第24話
大グループとしての最初の移動が終わると、生徒たちは施設内の説明を受けることになった。
合宿所は広かった。
長い廊下。
複数の宿泊室。
食堂。
浴場。
講義室。
そして、集団行動のために整えられた広い共有スペース。
校舎とは違う。
ここでは、勉強だけではなく生活そのものが見られる。
起きる時間。
食事の仕方。
掃除。
移動。
挨拶。
誰が早く動くか。
誰が遅れるか。
誰が周囲に気を配るか。
誰が黙って誰かに任せるか。
影は、説明を聞きながら静かに周囲を見ていた。
「また見てる」
隣で真鍋が言った。
「はい」
「もう言うのも飽きてきた」
「それは少し寂しいですね」
「寂しがるところ?」
真鍋は呆れたように息を吐いた。
だが、少し前よりその声は柔らかい。
距離が近づいたというほどではない。
けれど、隣に立つことを拒むほど遠くもない。
藪はその横で、配られた生活表を見ながら眉を寄せていた。
「朝、早いね……」
佐藤も資料を覗き込みながら言う。
「うわ、ほんとだ。冬休み明けにこれはきついかも」
森は小さく頷いた。
「遅刻したら評価に響くのかな」
白波が資料を確認しながら言う。
「たぶん、生活態度も見られると思う。気をつけた方がいいかも」
代表になった白波は、まだ不安そうではあった。
それでも、少しずつ自分の役目を果たそうとしている。
網倉がその肩を軽く叩いた。
「千尋、ちゃんと代表っぽくなってるじゃん」
「からかわないでよ」
「からかってないって」
神室は壁にもたれ、つまらなさそうに説明を聞いている。
山村は黙って資料に目を通していた。
一見すると目立たない。
しかし、必要な部分にはしっかり線を引くように視線が止まっている。
影はその様子も見ていた。
静かな者ほど、よく見ている。
そのことを、最近よく感じる。
説明が終わると、次は大グループ内での役割分担に入った。
清掃。
荷物整理。
食堂での準備補助。
共有スペースの確認。
時間管理。
連絡係。
細かい役割がいくつも並ぶ。
全員で適当にやるには多すぎる。
誰かが決めなければならない。
その空気になった瞬間、柊美咲が柔らかく笑った。
「じゃあ、まず簡単なところから決めよっか」
二年生の柊は、前回と同じように明るい表情をしていた。
笑顔は柔らかい。
声も優しい。
だが、影はもう知っている。
その笑顔の内側には、棘がある。
柊は資料を見ながら続けた。
「一年生の子たちは、まず動いて覚えた方がいいと思うんだよね」
白波が顔を上げる。
「動いて、ですか?」
「うん。上級生は全体の流れを確認したり、先生との連絡もあるから。細かい準備とか確認は、一年生中心でお願いしてもいいかな?」
言い方は丁寧だった。
お願いの形をしている。
しかし、内容は違った。
一年生に雑用を多く振る。
それも、自然なことのように。
網倉の笑顔が少し固まる。
佐藤も森も顔を見合わせた。
真鍋が小さく眉を寄せる。
神室は露骨に目を細めた。
「それ、ただ雑用押しつけてるだけじゃないですか?」
空気が一瞬止まった。
白波が慌てて神室を見る。
「神室さん……」
柊は、少しも怒った顔をしなかった。
むしろ、困ったように微笑んだ。
「あ、ごめんね。そう聞こえたなら悪かったかな」
柔らかい謝罪。
だが、すぐに言葉が続く。
「でも、試験では下級生が動く場面も多いから。早いうちに慣れておいた方が、後で困らないと思うんだ」
言葉の形は助言だった。
しかし、その助言は一年生を下に置いている。
影は、その棘の向きを見ていた。
神室はなおも何か言いそうだったが、その前に水瀬朋花が口を開いた。
「役割は、学年で分けるより人数と得意不得意で分けた方がいいと思う」
三年生の水瀬は、静かな声で言った。
強くはない。
けれど、その声が入るだけで場の温度が少し下がる。
