俺、最強のバフ要員。パーティからのクビを宣告されたんだが…… 作:あじさいファン
気づけば、俺らはブラウの転移魔術によって
あと少しでも遅れていたら、内部の崩落に巻き込まれて奈落に落っこちていただろう。それを示すような轟音が、階段の下から響いてきていた。
『ククク……ワタシの完敗、ですな』
イヴォアールが悔しそうに、だがどこか満ち足りたような顔をして敗北を認めていた。
『もはやワタシに打つ手はありません。さあ、トドメを刺しなさい。アナタがたを冥界から呪うこととしましょう。旅の果てに世界の真相を知り、これまでの勇者たちのように嘆くがいい』
舐められたものだな、と思った。
これまでギルドで受けて来た雑多な任務で出会った魔族どももそうだったのだが、最期に殊勝な態度を見せれば、心優しいアルジャンがその手を緩めると思っている。あるいはそうでなくても、心に傷を負わせられると思っている。勇者様の性質を見抜いた、見目麗しい魔王様の入れ知恵なのかなって。
だけどな、アルジャンは悲痛な顔をしつつも、必要な時に手心を加えられなくなるような情けない男じゃないんだ。旅を始めたばかりの当初も、そうして話をロクに聞かねえ賊の命をきっちり摘み取っているわけだからな。
やっぱりアルジャンは容赦しなかった。イヴォアールに近づいて、剣先を首に当てがった。そう、さっきまでジョーヌがそうしていたようにだ。
『待ってくださいまし』
それを制止したのは、勇者パーティの誰でもなかった。
海底の女王アジュールが、決心したような面持ちでアルジャンを見つめていた。王族として持ち合わせる
『海底の裏切り者を処断するのは、海底を統率する王族の務め。どうかわたくしにやらせてくださいませ』
『おやおや、アジュール陛下。ワタシに温情をかけていただけるので?』
『まさか』
アルジャンが手にしていた剣の
『……うまく、いかないものですな。何もかも』
諦めて、そう呟くヤツの意志なんか無視して。
ワカメ野郎が動けないように足蹴にしながら、渡された剣を無言のまま持ち上げ、イヴォアールの胸元に思いっきり突き下ろした。
肉が抉られる嫌な音。ごふっ、という呻き声と共に口から血が噴き出ている。アジュールは執拗に何度も何度も、積年の恨みを晴らすかのように剣で心臓のあたりを貫いてみせていた。
『ちち、うえ……』
国家反逆罪により処断された宰相が最後に呟こうとしたのは、マスティックに対する謝罪だったのだろうか。
だが、俺はそのことに思いを馳せたりなどしなかった。それよりも、今転がっているその男が、お得意の幻影で作られたニセモノなんじゃないかと気が気じゃなかったんだ。この光景を、物陰で眺めてるんじゃないかってな。
その懸念を否定したのは、俺らの魔道士様だった。何度も目の前で使われたから、幻影の魔術が持つ独特な魔力の奔流を理解しちまったそうでね。曰く、イヴォアールの魔力は一切、消失しちまったらしい。
こうして、俺らにとっての初四天王討伐は成った。最終的にトドメを刺したのは、海底の国の女王様だったけどな。
当の女王様は、とっくに事切れたイヴォアールに対してまだ恨みが晴れないのか、まだザシュザシュとアルジャンから借り受けた剣で突き刺し続けている。その度に、返り血が顔や
そんな狂気的な状況のまま居させるのは、あまりにも忍びないと思ったのだろう。百回目の突き刺しに到達するかしないかといったタイミングで、彼女を羽交い締めにして制止した人物がいた。
『もういい! もういいんだ。イヴォアールは……死んだ。落ち着いてくれ、女王アジュール』
俺らの戦士様、ジョーヌはどこか優しく、狂気に支配された女王様の心を癒そうとしていた。
『離して! 離してくださいまし! わたくし、信じてましたのよ! イヴォアールが……この男が語る理想を! わたくしだって、このままじゃいけないと思っていたのだから……! どうして一緒に話し合って、より良い未来のために歩もうとして下さらなかったのです!?』
激しい慟哭に、俺らは言葉を失って彼女を見つめるしか出来なかったね。
