暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
元和二年の秋も深まり、江戸の町に冷たい風が吹き始めた頃。
江戸城内の、大御所様の私的な座敷において、ごく少人数での茶会が開かれていた。
「たまには茶でも飲んで息を抜け、国松。……お前の顔、最近は死人のように青白いぞ」
家康が、苦笑しながら茶碗を勧めてきた。
参加者は、家康、秀忠、竹千代、俺。
そして、なぜかこの場にいる八百比丘尼こと、お里である。
ここ数か月、俺は全国的な大豊作に伴う米蔵の確保、水害地への救荒米の手配、夜通しの天体観測、南蛮書物の『灰色本』の翻訳地獄、さらには外国御用屋敷の監視と、息つく暇もない実務の濁流に飲み込まれていた。
だから、家康の言う通り、たまには家族だけの内輪で、のんびりとお茶を楽しむ時間も必要なのだ。
……必要なのだが。
「さあさあ! 今日は私から、お茶請けの特別なお菓子を持ってきたよ!」
八百比丘尼が、ニコニコと笑いながら、見慣れない焼き菓子が乗った盆を差し出してきた。
(……八百比丘尼の特製菓子。この時点で、食っていいのか一瞬本気で迷う)
俺は、その素朴な茶色い丸い菓子を睨みつけた。
(何か変な薬が入ってないだろうな。一口食った瞬間、細胞が変異して不老不死になったりしないよな?)
「ひっどーい。失礼だなー、国松ちゃん」
八百比丘尼が、唇を尖らせる。
「ただの焼き菓子だよ。南蛮の菓子を真似て、小麦粉に砂糖と香辛料をちょっと使って焼いただけ!」
「その『ちょっと』が、俺には一ミリも信用ならないんですよ」
俺が警戒していると、家康は何の躊躇いもなくその焼き菓子を手に取り、齧った。
「うむ。悪くない。南蛮の菓子特有の香りが、渋い茶によく合うものじゃな」
秀忠も、少しだけ眉を寄せつつ、父が毒味を済ませたのを見てから一口食べた。
「……ほう。少し硬いが、素朴で良い味わいだ」
「甘くて美味しいです!」
竹千代は、子供らしく素直に甘味を喜んでいる。
俺も、意を決してその菓子を口に放り込んだ。
……普通に美味い。
サクサクとした食感に、ちょうどいい甘さと香辛料の風味。
普通に美味いのが、逆にものすごく怖い。
とはいえ、久々ののんびりとした茶会である。
ここは一つ、重い政務のことは忘れて、癒やしの時間を楽しもう……と思ったのだが。
この世の理から外れた千年の旅人がいる以上、話題がまともな方向で終わるはずがなかった。
*
「そろそろ、本格的な冬じゃな」
温かい茶をすすりながら、家康がぽつりと言った。
「諸国の田んぼの手も、少し空く季節になる。……民も武士も、体を持て余す頃合いよ」
竹千代が、その言葉に反応して目を輝かせた。
「相撲の季節ですね、大御所様」
相撲。
この泰平の世において、戦が減り、力を持て余した武士や、農閑期の若者たちにとって、それは最高の娯楽であり、力の見せ所だった。
「相撲はいいですよね」
俺も、茶菓子をかじりながら同意した。
「勝ち負けの決着が誰の目にも分かりやすいですし、力士同士の体格の差や、戦いの型も違うから、見ていて非常に盛り上がりますからね」
「ほう、国松も相撲を見るのか?」
竹千代が、意外そうな顔をした。
「あ、ええ。……私の知る後の世では、相撲を見る機会がかなりありましたから。私はそこまで詳しくはありませぬが、名勝負の熱気は何度も語り継がれますし……」
俺は、前世の記憶を思い出しながら、つい口を滑らせた。
「あと、後の世の日本はお年寄りが多いので、夕方になると、どこでも相撲がよく流れていました」
「流れる?」
家康が、不思議そうに首を傾げた。
「あっ」
俺は、盛大にやらかしたことに気づいた。
「出たねー。国松ちゃんの、時々うっかり漏れる未来語」
八百比丘尼が、ニヤニヤと笑いながらお茶をすする。
「国松。……相撲が『流れる』とは、何事じゃ」
家康の目が、興味津々で光っている。
秀忠も竹千代も、俺の顔をじっと見つめている。
「えーと……その」
俺は、冷や汗をかきながら必死で誤魔化し方を考えた。
「後の世にはですね。……遠く離れた場所の景色や勝負の様子を、そのまま箱の中に映して見る道具があるのです。先日の、御異物改方の《暗箱写し》が、ずっとずっと進んだもの……と、考えていただければ」
竹千代が、ガタッと身を乗り出した。
「あの暗箱写しの進んだものが、遠くの相撲の勝負を、そのまま映し出すのか!」
「は、はい。全国の人が、同じ箱を覗き込んで、同じ勝負を同時に見て盛り上がるようになります」
