もしも雲明世代でエイリア編がまた始まったら 作:こころにいつも中二病
アンケート協力ありがとうございました!
結果は、井馬里陽愛、古手打七南、伊勢谷要、雨道未理科、妖士乃銀郎となりました!
現状個人的にセレクトキャラの理解度が高いのが 妖士乃 > 雨道 > 古手打 > 伊勢谷 > 井馬里 なので、理解度足りないキャラはちょっとキャラ崩壊あるかもしれません……(改めてゲーム内セリフを確認しておくつもりですが)
澄んだ空の下、数多の流れ星に見守られながら始まった星空観察。
最初こそ、緊張からかどこか厳かな雰囲気に包まれていたが、しばらくしないうちに彼ららしい騒々しさと笑い声があっという間に溢れていった。
「あ、また一つ流れたっ!」
「え、忍原先輩、どこっすか!?」
「反対側の方……とは言ってももう消えてしまったけどね」
「秋の大会も勝てますよーに、勝てますよーに、勝てますよーにっ! ……品乃さん、これってセーフ!?」
「とっくに消えてるからアウトだな」
薄く弧を描いて落ちていく光に、誰かが指を刺した。いつ消えるかもわからないほのかな軌跡。彼らはそれに幼子のようにはしゃいでは、それぞれのらしい言葉で思いを頭上に輝く星へと届ける。
誰もが、特別な夜に胸を躍らせ、夢中になっていた。キラキラと輝く夜空と光の天井の景色に、心と視線を掴んだまま、離そうとしなかった。
……そんな中、雲明だけは他の面々が興奮気味に空を見上げているのとは対照的に、宙に見向きもせず笑い合う彼らを柔らかな視線で見つめていた。
まるで、星空よりも見ていたいものがある、と言った目をして。
それに気づいていたのは、ただ1人だった。
「せっかくの機会なのに見なくていいのかよ」
頭上から降ってきたその声に、雲明は思わず顔を上げる。そこには、やけに呆れた表情を浮かべた桜咲がこちらを見つめていた。名前に似つかわしい色づいた桜の葉のような瞳と目が合い、雲明はパチリと瞬きをする。それから、彼の言葉の意味に気がつき、ふわりと口元を緩めた。
「一応見ていますよ。流星群のピークの時間もすでに分析済みですし」
「そういうことじゃねえだろ。情緒とか思い出とか、そういうもんが──」
「それに、僕は“流星群”そのものが思い出になるとは思っていませんから」
その言葉に、苦言を言おうとしていた桜咲の口が止まる。雲明は、そんな彼の反応を見抜いていたかのように、ふふ、と得意げな笑みを浮かべた。
「僕たちの最初の合宿。その最後の特別な夜を、皆で過ごせること。それこそが、何よりも得難い思い出になると思いませんか?」
その物言いに、桜咲は目を見開いた。そして、どこかしてやったり感もある雲明の表情に、やがてはあ、と巨大なため息をつく。
たく、とぼやく桜咲を隣で眺めながら、雲明はくすくすと笑みをこぼした。
「相変わらずお前は表現がいちいちクサいっつーか……まじでポエマーだな」
「でも、こういうのも悪くはないでしょう?」
「……悪くは、な」
ふい、と顔を背けながら答えた桜咲のわかりやすい照れ隠しすらも、雲明にとっては心地良いものだった。二人はお互いの顔を見合わせたまま、穏やかに笑みを交わす。そして、再び遠い夜空へと目を向けた。
会話が途切れ、再び静寂が辺りを包む。また一筋、白い光が夜空を駆け抜けた。
降り注ぐ流星と、静けさの中で響く仲間たちの穏やかな呼吸。その一つ一つを五感に焼き付け、記憶に残す。
どんな珍しい催事にも、どんな美しい景色にも負けない、ここに流れる“今”という時間。それこそが雲明にとって、そして皆にとっての何よりの贈り物なのだと、誰よりも知っていた。
だからこそ、今この時を、この一瞬を、この全てを。決して忘れないように、大切に抱えて歩けるように、心の奥底に深く刻みつけたいと、強く願った。
***
南雲原サッカー部の面々が空を彩る流れ星に歓声を上げる一方で、緑川はそっと踵を返して歩き出した。
彼が向かう先にいたのは、誰もいない場所で一人、服に草がつくのもお構いなく座り込んで星々を眺めていた銀髪の少年。
「敦士君」