「一年生が動く場面も必要だと思う。でも、最初から一年生だけに細かい仕事を集めると、全体の動きが見えなくなるかもしれない」
柊は笑顔のまま水瀬を見る。
「もちろん、一年生だけに全部お願いするつもりはないですよ」
「それならよかった」
水瀬は穏やかに頷く。
「じゃあ、清掃は各学年から数人ずつ。食堂準備も同じ。時間管理と連絡係は上級生も入れる。そうすれば偏らないと思う」
その提案は、自然だった。
反論しにくい。
柊の棘を抜きつつ、自分の形へ整える。
影は、水瀬の戦い方をまた一つ見た気がした。
声を荒げない。
相手を否定しすぎない。
けれど、流れは渡さない。
優しいだけではない。
「水瀬先輩は、上手いですね」
影が小さく呟く。
真鍋が横から聞く。
「何が?」
「棘を折らずに、向きを変えました」
「何それ」
「柊さんの提案を否定しきらず、でも一年生だけに負担が寄らない形へ変えました」
真鍋は水瀬を見る。
「……確かに」
「真鍋さんも分かりましたか」
「それくらいは分かる」
「失礼しました」
「ほんと失礼」
真鍋はそう言いながらも、ほんの少し笑っていた。
⸻
役割分担は、水瀬の案を基準に進められることになった。
清掃係。
食堂準備係。
連絡係。
時間確認係。
荷物整理係。
それぞれに上級生と下級生が混ざるように配置される。
白波は代表として、ぎこちなくも意見をまとめようとしていた。
「えっと、清掃係は……一年から二人、二年から二人、三年から一人でどうでしょうか」
柊が笑う。
「うん、いいと思うよ。白波さん、ちゃんと考えてるね」
褒め言葉。
しかし、その言い方はどこか白波を子ども扱いしている。
白波は少しだけ苦笑した。
網倉が隣で小さく顔をしかめる。
神室は面倒そうに目を逸らした。
「またあれ」
真鍋が小さく言う。
「はい」
影は頷く。
「優しい棘です」
「優しいのに棘って何」
「刺さるまで気づきにくい棘です」
「最悪じゃん」
「はい」
真鍋は少しだけ柊を睨むように見た。
以前なら、自分の罪悪感や気まずさで周囲を見る余裕が少なかったかもしれない。
だが今は、柊の言葉に対して不快感を持てる。
それは、少しだけ外を見られている証拠でもあった。
影はそれを悪くないと思った。
「何?」
真鍋が影を見る。
「いえ」
「また私のこと見てたでしょ」
「はい」
「やめて」
「努力します」
「絶対しないやつ」
その会話を、神室が横から聞いていた。
「あんたら、仲良いの?」
真鍋が即座に顔をしかめる。
「別に」
影も首を傾げる。
「仲が良いのでしょうか」
「本人たちが分かってないの面倒ね」
神室は呆れたように言った。
山村が小さく笑いそうになって、すぐに口元を押さえた。
神室はそれに気づき、横目で見る。
「笑った?」
「い、いえ……」
「今笑ったでしょ」
「少しだけ……」
「まあいいけど」
その小さなやり取りで、一年生側の空気がほんの少し緩んだ。
白波も、その空気に助けられたのか、次の役割分担を続ける。
「食堂準備は、私と網倉さん、あと……」
柊が口を挟む。
「一年生が多めでもいいんじゃない? 食堂準備は動きながら覚えられるし」
まただ。
柔らかく、自然に、一年生へ寄せる。
神室が口を開きかける。
だが、影が先に言った。
「では、私は食堂準備に回ります」
真鍋が驚いたように見る。
「は?」
神室も眉をひそめる。
「あんた、何でわざわざ」
柊は笑顔を向ける。
「上代さん、助かるよ。積極的なんだね」
「はい」
影は静かに答えた。
「柊先輩のご意向を、近くで確認できますので」
柊の笑顔が一瞬だけ止まった。
真鍋が小声で言う。
「言い方」
神室は口元だけで笑った。
水瀬は少しだけ目を細める。
柊はすぐに笑みを戻した。
「……面白い言い方をするね」
「よく言われます」
「でも、無理しなくていいからね」
「はい。無理かどうかも、動いて確認します」
真鍋が影の袖を軽く引いた。
「ちょっと」
「はい」