「それは……すごいな!!」
竹千代の目が、完全に少年のように輝き始めた。
「遠き場所の勝負を、箱で同時に見る世か。……まこと、後の世というのは奇妙で面白いものじゃのう」
家康も、カラハハと愉快そうに笑った。
(……やっちまった。ただのお茶会で、まさか遠くの勝負を映す箱の概念を説明する羽目になるとは思わなかった。暗箱写しをうっかり公儀の技術として採用した弊害が、こんな雑談の場にも来てしまった)
*
「国松。……その後の世の相撲は、今の我らの相撲と、何が違うのだ?」
相撲好きの竹千代が、さらに食いついてきた。
俺は、相撲の歴史については専門家ではないので、横でニヤニヤしている八百比丘尼へ助けを求める視線を送った。
「うんうん。じゃあ、千年の旅人の私が、ざっくり教えてあげる」
八百比丘尼が、クッキーを齧りながら口を開いた。
「後の世の相撲にはね、『相撲部屋』っていう面白い仕組みがあるんだよ」
「相撲、部屋?」
「そう。一人の独立した師匠、まあ親方みたいな人がいて、その下に弟子の力士たちがたくさんいるの。彼らは、一つ屋根の下で一緒に暮らしながら、厳しい稽古をして、たくさん食べて大きな体を作って、そして勝負の場へ出るんだよ」
「ほう……!」
「強い親方の部屋には、自然と強い力士が集まる。相撲は、見世物としても興行としてもすごく分かりやすいからね。……強い力士がいる部屋は、それだけで大きな名誉になるし、彼らを裏で支援する大名や商人も、自分の名前が世間に売れて鼻が高いってわけ」
その言葉を聞いた瞬間。
家康の目が、戦国武将のそれから、天下を治める為政者の冷徹な光を帯びた。
「……大名や大商人に、力士を抱えさせるか」
「父上?」
秀忠が問う。
「なるほど。血を流す戦ではなく、己が庇護する力士の強さで、各々の名誉を公の場で競わせる。……それは、戦なき泰平の世においては、武士の力の発散先として、悪くないやり方よ」
家康が完全に政治的な利用価値を見出したのを見て、俺は即座にアラートを鳴らした。
「……大御所様。確かに名誉の競い合いにはなりますが、その裏のリスクも山ほどあります」
「リスク?」
「はい。勝つためだけの人買い、八百長、賭博、無理な稽古による死傷、酒の席での喧嘩、力士の金による引き抜き、大名同士の私怨による裏試合……。放置すれば、相撲がただの代理戦争と化して、必ず血が流れる火種になります」
「はい出た、国松ちゃんの帳面脳」
八百比丘尼が、呆れたように言う。
「帳面で縛って法を整えないと、人が死んで制度が腐るんですよ!」
*
「では、その強い力士を、後の世ではどうやって民に分かるようにしているのだ?」
竹千代は、俺の懸念をよそに、さらに興味津々で尋ねた。
「後の世にはね、『番付』っていう、すごく分かりやすい順位表があるんだよ」
八百比丘尼が楽しそうに語る。
「強い人ほど、表の上の特等席に大きく書かれるの。ざっくり未来の階級で言うとね……横綱、大関、関脇、小結、前頭、十両、幕下以下……みたいに分かれてるね」
「横綱……大関……!」
竹千代は、その響きの格好良さに息を呑んだ。
「横綱ってのは、特に強い人の最高格だね。連戦連勝の象徴みたいなもので、特別な綱を締めるの。その横綱に勝つことができれば、とんでもない名誉になるんだよ」
「面白い! それは実に面白いぞ!!」
竹千代の目が、完全に燃え上がった。
だが、ここで俺は、未来知識の暴走を止めるべく、強く釘を刺した。
「兄上。お待ちください。……未来の仕組みの言葉を、そのままそっくり今の時代に持ち込むのは危険です」
「危険? なぜだ」
「今の世で、いきなり横綱という最高格の名前だけをポンと作ると、神格化や権威付けが強くなりすぎます。制度が熟していないのに、最高位の称号だけを先に作ると、その名誉に群がる大名たちの欲が暴走し、必ず不正や争いが起きます」
「では、横綱は使わぬのか?」
「未来の名としては面白いですが、今はまだ封印すべきです。……まずは、大関を最上位とした、試験的な試行番付から始めるのがよろしいかと」
家康が、俺の言葉を聞いてカラハハと笑った。
「国松らしい、石橋を叩いて割るような慎重さよ」
「確かに。名誉の位を作る前に、まずは力士の身元の登録と、勝敗の確かな記録が先だな」
秀忠も、将軍として真っ当に頷く。
「はい。番付というものは、誰の目にも明らかな勝敗の記録が積み上がって、初めて意味を持ちます。まずは、『誰が、どの師匠の下に所属し、いつ、誰と戦い、勝ったか負けたか』を、公儀の帳面で正確に残すところからです」