女王アジュールは若い。王として、民を導かなければならない重圧に押し潰されそうになっているのを、支えてくれるはずの宰相の裏切り。それがもたらす悲痛がいかなるものか、俺らには計り知れない。
剣を握るアジュールの手は力が抜け、その場に水音を立てながら落とした。海の中だからか、ゆっくり沈んでいくような感じだった。
そのまま彼女はイヴォアールの死体の上でへたり込み、子供のように大泣きしていた。茫然とする俺ら四人の代わりに、ジョーヌはただただ無言で、彼女を背中から抱き締めていた。
……この国では、水葬が基本らしくてね。
そもそも俺らがこの深い深い海底の国に来るためには、ブラウが王都の筆頭魔道士の男から会得した例の魔術の力が必要だったわけだけど。
この海底国全体が地上と同じように呼吸ができて、俺たちが歩き回れる環境を維持しているのは、城から放たれる強力な結界による影響なんだそうだ。
でも、この結界の対象になれるのは、あくまで生者のみらしいんだよな。
つまり、命を落としてしまった者は、その結界の恩恵を受けられなくなる。
死後数時間が経過し、完全に蘇生の見込みがなくなると、不思議なことに死体はゆっくりと海中を浮かび上がるようになるんだそうだ。
そして、冷たくて暗い水流に身を任せ、やがて群がってくる魚たちや海の生物たちにその身を食わせる。命の循環を海という大いなる母に還すこと……それが、この海底国の古くからのならわしらしい。
いくら国を裏切り、自分を騙し、あまつさえ殺そうとまでした大悪党とはいえだ。
女王様、最後は彼を海底国の宰相として、きちんと弔うことにしたみたいでね。
その水葬の儀式には、俺らも立ち会った。
城のバルコニーのような、海へと開けた広々とした場所。
そこには、綺麗に血の汚れを拭い去られ、静かに目を閉じているイヴォアールの亡骸が横たえられていた。後で
こうして見ると、ただの肌が白くて細身の、青年なんだよな。あの法廷で見せた底知れぬ狂気が嘘みたいに、静かな抜け殻。
時間が経過するにつれて、イヴォアールの身体がふわりと、見えない力に引っ張られるように浮かび上がり始めた。
『生まれ変わる時は……どうか、しがらみや思い込みに囚われることなく……』
アジュールは、浮かび上がっていく彼を見上げながら、両手を胸の前で組み、そんな感じで静かに冥福を祈っていた。
彼女の横顔には、もう憎しみも怒りもなかった。ただ、一人の為政者として、かつて理想を語り合ったはずの同胞を失った、深い哀哀だけが漂っていたように思う。
ゆっくりと、海高くへと昇っていくイヴォアールの遺体を、小さな魚の群れが追うように泳いでいく。やがて彼が俺らの真上の、完全に暗い海へと消えて見えなくなるまで、その場にいる誰一人として口を開くことはなかった。
生まれ変わり、という概念は、魔族特有の信仰なんだ。
俺らの国の国教であり、世界中に幅を利かせているあのアルカンシエル教は、来世など絶対にないと提唱しているからね。
──教徒たるもの今世を全力で生き、一度きりの命を大切にせよ。
命を落とせば女神の御元へ還るのみであり、輪廻転生などという甘えは許されない。そんな教義なんだって、俺らの僧侶様が旅の最中で忌々しそうに呟いていたことがあった。
俺としては、一度きりの命を大切にするっていう考え方自体は、それはそれで一理あるような気はするな。ただ、こうしてイヴォアールのような、どうしようもなく歪んでしまった奴の最期を見届けると……アジュールの言う通り、もし来世があるのなら、今度こそ真っ当な生き方をしてほしいと、そう願わずにはいられなかったよ。
さて。イヴォアールを無事に弔った後。
海底国は、当然っちゃ当然だが、てんやわんやの大騒ぎだった。
そりゃあそうだ。女王が密かに暗殺されかけ、かつ、凶悪な伝説の『魔物』の封印が解かれそうになったってだけでも国家の存亡に関わる大事件だ。しかも、その首謀者が、国の安全を保証し、内政を取り仕切るはずの宰相だったっつーんだから、政治の中枢は完全にパニック状態だよ。