その声に、一瞬置いて敦士が振り返った。彼の空と同じ色の目がわずかに見開く。緑川はそんな様子には目もくれず、誰もいない彼の隣へとそっと座った。
「緑川さん……」
「へへ。そこにいるの、見つけちゃったから。邪魔だった?」
悪戯っぽく笑う緑川に、敦士は少し間を置きながらも「邪魔じゃ……ないです」と答える。緑川はそっか、とだけいうと、そのまま空を見上げた。
頭上には仄かに空を照らす月と、それを飾り立てるように瞬く星々で彩られている。混じり気も汚れもなにひとつない、暗く純粋な星月夜。それは、遠い昔に見た絵画を思い起こさせるほどに美しいものだった。
「──そういえば、お父さんからいろいろ聞いたよ」
最初に口を開いたのは、やはり緑川の方からだった。敦士はその言葉にゆるりと視線だけを隣に向ける。緑川はそんな敦士の横顔を一度だけ見たが、すぐに再び星空へと視線を戻す。
「こっちにきた理由とか……あと、フィギュアやめたときのことも少しだけ」
その言葉に、敦士の背筋がぴくり、と明らかにこわばった。長いまつ毛が下に伏せ、サファイアのような蒼い瞳を隠す。
「……父はなんと?」
それでも、ポツリとつぶやかれた声に震えはなかった。それどころか、浮かぶ感情すらも凪に流されてしまったような淡々とした響きすら持っている。
緑川はそんな彼の質問に、言葉を探すように少しだけ考える仕草を見せたあと、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「すごく心配してたよ。仕事でそばにいられないことも気にしてた。もう無理しないでほしいって」
「……この前と同じこと言ってる。無理なんてしてないのに……」
敦士はそう呟いてから、ふう、と呼吸に小さなため息を混ぜる。空を見上げる瞳は、月よりも星よりも、どこかの遠い……誰にも届かない場所を映しているようだった。
緑川は気づかれないように、彼の横顔をそっと盗み見る。年齢以上に大人びた、けれどどこか寂しげな顔。その表情に何かを押し殺すような色が一瞬だけ過ぎったことは、気づかないフリをすることにした。
その代わり、唄を聞かせるような口ぶりで、そっと語りかける。
「でも、さ。今は精一杯悩んだっていいと思うよ。14歳なんて、人生のまだまだ最初なんだし」
緑川の穏やかな声が、静かな夜気に溶け込むように落ちた。
敦士はすぐには答えなかった。ただ、膝を抱え込むようにして、自分の足元へと視線を落とす。
さらりとした銀色の髪が風に揺れ、ほんの少しだけ影が彼の瞳元を隠した。月光を反射してほのかに光るその房の下で、彼は思い詰めたように表情を沈ませる。
そんな様子を知ってか知らずか、緑川はゆったりと言葉を続ける。
「俺だって、君ぐらいの頃は目に見えることが人生の全てだって思ってた。けどさ、案外世界は広くて、自分が歩ける道は一つじゃないって、全部終わった後になってようやく気づいた」
『井の中の蛙大海を知らず』ってやつだね、なんて、緑川は自嘲するように小さく笑う。だけど、そこには後悔も未練もどこにも見当たらない。それどころか、まるで大切な思い出の一ページをめくるような優しささえ感じられる。
彼は隣で小さく膝を抱える幼い少年に、にっと快活に笑いかけた。
「だからさ、今ここで立ち止まって空を見上げるだけの時間があっても、悪くはないんじゃない?」
押し付けるでもなく、ただ隣に寄り添うようなその言葉に、敦士はゆっくりと顔を上げた。それでも、その表情が晴れることはない。
彼の唇がわずかに開き、自信なさげな掠れ声が溢れる。
「……いいのかな」
「いいに決まってるって! 時間はいっぱいあるし……それに、ほら」
緑川が視線を向けた先には、丘の中央ではしゃぐ南雲原サッカー部の面々がいた。
彼らは空に降る流星を追いかけながら、相変わらず騒々しく、それでいてどこか心地の良い笑い声を上げている。夜空に手を伸ばしながら、まるで夢を掴み取ろうとする子どものように楽しそうに声を弾ませている。
それでも、明るい色彩を持つたくさんの瞳に映るのは、決して美しい夜空そのものではないことは、一目瞭然だった。