「……つまり。相撲を楽しむためにも、また帳面が要るのか」
竹千代が、少しげんなりした顔をした。
「もちろんです」
「相撲なのに?」
「相撲だからです」
俺は、一切の妥協なく言い切った。
人が集まり、興行として金と名誉が動く以上、そこには必ず行政の帳面が必要になるのだ。
*
竹千代が、身を乗り出して家康と秀忠に向き直った。
「父上、大御所様。……この竹千代に、江戸の相撲の番付と、興行の仕組みを試させていただけませぬか」
「お前がか?」
秀忠は、少し驚いたように嫡男を見た。
「はい。私は相撲が好きです。ですが、ただ見るだけではなく……これを、泰平の世にふさわしい形へ整えてみとうございます」
竹千代の顔は、少年の好奇心から、次代を担う為政者のそれへと変わっていた。
「武士の持て余す力を、血の流れる戦ではなく、民が見て楽しめる勝負へ向ける。大名や商人が、戦支度ではなく、健全な力士の育成で名誉を競う。……これは、国を治める上で、決して悪くない政になると思います」
「……うむ。よい目をしておる」
家康は、孫のその為政者としての成長を、心底満足げに目を細めて見た。
「秀忠。国松。……どう思う」
「私は、相撲の技そのものには詳しくありません。ですが、兄上は相撲がお好きですし、武家の力の発散先としての制度設計は、非常に良い試みかと存じます」
俺は答えた。
「ただし、最低限の身元登録・賭博禁止・怪我の対応といった、安全のための禁制は絶対に必要です」
「分かった。その面倒な法と帳面の整備は、国松に助けてもらう」
「助けるのは、あくまで帳面と法の裏方だけですからね? 相撲の興行の中身は、兄上が責任を持って決めてくださいよ?」
「うむ。では、この相撲の儀は、竹千代に任せよう。まずは今年の冬、江戸の奉納相撲から、試みにやってみるがよい」
「はい!」
お茶会ののんびりとした話題が、気づけば、次期将軍による立派な娯楽の制度化の政治実務へと完全に切り替わっていた。
*
俺は、さっそく竹千代の考えを整理し、最低限の試行案をまとめ始めた。
名称案。
いきなり「相撲部屋」と呼ぶのは未来の先取り感が強すぎるため、この時代の風情に合わせて、『相撲御用稽古場』『力士詰所』『抱え力士組』といった呼び名に翻訳する。
竹千代の興行案。
大名や商人、寺社が力士を支援できる仕組みを作る。それが支援者の名誉になる。
力士は全て公儀の登録制とする。身元の定まらない者の飛び入りは認めない。
師匠、または親方役を必ず置き、彼らに弟子を管理させる。
冬の奉納相撲で勝敗を記録し、成績上位者を番付に載せる。
国松の追加・安全規定。
人買いによる強引な弟子集めの禁止。
度を超えた無理な稽古や、私怨による暴力の禁止。怪我の報告義務。
興行の場への、医師・薬師の配置。
賭博、八百長、場内での乱闘の絶対禁止。
大名同士の私的な代理戦争化を防ぐため、力士の金による引き抜きは公儀への届出制とする。
興行の木戸銭の一部を、寺社の修繕や橋の普請、水害地への救荒米の資金へ回す。
観客の出入り管理と、屋台村の火気・衛生管理の徹底。
「……相撲を一つ開くだけで、これほど細かく決めねばならぬのか」
竹千代が、ずらりと並んだ箇条書きの禁制を見て、少しだけ顔を引きつらせた。
「人が集まって、そこで金が動くものは、全部そうです」
俺は淡々と答えた。
「国松が言うと、言葉の重みが違うのう」
家康が笑う。
「お茶会のはずなのに、すでにゴリゴリの相撲行政会議になってるねー」
八百比丘尼がクッキーを齧りながら茶化す。
「私も、そのつもりはなかったんですけどね!」
*
番付については、未来の知識を参考にしつつも、あくまで今の時代に合わせた試験的なものに落とし込んだ。
「まずは、勝敗の記録を分かりやすく反映した順位表として始めましょう。横綱のような重い称号は、制度が完全に根付いてからで十分です」
「しかし、強き者を、民の目に分かりやすく掲げたい」
「でしたら、番付表の文字の大きさと位置で差をつけましょう。上位の強い力士ほど、太く大きく書く。そして、東と西に分ける。これなら、文字が読めない者にも、見た目だけで強さが一目で分かります」
「それはよい! 目に浮かぶようだ!」
竹千代が手を打って喜ぶ。
(未来の相撲番付の片鱗が、この元和の江戸に生まれようとしている。……いや、俺は何をしているんだ。蔵不足と水害と灰色本だけでも死にそうなのに、今度は相撲の番付表まで管理するのかよ!)
