暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
元和二年の旧正月の華やかな祝いの席は、大成功のうちに幕を閉じた。
徳川幕府は三年連続の大豊作を寿ぎ、三法、港別登録制度、公家文書御用といった国家の骨格となる制度が、目に見えて動き始めたことを内外に力強く誇示した。
……だが。
俺の仕事は、宴が終わったからといって何一つ終わっていなかった。
むしろ、家康が宴の席で大盤振る舞いした発言のせいで、さらに爆発的に増えていた。
御異物改方の自室の机には、気が遠くなるほどの帳面が積まれている。
『各所からの蔵不足の悲鳴と対応策』
『代替案となる蔵札・米札の偽造防止規定』
『公家文書御用の追加人員の住居と俸禄手配』
『大名家から押し寄せる三男四男五男の受け入れ審査』
『港別登録の現場を回す文官の配置換え』
『津軽・北国への救荒米の輸送船割り』
『米価安定のための買い支えと酒造制限』
『足弱り対策のための、白米偏食への栄養指導通達』
「……旧正月の祝いって、普通は一年の区切りとして一息つくところじゃないのか。なんで祝いの席で、さらに仕事の地獄への扉を開けなきゃならないんだよ……」
その中でも、今一番分かりやすく、そして物理的に重いのが『蔵不足』だ。
米が増えた。
それは喜ばしい。
でも、置き場がないのだ。
蔵を新しく建てるには、良質な木材、熟練の職人、水害を避ける土地、信頼できる蔵番、そして何より正確な帳面役が必要になる。
仮の籾蔵や寺社の義倉をかき集めて、パッチワークのように組み合わせても、現場の米の処理速度には到底追いついていない。
「はぁ……四次元ポケットでもあればなぁ……」
俺が死んだ目で帳面に筆を入れていると。
「やっほー、国松ちゃん!」
部屋の空気がふわりと揺れ、軽い足取りで、千年の時を生きる八百比丘尼──お里が現れた。
「げっ」
俺は、思わず心の声がそのまま口から出た。
「何よ、ひどくない? 年上のレディに対する第一声が『げっ』って、すっごく失礼じゃん?」
「いや……八百比丘尼さんがひょっこり現れる時って、だいたい私の胃に特大の穴が空く話しか持ってこないので……」
「大丈夫大丈夫! 今日は国松ちゃんに、すっごく『良い話』を持ってきたから!」
「……前回の、『日本人全員不老不死化計画』という名の破滅的勧誘の続きですか?」
「半分そう!」
「帰ってください」
「待って待って待って!」
八百比丘尼は、俺の袖を引っ張って引き留めた。
「実はね、国松ちゃんが今一番頭を抱えてる『蔵が足りない問題』を、一発でパパッと解決できる奇物を持ってるの!」
俺の、筆を持つ手がぴたりと止まった。
「……えっ。マジですか?」
「ふふふん」
八百比丘尼は、得意げに胸を張った。
「見たい?」
「……見たいです」
俺は、行政実務の過労で判断力が鈍っていた。
不老不死には即座に脳内シミュレーションで拒絶できたが、蔵不足は今まさに俺を殺しにかかっている『現実の地獄』だ。
だから……収納チートという甘い響きに、一瞬、本気で食いついてしまったのだ。
*
八百比丘尼は、懐からアクセサリーのような小さな物体を取り出した。
見た目は、小指の先ほどの小さな立方体。
金属とも宝石ともつかない不思議な質感で、紐を通して首飾りのようにしている。
俺は、怪しみながら端末を起動し、そのキューブへ視線を向けた。
画面の表示が、激しいノイズとともに明滅し、ひどく不安定になる。
『高次元・空間格納器:反応あり』
『空間折畳式・非生物収納媒体』
『容量:計測不能』
『生体収納:不可』
『危険度:所有者の使用意図に依存』
「……なんか、端末の表示がすでにめちゃくちゃ不穏なんですが」
「じゃあ、百聞は一見にしかず! 見せるね」
八百比丘尼は、楽しそうにキューブを掲げた。
「黄金よ、出ろ!」
どさっ。
どさどさどさっ。
次の瞬間、俺の目の前の畳の上に、眩い光を放つ本物の金塊が、無造作に山のように積み上げられた。
「すんげ──ーッ!!!? なんですかこれ!!!」
俺は、完全に素の声を上げて飛び退いた。