夢中ではしゃぐ彼らの姿を、緑川は眩しそうに目を細める。
そして、感慨深げな……誇らしげな表情で、目の前の彼に向かって微笑みかけた。
「彼らもいるだろ?」
確信にも近い声色で告げられたその言葉に、敦士の目が大きく見開かれる。強い風が彼の前髪をかき上げて、視野が広がる。
しゅん、と流れ星が一閃だけ空に降った。
きらりと光る星は、視界の端から端までわたり、彼らの姿を見届けるとやがて儚く消えていく。
どうやら、これが最後のひとつだったらしい。流星に飾り付けられていた夜空は元の落ち着きを取り戻し、マネージャーやキャプテンが集合の合図をかけている。
緑川はふぅー……、と細く息を吐くと立ち上がる。そして、硬くなった体を労るように軽くストレッチをすると、自然な仕草で敦士の方へと手を伸ばした。
「名残惜しいけど、そろそろ行こうか。……みんな待ってるしね」
敦士のものより、いくらか大きく、骨ばった手。敦士はわずかに視線を彷徨かせた後、そっと、それでも確かに彼の方へと手を伸ばす。それに合わせるように緑川は優しく力を込め、彼をそっと引き起こした。
空では、彼らの合宿最後の夜を満天の星たちが見下ろす。
──刹那。流星群などとっくに去った宙を通り過ぎた小さな軌跡。それが、特別な夜を過ごした彼らを祝福していたのか、それともこれから訪れる運命を予兆していたのか。
今となっては、もう、誰にもわかるはずがなかった。
***
南雲原の面々を乗せた白いキャラバンは、来るときと同じように静かなエンジン音を立てて山道を下っていく。しかし車内は、静寂とはまるっきり正反対の様子にあった。
「いやー、今日は楽しかったな〜!」
「ほんと! 超ロマンチックだった!」
「もっとゆったりと観察していたかったとも思うけどね」
「ですよね! 時間経つの早いですって!」
「あ! 今度こそ円堂ハルにタイマンで勝つって願うの忘れてたっ!」
「んなもん願うようなもんじゃねえだろ」
「……本当に、長いようで短い合宿だったな……」
キャラバンに乗った彼らは、先ほどまで空を駆けていた流れ星のように、無数に生まれてくる思い出を語り合う。話題は尽きることはなく、合宿全体へと話題を膨らませながら、次から次へと溢れ出る。この様子では、部屋に戻ったら短い自由時間をその思い出話の続きに費やすことになるのは明白だった。
そんな中、名残惜しそうに窓の外を眺めていた古道飼が、ぽつりと呟いた。
「明日には帰っちゃいますもんね。なんだか終わるのが勿体ないっていうか、ちょっと寂しいなぁ……」
この合宿が終わってしまう寂寥感に浸りながらも、余韻を噛み締める。
後数時間で今日が終わり、明日がやってくる。明日は午前中には切り上げ、夕刻には解散する予定だ。
そうして合宿が終わり、また数日もすれば、常と変わらない平穏な日々が戻ってくるのだろう。
楽しい時間というのは過ぎるのも早いと良く言われるが、それにしても早く感じてしまう。
──それを、どうしても寂しく感じてしまう。
そんな惜しむような雰囲気の中で、常と変わらない様子で割り込んできたのは雲明だった。
「ノスタルジックに浸るのはいいですが、3日後には通常通りの練習に戻りますからね。明日明後日でしっかり疲れをとっておくように」
軽く釘を刺すような言葉に、えー、と部員たちは声をそろえる。しかし、雲明はそんな文句にもならない抗議も意に介さず、ふっと口角を上げて話を続ける。
「今日が終わりじゃないんです。今日までの成果をどのように活かし、繋げていくかが大事ですから。日本一のその先を掴むためにも、ね」
雲明の揺るぎない、それでいて静かな熱を孕んだ言葉に、車内は一瞬だけ魔法にかけられたように静まり返った。
しかし、それは決して白けたからではない。彼の言葉に込められた重みと未来への期待を、それぞれが真っ直ぐに受け止めたからこその静寂だった。
「──当たり前だろうが」
真っ先に腕を組んで鼻を鳴らしたのは桜咲だった。その口元には、誇りと自信を乗せた確かな笑みが浮かんでいる。
