マブラヴ ラグナロク   作:玉葱狂い

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え?討幕派の日記はどうしたのかって?
……三話で特高に繋げる展開がどうしても思いつかず、現在絶賛停滞中です。

その結果、生まれたのがこちら。

気付けば枢軸国が勝利した世界で人類がBETAに悪戦苦闘する話です。

どうしてこうなった。


第一話 カシュガルの壊滅

その報せは突然であった。

帝国軍のカシュガル空軍基地が壊滅した―――

東京時間1973年4月19日午後11時38分のことである。

 

その報を受け、内閣総理大臣はただちに参謀本部の会議を開くよう要請した。

内閣総理大臣と国防大臣が直ちに国防省参謀本部の会議を開催した。議題は「カシュガルはなぜ壊滅したのか」そして、「カシュガルにアメリカの言う敵性生命体がいるのならどうするのか」ということだった。

 

帝国軍にとって、カシュガルの空軍基地は非常に重要である。

なぜなら、この基地は帝国軍にとって冷戦期から重要な基地であり続けたからだ。

核ミサイルサイロを持ち、中国の西北で最も大きな空軍基地、そして巨大なレーダーサイトと衛星を発射する基地、そしてその受信設備とロケット発射施設の存在するような、帝国にとってジョン・F・ケネディ宇宙センターとグルームレイク基地を兼ねるような空軍基地である。

そこが壊滅したとなれば、相応の対応を採らざるを得ない。

そして、その付近に空軍が展開でき、そして航空支援ができる空軍基地など存在しなかった。ウランバートルや蘭州の基地でさえ、戦闘機や攻撃機が届くがギリギリの範囲内、もしちょっとでも計算を間違えれば燃料切れで墜落しかねないほどである。

帝国軍の戦闘機や攻撃機は、艦載を第一として、整備性が高く、小型で高機動、そして兵器が大量に搭載できることが要求されている。増槽を積むことはできるだろうが、それには改修が必要であった。

また、空中給油は困難である。その理由は、大きく三つある。

一つは、帝国軍の規定で「空中給油は、緊急の場合でない限り禁止する」となっていること。

もう一つは、そもそも機体の絶対数が少ない事。

最後に、機体の信頼性が低く給油成功率が低い事である。

これには理由がある。空中給油機は、開発されてはきたが、試験機の多くが墜落したり、ホースが暴れて給油がうまくいかなかったり、ホースが破れたりで不具合が多かったうえに大量の予算を食ったことにある。それだけならまだいいが、開発主任のスキャンダルが発覚し、予算が大幅に削減され、遂には冷戦期にたった一種だけ開発されただけで終わっている。

 

それゆえ、帝国軍に残された選択肢は少なかった。

通常兵力でカシュガルを制圧する事

戦術核を適宜使用しつつ通常兵力で制圧する事

戦略核を用いてすべて制圧する事

この三つである。

そもそも、西北やモンゴルに展開する陸上部隊は少ない。中華民国軍もこの辺りにはあまり配置しておらず、空軍基地ばかりで、陸上部隊は少ない。しかも、そもそも帝国軍は1971年から軍縮に入っており、陸上部隊は削減されつつあるのが現実だ。

よって、通常兵力での制圧は極めて困難であった。

さらに言えば、帝国軍はほとんど対反乱作戦しかやっておらず、高強度の戦闘はインドで不和が起きた際のインド統一戦争への派兵や、中東戦争での少数のヘリ部隊の派遣程度であり、実戦経験が豊富とは到底言えなかった。

 

そして、会議中、カシュガルを破滅させたのがアメリカのいう敵性生命体であることが判明すると、帝国軍はますます正気を失った。

「月面であれだけ調査隊を蹂躙してきた奴らだぞ。ドイツ軍に我々が月面で軍を持たないからと要請をして護衛してもらってもあの有様だ。奴らを今西北にある陸軍で潰せるわけがない。核を使うべきだ」

これを一人の参謀が大声で発した。

これに同意の声が相次ぎ、国防大臣は苦渋の決断で核攻撃を承認、内閣総理大臣は天皇へ上奏し、カシュガルの敵性体殲滅の作戦「カ号作戦」を承認させた。

この作戦は、まず急ピッチで改修を実施し、遠隔での操縦を可能にし、核爆弾を満載したG10N富嶽を蘭州から発進させ、新疆省に入る手前で乗員を脱出させ、そこから遠隔操縦に切り替えカシュガルのBETA着陸ユニットに直撃させるという所から始まる。

これで殲滅できなければ、ウランバートルや蘭州から多くの爆撃機が発進しカシュガルへ戦略核を投下することとなっている。

使用されるのは、1952年開発のB-1御嶽、1960年開発のB-2浅間、1971年開発のB-4磐梯の三種である。

 

作戦は決行された。1973年4月21日東京時間午後1時、カ号作戦発動、富嶽が蘭州基地を出撃した。

午後6時、乗員が脱出、遠隔操縦に切り替わる。

午後11時、衛星からの映像で直撃確認

 

