ようこそ軍神至上主義の教室へ   作:あおいなり

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白き影は笑顔の棘を暴く

 

第28話

 

午後の活動は、午前よりも少し複雑だった。

 

大グループごとに与えられた課題は、指定された資料をもとに短い発表を作るというものだった。

 

テーマは、合宿中の集団生活において重要なこと。

 

時間管理。

 

役割分担。

 

報告。

 

協力。

 

規律。

 

それらの中から一つ選び、グループで話し合い、最後に代表者が発表する。

 

内容としては難しくない。

 

だが、問題はそこではなかった。

 

誰が意見を出すのか。

 

誰がまとめるのか。

 

誰が発表するのか。

 

誰の意見が通り、誰の意見が流されるのか。

 

話し合いという形を取った時、人の立場は見えやすくなる。

 

影は机の端に座り、静かに全体を見ていた。

 

白波は代表として、資料を広げながら話を進めようとしている。

 

網倉と佐藤はその横で意見を出しやすい空気を作ろうとしていた。

 

森は控えめに資料を読んでいる。

 

真鍋と藪は少し離れた位置に座っていたが、午前よりは周囲に目を向けている。

 

神室は面倒そうに腕を組んでいる。

 

山村は黙ってノートに何かを書き込んでいた。

 

柊美咲は、二年生側の中心として笑顔で座っている。

 

水瀬朋花は、その少し後ろから全体を見ていた。

 

「じゃあ、まずテーマを決めようか」

 

白波が言う。

 

「時間管理か、役割分担か……どれがいいかな」

 

網倉が明るく答える。

 

「役割分担は今日けっこうやったし、話しやすそうじゃない?」

 

佐藤も頷く。

 

「うん。実体験っぽく話せるし」

 

森が小さく言う。

 

「報告も大事だと思う」

 

山村はノートを見ながら、小さく手を上げた。

 

「あの……」

 

白波がすぐに反応する。

 

「山村さん、どうぞ」

 

山村は少し緊張したように視線を落とした。

 

「役割分担と報告は、つながっていると思います。役割を決めても、報告ができないと全体が分からなくなるので……」

 

白波の表情が明るくなる。

 

「なるほど。じゃあ、役割分担と報告をセットで考えるのもいいかも」

 

網倉も頷く。

 

「いいじゃん、それ」

 

佐藤が笑う。

 

「山村さん、すごい」

 

山村は少しだけ顔を赤くした。

 

「いえ……」

 

その時、柊が柔らかく笑った。

 

「山村さん、いい視点だね」

 

一瞬、山村の表情が緩む。

 

だが、柊の言葉は続いた。

 

「でも、声が少し小さいかな。せっかくいいことを言っても、聞こえないと、いないのと同じになっちゃうよ?」

 

空気が止まった。

 

山村の肩が、目に見えて縮こまる。

 

白波がすぐに口を開いた。

 

「山村さんは、ちゃんと確認してくれてます。今の意見も、すごく助かりました」

 

柊は笑顔のまま白波を見る。

 

「うん、それは分かってるよ」

 

声は優しい。

 

「でも、伝わらないと意味がないからね。白波さんも代表なら、そういうところをちゃんと見てあげないと」

 

今度は白波が固まった。

 

山村への注意が、いつの間にか白波への注意にも変わっている。

 

正しいことを言っているように見える。

 

だが、刺す相手が変わっただけだった。

 

真鍋の眉が動く。

 

神室が露骨に目を細めた。

 

網倉は何か言おうとして、白波の顔を見て言葉を飲み込む。

 

佐藤と森も、気まずそうに視線を揺らした。

 

影は、そのすべてを見ていた。

 

柊の棘は、今日も正確だ。

 

声の小さい山村。

 

責任感のある白波。

 

反論しにくい相手を選び、正論の形で刺す。

 

影の胸の奥で、微かな熱が跳ねる。

 

昨日と同じ熱。

 

だが、今日は少し違う。

 

壊れるところを見たい。

 

その感情はある。

 

しかし同時に、一之瀬の言葉も残っていた。

 

立てる方を選んであげて。

 

山村は縮こまっている。

 

