈辱と感じぬか」

 

 秀忠の懸念に対し、俺は首を振った。

 

「感じるかもしれません。でも、最初から『日ノ本の法に従う者だけを、客人として受け入れる』と毅然と示した方が、後々絶対に安全です」

 

 *

 

「すでに、この日ノ本には、キリシタンの教えを信じる民も少なくない。……そこを法王から問われたら、どう答える」

 

 秀忠が、国内の火種に言及した。

 

「ここは、非常に慎重に言うべきです」

 

 俺は言葉を選んだ。

 

「『信仰を持つ者を、無用に弾圧し殺すつもりはない。しかし、公儀の法の外に別の忠誠を作ることは絶対に認めない』。そう伝えるのがよいと思います」

 

「信徒個人としての内心と、宣教師による組織化・政治化を、明確に分けるのだな」

 

「はい」

 

【国内信徒の方針】

 

 ・個人の内心まで覗いて罰するとは言わない。

 

 ・公然と布教し、徒党を組み、公儀の法に背くなら厳しく処罰する。

 

 ・外国勢力と連携する宣教師は、退去・監視・処罰の対象。

 

 ・日本人の信徒も、公儀の法に従って静かに暮らす限りは、無用な流血を避ける。

 

 ・反乱、密航、外国との秘密の連絡網形成は断じて許さない。

 

「そのように言えば、法度を破らぬ限りは命を奪わぬと聞こえるが。……幕閣の中には、甘いと思う者も出るじゃろう」

 

 家康が指摘する。

 

「はい。ですが、『信徒は全員殺す』なんて野蛮な言い方をすれば、ローマとの対話はその瞬間に終わります。逆に『自由に信じてよい』と言えば、禁教令の根幹が崩れます」

 

「なので、信仰そのものではなく、『政治化・組織化・外国勢力との結びつき』を禁じるのだと、理屈で整理します」

 

「よい。それでいこう」

 

 *

 

 俺は、話す内容だけではなく、「絶対に話してはいけないこと」も一覧にして提示した。

 

「今回、お三方にお願いしたいのは……以下の事柄については、絶対に、一言も口に出さないでいただきたいのです」

 

【禁止リスト】

 

 ・キリスト教の教義の真偽について。

 

 ・イエス・キリストの実在や神性について。

 

 ・KAMI様の存在。

 

 ・神仏ノードの本質や仕組み。

 

 ・未来予知に関する事柄。

 

 ・欧州の未来。

 

 ・スペイン帝国の衰退など、他国の未来。

 

 ・明の滅亡。

 

 ・日本の未来の姿。

 

 ・ローマ教皇庁の未来の権威失墜。

 

 リストを見た竹千代が、呆れたようにため息をついた。

 

「……多いな」

 

「多いです。でも、初回からこんな爆弾を一つでも投下すると、向こうがパニックになって会談が物理的に爆発します!」

 

「今回は、あくまで『窓口』を開く回です。世界史に爆弾を落とす回ではありません!」

 

「では、初回は極めて穏やかに、だな」

 

 家康が笑う。

 

「はい。声と態度は穏やかに。しかし、線引きは冷酷なまでに明確に、です」

 

「……最も難儀な交渉ではないか」

 

 秀忠が頭を抱えた。

 

「はい。だから胃が痛いんです」

 

 *

 

 初回の会談の最大の実務的な成果は、ローマ法王を完全に論破して納得させることではない。

 

 今後も、限定的に話せる『窓口』を維持することだ。

 

「ローマ法王と、何度も話す意味はあるか?」

 

 家康の問いに、俺は頷いた。

 

「あります。一度きりの会談だと、向こうは自分たちに都合よく誤解したまま動く可能性があります。定期的に話せる経路があるなら、彼らが勝手な行動を起こす前に、こちらから直接釘を刺せます」

 

「それに、こちらも欧州の政治情勢、最新の医学、天文、暦、技術の情報を、直接聞き出すことができます」

 

「ローマを、欧州情報の『窓口』にも使うのか」

 

 竹千代が、情報戦略の視点で評価する。

 

「はい。ただし、ローマからの情報だけを信用しません」

 

「平戸のオランダ、イギリス。長崎のポルトガル。そしてローマ。全部を『別々の情報源』として見ます。同じ欧州の情報を、複数の異なる口から拾い上げ、その矛盾から真実を見抜きます」

 

「……諜報のための、新たな台帳か」

 

 家康が、ニヤリと笑う。

 

「はい。また増えますね……」

 

「増える前提で嬉しそうに話すな」

 