結果はユニットに大きな損害を与えることはできたが、決定打に欠けるとのことであった。

 

軍は未だ集結が終わっていない。よって蘭州基地とウランバートル基地から爆撃機が発進、内容物は核爆弾と核巡航ミサイルである。

 

発進した爆撃機はのべ35機

投下された核爆弾は31発、巡航核ミサイルは18発、計49発の核兵器が投入された。

当初は7発程度であったが、BETA群の拡散が想像以上に速く、そして着陸ユニット破壊にはそれだけでは不十分であったためこの量が投下された。

 

1973年4月25日。

カシュガルのBETA群完全殲滅が確認された。

代償として、新疆省の約半分。

そしてカシミールのほぼ全域が死の大地と化した。

 

これには中華民国から猛抗議があったが、中華民国内でも情勢は複雑だった。

なぜなら、カシュガルの空軍基地は中国の気象衛星の発射や中国西方のレーダー観測、気象の観測までも担っており、それが何某かの原因で壊滅したのであるから、報復は当然のことである。

しかし、事前通告もなく49発も核を使うなど想定外で、新疆が汚染されたばかりか、インド北部のカシミール地方まで汚染されたため、インド政府からの批判が相次いだ。これは大東亜共栄圏の結束に不和をもたらすと思われた。

国内的には、大政翼賛会の会派の一つから内閣不信任案が提出され可決し、首相は総辞職を決定した。その後、大政翼賛会は内部分裂を起こし、1973年11月に離党した議員の結成した「国民協同党」を先駆けとして離党が多発、1975年4月の「翼賛新党」の離脱を最後に大政翼賛会は分裂し消滅、複数の政党へ再編され、日本の政界は大きな混乱期へ突入した。

しかし、その数年後、日本の判断が正しかったことは証明されることになる。

 

翌日偵察機が飛行した。不発核兵器がある程度存在しており危険、しかも残留放射線があるとのことで接近は危険だった。その一ヶ月後、ある程度の線量低下が認められ、調査隊が派遣された。ヘリでBETAの着陸ユニットの存在を確認した。

帝国軍は当該地域にからそれを回収しようと試みたが、汚染のためにかなり危険であった。

しかし、7月1日、着陸ユニットとBETAの死骸のサンプルをある程度回収、着陸ユニットについては蘭州へ輸送され分析が実施された。そこには人類未発見元素が多数存在していたが、このことは政府内で秘匿事項とされ、秘密裏に蘭州での研究が開始され、それらの元素をM(未発見の意味)群元素と命名し、そのすべてを蘭州の基地で保管した。

 

これにて、BETAの地球侵攻の第一陣は終結したのである。

 

この結果、日本は月面計画を凍結、月面からすべての機材を撤収し、大枚をはたき機械化歩兵装甲のライセンス生産を頼み込んだ。BETAの形状を確認した日本軍は、この対処には通常兵器では不可能と考えたためである。

 

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しかし、翌年7月6日、今度はカナダのアサバスカにBETA着陸ユニットが降下した。

 

アメリカ軍を主体とする自由国家機構(Organization of Free Nations)軍は日本のやり方に倣って戦略核をアサバスカへ投下した。しかし、そこからは違っていた。大量の航空機と戦車、ヘリコプター、さらには月面で運用された機械化強化歩兵、さらには試作中であった戦術歩行戦闘機のプロトタイプ、そして月面で効果のあったハーディマンを地球向けに改良し、まだ試験機としてだが導入し、制圧作戦を実行した。

 

結果、7月20日、アサバスカの制圧に成功した。核兵器の投下に、カナダ政府からの猛抗議があり、自由国家機構内にも亀裂を生んだ。国内では大統領を辞めさせるデモまで発生したが、辛うじて鎮圧に成功したのであった。

 

8月1日、アサバスカから回収された着陸ユニットの残骸がロスアラモス国立研究所に輸送され、ウィリアム・グレイ博士の指揮の下、敵性先進技術の研究が開始されることとなった。

 

1974年12月1日

カシュガルとアサバスカへのBETA着陸ユニット効果を受け、日米はメキシコシティ共同宣言にて宇宙空間でのBETA着陸ユニットを迎撃する軌道防衛体制の強化を主張、そのためにに国家間協力を厭わないことを強調した。

この構想は、衛星軌道上に前哨線を設置し、空間迎撃、軌道迎撃、高々度迎撃、地表迎撃を統合的に運用し、盤石の防衛ネットワークを築く事を目的としており、この計画に日米ともに野党の猛反発があったが、日米ともに議会の承認を辛うじて取り付けた。

だがしかし、ドイツは非加入であり、宇宙開発で最も先行している国が不参加であるのはこの後大きな障害となった。

 

BETA侵攻の第二陣はこれで終わった。しかし、次からが悪夢の到達だということを、人類は知る由もなかった。

 