「秘密道具、『どこでもキューブ』よ!」
「名前のセンスが、完全に未来の青い猫型ロボット方面なんですが!?」
「ふふん。私って、千年以上いろんな時代や国を旅してるでしょ? 当然、荷物もあるわけよ。着替えの服とか、薬とか、食べ物とか、珍しい宝石とか、どこの国に行っても絶対通用する金銀財宝とかね」
「……まあ、千年以上ニートみたいな旅してたら、そうでしょうね」
「だから昔は、資産を色々な国や寺、信頼できる商人の名義に分けて、こっそり隠してたんだけどね。……ある時、ある王朝の巨大な秘宝を、まるっと盗んだの」
「盗んだ!?」
「もう既に滅んで砂に埋もれた王朝だから、完全に時効なんだけどさ」
「いやいやいや! 滅んでるからって、窃盗は駄目じゃないですか!」
「まあまあ。で、話、続けるよ?」
「続けるんですか!?」
*
八百比丘尼は、全く悪びれずに『どこでもキューブ』のチートっぷりを語り続けた。
「これを手に入れてから、私は重くて面倒な『荷物』と完全におさらばしたわけよ。内部容量はちゃんと計算したことないけど……一回、巨大な遺跡を丸ごとすっぽり収納したことあるの」
「……遺跡を、丸ごと?」
「うん。具体的に言うと、エジプトにあるギザのピラミッドなんだけど」
「何してんだこの人……!!」
「大丈夫大丈夫! 知り合いの、イングランドにいる魔女が後でちゃんと再建設して元に戻したから、ノーカン!」
「地球はあなたたち上位存在の遊び場じゃないんですが!?」
……駄目だ。
やっぱり、この人を普通の人間として扱っちゃいけない。
八百比丘尼は、積み上がった金塊を一瞬でキューブの中に吸い込ませ、今度は空の米俵を数俵、ぽんぽんと出し入れして見せた。
人間や動物などの生物は入れられないらしい。
しかし、非生物ならほぼ何でも入る。
米。
木材。
石材。
金銀。
貴重な書物。
御異物改方で扱う奇物。
武器。
船の部品。
解体した建物。
……すべて、無制限に収納可能。
「どう? 喉から手が出るほど欲しい?」
八百比丘尼は、悪魔のように甘く微笑んだ。
「これがあれば、国松ちゃんが頭を抱えてる『蔵問題』は、一発で綺麗に解決だよ~~~!」
俺の心は、真剣に揺れた。
激しく揺れた。
蔵問題が、完全に消滅する。
救荒米も、絶対にカビないし虫もつかない。
津軽への輸送前の保管場所もいらない。
蔵札の裏付けとなる米も、このキューブ一つで完全に一元管理できる。
水害で米が流される心配もない。
……え、これ、めちゃくちゃ便利じゃないか?
八百比丘尼は、俺の心が揺れているのを見逃さず、とどめの誘惑を口にした。
「私が、国松ちゃんの代わりに、このキューブで蔵問題を全部解決してあげるからさ。……代わりに、『日本人不老不死化計画』、もっと前向きに考えようよ!」
「もし問題が発生しても、私が上位存在のコネをフル投入して、責任持って解決するから!」
「ご……ごくり」
俺は、本当に一瞬だけ、そのチートアイテムに手を伸ばしかけた。
目の前の果てしない行政地獄に対して、あまりにも魅力的で、分かりやすすぎる解決策だったからだ。
*
『あんた、本物の馬鹿ね』
虚空から、絶対零度のように冷たいKAMI様の声が響いた。
「KAMI様!?」
『そんな四次元キューブなんて、星間文明の辺境の露店で、ジャンク品として売ってるレベルの格安品よ。そんな分かりやすい幼稚な誘惑に、本気で負けるんじゃないわよ』
「か、格安品!? この物理法則を無視したチートアイテムが!?」
『そうよ。だいたい、八百比丘尼の持ってるそのキューブ以外にも、似たような空間収納のゴミが、地球上にダース単位でごろごろ転がってるんだから。……行政官なら、我慢しなさい』
「チートアイテムなのに……!」
八百比丘尼が、横から俺の耳元で甘く囁く。
「我慢しないで、チートに手を出そうよ、国松ちゃん……。チート面の圧倒的パワーは、すっごく素晴らしいぞ?」
「……ダース・ベイダーじゃないですか。それ、前世の映画のネタですよね? 未来視でスター・ウォーズ見たんですか?」
「えー、国松ちゃん、ノリ悪いなぁ」
KAMI様が、さらに冷静に、俺の急所を的確に刺してきた。