 秀忠が突っ込む。

 

「もう諦めました。私の人生は台帳と共にあります」

 

【定期通信の条件案】

 

 ・月に1回、または日ノ本が重要と判断した時のみ。

 

 ・通信の開通には、必ず徳川側の許可が必要。ローマ側からは勝手に開けない。

 

 ・通信内容は一言一句記録する。

 

 ・布教の交渉だけでなく、医学・天文・交易・欧州情勢を議題に含める。

 

 ・日本国内の宣教師や信徒の扱いについて、無用な軍事衝突を避けるための確認にも使う。

 

 *

 

 徳川側の大方針が完全に固まったところで、家康が短く命じた。

 

「……政宗を呼べ」

 

「伊達殿を、でございますか」

 

 秀忠が確認する。

 

「うむ。あの使節は、もとは政宗が己の野心で出したものじゃ。そして、あの箱は、政宗の船に強引に乗せた」

 

「海の向こうのローマで開く前に、政宗にも江戸城に待機させ、同席させねばならぬ」

 

「伊達の面子を立てるためでもありますね」

 

 俺が言うと、竹千代も頷いた。

 

「そうだ。伊達の使節が、苦難の末にローマへの扉を開く。そして、徳川公儀が、その開かれた扉の向こうへ『国としての言葉』を届ける。……その形が、公儀の権威を示す上で一番自然だ」

 

 急遽呼ばれた伊達政宗は、いつものように飄々とした足取りで現れた。

 

 だが、家康からの呼び出しの内容が「ローマの使節の件」だと聞くと、その独眼がギラリと鋭く光った。

 

「大御所様。……もしや、あの我が船に乗せられた『重き箱』の件でございましょうか」

 

「そうじゃ」

 

「ついに、遥か羅馬の地で、あれが開く時が近づいたと」

 

(……やっぱり、中身の詳細まで知らなくても、勘だけで完全に核心に寄ってくるんだよな、この人……)

 

 家康は、政宗を真っ直ぐに見据えた。

 

「政宗。お主には、あの箱の真の中身の機能までは、これまで明かしておらなんだ。……だが、時が来た。今は伝えておく必要がある」

 

 政宗は、黙って深く頭を下げる。

 

 俺が、実務官として説明を引き継いだ。

 

「伊達殿。……あの密封箱の中身は、遠隔地と、顔を合わせて話すための『奇物』です」

 

「……」

 

「支倉殿がローマ法王に無事に拝謁し、その場で箱が正しい手順で開封された場合。この江戸城の座敷とローマが、水鏡を通じて完全に繋がります」

 

 政宗は、その言葉を聞き、一瞬だけ絶句した。

 

「……地の果てのローマにいる法王と。……この江戸にいながらにして、顔を合わせて直接話す、と?」

 

「はい」

 

 政宗は、しばらく沈黙していた。

 

 そして。……声を押し殺すように、やがて腹の底から愉快そうに笑い出した。

 

「はは……ははははは!」

 

「なるほど! そういうことでござったか! あの時、徳川が伊達の野心を止めず、代わりにあの箱を強引に乗せた意味が、今ようやく腑に落ち申した!」

 

 政宗は、独眼を喜悦に歪めて家康を見た。

 

「我が船は、伊達のちっぽけな夢だけでなく……徳川の、天下を揺るがす『声』まで運んでいたわけですな!」

 

「そうじゃ」

 

 家康は、不敵に笑う。

 

「だからこそ、お主にもこの場に同席してもらう」

 

 *

 

「初めに、お主の口から、法王へ軽く挨拶せよ」

 

 家康が、政宗の役割を指定する。

 

「この壮大な使節を出したのは、あくまで伊達である。そこはお主の功として、しっかりと立ててやる」

 

「だが。その後の、日ノ本という『国としての方針』は、儂と秀忠が語る」

 

「承知仕りました」

 

 政宗は、深々と頭を下げた。

 

「我が伊達が、苦難の末に海の扉を叩き開け、徳川公儀が、その扉の奥へと威風堂々たる声を届ける。……そういう形でございましょう」

 

「物分かりがよくて助かる」

 

 竹千代が冷たく言うと、政宗は笑って返した。

 

「物分かりがよいのではございませぬ。私はただ、天下の『面白い方』へ乗るのが好きなだけにございます」

 

(この人、本当に危ういけど。ちゃんと面子を立ててやれば、めちゃくちゃ頼りになって使いやすいんだよな……)

 

 俺は、政宗にも厳しい注意事項を伝えた。

 