「何でわざと面倒な方に行くの」
影は小さく答える。
「柊さんの棘が、どこまで伸びるか見たいので」
真鍋は目を細める。
「やっぱり面倒なこと好きでしょ」
「好き、というより」
「興味深い?」
「はい」
「知ってた」
真鍋は呆れながらも、少し考えた後に言った。
「じゃあ、私も食堂準備でいい」
「真鍋さんも?」
「別に。あんただけだと変なことしそうだし」
「それは助かります」
「助けるとは言ってない」
「では、見張りでしょうか」
「そう」
真鍋はそう言い切った。
藪が少し迷った後、おずおずと手を上げる。
「じゃあ、私も……」
真鍋が藪を見る。
「無理しなくていいよ」
「ううん。私も一緒の方がいい」
「……そっか」
そのやり取りを見て、白波は少し安心したように頷いた。
「じゃあ、食堂準備は上代さん、真鍋さん、藪さん、私、網倉さんで。二年生と三年生からもお願いします」
水瀬がすぐに言う。
「三年からは私が入るよ」
柊も笑顔で頷く。
「じゃあ二年からは私が入ろうかな。ちょうどいいし」
その言葉に、影は静かに目を細めた。
柊も来る。
これで棘を近くで見られる。
真鍋が隣で小さく呟く。
「うわ、来た」
「はい」
「何でちょっと嬉しそうなの」
「近くで見られますので」
「ほんと悪趣味」
「よく言われます」
⸻
役割分担が終わると、各係ごとにすぐ行動することになった。
食堂準備係は、食堂へ移動する。
広い食堂には、長い机がいくつも並んでいた。
まだ食事の時間ではないが、配膳位置や座席の確認、清掃、備品の整理を行う必要がある。
白波は資料を見ながら言った。
「えっと、まず机の列を確認して、それから配膳台の位置を……」
柊が横から優しく言う。
「白波さん、焦らなくていいよ。こういう時は、まず手を動かせる人から動いてもらうと楽だから」
「はい」
「一年生の子たち、机の確認お願いできるかな? 私たちは全体の配置を見るから」
また、一年生。
真鍋の目が鋭くなる。
だが、水瀬がすぐに言った。
「じゃあ、私は一年生と一緒に机を見るね。柊さんは配膳台の確認をお願いしてもいい?」
柊は笑顔で頷く。
「もちろんです」
水瀬はさりげなく、作業の偏りを防いだ。
白波が小さく息を吐く。
「ありがとうございます」
水瀬は笑う。
「大丈夫。最初は誰でも迷うよ」
影は、水瀬の隣で机を見ながら言った。
「水瀬先輩は、よく棘を避けられますね」
水瀬は少し驚いた後、小さく笑った。
「棘?」
「はい」
「上代さんは、変わった見方をするね」
「よく言われます」
「避けているというより、刺さらない場所に置き直しているだけだよ」
「置き直す」
「誰かを悪者にしすぎると、協力できなくなるから」
水瀬は机の位置を直しながら言う。
「でも、誰かに負担が偏るのもよくない。だから、できるだけ静かに直す」
影はその言葉を聞いた。
静かに直す。
それは、力を見せない支配にも似ている。
けれど柊とは違う。
相手を下に置くためではなく、場が崩れないように整えるため。
影は思った。
支配と調整は、似ている。
だが、向いている先が違う。
「勉強になります」
影が言うと、水瀬は少し笑った。
「そんな大げさなことじゃないよ」
「いえ。良い戦い方です」
「戦い方、か」
水瀬は少しだけ目を細める。
「そう見えるんだね」
「はい」
「なら覚えておくといいよ。勝つために強く出ることより、崩れないように保つことが必要な場面もある」
影は静かに頷いた。
「はい」
少し離れたところで、真鍋が柊と配膳台の位置を確認していた。
柊は笑顔のまま、真鍋に指示を出している。
「そこ、もう少し右かな。あ、違う違う。もう少し丁寧に」
真鍋の表情が固くなる。
「……はい」
「うん。焦らないでね。雑にすると後で困るから」
影は、その言葉を聞いた瞬間、静かに目を細めた。
棘。
細く、柔らかく、笑顔の形をした棘。
