カードキャプターさくら 〜資本主義の暴力で世界をハックする〜   作:鳥ささみ

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第二話:魔力検知の視線と、放課後の「資本主義的」戦術コンサルティング

 

1. 転校初日、視線のレーダーが捉えた「国宝級の超過利潤」

 

極東の地、日本の友枝町に春の嵐が吹き荒れる中、高級外車のシートに深く腰掛けた李小狼(に転生した小学4年生の経済テロリスト)は、スマートフォンの画面を無造作にタップしていた。

液晶画面に並ぶのは、世界の主要通貨のリアルタイムチャートと、東京株式市場の指数、そして彼が完全に掌握した1兆円を超える李家の秘密口座残高である。

 

「さて……時間は満ちた、か」

 

かつて大魔術師クロウ・リードが作り上げ、世界の均衡を保っていた魔術資産『クロウカード』。それがこののどかな友枝町でバラバラに散らばり、世界的な魔力インフレを引き起こしている事実は、すでに彼の脳内インジケーターが完璧に算出していた。

母親である李夜蘭からの直々の厳命──『すべてのカードを回収してきなさい』という命令は、彼にとって「待ってました」と言うほかない絶好のビジネスチャンス、あるいは「世界のハッキング計画」の第一歩に過ぎなかった。

 

車が友枝小学校の校門前に滑り込み、お抱えの運転手が恭しくドアを開ける。

小狼は友枝小学校の制服の襟を正し、現世の退屈な義務教育の場へと足を踏み入れた。

 

四年一組。担任の寺田先生に促され、黒板の前に立った小狼は、クラスの子供たちを値踏みするように見回した。

前世は金も女もない底辺、しかし今世では「最強の経済技能」と「1兆円の資本」を持つ男である。おまけに中身は大人の無類の女好きだ。彼の目は、クラスの女子たちのビジュアルと、そこに宿る『魔力(潜在資産)』の価値を瞬時にレーティングしていく。

 

(……ふむ、悪くない。さすがはアニメ史に残る名作の世界だ。平均レベルが極めて高い。だが、その中でも……)

 

小狼の視線が、教室の中央付近に座る一人の少女のところでピタリと止まった。

栗色のショートボブ。くるんと跳ねた特徴的な髪の毛。そして、何よりもその身体から溢れ出している、尋常ではないレベルの「純粋かつ膨大な魔力」の波形。

脳内の経済システムが、彼女を見た瞬間にけたたましい警告音を鳴らし、バグのような速度で数値を弾き出した。

 

【対象:木之本桜。魔力資産価値:判定不能(天文学的数値)。将来的な期待利回り:無限大。容姿評価:SSS(国宝級のプラチナ美少女)】

 

(見つけたぞ……。あいつが『木之本桜(さくら)』か。なんて可愛さだ。そしてなんて凄まじい魔力だ。あんな純真無垢な塊が、野生のクロウカードどもと戦っているだと? 資本主義の倫理に反する。あんな優良資産、今すぐ俺のポートフォリオに組み込んで、全力で投資(プロテクト)してやらなきゃ男が廃るって男だ!)

 

小狼は教壇の上から、さくらをじっと見つめた。

ただの見つめ方ではない。獲物を、あるいは人生最大の投資先を見定めた冷徹かつ情熱的な、ギラギラとした経済テロリストの視線である。

 

「ひゃっ……!?」

 

さくらは、そのあまりにも強烈で、値踏みするような視線に晒され、思わず小さく悲鳴を上げて身をすくめた。

小狼の瞳は、彼女の衣服を通り越して、その奥にある魂の輝きまでをも精査しているかのようだった。

 

「……李小狼だ。よろしく」

 

一言だけ短く挨拶を済ませると、小狼は指定された席へと歩き出した。さくらの席のすぐ近くを通る際も、その視線は一切外さない。じぃぃぃぃっ、と、まるで熟練の投資家が金の鉱脈を凝視するかのような目つきのまま、彼は席に着いた。

 

「(な、ななな、何、あの人……!? 転校生の子、すっごい怖い目で私のこと見てるよ〜〜っ! ほえ〜〜〜っ、私、何か悪いことしちゃったのかなぁ!?)」

 