「伊達殿。今回、法王に対して、布教の自由や教会建設の許可を匂わせるような話は、絶対に避けてください」

 

「あくまで、遣欧使節団が苦難を乗り越えてローマへ到達したことへの謝意と。徳川公儀との『対話の橋』を架けたことへの挨拶に留めてください」

 

「分かっておりまする」

 

 政宗は、余裕の笑みを崩さない。

 

「伊達が、ローマとの交易を不当に独占するような野心を見せてはならぬのでしょう?」

 

「はい」

 

「逆に言えば、伊達の切り開いた功績を、頭ごなしに消すつもりもないと」

 

「もちろんです」

 

「ならば十分。……我が使節が開いた細い道を、徳川が天下の太い道にする。それで日ノ本の海が広がり、富が流れ込むなら、先陣を切った伊達の名もまた、永遠に響き渡りましょう」

 

「相変わらず、欲深いのう」

 

 家康が呆れると、政宗は悪びれずに言った。

 

「欲がなければ。……誰が、あの恐ろしい海の向こうなど見ましょうか」

 

 *

 

 最後に、全員で初回会談の方針を、もう一度確認した。

 

「よし。初回は、ただ扉を開くだけじゃ」

 

 家康が、力強く宣言する。

 

「だが。開いた扉に、異国の者を勝手に入らせはせぬ」

 

「日ノ本へ入るなら、公儀の敷いた『畳の上』だけを歩かせる」

 

「大御所様、その比喩、ものすごく徳川らしくていいですね」

 

 俺が言うと、竹千代が冷酷に付け足した。

 

「海の向こうの者にも、決して畳の『(へり)』を踏ませぬということだ」

 

「兄上まで怖い!」

 

「はははは! あのローマ法王に向かって、畳の縁を踏むなと申すか! これは実に愉快な会談になりそうですな!」

 

 政宗が手を叩いて喜ぶ。

 

「愉快では済まぬ、国運を賭けた会談なのだがな……」

 

 秀忠が、深く深呼吸をした。

 

 *

 

 政宗は、通信が繋がるその時まで、江戸城内に極秘裏に待機することになった。

 

 俺は、通信に使う水鏡の設営と、ローマ側で開く密封箱の『同期条件』を最終確認した。

 

「支倉殿たちがローマ法王に拝謁し、あの箱が正しい手順で開封されれば……こちらの水鏡が光り、開きます」

 

「その瞬間、この江戸の座敷と、遥か海の向こうのローマが、完全に繋がります」

 

 政宗は、まだただの水面である水鏡を、食い入るように見つめていた。

 

「我が使節が、海の果てで見た光景を……この江戸にいながらにして、同時に見るのか」

 

「面白い。……実に、面白い」

 

「政宗。初めの挨拶は任せる」

 

 家康が、背後から声をかける。

 

「だが、その後は儂と秀忠が話す」

 

「承知仕りました。……伊達政宗、海の扉をこじ開ける役、謹んで務めましょう」

 

 俺は、水鏡の前に座り、深く、長く息を吐き出した。

 

(……ローマ法王との、歴史的な初回会談……)

 

(初回は穏便に。爆弾は絶対に落とさない。定期通信の窓口を作るだけ。……キリスト教の真偽とか、未来の宗教戦争とか、魔法文明の種になる永冷石のこととか、余計な話は絶対に、絶対にしない)

 

(……言うなよ、俺。絶対に言うなよ!)

 

 その時、俺の脳裏で、KAMI様の不吉な囁きが蘇った。

 

『どうしても話が拗れたら、いつでも私が顕現して『イエス憑依コンボ』決めてあげるわよ?』

 

(絶対に呼ばない……!!!)

 

 *

 

 元和元年。

 

 津軽へ救荒の米を送り、城の用途を帳面で厳しく縛り、港を登録制にし、明の滅亡に備え始めた徳川幕府は。

 

 今度は、海の果てで開かれる一つの密封箱を前に、世界の頂の一つであるローマ法王への『第一声』を選ぼうとしていた。

 

 あの箱は、慶長十八年に、伊達の船へひっそりと乗せたものだった。

 

 徳川が厳重に封じた、まだ世界の誰も聞いていない、極東の覇者の声。

 

 日ノ本は、海を閉じない。

 

 だが、異国の法には決して従わない。

 

 その絶対に越えられない一線を、穏やかに、しかし決して曖昧にせず伝えるために。

 

 江戸城の最も深い奥の座敷で、静かに、水鏡が磨かれていた。

 

 




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