白波は自分の責任だと思いかけている。

 

このまま見続ければ、柊の棘はもっと深く刺さるだろう。

 

見たい。

 

だが、見ているだけでは、また誰かが下を向く。

 

真鍋が小さく立ち上がりかけた。

 

影は、その袖を軽く押さえた。

 

真鍋がこちらを見る。

 

「何」

 

「まだです」

 

「何が」

 

「棘が、今いちばん見えています」

 

真鍋の顔が険しくなる。

 

「……上代」

 

その声には、怒りと不安が混じっていた。

 

影は静かに立ち上がった。

 

「柊先輩」

 

柊が笑顔で顔を向ける。

 

「何かな、上代さん」

 

影は穏やかに頭を下げた。

 

「先ほどから、柊先輩の注意は正しいです」

 

柊の笑顔が少しだけ深くなる。

 

「ありがとう。上代さんにそう言ってもらえると安心するね」

 

「ですが」

 

影は続けた。

 

「対象が偏っています」

 

柊の笑顔が、わずかに止まった。

 

「偏ってる?」

 

「はい」

 

影は静かに言った。

 

「白波さん、真鍋さん、山村さん。反論しにくい方へ向かうことが多いように見えます」

 

空気が一気に冷えた。

 

白波が息を止める。

 

山村は目を見開き、真鍋は影を見たまま動かない。

 

神室は少しだけ口元を上げた。

 

柊は笑顔のまま、しかし声を少しだけ低くした。

 

「そんなつもりはないけど」

 

「はい。そう見えるだけかもしれません」

 

影は穏やかに微笑んだ。

 

「ですが、そう見える時点で、指導としては少し失敗しているのではありませんか?」

 

柊の指先が、わずかに動いた。

 

ほんの小さな動き。

 

けれど、影には見えた。

 

刺さった。

 

柊は笑顔を保っている。

 

だが、その笑顔の下にあるものが、ほんの少し揺れた。

 

「上代さん」

 

柊は困ったように笑う。

 

「少し言い方がきついかな」

 

「申し訳ありません」

 

影はすぐに頭を下げた。

 

「柊先輩を見て学びました」

 

部屋の空気が凍った。

 

真鍋が小さく息を呑む。

 

「上代……」

 

神室が低く笑う。

 

「性格悪」

 

水瀬が静かに言った。

 

「上代さん」

 

その声には、止める響きがあった。

 

だが、影は柊を見ていた。

 

柊の笑顔はまだ崩れない。

 

崩れそうで、崩れない。

 

棘を隠し続けようとする表情。

 

影の瞳の奥に、わずかな熱が灯る。

 

澄んだ狂気に近い光。

 

柊の笑顔がどこで割れるのか。

 

どの言葉で、自分の棘が返ってきたと気づくのか。

 

それを、見たい。

 

見たくて仕方がない。

 

「柊先輩」

 

影の声は静かだった。

 

「柊先輩は、全体のために注意されているのでしょうか」

 

柊は少しだけ間を置いて答えた。

 

「もちろん。私はこのグループのために言ってるだけだよ」

 

「では、全体に均等であるべきですね」

 

「……均等?」

 

「はい」

 

影は一歩も動かず、柊を見た。

 

「注意が必要な方は、他にもいらっしゃいます。ですが、柊先輩の言葉は、反撃されにくい相手に向かうことが多い」

 

「それは、上代さんの思い込みじゃないかな」

 

「そうかもしれません」

 

影は即座に認めた。

 

そのあまりの素直さに、柊の笑顔が一瞬だけ揺れる。

 

影は続ける。

 

「ですが、思い込みを生む時点で、言葉の置き方に問題があるのではないでしょうか」

 

「……」

 

「柊先輩は、笑顔で棘を置くのが上手です」

 

真鍋が顔を強張らせた。

 

白波は何も言えない。

 

山村は影と柊を交互に見ている。

 

水瀬の表情が少しだけ厳しくなった。

 

柊は、笑った。

 

「棘、ね。上代さんって、本当に変わった表現をするね」

 

「よく言われます」

 

「でも、そうやって人の言葉を悪く受け取るのも、協調性に欠けるんじゃないかな」

 