その瞬間、車内の空気がふっと変わった。どこかしんみりとしていた雰囲気は、いつの間にか熱を持ち始め、その温度は次第に周囲に活気付けるように溢れる。
「もっちろん! てっぺんのその先、目指すんだから!」
「だな! こんなところで終われねえ」
「円堂ハルも次はもっとレベルアップしてるはず……。尚更負けられねえ」
「あー、なんかもうサッカーしたくなってきた……」
「だから、今日は休めって言っているでしょ。一応、明日もあるし……」
口々に上がった意気込みに、車内は一気に賑やかな空気を取り戻した。それぞれが拳を突き上げたり、互いの肩を叩きあったり、時には軽口を交わしたりと、明日からの未来へ向けて希望を膨らませていく。
それを見つめる雲明の顔に、いつもの冷静な眼差しはない。どこか温かい、頼もしさを湛えた微笑みが浮かんでいた。
窓の外で、夜の帳が静かに降りていく。煌めいていた星空は雲に覆われたのか、あの丘からずいぶん離れてしまったためなのか、もはや見る影もない。
ふと、運転席でハンドルをながら緑川が、後部座席を見やりながら呼びかけた。
「みんなちゃんとシートベルトしてるー? もうすぐで着くけど、酔っちゃったりしたら言ってねー」
「「「はーい」」」
こどもたちの元気の良い返事を聞いた緑川は、満足したように頷くと再び彼の視線は眼前の風景とその下にあるカーナビに集中する。
もう大分車を走らせている。カーナビが示す現在位置から見ても、あと5分くらいで旅館に着くだろう。
案の定、そこまで時間の経たないうちに、旅館の影が落ちていく星と共にうっすらと視界で形作る。
緑川はハンドルを握り直すと、これからの予定について改めて頭に叩き込む。そして、ひっそりと心の中で安堵した。
──ああ、よかった。この合宿も、何事もなく終わる──
──彼らを、サッカーを、未来あるこどもたちを、帰してあげられる──
──これで、やっと、あの子達を平穏な日常に──
***
「……本当に、帰れると思っているの?」
「帰れないよ。……帰さない」
「何事もなく終われるはずがないんだ。だってもう、始まるための条件は全て整っている──君たちが整えたんだよ」
「──ねえ、何かが終わることってどういう意味を持っていると思う?」
「……僕は、それを始まるってことを意味していると思う」
「──そう、だから。つまるところ。この物語は……」
「日常が終わって、ようやく始まるものなんだよ」
***
星が、白い軌道線を描く。
赤い光を纏って、
──堕ちた星は、大きな爆発音を轟かせながら、紅の火花を産んで。
そうしてあっというまに、全てを真紅に染め上げた。
ドオォォォォォォォォン………ッ
「……っ!?」
「なに……、何の音……!?」
「……みんな、手すりに捕まって……っ!」
突如、キャラバンを襲いかかった轟音と揺れに車内にいた皆が戸惑うものの、雲明の指示に従って身近にある手すりに捕まる。
車全体を激しく震わせた大きな揺れは、数秒の間をおいて収まった。立っていられないほどの振動が消え、最初に目を開けたのは、轟音が訪れたのを察知してすぐさまブレーキをかけた緑川だった。
彼はゆっくりと顔を上げ、状況を確認する。
──そして、窓越しに映る景色を見て、信じられないとばかりに絶句した。
「…………嘘…………」
茫然と呟かれた声に、ようやく衝撃から復帰した南雲原サッカー部の面々は、何があったのかと彼の視線を追う。
その先にあったのは、街並みの果てに立派に佇む旅館の姿──のはずだった。
「何、あれ……?」
「旅館が燃えてる……?」
「なんで……なんで火事になってんの!?」
窓の外に広がる風景は、あまりにも異様なものだった。
夜の帳に包まれたはずのその場所で、炎の舌が闇を押し返すように勢いよく空へと伸びている。赤く揺らめく火柱が、その場所を紅蓮に染め上げ、周囲の空気すらも歪ませていた。旅館は紅蓮の炎と灰色の煙に飲まれて崩れていき、煌々とした紅い光を大地に刻みつけるように照らしている。
車体を伝って届く熱は生暖かく、目の前に映るモノが現実だと痛いほどに突きつけていく。