俺らを必死に弁護してくれたあのギザギザ頭の青いスーツの弁護士のお兄ちゃんやその部下たち、鞭を持った女検察官、数珠を持った僧侶検察官たちも、休む間もなく走り回っていた。イヴォアールが他に内通者を潜ませていないかの調査、国の防衛体制の再構築、そして国民への事情説明と不安の払拭。有能な彼らがいなければ、国はとっくに崩壊していたかもしれない。
そんな状況下で。
俺らは、本来ならすぐにでも地上に戻って、旅を再開しようと思ってたんだ。
何せ、魔王アン・コロールを倒すという俺たちの最大の使命はまだ果たされていない。魔王城の具体的な場所だって、大まかな方向はわかってきても、まだ完全に特定できているわけじゃないんだから。名残惜しいが、油を売っている暇はないってアルジャンも言ってた。
でも、アジュール女王に、俺たちは力強く引き留められたんだ。
『勇者パーティは、我が海底国の存亡を救ってくれた大恩人ですわ。このまま何もせずに帰してしまうようなことがあれば、海底の魔族の名折れ。せめて、しっかりと国を挙げてのお礼をさせてほしいのです……』
ってね。
そこまで言われちまったら、
ただ、お礼の宴が開かれる気配はなかなかなくてさ。まあ、無理もないかな。今回の件で、みんな事後処理に追われててね。女王様本人も、寝る間も惜しんで忙しそうに走り回ってたくらいなんだ。俺らが手伝おうにも、内政の問題となれば他国の人間が出しゃばる幕じゃないしな。
俺らは城の奥にある、それはそれは立派な客室をあてがわれて、しばらくのんびりと滞在してたんだけど。
何度か説明した通り、海底の城って、青白い光を放つ不思議な貝殻で出来てるんだけどね。外から見る分には、まるで夢の中の光景みたいに幻想的で綺麗だったんだ。でも、中にずっといると、どうにもその光が目にチカチカしてきてな。俺ら人間にとって、人工的というか、魔力的な光の波長が強すぎたのかもしれない。
『どうにかならないのかしら。水の中にいるはずなのに、なんだかお肌が乾燥してる気がするの。美容に悪いわ』
ルージュが、持ち歩いている小さな手鏡で自分の顔をチェックしながら、不満げに文句を言っていた。
いつも露出度の高い服を着ているし、変える気もないとのことだから、肌の露出面積が多い分、余計に気になっちまうのかもしれないな。
『同感だな。こんな青白さに包まれていると落ち着かん。しかしドレ、お前は妙に落ち着いているな』
ジョーヌも、新しく調達した斧を布で拭きながら、眉間にシワを寄せていた。
俺は落ち着いているってよりは、疲れてただけだな。ほとんどジョーヌの横で突っ立ってただけなんだけど、あのときばかりはゴッソリ何かが持ってかれてた感覚があったんだよね。疲労感みたいなものが、なかなか取れなくて。
『凄いですねえ、ドレさん。あたしは光が強すぎて、ちょっと目が痛いです。やることもないので、本でも読もうかと思ったんですけどねえ、文字がチカチカして読めなくって……』
ブラウに至っては、眩しそうに目を細めて縮こまっていた。
色を識別できない海底の魔族たちにとっちゃ、この光の強さや色合いはまったく気にならないんだろうが、人間にはちょっとキツかったね。
『光もそうだが、部屋が豪華すぎて落ち着かないのは確かだな。せっかくだし、城下の観光でもしてみるか?』
アルジャンがそんな提案をしてくれた。
一日中妙に眩しくて、椅子ひとつからして莫大な額がかかりそうな部屋の中でジッとしているのは、俺も正直言って退屈だった。みんなも同じ気持ちだったらしい。
事後処理がいつ終わるかもわからないし、手持ち無沙汰で頭がおかしくなりそうだったから、俺らは外出する旨をその都度兵士たちに伝えて、滞在している間、毎日のように気晴らしに城下町へと遊びに出ていたんだ。
改めて見回す城下町は、城の周囲にすり鉢状に広がっていて、サンゴや真珠、色とりどりの貝殻で作られた家々が立ち並ぶ、本当に美しい場所だった。捕らえられた当初は、のんびり見てる余裕なんてなかったからね。誤解が解けて本当に良かったと思わされた。
