時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず 作:ゴマ醤油
──ほら、ほら起きて。もう朝だよ。昼かもしれないし、夜かもしれないけど、朝だよ。
ん、何言ってるの……? まだ眠い……もうちょっと、せめてあと八時間くらい……。
──八時間か。いいよ。好きなだけ眠るといいよ。
待ってくれるんだ、何かよく分からないけど、優しいの好き……ん、んん? んんんっ??
声が言うというので、二度寝を敢行しようとしたのだが、刺さる違和感がそれを許さず。
目を開けてみれば、そこに広がっていたのは、真っ白で、真っ白なだけの何もない空間だった。
……もしここがあの世なんだとしたら、随分拍子抜けしてしまいそうになる。
花畑溢れる天国も雷鳴轟く暗黒に満ちた地獄もなく、ただただ殺風景で、白紙のキャンバスみたいな真っ白しかない、そんな世界。
人が死んだらどうなるって究極の命題の答えがこんなんじゃあ、いつか答えに届いた人間達の失望顔が容易に目に浮かんでしまう──。
「あ、起きたんだ。
何でこんな所かも分からないのにえらく呑気に思考していたときだった。
あまりに突然、この白い空間で発せられた声。
透明なようで、濁っているようで、清涼なようで、おどろおどろしいようでもある不思議な音。
声だと認識は出来るのに、人のそれとはあまりに別物で、規格の違う音を無理矢理にでも人の耳に合わせたみたいな、奇怪な刺激。
背筋に冷たいものを走らせながら、すぐに振り向いて──それを目にした瞬間、驚愕から大きく目を見開いてしまう。
真っ白な中で真っ白だから輪郭さえ朧気なのに、確かにそこにいると理解させられてしまう何か。
最初からいたのかも、今現れたのかも曖昧で希薄。
まるで目につく白の全てがこの存在であり、或いはそうでないとも思えてしまうそれは、あまりに不透明な透明。そんな存在。
どう呼べばいいのか。
どう認識すればいいのか。
どう理解すればいいのか。
数瞬の逡巡の末、脳でも心でもない奥底、魂が驚くほど静かにそれを結論付けてくれる。
不可能。この存在は理解しなくていい。……否、理解してはいけない。
目の前にいるかもしれない何かは多分、俺にかかわらず、今の人類の五感では届きようのない何か。そこで完結すべき、そんな存在なのだと。
「あ、あなたは……?」
「
神。
不遜にもそう名乗った何かは、例え何も見えずとも、確かににこりと微笑を浮かべてくる。
……今更そんな存在がいること自体には驚きはしないし、むしろ納得出来てしまう。
変に貫禄あるジジイが出てきたり、強面のザ・神ってのが見下ろしてきたりするよりも、ずっと得体の知れなさがある。
それでもやっぱりスケールが大きすぎて、ちょっと呑み込めていないのも確か。なんかこう、もっと親近感湧きやすい感じで噛み砕きたいなぁ。
「……じゃあ、こう言い直そう。この世界に
そんな俺の矮小極まりない心など簡単に見透かせているのか、今度は身近なものを交えた自己紹介をしてくれる。
……ダンジョンを世界に作った存在。この世界に、新たな常識をもたらした存在。
別にそれだって途方もない話ではあるけれど。
それでも不思議と常識染みた反論さえ湧かず、納得してしまえる。結局スケールが大きいのに変わりはないけれど、けれど目の前の存在であればきっとそれが可能なのだと、根拠のない何となくでも疑うことが出来なかった。
「
「聞きたい、こと?」
「うん。聞きたいこと。ずっと見てて、聞きたいなって、思ったこと」
トトと名乗った、老若男女定かではない何かの問い。
存在しない、或いは知覚出来ないだけで確かにあるとだけは察せられる双眸に、ジッと見つめられていると感じてしまう。
こんな常識外れが存在が俺に聞きたいことって、一体何なんだか。
言っちゃ悪いがたいしたこと知らないぞ。巷の何が流行っているかとか、そんな世俗な質問された所で答えられる自信はない。……思いつかないからねりけしとか言ったら、多分消されちゃうよな。
「その前に、一つだけ、答えてあげる。何か
こくりと、トトは首を傾げながら、あまりにも唐突に機会を与えてくれる。
……何でも、か。きっと嘘偽りなく、何でも答えてくれるんだろうな。
自分が死んでいるのかとか、ここは本当に死後の世界なのかとか。
世界の真実とか、数字を選ぶタイプの宝くじの次回の一等だとか、好きなアイドルの本当のスリーサイズとか、ホムラは本当に