さくらは完全に怯え、机の下でブルブルと震えていた。その隣で、カメラのレンズを思わせる鋭い観察眼で小狼の挙動を記録し始めている大道寺知世の存在に、この時の小狼はまだ深く気を留めていなかった。彼の頭の中は、さくらという「至高のヒロイン」をどうやって効率的に買収し、自らのものにするかという戦略スキームの構築で埋め尽くされていたからだ。

 

2. 昼休みの呼び出し、そして「主人公」の確信

 

キンコンカンコン、と昼休みのチャイムが鳴り響くと同時に、小狼は迷わず行動を起こした。

席を立つと、まだ友達に囲まれてオロオロしているさくらの机をトン、と指先で叩いた。

 

「木之本。ちょっと面貸せ。裏庭に来い」

「ほえっ!? あ、は、はいぇっ!?」

 

あまりの威圧感──というか、十代前半の子供が到底放つはずのない「修羅の修羅場をくぐり抜けてきた大富豪のプレッシャー」に押され、さくらは断ることもできずに立ち上がった。

 

「あの、李くん? 私、何か……」

「いいから来い。お前の今後の人生の重大なターニングポイントになる話だ。……おっと、大道寺、お前はついてくるなよ。これはB to B、いや、1対1の極秘の経営コンサルティング契約の話だ」

 

背後でビデオカメラを回そうとしていた知世を鋭い視線で牽制し、小狼はさくらを連れて校舎の裏手、鬱蒼とした木々に囲まれた人通りのない裏庭へと移動した。

 

裏庭に到着すると、小狼は周囲に誰もいないことを確認し、おもむろに式服の懐から、鈍い黄金色の光を放つ巨大な円盤を取り出した。李家に代々伝わる、クローカードの魔力を探知するための至宝──『羅針盤』である。

 

「な、何、それ……? すっごく大きくて、カッコいい羅針盤……?」

「黙って見ていろ」

 

小狼が自身の魔力を少しだけ羅針盤に流し込む。いや、彼の場合は魔力ではない。脳内の銀行口座から【システム利用料:1万円】を決済し、そのエネルギーを魔力に変換して羅針盤を起動したのだ。

カチカチカチカチッ!!

羅針盤の針が猛烈な速度で回転を始め、激しい火花を散らしながら、一ミリの狂いもなく目の前のさくらを指してピタリと止まった。それどころか、羅針盤全体が「お前が求めていたメインシステムはここにある!」と主張するように、まばゆいばかりの黄金の光を放って振動している。

 

(間違いない……! この羅針盤の反応、そしてこの圧倒的な存在感! この子がこの世界、この物語の『主人公(メインシステム)』だ!)

 

小狼の脳内で、経済技能が歓喜のシグナルを打ち鳴らす。

 

(よし、確定だ! 原作知識はなくても、この羅針盤と俺の経済感覚があれば一発で分かる。この木之本桜こそが、すべてのクロウカードを引き寄せる『絶対的な一社独占(モノポリー)企業』の中心地だ。そして、何より近くで見るとマジで、めちゃくちゃ可愛い! この透き通るような肌、怯えたグリーンの瞳……くっ、たまらん! この極上の資産を、危険なカード回収作業というブラック労働で摩耗させるわけにはいかない。俺の『経済魔法』で、彼女の経営環境を根本から健全化(ハック)してやる!)

 

小狼は羅針盤を懐に収めると、腕を組んで、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「木之本。単刀直入に言う。お前、夜な夜な街を徘徊して、変なカードを追い回しているだろう。……『クロウカード』をな」

「ひゃああっ!? な、なんでそれをっ! ケロちゃんから、誰にも言っちゃダメって言われてるのに……!」

 

さくらは完全に動転し、両手で口を塞いだが、時すでに遅し。

小狼はその反応を見て、さらに確信を深め、一歩、また一歩とさくらに近づいていった。さくらは背中が桜の木にぶつかるまで後退し、いわゆる『壁ドン』ならぬ『木ドン』の体勢に持ち込まれてしまう。

 

「なぜ知っているかだと? 金の動きと魔力の流れを見れば、この街で何が起きているかなど一目瞭然だ。お前、……ケルベロスだっけか? あいつにそそのかされて、無報酬で世界の危機を救うとかいう超ブラックな労働をさせられているな?」