*
相撲の話が一段落したところで、八百比丘尼がさらに話を広げてきた。
「でもさ。体を使う娯楽だけじゃなくて、頭を使う娯楽も大事だよ。この時代には、囲碁と将棋があるでしょ? 後の世でも、ずっと続く最高の知的娯楽だよ」
「うむ。儂も碁は好きじゃな」
家康が頷く。
「大橋宗桂らにも、すでに公儀から扶持を与えて保護しておるぞ」
「……そういえば」
俺は、自分の実務の偏りに気づいた。
「私は、田んぼと蔵と南蛮書物の実利の帳面ばかり追っていて……そうした娯楽の保護については、全く手をつけていませんでしたね」
泰平の世では、戦が減る。
戦が減れば、武士の持て余す時間も、町人の蓄えた金も、農閑期の民の余力も、必ず別の遊びの場所へ流れていく。
その流れを放置すれば……結局は、裏の賭博、喧嘩、怪しい宗教、詐欺めいた見世物へと落ちていき、治安が悪化するだけだ。
ならば、公儀が先回りして健全な遊芸を保護し、その熱気をコントロールしておく必要がある。
囲碁・将棋の制度化案。
御城将棋・御城碁の定例化。
優れた棋士への扶持の制度化。
弟子取りの届出制。
賭博将棋・賭博碁の厳重な禁止。
大名や旗本が、私的な賭けで過熱するのを抑える。
武家子弟の教育用として推奨し、公家文書御用や祐筆見習いの休息にも使わせる。
優れた対局記録、棋譜を保存し、公儀御書物蔵に保管する。
「盤上の勝負は、血を流す戦の代わりに、知恵の限りを尽くして競う場になります」
俺は提案した。
「泰平の世には、武芸だけでなく、こうした知的娯楽も、公儀の威信をかけて保護し、整備した方がよいかと存じます」
「ただし、賭博の泥沼へ流れぬよう、明確な線引きは必要だな」
秀忠が釘を刺す。
「はい。あくまで高度な遊びとして保護し、博打の道具としては厳しく締めます」
「よい。相撲は竹千代に任せ、囲碁将棋は、すでに保護しておる者たちの体制をさらに整えよ」
家康が、満足げに裁可を下した。
*
「海外には、このような盤上の遊戯はないのか?」
家康がふと、興味深そうに問いかけた。
「ええと……チェス、でしょうか。西洋将棋のようなものです。ただ、この時代に、どの程度まで今の我々の知る形に近いのかは、私は詳しくありませんが」
俺が言うと、八百比丘尼が補足してくれた。
「チェスはもうあるよー。西洋ではかなり長く遊ばれてる歴史があるし。今の時代なら、後の世のルールにかなり近い形で遊ばれてる地域もあると思う。長崎とか、江戸の外国御用屋敷にいる南蛮商人や紅毛人なら、知ってるんじゃない?」
「将棋と似ておるのか」
「似ています。相手の王を追い詰める盤上遊戯です」
俺は、知っている限りの違いを説明した。
「ただし、日ノ本の将棋と違って、取った相手の駒を自分の駒として再利用することは、基本的にありません。なので、終盤になるほど盤上の駒が減っていき、形がすっきりとします」
「取った駒が、盤上に戻らぬのか。……それでは、終盤の戦の様相が随分と違うな」
竹千代が、真剣な顔で考察する。
「はい。将棋は取った駒が自軍の兵として戻るので、最後まで複雑で泥沼の盤面が残ります。チェスは駒が減るので、終盤は少数の精鋭の駒で、どうやって王を追い詰めるかを論理的に読む感じになります」
「面白いのう。……盤上の遊び一つにも、異国の戦の考え方が透けて見えるようじゃ」
家康が、深く感じ入ったように頷く。
「そうそう。盤上遊戯って、その文化の考え方や、歴史の成り立ちが色濃く出るんだよねー」
俺は、これを単なる遊びとしてではなく、外国御用屋敷を使った比較文化と外交の小道具として使えると考えた。
「外国御用屋敷にいるイングランドやオランダの商人から、聞き取りをさせてみましょう。盤と駒を一式提出させ、公儀御書物蔵で『西洋将棋聞書』として記録します。日ノ本の将棋の棋士に遊ばせて、比較させるのも面白いかもしれません」