きっと、聞いたらとにかく何でも答えてくれる。そんな予感はある。
もちろん俺の時間停止の能力についてだって、それを選べば全てを教えてくれるのだろうと、確かにそんな確信がどこかにあった。
──だけど。
「……あんたらはどうして、ダンジョンなんてものを、世界に作ったんだ?」
それら全てを押しのけて、当たり前のように、あまりに自然に言葉になってしまった問い。
それはきっと、俺の問いであって俺だけの問いじゃない。
人類の誰もがほんのちょっぴりにでも抱いていた、今時代の人類の意志の代弁なんだと、そんな気がした。
「……それはいつか、
ほんの数秒だけ、まるでその問いは予想していなかったと。
許容を超えた子供が一瞬固まってしまったみたいな、そんな数秒の無言の後。
少しだけ、ほんの少しだけ、常に一定を保つ抑揚だった音が揺らいだような気がしてから、トトはダンジョンについて──いや、
「……ははっ、はははっ! なるほどな。それは確かに、
全部を聞き終えて、俺はただ、あまりに現実味のない話に笑うしかなかった。
だってこんな壮大で、恐らく人類におけるもっとも大きな功罪で、そしてこれからの人類にとってはた迷惑な話はない。
因果応報なんて言葉はあるが、それにしたって範囲が広すぎる。
そんな健気な願いで地上に根ざした場所を資源採掘場としか思ってないのだから、やはり人類がその機会に届くには、もっともっと時間がかかるのだろう。
……まあでも、何か色々あったけど、ダンジョンが地上に現れてまだ三十年だからなぁ。
人にとっては世代が変わるほど長い時間ではあるけど、目の前の彼らにとっては、きっと瞬きほどの時間なんだろうな。
「次は
語り終えたトトは、次は自分の番だと問いを投げてくる。
抽象的な質問。何をがなく、その気になればどんな風にだって捉えられる、そんな問い。
けれど、不思議と胸の中にスッと収まってくる。
何を訊かれたかは曖昧なのに、明白で、答えるべき答えは決まっている。そんな問いだった。
「後悔したくなかったから……かな。自分の死なんかより、大切かもしれない誰かの死の方がずっと怖かったから。それだけだよ」
胸の奥底で抱いていた
他の誰かに話すのならもっと構えて、勇気が必要だったはずだけど。
それでもどうしてか、目の前の存在相手だと気負うことはない。お風呂場の鏡に向かって自己問答するみたいなあっさりさがあった。
「……そうなんだ。やっぱり
それを聞き終えたトトは、何が変わるわけでもなく。
それでも納得したのかと気になってしまった瞬間、パリンと、真っ白な世界に亀裂が走ってしまう。
「バイバイ、人の仔《きみ達》。次にお話出来るのが、その日でないことを、願っているよ」
割れていく。消えていく。薄れていく。意味を成さなくなって、散っていく。
まるでまた明日と、夕暮れの公園で友達に手を振るみたいな気さくさで、トトは手を振ってくる。
そんな彼に、どう返すべきかも分からず。ただただ世界の崩壊に抗うことなく呑まれていく。
嗚呼、そんな風に期待されたって困る。
もしかしたら、いつか人類は全てのダンジョンを踏破して、彼らの言う選択の場とやらに辿り着くかもしれないけれど。
それでも、今の俺達には関係のない話。
あなたがそう戯れない限り、きっと百年ほど、人類があなたと再会することは、ないはずだから。
次に目が覚めて目に映ったのは、最後に見たダンジョンの暗闇でも、見慣れた部屋の天井でも、真っ白な世界でもなかった。
なんか、長い夢を見ていたような、そんな気分。
俺、何してたんだっけ。えっと、家で寝ていたわけでもないし、確か、ああ──。
「あ、やっと起きた。まったく、人がない時間を切り盛りして見舞いに来てあげたってのに、随分と気持ちよさそうに熟睡してたっすよね」
記憶の整理をしようとした、そのときだった。
突然横から掛けられた、最近えらく聴く頻度の高いせいで声。
直前まで一切気配を感じなかったのに、唐突に現れた気配に、全身がブルリと震えを上げてしまいながらも、落ち着く暇さえなしに声の方へと首を向ける。
「おはよう死神くん。この世界で一番の美を誇るうちが剥いたりんご、もちろん食べるっすよね?」
ベッドの横で椅子に座りながら、りんごの皮を剥いているのは、何故かナース姿の美人。
目覚めて初めに顔を見たのは、両親でも
特別二級、ナナシ。相変わらず平常運転な、ダンジョンの死神にとっての死神だったのだから。