時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず 作:ゴマ醤油
「不思議っすよねぇ。たかが果物だってのに、育て方一つでこんなにも甘みが違う。所詮は同じりんごだってのに。ああむっ」
「……あのそれ、一応俺の見舞い品なんだよね?」
「ひょうっすよ、ごくっ。一玉五百円、奮発したうちに感謝して欲しいっす」
しゃくしゃくと。
縁起が良いのか悪いのか、器用にうさぎさんカットにしたりんごを食べながら話すナナシ。
……あのさ、おかしくない?
一応俺への見舞い品って頷かれたってのに、こっちに盛られたのはたったの三切れだけで、残りは全部ナナシがむしゃむしゃしてるんだよね。ねえ、おかしくない?
「まず初めに、きみは階段で足を踏み外したことで気絶して入院。この後検査を受けてもらって、特に異常がなければそのまま退院ってことになってるんで、その辺はよろっす」
「なってる……じゃあ、本当は?」
「ほんと感謝して欲しいっすよね。深層で一級探索者達の無事を確認してさあ凱旋だってときに、第五階層の隠し部屋に行けなんて、どっからか脳内にビビビって来たんすよ? もちろん無視してやろうかなと思ったけど、仕方なく抜けて向かってみたら君がいたってわけ。つまり、うちは君の命の恩人ってわけっす。お分かり?」
とりあえずの事情を話してくれたナナシだが、俺の質問を受けて心底面倒だったとばかりに顔を歪ませながら、手に持っていたりんごごとこちらを指差してくる。
どうやら俺の知らないところで、多大な迷惑をかけてしまったらしいな。申し訳ない。
しかし第五階層……俺が力尽きたのは下層のどっかで、表層なんて辿り着いたはずがないんだけど、どうなってるんだろうな。
「あの、足とか怪我してなかった?」
「してなかったっすよ? そんなに重傷を負っていたんなら、うちが着いた頃には手遅れだったんじゃないっすかね」
一応尋ねてみるも、ナナシは何を言ってるんだとばかりに首を振りながら、ばっさりと否定してくる。
足、すっごいグサリといってた気がしたんだけど……まあしてなかったなら、別にいいか。
「……一級探索者達は、どうなったんです?」
「人の心配なんて贅沢なやつっすねぇ。ま、安心していいっすよ。彼らは四十階層にて赤竜を撃破したあと、次の階層には進まず無事に帰還。死者重傷者共になく、なぐもんが撮影していた動画や赤竜の素材を持ち帰ったことで成果も上々。深層攻略は大成功、上もホクホクって感じらしいっす」
やれやれと。
ナナシは今度は呆れたように首を振りつつも、りんごの一切れを手に持ちながら教えてくれる。
なるほどね。やっぱりあの後、彼らは撤退を選んでくれたらしい。
流石は一級の面々。お調子になんて乗らない、理性も探索者の中で最高峰だと信じて良かった。流石に進まれていたら、もうどうしようもなかったからな。
「まあでも、あの赤竜の末路については、一級達が倒したってことで口を揃えてもらうことになったんすけどね。流石にプライドがあるのか全員反対してきたっすけど、そこまあ、こっち側への貸しということで穏便に解決ってことで落ち着いたっす。はあっ」
誰かさんのせいで、と。
ナナシが恨みがましい目を向けてくるがそこは知ったこっちゃない。こっちはそれなりに頑張ったんだから、後始末はそちらへ丸投げだ。
「……この成功で何が変わるかって言われると、そうでもないんすよね。希望を与えるなんてお題目で承認されたわけっすけど、反対派は反対派のままだし、最近の悪評が覆るわけでもない。結局は外に向けての政治利用でしかなさそうなのが……まあ、この辺は君に話しても仕方ないっすね。愚痴ってことで、忘れて欲しいっす」
ナナシはぽつりと、それが意図的がミスなのかは分からないが、珍しく零した自嘲を濁してくる。
意味がないと、裏まで見えてしまっているナナシはそう吐き捨てたが、きっとそうではないはずだと俺は思う。
旅で得た仲間との絆こそが最大の宝なんて臭いことを言うつもりはないが、それでも彼ら一級の歩みには意味はあった。
実際に物を持ち帰ったからでもない、深層という未知へ挑んで生還したという事実自体が、きっと今回得た物の中で最も大きな成果のはずだ。その成功自体が、次を芽吹かせる最大の肥料になってくれると、そう信じている。
……そうやって少しずつ繋いでいけば、いつかきっと、必ず人類は辿り着ける。
だってあの存在はそれを願っている。いつか来るその日までに、人類の誰かが選択の場に辿り着くことを何よりも求めているのだから、俺達の時代では絶対無理だろうけど、最後は裏切らないで欲しいものだ。
「……」
「……あの、その、言いたいことあるなら、何か言ってくれると嬉しいんだけど?」
「………あーもう! うちらしくもない! じゃあ一回だけ言うから、聞き漏らさないでくださいよ!」
少しの沈黙の後。
沈黙がまどろっこしくなったのか、先ほどからジッと睨んできていたナナシが突然声を上げる。
な、なんだってんだ。そんなに怒らせること、したんだろうか。
「ん゛ん゛っ! ……今回の件に関わった者の代表として、心より御礼申し上げます。我らへの協力と尻ぬぐい、そして一級探索者の窮地を救っていただき、本当にありがとうございました」
風貌に合わないほど喉を慣した
ただのナナシとしてではなく、特別二級探索者の一人として。
……そんな畏まられてもさ。ナース服で真面目な感謝御礼とか、そういう所ナナシって感じだよな。
それに実際、俺が役に立ったのかと言われればちょっと微妙だ。
一級探索者は強かった。俺の……いや、きっと配信を観ていた多くの人の想像を優に超えるくらいずっとずっと化け物の集まりで、例え止まった時間の中での静止画みたいな一場面しか目にしていなくても、普段の配信でどれだけ魅せプに徹しているのか理解出来るくらい圧倒的だった。
時間が動いてしまっている間も一級達は普通に進めていたし、最後のドラゴンだってあそこまでやれていたんだから、俺が割り込まなくても決着は近かった。ホムラにしたって、あのままなら吐かれたであろう火炎に対応出来ていたかもしれないんだから、役に立ったかは微妙な所だ。
……そう考えると、やっぱり俺って本物の馬鹿だな。
後先考えずに深層へお節介しに行って、結局ホムラが火村さんかの真偽さえも知ることさえなく、こうして病院のベッドに転がっているんだからさ。
「んじゃ、用も終わったんでうちは帰るっす。あ、スマホやら所持品は家にぶち込んでおいたから、帰ったら確認しておいて欲しいっす。それじゃ、お大事に」
自分の浅慮と無意味さに浸るみたいに深々とベッドに沈み込んでいると、ナナシは最後の一切れを持って早々に立ち去っていく。
ナナシが消えて、がらんと寂しくなるほど音がなくなってしまった個室。
そういえば個室だったんだなと、今更気付きながらも、再び睡魔が襲ってきたので身を委ね──。
「あ、そうだ。落書きの件、今度ちゃんとお話するっすから、忘れないでね?」
「うわっ」
「にししっ、それじゃ。ばあい」
帰ったはずなのに、無からまた生えて耳元で囁いてきたナナシ。
完全な不意打ちで耳を擽られ、ベッドから飛び跳ねてしまいそうなほど驚きを露わにしてしまうと、いたずらが成功したと上機嫌そうに帰っていく。
……やべっ、そういや死ぬと思っていたずらしちゃってたわ。ごめんちゃい。