柊は声を荒げない。
責め立てもしない。
ただ、相手が言い返しにくい場所へ、少しずつ刃を置いていく。
影の胸の奥で、何かが微かに跳ねた。
面白い。
そう思ってしまった。
真鍋がどこまで耐えるのか。
藪がどこで手を伸ばすのか。
柊がどこまで笑顔で刺し続けるのか。
水瀬がどの瞬間に、その棘を抜くのか。
それを、見たい。
ほんの一瞬、影の瞳に熱が宿った。
普段の静かな観察ではない。
戦場を前にした時の、澄んだ狂気に近い光。
真鍋が、ふとこちらを見た。
「……上代?」
その声で、影はゆっくりと瞬きをした。
瞳の熱は、すぐに消える。
「はい」
「今、なんか……変な目してた」
「そうでしたか」
「うん。いつもの変とは違うやつ」
影は少しだけ微笑んだ。
「申し訳ありません。少し、見すぎました」
「見すぎっていうか……」
真鍋は言葉を探すように眉を寄せた。
「楽しそうだった」
影は答えなかった。
ただ、柊の笑顔をもう一度見た。
そして、小さく呟いた。
「棘のある方は、折れ方もまた美しいのでしょうか」
「……は?」
真鍋の顔が引きつる。
「今の、冗談?」
影は静かに首を傾げた。
「どうでしょう」
「怖いって」
その言葉で、影はようやくいつもの穏やかな表情に戻った。
「申し訳ありません」
「謝ればいいってもんじゃないからね」
柊は少し離れた場所で、まだ笑っている。
その笑顔の棘が、真鍋の肩に刺さっている。
影がそちらへ歩こうとした時、藪が先に動いた。
「真鍋、こっち持つね」
藪が配膳台の反対側を支える。
真鍋は少し驚いたように藪を見る。
「……ありがと」
柊は笑顔で言う。
「うん、二人でやった方が安心だね」
影は足を止めた。
藪が動いた。
それは、小さなことだった。
けれど、悪くない。
真鍋一人に刺さった棘を、藪が少しだけ受け止めた。
「行かないの?」
水瀬が影に聞く。
影は少しだけ微笑む。
「必要なかったようです」
水瀬は真鍋と藪を見て、柔らかく笑った。
「そうだね」
⸻
作業が進むにつれ、食堂の形は少しずつ整っていった。
白波は最初よりも落ち着いて指示を出せるようになっている。
網倉は明るく周囲を動かし、藪は真鍋を手伝いながら黙々と作業していた。
真鍋は柊に刺されるたびに顔をしかめながらも、投げ出さない。
柊は相変わらず笑顔で、時々一年生を下に置くような言葉を混ぜる。
水瀬はそのたびに、自然に流れを修正する。
影は、そのすべてを見ていた。
共同生活とは、思っていたよりも戦場に近い。
声を荒げる必要はない。
ただ、誰に何をさせるか。
誰が黙って従い、誰が小さく反発するか。
誰が助け、誰が見て見ぬふりをするか。
それだけで、序列は作られていく。
「上代」
真鍋が近づいてきた。
「はい」
「あんた、さっきから本当に見てるだけじゃない?」
「作業もしています」
「してるけど、目が作業してない」
「目も必要な場所を見ています」
「言い訳が変」
真鍋は小さく息を吐いた。
そして、柊の方を見る。
「あの人、ほんと苦手」
「はい」
「でも、水瀬先輩は嫌じゃない」
「はい」
「何が違うんだろ」
影は少し考える。
「柊さんは、相手を下に置くことで自分の位置を作ります」
真鍋は黙って聞く。
「水瀬さんは、場が崩れないように自分の位置を作ります」
「……難しいけど、何となく分かる」
「真鍋さんは、どちらがお好きですか」
「聞かなくても分かるでしょ」
「はい」
真鍋は少しだけ笑った。
「でも、水瀬先輩みたいなのも、簡単じゃないよね」
「はい。かなり難しいと思います」
「上代は?」
「私ですか?」
「ああいうふうに場を整えるの、できるの?」
影は少しだけ考える。
「おそらく、得意ではありません」
「だろうね」
「即答ですね」
「上代は、整えるより見てる方でしょ」
影は真鍋を見る。
その言葉は、思ったより正確だった。
「真鍋さんも、よく見ていますね」
