時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず   作:ゴマ醤油

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アドバイス

「部長。二級試験って、どれくらい難しいんですかね?」

 

 数日経ち、すっかり元通りの日常に戻った頃。

 ダン考の活動拠点であるサークル練の小さな部室の中で、会見以来に会った坂又(さかまた)部長と将棋を指しながら、ふと悩みを零すように問いかけてみた。

 

「……なんだとめる。まさか挑む腹になったのか、あの人間卒業試験に」

「……色々あって、少し将来を考えてみようかなって。それで、どうですかね?」

 

 最近の出来事は伏せつつ、それでも気持ちは隠すことなく正直に吐露していく。

 遮ることなく耳を傾けてくれた坂又部長は顎に手を当て、盤面を見ながら少しだけ悩む素振りを見せてから、ゆっくりと駒を移動させた。

 

「悪くはない、だが想像よりも遙かに苦難だろうな。俺とて一度は夢見た身だが、現実を前に早々に覚めてしまった。俺にはダンジョンを生業にし、ダンジョンに骨を埋める覚悟などないとな」

「……仮にですけど、大学に通っている間で二級探索者になった人がいるとしたら?」

「だとすれば、そいつはよほどの化け物か、或いは相当に学業を疎かにしているのだろう。それこそいつ大学を辞めてもいいと心の底から思っていそうな、あのダン活のクソ部長のようにな」

 

 部長は心底の嫌そうな顔で吐き捨てながら、パチンと、強く駒を盤上へと打ち付ける。

 

 ダン活、ダンジョン活動サークル。

 俺の所属するぬっくぬくなダンジョン考察サークルとは違い、ガッチガチでダンジョン探索する所謂ガチ勢用のサークルだが、確かにそこの部長ともなれば二級であってもおかしくはないか。

 

「部長としての警告だが、あれに話を聞こうとするのはやめておけ。確かにこの大学にあるまじき優秀さだが、相応の自負を鼻にかけている嫌味なやつだ。……ああ、そういえば一昨年、はるのやつが口説こうとした女に目に付けていたのもあいつだったか」

 

 くつくつと、何かを思い出して笑いを堪えながら駒を前へと進める坂又部長。

 つまりはダン考、相当に嫌われてるんでしょうね。それこそ、目の敵にされててもおかしくないくらい。

 

「話を戻すが、挑むと決めたのならば早々に動くべきだ。最も簡単でありながら困難な条件、上層での活動時間を満たすのはそう容易ではない。一般企業に勤めながらというのはほぼ不可能、それは流石に知っているだろう?」

 

 少しの思考の後、持ち駒から香車を指しながら俺へと問うてくる部長。

 上層での活動時間。二級に挑まんとした三級を夢から覚まさせた、最も簡単でありながら困難な壁。

 

 当然だが、時間停止の中で活動しても加算されることはない。

 観測できる人間が俺だけならば、それは観測できないのと同じ事。こういう細かい要素一つ一つに、時間停止が万能ではないと実感させられてしまうな。

 

「逆に言えば、それさえ満たせるのならば可能性は必ずある。あとは勉学と運次第だからな。上層で千五百時間……単純計算で一日四時間ほど上層に潜れば満たせるが、現状はどんな感じだ?」

「……確認してませんが、正直全然ですね。基本的には表層で小銭を稼いでいたので」

「なら急ぐといい。やりたいことは決まっているのなら、こんな所で燻るほと無駄な時間はない。自由に使える時間なんてのは、人生の中ではあまりに短いものだぞ?」

 

 ……随分達観したお言葉、流石は部長だ。

 このサークルへ入った頃から変わらず、俺と同じ大学生とはとても思えないくらい現実を見据えているすごい人。見習いたいとは思っていても、不可能だと何となくで悟れてしまう人だ。

 

 多分俺が大学四年になっても、いや三十代になってもこんな貫禄は出せそうにない。

 人間老いれば自然と貫禄が付くなんてのは、どこまでいっても付く側だけが言えることだな。

 

「ああそれと、もしも頼れる同業者がいたなら積極的に声を掛けていけ。別に探索者に限った話ではないが、それでも人一倍は人を見る目と協力性は養っておく必要がある。活動時間を満たす際にソロでなければならない、なんて決まりはないからな」

「……助言、ありがとうございます。ちなみに部長はどうですか?」

「残念だが、俺は既に内定をもらっている。探索者という夢物語は、モラトリアムと共におしまいだ」

 

 勇気を出して初めての勧誘をしてみたのだが、にべもなく断られてしまう。

 モラトリアムと口にしたほんの一瞬、部長は盤面から目を離し、窓の外へと目を向けてしまう。

 

 ……そういえば、部長の過去なんてほとんど知らないけど、何か思い残しでもあったりするのかな。

 

「……さて、王手だ。ここで一つ、先達として試してやろう。この盤面さえ覆せないのなら、二級の門を拝むことさえ叶わないかもな?」

 

 どうせなら、このまま流れで訊いてみようかと。

 つい魔が差したので口を開こうとした瞬間、まるでお見通しとでも言うかのように、部長は不敵な笑みを浮かべながら駒を動かし、そのまま王手を告げてくる。

 

 盤面は非常に芳しくなく、棋力はあちらの方がずっと上。ぶっちゃけ言えば逆転は無理。

 それでも、そう挑発されてしまっては挑戦せざるを得ない。

 時間停止では覆せない敗北一歩手前の状況を前に、諦めの早い俺にしては珍しく投了を口にすることなく、必死で頭を悩ませた後、動かす駒を手に取とうとして──。

 

「ちいーっす。お、やってるねえお二方。そういや聞いた? 五階層、来週には解放だってさ」

 

 その瞬間だった。

 心地良い勝負の静寂を易々と切り裂いてしまう、いつも通りの(かのう)先輩の声が部室に響き、ついため息を吐いてしまったのは。

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