『そもそも、国松。……あんた、本当に蔵問題を解決したいんでしょ? なら、四次元キューブを使うのは、絶対的な悪手よ』
「え? なんでですか? 収納場所が無限になれば、全部解決するじゃないですか」
『あんたは行政官のくせに、本質を分かってないわね』
『あんたが抱えてる蔵問題って、『ただ単に米を物理的に置く場所がない』っていうだけの問題じゃないのよ』
「……」
『誰が作った米か。どこの村から納められた米か。どの年の米か。いつ、どういう条件で蔵から出すか。誰が厳重に見張るか。その米が、どの帳面と、どの米札と正確に紐づいているか。……そして、もし無くなった時に誰が責任を取るか』
『蔵問題の本質は、収納空間の問題じゃない。国家の信用と帳面の問題なのよ』
俺は、頭をがつんと殴られたように、一気に冷静になった。
「……あ」
『その莫大な国家の米を、全部まとめて八百比丘尼のキューブに入れたとする。……その瞬間、徳川公儀の備蓄は、八百比丘尼というたった一人の持つ首飾り一つに完全に依存することになるのよ』
『公儀の帳面も、厳格な蔵番のシステムも、村人たちが自分たちの手で備蓄を守ろうとする自治の感覚も、全部根底から壊れるわ』
「……確かに、その通りだ」
『しかも、そのキューブを持ってる本人が、「日本人全員不老不死化計画に協力してね」と、明確に見返りを求めて言っている。……国家行政の根幹である食料備蓄を、人外の善意と気分に丸投げして預けるつもり?』
俺の背筋が、一気にぞくりと冷えた。
「……駄目ですね。これ、便利すぎるからこそ、国を滅ぼす絶対に駄目なやつだ」
「えー」
八百比丘尼が、不満そうに唇を尖らせた。
「蔵不足の問題は、物理的な蔵と、帳面と、人間の制度で、泥臭く解決します。……チート倉庫は、使いません!」
「国松ちゃん、真面目すぎない?」
「真面目じゃないと、システムが崩壊して国が壊れるんですよ!」
*
俺がチートの強烈な誘惑になんとか耐えきったところで、改めて八百比丘尼に聞いた。
「……で。今日の用件は、本当にその誘惑だけですか?」
「いや」
八百比丘尼は、急に真面目な顔になって言った。
「チートの勧誘とは別に、ちょっと大事な話があってさ」
「最初からそっちを言ってくださいよ!」
「家康ちゃんから聞いたんだけど。……ローマ法王と、これから本格的に交易するって、ガチ?」
「ええ。宣教師の新規派遣や布教拡大は厳しく禁じますが、貿易と、医学・天文学・測量・薬学・航海術などの技術交流は、公儀の管理下で続ける方針です」
「えー。……時期、すっごく悪くない?」
「時期?」
「もうすぐ、一六一八年だよ? ……三十年戦争が、ドンピシャで始まる時期だよ?」
俺は、その単語を聞いて完全に固まった。
現在は元和二年。
つまり西暦一六一六年相当。
三十年戦争の開始は、一六一八年。
……あと、たった二年。
「……えっ?」
「マジマジ」
俺は、頭を抱えた。
「し……しまったぁぁぁぁぁぁッ!!! 世界史、難しすぎる!!!」
*
俺の頭の中で、前世の乏しい世界史の知識がフル回転し始めた。
三十年戦争。
一六一八年から一六四八年。
ドイツを中心に、神聖ローマ帝国、カトリック、プロテスタント、ハプスブルク家、フランス、スウェーデン、スペイン、オランダ。
そして傭兵、宗教対立、王朝の覇権政治が複雑に絡み合う、ヨーロッパ全土を巻き込む血みどろの大戦争。
俺の知識は、決して専門家レベルではない。
前世の世界史の授業と、歴史の解説動画、あとは歴史ゲームの知識程度だ。
だから、ざっくりとしか理解していない。
最初は宗教戦争の顔をして始まるけど、途中から完全に、カトリックもプロテスタントも関係ない欧州の覇権争いになる泥沼のやつだ。
めちゃくちゃ長い。
ドイツの国土が地獄になる。
傭兵が暴れ回る。
そして、スペインもオランダもがっつり絡んでくる。
海外の交易ルートにも、絶対に甚大な影響が出る。
……待て待て待て。
ローマ法王と関係を築いて、本格的に技術交流しようとしているこの最悪のタイミングで。
……ヨーロッパが、そんな地獄の泥沼に突っ込むのか!?