「そうですね」

 

影は頷いた。

 

「私は協調性に欠けているかもしれません」

 

柊の目が、わずかに細くなる。

 

影は微笑んだ。

 

「ですが、協調とは、誰かが黙って刺され続けることではないと思います」

 

その言葉で、白波が顔を上げた。

 

山村も、少しだけ肩の力を抜いた。

 

真鍋は黙って影を見ている。

 

柊の笑顔が、初めて少し硬くなった。

 

水瀬が一歩前に出た。

 

「上代さん、そこまで」

 

影はゆっくりと水瀬を見る。

 

「はい」

 

「柊さんの言い方に問題があったとしても、あなたが壊しにいく必要はない」

 

その言葉に、影は少しだけ黙った。

 

「壊しにいっているように見えましたか」

 

水瀬は静かに頷く。

 

「見えたよ」

 

部屋の空気は張りつめたままだった。

 

真鍋もまた、影を見ていた。

 

その目には、助けてくれたことへの安堵と、影の中に見えたものへの恐れが混じっている。

 

影は一之瀬の言葉を思い出した。

 

壊す方ではなく、立てる方を選んであげて。

 

影はゆっくりと息を吐いた。

 

そして、柊へ頭を下げる。

 

「申し訳ありません。言葉が過ぎました」

 

柊は笑顔を戻そうとした。

 

だが、完全には戻りきっていない。

 

「……ううん。私も、少し言い方を気をつけるね」

 

優しい声。

 

だが、そこにはもう、先ほどまでの余裕はなかった。

 

神室が小さく呟く。

 

「今さら」

 

網倉が慌てて神室を見る。

 

「神室さん」

 

神室は肩をすくめるだけだった。

 

水瀬は場を整えるように言った。

 

「一度、話し合いに戻ろう。山村さんの意見は重要だったと思う。役割分担と報告を中心にまとめる。それでいいかな」

 

白波が少しだけ息を整える。

 

「はい。私も、それがいいと思います」

 

声は、先ほどより少しだけはっきりしていた。

 

山村が小さく言う。

 

「私も……それでいいと思います」

 

まだ小さな声。

 

けれど、消えてはいない。

 

影はそれを聞いた。

 

立っている。

 

完全ではないが、立ち直ろうとしている。

 

それを見るのは、思っていたより悪くなかった。

 

 

話し合いは再開された。

 

だが、空気は明らかに変わっていた。

 

柊の笑顔は戻っている。

 

しかし、彼女の言葉は少しだけ慎重になった。

 

山村が意見を言う時、白波が自然に促す。

 

網倉と佐藤が軽く反応し、森が頷く。

 

真鍋は山村の小さな声を拾い、必要なら白波に伝える。

 

神室は面倒そうにしているが、先ほどより少しだけ場に目を向けていた。

 

水瀬は全体を見ながら、必要な時だけ言葉を置く。

 

影は、座ったままそれを見ていた。

 

棘は、隠れている間が一番よく刺さる。

 

だが、一度見えてしまえば、もう同じようには刺さらない。

 

柊の棘はまだ消えていない。

 

むしろ、表に出されたことで、別の形に変わるかもしれない。

 

しかし、少なくとも今この場では、白波も山村も少しだけ顔を上げている。

 

それで十分かもしれない。

 

今は。

 

発表内容は、役割分担と報告についてまとめることになった。

 

代表として発表するのは白波。

 

しかし、山村が資料整理を手伝い、真鍋が要点の確認を行った。

 

佐藤と網倉が発表練習の相手になり、森が抜けている部分を指摘する。

 

神室は何もしていないようで、最後に一言だけ言った。

 

「長い。そこ削った方がいい」

 

白波は苦笑しながらも頷く。

 

「うん、ありがとう」

 

神室は顔を逸らす。

 

「別に」

 

そのやり取りに、部屋の空気が少しだけ柔らかくなった。

 

柊はそれを見ていた。

 

笑顔で。

 

だが、その目は影を時折捉えていた。

 

影はそれに気づいていた。

 

柊は、影を面倒な存在として認識した。

 

それでいい。

 