「ただし!」
俺は、即座に安全弁を張った。
「これも、帳面に載せてからの話です。駒の名前、王、司教、騎士などに宗門絡みの誤解がないか、賭博に利用されていないか、全部確認してからです」
「遊びなのに、厳しいねー」
八百比丘尼が言う。
「外国から来たものは、遊びでも油断できないんです!」
*
のんびりとしたお茶会だったはずが。
気づけば、俺は『泰平遊芸御用』とでも呼ぶべき、新たな娯楽分類の制度設計に頭をフル回転させていた。
娯楽分類案。
一、身体を使う勝負。
相撲、弓、馬、剣術試合。
ただし殺傷、賭博、乱闘は禁止。
二、盤上遊戯。
囲碁、将棋、西洋将棋。
棋譜の保存、棋士の扶持、賭博禁止。
三、見世物・芸能。
謡、舞、芝居、曲芸。
ただし火気、混雑、風紀、宗教的な煽動に注意。
四、茶菓子・食文化。
茶会、南蛮菓子。
ただし砂糖の無駄な流通や、贅沢化に注意。
(……娯楽は、民を休ませる。武士の力を暴発させない。大名の名誉欲を、血の流れない興行へ流す)
(でも。放置すれば、絶対に賭博、火事、乱闘、詐欺の温床になる。……つまり、遊びにも帳面が絶対に要るんだ)
「はい出た。何でも帳面で管理しようとする病」
八百比丘尼が呆れ果てる。
「病じゃなくて、統治です!」
家康は、本当に楽しそうに笑っていた。
「よいではないか。戦のない世には、戦ではない名誉と楽しみが絶対に要る。……民も武士も、正しき遊び方を知らねば、暇を持て余して、ろくでもない争いを始めるものじゃ」
「だが、公儀が民の遊びに肩入れしすぎれば、無用な浪費と風紀の乱れを招くぞ」
秀忠が、財布の紐を握る将軍として懸念を示す。
「なので。公儀は興行の全部を直接運営するのではなく、あくまで許可制、記録制、禁止事項の明文化に留めるのがよろしいかと存じます。相撲は竹千代兄上に試行していただき、囲碁将棋は既存の保護を整理。西洋将棋はまず聞き取りからです」
「相撲の御用、必ずや形にしてみせる」
竹千代が、力強く宣言した。
「うむ。やってみよ、竹千代」
家康が、温かい目で孫を見守った。
*
茶会がお開きになり、自室に戻った俺の机の上には。
『奉納相撲御用・力士登録控』
『冬場所・試行番付帳』
『抱え力士・師匠届出帳』
『相撲興行・賭博乱闘禁制控』
『囲碁将棋御用・棋譜保存控』
『西洋将棋聞書』
『泰平遊芸御用・分類控』
……という、真新しい白紙の帳面が、ずらりと並べられていた。
「……息抜きのお茶会だったはずなんだけどな」
俺は、疲労困憊で机に突っ伏した。
ただクッキーを食べて、相撲の雑談をしただけなのに、また新しい国家の制度が生まれてしまった。
家康は、茶を飲みながら満足げに言っていた。
『よい。米を守り、法を整え、海を帳面に載せ、星を記す。……そこに、民の健全な楽しみも加わって、ようやく世の中が泰平らしくなるのだ』
(泰平らしくなる。……それはきっと、すごく良いことなのだろう)
俺は、少しだけ重い体を起こして、新しい帳面を開いた。
田んぼを作り、蔵を建て、書物を集め、星を見て、外国商人を監視するだけでは。
……人は、ただ生き延びることはできても、心から笑うことはできない。
笑える世の中にするには、血の流れない遊びも要るのだ。
ただし、遊びの場には、必ず火と、金と、人が集まる。
火と金と人が集まる場所には、放置すれば必ず事故や争いが起きる。
だからこそ。
公儀が先回りして、それを包み込むための帳面を作らなければならない。
今年の冬。
江戸では、米蔵の増築と、夜通しの天文観測と、灰色本の翻訳地獄に加えて。
新たに、大歓声の上がる相撲の番付表までが、泰平の世の産声として、賑やかに上がろうとしていた。
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