「ぶ、ブラック労働……? ケロちゃんは、カードを集めないと世界に災いが訪れるって……」

「それが典型的なやりがい搾取だと言っているんだ!」

 

小狼は熱弁を振るい始めた。彼の瞳には、資本主義の魔王としての情熱が宿っている。

 

「考えてもみろ。世界の危機を救うという『公共性の極めて高い大事業』に対して、なぜお前という小学4年生の少女が、単独で、しかも無給でリスクを背負わなければならない? 労災保険は降りるのか? 危険手当は? 装備の減価償却費は誰が持つ? すべてお前の自己責任(持ち出し)だろうが!」

「え、えええ……? 減価、しょうきゃく……?」

 

さくらの頭の上には、大量の「?」マークが浮かんでいた。小学4年生にそんな経済用語が理解できるはずもないが、小狼の凄まじい剣幕と、なぜか説得力のあるトーンに、圧倒されて「私がやっていることって、もしかしてすっごく悪いことなのかな……?」と錯覚し始めていた。

 

3. 「封印の杖」という絶対的な一社独占(モノポリー)の壁

 

「木之本、そこで俺からの提案だ。その非効率でリスクまみれのカード回収事業を、俺が丸ごと買い取ってやる(M&A)。俺のバックには、1兆円のキャッシュと、いかなる因果律も捻じ曲げる『経済魔法』がある。カードが暴れようが何しようが、俺が数十億円の現金をシステムに直接ブチ込んで、物理的・概念的に無力化してやろう。お前はただ、安全な場所で美味しいプリンでも食べていればいい。どうだ、この買収案に同意するか?」

 

小狼は完璧なセールススマイルを浮かべ、さくらに手を差し出した。

これで勝つる。世界を金の力でハックし、可愛いさくらを危険から遠ざけ、ついでに彼女の好感度をMAXにする完璧な経営戦略。

 

しかし、さくらは困惑した表情のまま、自身の胸元に手を当てた。そこには、普段は鍵の形をしてコンパクトに収まっている、あのピンク色のアイテムがあった。

 

「あのね、李くん。気持ちはすっごく嬉しいし、助けてくれようとしたのは分かるんだけど……クロウカードの封印はね」

 

さくらは真剣な、まっすぐな瞳で小狼を見つめ、自身の鍵(杖)をぎゅっと抱きしめた。

 

「この『封印の杖』でしか、絶対にできないの。お金の力や、他の凄い力を使っても、最後はこの杖でカードを封印してあげないと、カードたちは本当の姿に戻れないんだよ」

「……な、何だと……?」

 

小狼は絶句した。

脳内の「至高の経済技能」が、さくらの言葉の裏にある「世界の絶対的な因果律(システムルール)」を瞬時に解析する。

 

【システム警告:クロウカードの最終封印権限は、唯一『封印の杖(カードキャプター)』にのみ帰属します。現線の決済や他の概念魔法による代行、買収、アウトソーシングはプログラム上、不可能です】

 

「そ、そんな馬鹿な……! 資本主義のルールが通じない、完全な一社独占(モノポリー)だと……!? どんなに金を積んでカードを無力化しようとも、俺が代わりに最終決済を完了することはできないっていうのか!?」

 

小狼はガタガタと崩れ落ちそうになるのを、精神力で踏みとどまった。

世界をハックする天才経済テロリストが、初めて直面した「市場原理の通じない絶対防壁」。それが『封印の杖』という特権的ツールだったのだ。

 

(くっ……! なんて凶悪な参入障壁だ! クロウ・リードのジジイ、生前にどれだけ強固な著作権(パテント)とプロテクトをかけてやがるんだ! 最終的な決済権(封印権)が木之本桜に一任されている以上、俺がどれだけカードをボコボコにしようが、ビジネスの最終利益(クロウカード)を俺の口座に振り込むことはできない……!)

 

しかし、小狼はただの経済テロリストではない。無類の金と女好きであり、かつ不屈の投資家である。

 

(待てよ……? 最終決済権が彼女にあるなら、彼女自身を『俺の傘下』に引き入れればいいだけじゃないか。直営化が無理なら、業務提携(アライアンス)を結べばいい! 彼女の『封印権』という唯一無二の技術資産に、俺の『圧倒的な資本力と戦術ノウハウ』を投資する。これぞ最強の経営統合だ!)