──彼らが数日間生活してきた旅館は、一瞬の間に、文字通り灰燼へと化していた。
「緑川さん、旅館の方で何が……っ」
脳裏のすべてを塗り替えるような凄惨な光景に、キャラバン内はかつてないほどの混乱に包まれる。
その中で真っ先に我に帰ったのは、やはり雲明だった。口調こそ何とか平静を保っているが、焦燥と混乱を表情に隠しきれないままに、緑川へと問い詰める。
緑川もまた困惑と焦りに顔を青くさせつつも、それでも落ち着いた口ぶりを崩さずに答えた。
「火事……、多分故意犯だ。……状況を確認するから待ってて」
それだけ言うと運転席のそばに設置してあった通信機を操作する。そして、車のドアを開くとそのまま車の外へと駆けていった。
「「「………………」」」
残された南雲原サッカー部の面々は、緑川の背中が完全に見えなくなるまで微動だにできなかった。耳に痛いほどの静寂が車内を支配する。ただ車外から聞こえてくるサイレンの音と、遠くでまだ燻っているであろう炎の音だけがかすかに響いているのだけはわかった。
「……なんで、なんでこんなことになってんだよ……?」
そんな中で、最初に沈黙を破り、ぽつりと呟いたのは木曽路だった。しかし、その声にはいつもの明るい調子はなく、ただただ抑えきれない動揺が滲んでいる。
その一言を皮切りに、堰を切ったように動揺が広がった。
「火事だよね? なんで急に……」
「緑川さんは、故意犯だって……」
「こ、故意犯だとして、どうしてここが……?」
「荷物、旅館の中だったよな……」
「荷物もだけど……っ! 仲居さんや他の従業員さんもあの中で……っ!」
困惑と恐怖が入り混じった言葉と憶測が、四方八方に飛び交う。今、何が起きているのかすらも、理解できないままに。先ほどまでの賑やかさとは打って変わって、車内は取り乱したようなざわめきと張り詰めた空気に包まれていた。
「……みんな、落ち着いて。緑川さんが様子を見てくれるはずだから、それまでは待機して──」
雲明がパニック状態の周囲を何とか宥めようとするが、動揺の表情は隠せない。思考がまとまらない中、発端と原因、これからの行動について頭をフル回転させて考えていた時、ふとヴヴ、とジャージのポケットに入れていた携帯が震えた。
(……そうだ。香澄崎先生に連絡しないと!)
学校側で用事があったため今回は校内で待機することになっていたはずの顧問──香澄崎先生の存在をようやく思い出す。いずれは緑川が連絡してくれるだろうが、報告は早い方が後々対応しやすいだろう。
その考えから、改めて現状について整理して顧問に報告しようと、携帯を取り出して立ち上げた時だった。
「──え?」
笹波雲明の目が、驚愕から大きく見開かれた。
「雲明……?」
混乱に包まれる車内で、雲明の様子がおかしいことに真っ先に気づいたのは空宮だった。どうしたんだよ、と言うと彼の元に駆け寄り、肩を掴む。
その瞬間、否応なしにも雲明が立ち上げた携帯のロック画面──いや、正確にはそこに映されている通知が目に入る。
──そこに映されていたモノに、空宮は大きく声を上げるしかなかった。
「な……、なんだよこれっ!!」
普段からよく通る空宮の声が、戸惑いを伴って周囲にこだまする。その声に皆はようやくハッとしたように我に帰ると、声の主──空宮と雲明の方に視線を向けた。
それでもなお、空宮は戸惑いを隠さずに言葉を続ける。
「なんで、何で雲明が──。そんなわけないだろっ!?」
「落ち着け空宮。一体どうし……」
叫ぶように怒りの感情を吐き捨てる空宮に、南雲原サッカー部は全員が困惑した表情を浮かべる。桜咲は訝しげな表情を浮かべつつ、声をかける。
そして、その画面を覗き込んだ瞬間、目を大きく見開いた。
「な……っ!」
──雲明が握るスマートフォンの通知画面。
そこには、燃え盛る南雲原中学校の様子と、とあるメッセージが表示されていた。
【これは人災だ。】
【この人災は繰り返される。そして、巡り巡ってサッカーの秩序を壊すだろう。】
【全てのきっかけはお前にある】
ようやく始まりです……。
大変長らくお待たせいたしました……。