まだ終わりではない。

 

「上代」

 

真鍋が隣へ座った。

 

「はい」

 

「さっきの、助けたってことでいいの?」

 

影は少しだけ考える。

 

「結果的には、そう見えるかもしれません」

 

「結果的には?」

 

「はい」

 

真鍋はじっと影を見る。

 

「あんた、本当は柊先輩を壊したかったんじゃないの」

 

影は黙った。

 

真鍋の言葉は、まっすぐだった。

 

ごまかすこともできた。

 

だが、影はそれをしなかった。

 

「少しだけ」

 

真鍋は顔をしかめる。

 

「そこは嘘でも否定してよ」

 

「申し訳ありません」

 

「謝るの禁止」

 

「承知しました」

 

「それも似たようなもん」

 

真鍋は小さく息を吐く。

 

「でも、白波と山村は少し楽になったと思う」

 

影は二人を見る。

 

白波は発表原稿を確認し、山村はその横で資料を整えている。

 

まだ不安はある。

 

だが、先ほどのように下を向いたままではない。

 

「それなら、良かったです」

 

影が言うと、真鍋は少しだけ目を細めた。

 

「それ、本音?」

 

「はい」

 

「……ならいいけど」

 

少しの沈黙。

 

その後、真鍋は小さく言った。

 

「助けてくれて、ありがと」

 

影は真鍋を見る。

 

「私は」

 

「言い訳しないで」

 

真鍋が遮る。

 

「結果的にでも、助かった人がいるなら、それでいいでしょ」

 

影は少しだけ黙った。

 

そして、静かに頷く。

 

「はい」

 

真鍋は満足したように顔を逸らした。

 

「それでいい」

 

影はその横顔を見た。

 

真鍋は変わっている。

 

少しずつ。

 

そして、影自身もまた、少しだけ何かを選び始めているのかもしれない。

 

壊す方ではなく、立てる方。

 

まだ完全には分からない。

 

けれど、その言葉の意味は、少しずつ形を持ち始めていた。

 

 

発表は無事に終わった。

 

白波の声は少し震えていたが、内容はまとまっていた。

 

山村の意見も反映されている。

 

役割分担と報告。

 

それは、この大グループが今日まさに経験したことだった。

 

発表後、水瀬は穏やかに拍手した。

 

「よかったよ。特に、役割を決めるだけでなく、報告までつなげたところが良かった」

 

白波はほっとしたように笑う。

 

「ありがとうございます」

 

網倉と佐藤も嬉しそうだった。

 

森も小さく拍手する。

 

山村は目立たないようにしながらも、少しだけ表情を緩めていた。

 

真鍋は腕を組んだまま、しかしどこか安心した顔をしている。

 

神室は小さく呟いた。

 

「まあ、悪くなかったんじゃない」

 

白波が笑う。

 

「神室さん、それ褒めてる?」

 

「一応」

 

柊は最後に拍手をした。

 

「うん。最初は少し心配だったけど、ちゃんとできてよかったね」

 

その言葉には、まだ棘があった。

 

しかし、先ほどより浅い。

 

そして、白波はそれを深く受け取らなかった。

 

「はい。みんなのおかげです」

 

そう答えた。

 

柊の笑顔が、ほんの少しだけ硬くなる。

 

影はそれを見ていた。

 

棘が、刺さらなかった。

 

完全ではない。

 

だが、確かに変わった。

 

柊美咲の笑顔は、まだ崩れていない。

 

けれど、その棘はもう、何人かの目に映っている。

 

白波。

 

山村。

 

真鍋。

 

神室。

 

そして水瀬。

 

一度見えた棘は、隠し直しても以前ほど鋭く刺さらない。

 

影は静かに目を伏せる。

 

胸の奥には、まだ熱がある。

 

柊の笑顔が完全に崩れるところを見たいという熱。

 

だが、それと同じくらい、今は別のものもあった。

 

誰かが顔を上げる瞬間。

 

誰かが隣に立つ瞬間。

 

誰かが棘を受け流す瞬間。

 

それもまた、戦の中で生まれる形なのだと。

 

白き影は、少しだけ知った。

 

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