 

4. 経済的戦術コンサルタントとしての猛烈なセールス

 

頭の切り替えは一瞬だった。小狼の目は再び、怪しい、しかし極めてプロフェッショナルな輝きを取り戻した。

 

「ふっ……いいだろう、木之本。完全な買収が不可能なら、次なる一手だ。俺はお前に『戦術コンサルティング契約』を提案する」

「せんじゅつ、こんさる……?」

「そうだ。お前はクロウカードの封印権を持つ唯一のプレイヤーだが、いかんせん素人すぎる。カードの特性を見極め、適切なリスク管理を行い、最小のコストで最大のパフォーマンスを上げる。そのための『ブレイン(頭脳)』を、この俺が務めてやるということだ」

 

小狼は胸ポケットから、純金製の特注名刺(小学4年生のものとは思えないデザイン)を取り出し、さくらの目の前に突きつけた。

 

「名付けて、『木之本桜・カード回収事業適正化プロジェクト』!

コンサルタントである俺の仕事は以下の通りだ。

第一に、カード出現時の市場動向(被害予測)のシミュレーション。

第二に、俺の『経済魔法』を用いた、カードの物理的・概念的な行動妨害、および無力化サポート。つまり、お前が杖を振るうための『お膳立て』をすべて俺が金で解決してやる。

第三に、万が一の際の安全保障。お前の身に危険が及ぶ前に、俺が魔力障壁を数億円規模で展開してお前をガードする。

どうだ? これならお前は、怪我をするリスクを限りなくゼロに抑え、ただ最後に杖を振るうだけで済む。超高効率な安全操業(セーフティ・オペレーション)の実現だ!」

 

さくらは、小狼の弾丸のようなトークに目を白黒させていた。

「あ、あの、でも……そんな凄いことをしてもらうの、私、お金なんて持ってないし……お小遣い、月々そんなに多くないよ?」

「フハハハ! お金? そんなものは必要ない! 俺の口座には1兆円ある。お前のような小学生から、はした金を取るような野暮な真似はしないさ」

 

小狼はフッと前髪をかき上げ、さくらに向かってウインクを投じた。その顔は、自尊心に満ちあふれたイケメンそのものである(中身は強欲なロリコンだが)。

 

「お代は、現金を要求しない。いわゆる『現物支給』、あるいは『非金銭的価値の交換(バーター取引)』で手を打とう」

「非金銭的……?」

「簡単に言えば、俺とのデートだ」

「ほええええええっ!? で、ででで、デートぉ!?」

 

さくらの顔が、一瞬で真っ赤に染まった。

「そうだ。カードを1枚安全に封印する手助けをするごとに、俺と友枝町の高級パンケーキ店に行く、あるいは遊園地で一日中俺のデートに付き合う。これがコンサルティングの報酬(フィー)だ。

可愛い女の子と楽しい時間を過ごす。それこそが、この俺にとって最大の『超過利潤(プラスアルファ)』だからな! どうだ、この契約? お前にとっては金銭的負担ゼロ、生命の安全が保障され、美味しいものまで食べられる。俺にとっては極上の癒やし(リターン)が得られる。完璧なウィン・ウィンの関係だろう!」

 

小狼は、さくらの小さな手を両手で包み込み、ぐいぐいと迫った。

(よし、外堀は埋めた! あとはこの純真無垢な美少女が『はい』と言えば、合法的に(?)彼女をデートに連れ回し、あんなことやこんなこと……ゲフンゲフン、健全な交際をスタートさせつつ、カードも効率よく回収できる! 完璧だ、俺の経済魔法と経済技能は世界を救い、かつ俺の欲をも満たす……!)