「……あんたほどじゃない」
「それは残念です」
「何で残念なの」
二人の間に、ほんの少しだけ軽い空気が流れた。
その時、遠くの廊下から男子グループの声が聞こえた。
石崎の大きな声。
それに続く小宮か近藤の笑い声。
さらに少し低い、龍園の声。
姿は見えない。
だが、声だけで何となく分かる。
影は食堂の入り口の方を見た。
真鍋もつられて見る。
「男子の方も騒がしそう」
「はい」
「龍園たちは大丈夫なの?」
「どうでしょうか」
「適当」
「見ていませんので」
「見てたら分かるんだ」
「少しは」
真鍋は呆れたように笑った。
影は、廊下の向こうに意識を向ける。
男子側では、龍園が何を見ているのだろう。
綾小路は、どの位置にいるのだろう。
南雲は、どこまでこの合宿を動かしているのだろう。
この女子グループの中だけでも棘は多い。
だが、合宿全体にはもっと大きな棘が隠れている。
そう感じた。
⸻
食堂準備が終わる頃には、白波の表情にも少しだけ余裕が出ていた。
「皆さん、ありがとうございました」
白波が頭を下げる。
柊は笑顔で言う。
「うん。最初にしてはよくできたと思うよ」
最初にしては。
また、棘。
だが、白波は今度は少しだけ苦笑するだけだった。
水瀬が横から言う。
「短い時間でここまでできれば十分だよ。白波さん、指示も分かりやすかった」
白波の表情が少し明るくなる。
「ありがとうございます」
網倉が嬉しそうに言う。
「ほら、千尋、褒められてる」
「もう、やめてよ」
真鍋が小さく言った。
「水瀬先輩、上手いね」
「はい」
影は頷く。
「棘の後に、薬を置きました」
「言い方」
「適切ではありませんか?」
「薬っていうより……まあ、薬かも」
真鍋は少し納得したように頷いた。
神室が食堂の入り口から戻ってきた。
彼女は別の係で共有スペースを確認していたらしい。
「終わった?」
「はい」
白波が答える。
神室は柊をちらりと見て、すぐに影を見る。
「何か面倒なことあった?」
「はい」
「やっぱり」
柊が笑顔で近づく。
「神室さん、共有スペースの方は問題なかった?」
「別に」
「そう。報告はちゃんとしてね」
「必要なことはします」
「助かる」
二人の間に、短い棘が交わる。
神室はそれ以上何も言わず、山村の方へ歩いていった。
影はその背中を見た。
神室は棘を隠さない。
柊は棘を笑顔で包む。
水瀬は棘を抜く。
山村は棘の位置を静かに見る。
真鍋は棘に刺さりながらも、それを感じ取るようになっている。
人によって、棘との向き合い方は違う。
それが、共同生活の中で少しずつ見えてくる。
集合の時間を告げる放送が流れた。
次は全体での活動説明だ。
食堂準備係も、他の係と合流することになる。
白波が資料を抱え直す。
「行きましょうか」
網倉が頷く。
「うん」
真鍋が影の隣に並ぶ。
「また隣?」
影が尋ねる。
真鍋は少しだけ顔をしかめた。
「先に言わないで」
「申し訳ありません」
「別に、歩きやすそうだったから」
影は少しだけ目を細める。
「なるほど」
「何?」
「いえ」
「何か言いたそう」
「よく似ていますね」
「何が?」
「私の言い訳と」
真鍋は一瞬黙った。
そして、すぐに顔を背けた。
「うるさい」
その声には、少しだけ照れのようなものが混じっていた。
影は静かに微笑む。
共同生活とは、思っていたよりも戦場に近い。
誰が上に立ち、誰が従い、誰が助けるか。
誰が棘を刺し、誰が抜き、誰が黙って見ているか。
そのすべてが、日常の作業の中に現れる。
白き影は、歩き出した大グループの中で静かに思った。
この合宿では、まだ多くの歪みが見えるだろう。
そして、その歪みの中で、人は少しずつ形を変える。
柊の棘。
水瀬の静けさ。
白波の不安。
真鍋の小さな変化。
それらを見ながら、影は次の活動へ向かった。
混ざる戦場の一日は、まだ始まったばかりだった。