「えっと……日本の交易にも、影響、ありますか?」
俺が恐る恐る聞くと、八百比丘尼は言った。
「うーん。こっちも、私の予知と……あ、これ絶対に誰にも言わないでね? ガチの上位存在だけの秘密だから」
「……また、私の知りたくない特大の秘密情報が増える予感がします」
「国松ちゃんを『上位存在の候補』として、特別に教えてあげるってことで!」
「候補にしないでください!」
*
八百比丘尼は、少しだけ自分の特殊な立場について語り始めた。
「さっき、イングランドに魔女がいるって言ったでしょ」
「ピラミッドを再建した、むちゃくちゃな知り合いですね」
「そうそう。ああいう上位存在たちって、わりと裏でネットワーク繋がってて、交流してるの」
「上位存在の人脈とか、聞きたくないような、聞かないと死ぬような……」
「私なんて、純粋に不老不死に特化してるだけ。何をされても世界に絶対に残れる楔みたいなもの。正直、能力としては上位存在の中では外れ寄りかな。予知とか長生きとか、その程度しかないし」
「不老不死と未来予知を外れ扱いするの、やっぱり価値観が完全に壊れてるんですよ」
「でも、他の子たちは、わりと無法だよ。全世界を空間ゲート経由で一瞬で移動できたりするし」
「それ、めちゃくちゃ無法ですね」
「で、その子のネットワーク経由で、ちょっとイングランド方面とか、欧州の情勢を裏から見てきたの」
「なるほど……?」
ここで、八百比丘尼は軽いノリを少し落とし、真剣な顔になった。
「だからマジで言うけど。……発端になる宗教対立の火種は、この世界でもすでに起き始めてるわ。完全に元の歴史と同じ形になるかは分からないけど。……おそらく一六一八年、三十年戦争は確実に起きる」
「げぇ──ー!」
*
「まあ、欧州の戦争そのものは、日本からは絶対に止めようがないよ。あっちの火種だし、国松ちゃんが江戸で田んぼを見てても止まらない」
「止める気も、止める能力もありません」
「国松ちゃんが気をつけた方がいいのは……日本の銀が、どこに、どれだけ流れるか、だね」
俺は、その言葉にはっと反応した。
「……銀」
「日本って、世界有数の銀の産出国でしょ? 交易を続けるなら、銀は必ず日本の外に流れる。欧州が戦争を始めると、その銀は、武器、傭兵、船、火薬、同盟、そして借金に変わる」
……日本の銀が、ヨーロッパの戦争を支える?
いや、前世の歴史でも、世界の銀は貿易と戦争を密接に繋いでいた。
石見銀山。
南蛮貿易。
明の莫大な銀需要。
スペイン銀。
オランダ東インド会社。
ざっくりしか知らないけど、銀はただの価値ある金属じゃない。
世界経済の血液であり、戦争の最大の燃料だ。
「国松ちゃんの影響で、日本の銀の流れ方が確実に変わる」
八百比丘尼が指摘する。
「港別登録制度で、交易がすべて公儀の帳面に載る。ローマとも技術交流を続ける。平戸や長崎の扱いも変わる。……そうすると、欧州の戦争への銀の供給ルートも、元の歴史から大きく変わる」
「……それで、三十年戦争の勝者が変わる可能性も……?」
「あるかもね。なにせ、三十年も続く戦争の燃料だからね」
「げえええええええええええええ!!!」
*
俺は、即座に世界史に干渉する恐怖を理解した。
国内のことなら、まだいい。
家康、秀忠、竹千代、崇伝、天海、正純、公家文書御用、代官所。
有能な人間が山ほどいるから、何とか知恵を絞って整理できる。
でも、欧州は違う。
遠すぎる。
宗教対立。
王朝政治。
海上交易。
銀。
火薬。
傭兵。
ローマ教皇庁。
スペイン、ポルトガル、オランダ、イングランド。
そして日本は、そのヨーロッパの戦争に直接介入するつもりなど一切ないのに……交易という回路を通じて、銀という血液を流すことで、間接的に、しかし決定的に関わってしまうのだ。
ローマ法王と話した。
交易は続けると言った。
港を帳面に載せた。
銀の流れも記録するつもりだった。
でも、その銀が、欧州の火薬庫に大量に流れ込むなら、話は全く変わってくる。
……日本の米と水を一生懸命に整えていたら、いつの間にか世界史の大戦争の資金繰りに触ることになるって、マジで何なんだよ!