 

5. 大道寺知世の介入と、冷徹な資本主義の査定

 

「──そこまでにしていただけますかしら、李小狼くん」

 

冷ややかな、しかし極めて上品な声が、裏庭の空間に響き渡った。

小狼がチッと舌打ちをして振り向くと、そこにはいつの間にか、茂みの陰から最新型の4Kビデオカメラを構えた大道寺知世が立っていた。彼女の瞳は笑っていなかった。

 

「大道寺……! すり抜けてついてきたか。言ったはずだ、これは極秘のコンサル契約の話だと」

「ええ、聞いていましたわ。さくらちゃんを言葉巧みに言いくるめ、不当な独占契約を結ぼうとする悪質なコンサルタントの口上を、しっかりとこのカメラに記録させていただきました」

 

知世はカメラを回したまま、小狼の前に毅然と立ちはだかった。さくらは「ともよちゃん!」と、救世主を見るような目で彼女の背中に隠れた。

 

「李くん。あなたのおっしゃる『コンサルティング』とやら、一見するとさくらちゃんに有利なように聞こえますが、重大な問題がありますわ。

まず第一に、さくらちゃんの衣装(バトルコスチューム)の開発・提供、およびその活躍の映像記録権(撮影権)は、すべて私、大道寺知世が『一社独占』で保有しております。あなたのコンサルティングによってさくらちゃんの行動が制限され、私の撮影機会が減少、あるいは衣装のコンセプトに介入されることは、我が『大道寺プロモーション(仮)』の重大な不利益(機会損失)となります!」

「何だと……!?」

 

小狼は驚愕した。まさか、目の前の大人びた少女から、「機会損失」や「独占権」といったビジネス用語が飛び出すとは思わなかったからだ。

 

「第二に、報酬が『デート』というのも容認できませんわ。さくらちゃんの貴重なプライベートの時間は、私と一緒に美味しいお菓子を食べたり、私の作ったお洋服のフィッティングに充てられるべきです。それをあなたの私的な欲求のために搾取されるなど、言語道断ですわ!」

「フン、大道寺。お前の言いたいことは分かったが、それは単なる『既存の利権者の嫉妬』に過ぎないな」

 

小狼は鼻で笑い、腕を組んで知世を見下ろした。

 

「ビジネスの基本を教えてやろう。独占権を維持したければ、それに見合う『資本力』と『付加価値』を提供し続けなければならない。お前の提供している『衣装』と『撮影』は、さくらの安全を担保しているか? カードの攻撃から彼女を守る防弾・防魔法機能はあるのか?

ないだろう。ただ可愛いだけだ。対して俺のコンサルは、1兆円のキャッシュを背景にした『絶対的な安全保障』だ。さくらが怪我をしてからでは、お前の可愛い衣装も血に染まるだけだぞ? どちらがサステナブル(持続可能)な提案か、火を見るより明らかだ!」

 

「くっ……!」

 

知世が初めて悔しそうに表情を歪めた。小狼の言う「安全保障の資本力」は、確かに一介の小学生(の大富豪の娘)のポケットマネーや趣味の領域を遥かに凌駕していたからだ。

 

「(ほえ〜〜〜、2人とも、すっごく難しいお話をしてる……。私、どうしたらいいの〜〜!?)」

 

さくらは完全に置いてけぼりを食らい、2人の天才(一人は経済テロリスト、一人は天才衣装デザイナー兼監督)の間で火花が散るのを見守るしかなかった。

 

「話は平行線だな、大道寺。だが、最終的な決定権(意思決定)は木之本自身にある。さあ、木之本。俺のコンサル契約書にサイン(合意)をするんだ。さすれば、お前に世界最高の安心と、極上のパンケーキを約束しよう……」

「ダメですわ、さくらちゃん! そんな男の口車に乗ってはいけません!」

 

小狼がさらにさくらの手を引こうとした、その時だった。

 

6. 木之本桃矢の乱入、そして「カツアゲ」の大いなる誤解

 

「──おい。そこで俺の妹に、何汚ねえ手ぇ伸ばしてやがる、ガキ」

 

ドスの利いた、地を這うような低い声が響いた。

その瞬間、裏庭の空気が凍りついた。いや、正確には「圧倒的な野生の霊感(シスコンパワー)」による物理的な威圧感が、その場のすべてを支配した。

 

バサササッ! と桜の木を揺らして現れたのは、友枝高校の制服を着た長身の少年──さくらの兄、木之本桃矢だった。彼はたまたま、妹に迫る危機の気配を察知して壁を乗り越えてきたのだ。

 

桃矢の鋭い眼光が、さくらの手を握っている小狼の手元、そして小狼の口から放たれていた「1兆円」「契約」「お代(デート)」という怪しい単語の数々を捉えていた。

 