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1976年5月8日ゲルマニア時間午後3時ごろのことである。

 

オストラント国家弁務官区の弁務官ビルがあるリガにある一報が届いた。ミンスクへBETA着陸ユニットが降下し、ミンスクの市街地が壊滅、国防軍基地や副弁務官区ビル諸共BETAに破壊されたとのことだった。

 

この知らせがゲルマニアに伝達されると、すぐにゲルマニアは作戦の立案を開始した。しかし、他と比べると悠長だった。

その理由は、何を隠そう慢心であった。

ドイツ国防宇宙軍は、月面において大きな戦果を収めた。機械化歩兵装甲の開発国であり、そして月面基地をこの期に及んでまだ保持している。

日本はBETAにより壊滅されたときに撤収、アメリカはアサバスカ襲来を受け撤収しているにもかかわらずだ。

 

当初、実はドイツ軍にも核兵器を利用する作戦はあった。しかし、アーリア人至上主義とヒトラーの空想により誕生した東部総合計画という空想的な計画、そして、「東方生存圏を汚染するなどあり得ない」という軍内の強い反発が重い足枷となって実行されなかった。

 

そして、5月10日、作戦が立案された。ルフトヴァッフェが航空支援を加え、ヘリと戦車で強襲し、機械化強化歩兵で電撃的に制圧するという戦術であった。

最初は順調に進んでいた作戦であったが、5月29日、事態は一変した。

 

光線属種が登場したのである。

 

光線級によりルフトヴァッフェはあっという間に壊滅させられ、航空優勢は失われた。

ヘリコプターも光線級に撃墜され、人類はこの日空を失った。

 

作戦室には、光線に貫かれ墜落する爆撃機、そして爆発する戦闘機の映像だけが流れていた。

 

敗走を重ねるドイツ国防軍であったが、BETAは西進し続ける一方、東進を進めることも、南進も北進もほとんどなく、ただ西を目指していた。

 

そして、ドイツ軍はBETAの圧倒的な物量を前にして敗北し、ヴィスワ川に防衛線の構築を試みた。

そこには大量の戦車とロケット砲、さらには緊急で持ってきた大量の砲があった。

これでBETAを迎え撃つ算段である。

 

しかし、BETAの圧倒的な物量を前に戦況は劣勢、第二防衛戦の構築を急いだ。

エルベ川の川底に核兵器を仕込み、BETAが来たら一斉に起爆するという戦術である。

そして、案の定6月25日、BETAはヴィスワ川防衛線を突破し、シレジア地方へなだれ込んだ一方、カルパティア山脈を越えようとする様子は一切なかった。

 

その直前、6月23日にロシア軍がモスコーヴィエンへ侵攻を開始、ドイツはBETAの前線とも、そしてロシア軍とも戦わなければならなくなった。

 

この一連の戦闘の結果、ドイツ国防軍は世界に恥辱を晒した。

月面でのBETAとの戦闘に大戦果を挙げて威勢を張った挙句、地球上での戦闘では慢心して核兵器を使用せず、航空戦力の全滅を許し敗北するという、ドイツ国防軍で最も不名誉な敗北を背負うことになった。

 

さらに、アメリカが戦術歩行戦闘機を開発した当初、それをおもちゃ呼ばわりをしたが、1976年7月、潰走を続ける中、アメリカから戦術機を購入することを決めた。

そして、急ピッチで稼働準備を進め、アメリカ人教官からの指導も一週間から一か月でさっさと終わらせ、実践投入した。

この短期間での準備が命取りとなった。

 

初期の戦術機のパイロットの死亡率は、極めて高かったのは知っての通りであるが、ここでも遺憾なくそれは発揮された。莫大なコストのかかった戦術機はあっという間にスクラップとなり、無駄な血が大量に流れた。兵士を抑えるために薬物の投与や後催眠暗示も、まだ試験段階ではあるが始められた。

しかし、その後催眠暗示も戦術薬物も悪影響を及ぼし、パイロットの錯乱や逃亡の試み、墜落や精神疾患など、優秀な兵士を次々に壊し、ただでさえ前線到達から八分しかなかった初陣の戦術機パイロットの生存時間は、ドイツ軍の稚拙な運用はそれを悪化させた。1976年秋のシュレージエンの戦いでの初陣のパイロットの平均生存時間は前線到達からわずか五分を下回ったとも言われる。

 

これは、ドイツ軍が前線あるいは出撃中に戦術薬物を投与したり後催眠暗示をかけるのではなく、出撃前にやってしまった弊害であった。

後々これらの処置は前線或いは前線に到達する少し前に行うことが推奨されるようになった。

 

これ以降、パイロットの養成には少なくとも半年を要するようになった。




大政翼賛会分裂後誕生した政党
護憲新党、憲政会、政友新党、国民同盟、国民協同党、日本労働党、翼賛新党、日本新党、日本進歩党、日本改進党
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