最初はもちろん、俺ら人間が町を闊歩していることに、ざわついてたよ。海底の魔族たちは地上との交流をほとんど絶ってるからね。魔王軍のやり方についていけず逃げてきた者たちばかりだけど、当然、地上の人間に対しても強い警戒心を抱いていた。だから、俺らが歩くだけで、物珍しそうに、そしてどこか怯えたように遠巻きからジロジロと見られたもんだ。
でも、俺らがイヴォアールの恐ろしい企みを阻止し、女王と国を救った英雄だってことが町中に広まると、みんな歓迎してくれたんだ。そうなってからの彼らは、本当に陽気で、人懐っこい連中だった。
市場を歩けば、「おお、この国を救って下さった英雄御一行! これ、うちの特製の海藻串焼きだ! 食ってってくれ!」と、見た目はちょっとグロテスクだけど食べるとめちゃくちゃ美味い串焼きを押し付けられたりした。
ジョーヌは、屈強な魔族の男たちから「戦士の姉ちゃん、腕相撲で勝負しようぜ!」と挑まれて、次々と彼らをなぎ倒して大喝采を浴びていた。
ルージュはルージュで、「あら、海底にも美味しいお酒はあるのね」と、酒場に乗り込んでいた。人間に欲情する魔族はいないものと思っていたけど、その艶やかな服装に対して熱視線を浴びていたらしい。とても嬉しそうだった。
ブラウも、最初は怯えていたけど、町の子供たちに小さな光の魔法を見せて手品のように喜ばれると、嬉しそうにはにかんで一緒に遊んでいた。
俺もアルジャンも、みんなと一緒になって城下町での遊びを謳歌した。そうやって一緒に飯を食ったり、肩を叩き合って笑ったりしているうちに、俺たちと彼らの間にあった、人間と魔族という種族の壁なんて、あっさりと消え失せちまったんじゃないかって思わされるくらいだった。
これこそが、王都の筆頭魔道士の彼が俺らに見せたかった光景なんじゃないか、って勝手に納得していたね。魔族と呼ばれる種族の真実なんだって。
『どうしても知りたいと言うのなら。魔族と直接コンタクトを取ってみるといいかもしれないね』
『君たちに必要なのは、答えそのものじゃない。そこに辿り着くまでの過程だ』
魔族だからって、全員が残虐で、血に飢えていて、話が通じないわけじゃない。魔王アン・コロールのように、世界を壊して作り直すなんていう狂った思想に染まっている奴らばかりじゃないんだ。
彼らの中にも、俺たち人間と何一つ変わらない、ただ家族を愛し、美味しい飯を食い、ささやかな平和な日常を望む者たちが、確かに存在している。
その事実を知ったから、筆頭魔道士の親友は狂っちゃったんじゃないか……なんて。
今考えれば、その親友が狂ったきっかけはどう考えても『作り物』という部分にかかっていただろうから、この結論は的外れもいいところだったけどな。だが、この的外れな解答が、俺らに活力を与えたという側面は否定できない。俺たちが守るべき世界ってのは、こういう場所なんだって、強く実感したわけだ。
……そうして、城の眩しい光に文句を言いつつ、城下町で魔族たちとすっかり仲良くなって、のんびりとした数日を過ごした後。
事後処理がようやく一段落したのだろう。ある日の午後、俺たちの部屋に、きちんとした正装に身を包んだ城の使いの者がやってきた。
『勇者アルジャン様、ならびに御一行の皆様。アジュール女王陛下が、謁見の間にてお待ちでございます。どうか、ご足労願えますでしょうか』
ついに、女王アジュールからの直々の呼び出しを受けたんだ。
俺たちは顔を見合わせ、乱れた身なりをサッと整えると、気を引き締めて使者の後に続いた。
女神「葬儀の話ですが、アルカンシエル教は火葬一択です。火こそが知性ある生物の源であり偉大なのだとと、教義でも教えていますからね。身も蓋もない話ですが、処理も楽ですし。海に住んでいるような者には理解できな……串焼きですか? 海の中でどうやって『焼いて』いるというのでしょう。不思議で不気味な連中ですね、魔族というのも」
体調崩れっぱなしです。熱中症には気を付けよう。
書き溜めしようと思いましたが、更新不定期に。続きはそのうち。