「お、お兄ちゃん!?」

「さくら、下がってろ。……おい、そこのガキ。お前、さっきから聞いてりゃあ、『契約だ』の『お代はデートだ』の『1兆円のキャッシュだ』の、小学生の分際で随分と大層なハッタリかまして、俺の妹を脅迫(カツアゲ)してくれてるみたいだなあ、あぁん?」

 

桃矢の背後に、ゴゴゴゴゴ……と目に見えぬ怒りのオーラが立ち上る。

 

「カ、カツアゲ……!?」

 

小狼は目を見張った。

「違う! これは正当なB to C、いやB to Bの戦術コンサルティングの営業活動だ! 脅迫などという前近代的な犯罪行為と一緒にするな! 俺は彼女の未来の安全を……」

「うるせえ! 小学生がコンサルだの営業だの抜かしてんじゃねえよ! 要するに、金をチラつかせて妹を無理やり連れ回そうとしてる誘拐犯の変質者だろうが! 腕ずくで分からせてやる!」

 

桃矢は完全に「さくらが悪い金持ちのガキにカツアゲされ、かつ良からぬ目的で脅されている」と誤解(ある意味で本質を突いているが)していた。彼は凄まじい踏み込みで、小狼との距離を詰めた。

 

「チッ……! 話の通じない脳筋(シスコン)め! 防衛本能(霊感)のレベルが高すぎる。ここで魔術(経済魔法)を見せるのは悪手だ、一般人に口座の動きを感知されるわけにはいかない!」

 

小狼は冷静に、脳内での【システム決済:防御障壁(10万円)】の行使をキャンセルした。小学校の裏庭で高校生を相手にマジの経済テロ魔術を発動すれば、それこそ大騒ぎになり、自身の「隠密ハッキング計画」に支障が出る。

 

桃矢の拳が小狼の胸元に迫った、まさにその時だった。

 

「待って、お兄ちゃん! 李くんも、喧嘩はダメだよ!」

 

さくらが、2人の間に必死になって割り込んできた。

 

「それにね、李くん。気持ちはすっごく嬉しいし、助けてくれようとしたのは分かるんだけど……」

 

さくらは真剣な、まっすぐな瞳で小狼を見つめ、自身の胸元の鍵をぎゅっと抱きしめた。

 

「李くんが私にお金を使って怪我をしないようにしてくれるのは、すっごくありがたいけど……私、自分でちゃんと頑張りたいの!」

 

「……な、何だと……?」

 

小狼は再び絶句した。

小狼はがっくりと膝をついた。

彼の誇る「1兆円の口座残高」も「経済魔法」も、この世界の根幹にある「優しさと絆のシステムルール」の前には、最終的な一押し(ラストワンマイル)を代行することができない。

 

「おい、ガキ。まだ何か文句あるか? 妹は嫌がってんだよ。さっさと失せな」

 

桃矢が小狼をジロリと睨みつけ、さくらの肩を抱いて守るように引き離した。知世もまた、「今回のスクープ映像は素晴らしい出来ですわ」と満足げにカメラを収め、さくらの後に続いた。

 

「あ、あの……李くん、またクラスでね!」

 

さくらは申し訳なさそうに振り返り、小狼に手を振って去っていった。

 

裏庭に残されたのは、人生で初めて「金で買えないもの(絶対的因果律)」に敗北し、地面に這いつくばる小学4年生の経済テロリスト──李小狼だけだった。

 

「……くっ……! ははは、ははははは!」

 

沈黙の後、小狼は突然、狂ったように笑い出した。その目は、敗北の悔しさではなく、新たなる「攻略対象(市場)」を見つけた興奮に満ちあふれていた。

 

「面白い……! 面白いじゃないか、カードキャプターの世界! 資本主義のルールが通じない独占市場(モノポリー)だからこそ、それをハックした時のリターンは計り知れない!

木之本桜……お前がその『封印の杖』を手放さないというのなら、俺はコンサルタントではなく、お前という『企業(システム)』そのものの最大株主(パートナー)になってやる。

見ていろ、次のカードが現れた時、俺の『1円単位で発動する経済魔法』が、どれだけ世界を、そしてお前のシステムを揺るがすか……! 1兆円の力、舐めるなよ!」

 

夕暮れ時の友枝小学校の裏庭で、経済の魔王は高らかに再起を誓うのだった。世界のハッキングは、まだ始まったばかりである。

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