「別に、交易を全部止めろとは言わないよ。というか、無理でしょ。交易を完全に閉じすぎても、日本が困るし」
「じゃあ……どうすれば」
「帳面で、しっかり『見る』しかないんじゃない?」
「……また、帳面ですか」
「国松ちゃんの、一番の得意技でしょ?」
八百比丘尼は、にっと笑った。
*
俺は、八百比丘尼の知恵袋としての助言を聞きながら、頭の中で対策の方向性だけを整理した。
【方向A:銀の輸出量を厳密に記録する】
港別登録制度と完全に連動させる。
どの港から。
どの商人が。
どの国の船に。
どれだけの銀を。
何と交換して出したか。
これを徹底的に記録する。
「……銀台帳。また、帳面が増える……」
【方向B:銀の対価を、技術・薬種・道具に寄せる】
単に豪華な布や贅沢品と交換するのではなく、医学書、測量器具、望遠鏡、時計、造船技術、薬種、鉱山技術。
そして、銃砲そのものではなく、火薬の安全管理知識や航海術へ、交換を意図的に誘導する。
【方向C:特定勢力へ偏らせすぎない】
ローマやスペインといった南蛮勢力だけに、銀を流しすぎない。
オランダやイギリスの紅毛、唐船、朝鮮、琉球など、複数経路で意図的に分散する。
「一国に銀を流しすぎると、欧州の戦争の片側を強烈に支援したことになってしまう……」
【方向D:情報の購入】
八百比丘尼が最も強調したのはこれだった。
「銀で一番優先して買うべきなのは、品物じゃなくて情報だよ。欧州の戦争の進み具合、港の封鎖状況、商人の信用度、どの国が今一番焦っているか」
「明国情勢・情報収集台帳の、欧州版が必要になるのか……」
*
俺は、八百比丘尼へ向かって深く礼を言った。
「蔵問題の、チートによる解決は採用しません」
「えー。まだ言う?」
「言います。どこでもキューブは絶対に使いません。便利すぎて、国が腐るからです」
「じゃあ、不老不死化計画は?」
「絶対に採用しません」
「ちぇー」
「ですが。……三十年戦争と、日本の銀の流出の話は、本当に助かりました。これは、至急大御所様に報告します」
「うん、それはした方がいいよ。家康ちゃん、たぶんすっごく喜んで策を練ると思うよ。胃も痛くなるだろうけど」
「私の胃は、もうすでに穴が空きそうです」
「じゃ、またね! どうしてもチート使いたくなったら、いつでも呼んでね!」
「一生呼びません!」
八百比丘尼は、楽しそうに笑いながら、ふわりと姿を消した。
*
八百比丘尼が去った後、KAMI様が声をかけてきた。
『よく耐えたわね。四次元収納チート』
「正直、かなり揺れました」
『でしょうね。でも、あれを公儀の蔵代わりに使ったら、あんたの作っている泥臭い制度と信用が、全部死ぬわ』
「ですよね」
『でも、三十年戦争の話は大事よ。……国内の政策が安定し始めたから、次は『外の特大の火事』が見えてきた。ただ、それだけのことよ』
「火事の規模が、欧州全土を巻き込む大戦なんですが」
『世界は繋がってるもの。港を帳面に載せて海を開いたなら。……その先の戦争も、少しずつあんたの帳面に入ってくるわ』
「帳面に、入れたくない……」
『無理ね』
俺は、家康へ至急報告するために、簡単な覚書を作り始めた。
題名は、『欧州宗教戦乱および、銀流出注意覚書』。
元和二年。
旧正月の祝いで、国内政策は大きく前へ進んだ。
三法も、公家文書御用も、港別登録も、確かに動き出した。
だが。
港を帳面に載せたその瞬間、その海の向こう側にある欧州の大戦争まで、かすかに見えてしまったのだ。
日本の米は、国内を支える。
だが、日本の銀は。
……海の向こうの、血みどろの戦争の行方を動かすかもしれない。
なんで、江戸の田んぼを見ていた俺が、三十年戦争の心配をして、銀の流出をコントロールしようとしているんだ。
俺は深くため息をつき。
今年何冊目になるか分からない白紙の新しい帳面に、震える手で『銀』と書き込んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!