時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず 作:ゴマ醤油
転機は快晴。桜と花粉と春の陽気に満たされた大学を、スーツで身を包み、一人歩いていく。
早いもので、大学生活も今日で終わり。
思い出があると言えばそこまででもないけれど。
それでもないと言えば嘘になる。そんな何とも言えない大学だが、今日でお別れだと思えば、名残惜しくもなるのは当然か。
「よっ、相変わらず一人の似合う男だな。卒業おめでとう」
「あ、
声を掛けてきたのは、いつしか下の名前で呼ぶようになった
そして未だに凜と交際の続いている小柄な女性、スーツでも袴でもない
何だかんだこいつら、付き合ってからずっと一定の距離で付き合えてるのが羨ましい。
なんていうか、絵に描いたようなカップルでもないけど、ずっと続く友情の延長線上って感じの関係は、もう一周回って尊敬しかないよ。
「卒業おめ。二人の成長に、私も鼻が高い」
「
「問題なし。けれど今年は学業専念。……あと、ちょっとだけビリヤード」
多少言葉を選びながらも返すと、星川さんは欠片もへこんだVサインを作りながら、最後だけぼそりと小声になりながらも落ち込んだ様子なく答えてくれる。
深夜テンションで作った曲がバズったり、フグの調理免許取ったらしかったり、どうしてか結構規模の大きいダーツの大会で三位を取ったりと。
分身の術でも出来るのかってくらい色々と手を出しまくったせいで、案の定留年してしまった星川さんだが、まあ本人はたいして気にしていないし、彼氏も苦笑いで終わりなのでこれ以上言うのは野暮ってもんだろう。
……ちなみに、彼女の
まあそんなこんなで。
未だに仲睦まじく続いているカップルの片割れと軽く話して別れ、最後に一度門の前で振り返ってから大学を出て、少し先にある駐車場まで歩いていく。
もう四年も通ったが、この道、この周辺なんてほとんど記憶にない。
入学したての頃は周辺を極めようとさえ思っていた気がするが、まあ現実なんてそんなもの。……もうちょっと大学と駅の最短通路以外も歩いてみるべきだったかな。
「……お迎えにしては、随分ゴテゴテとした馬車ですね?」
「いいだろ? うちの社用車、その名もホノオちゃん二号だ。白いけどな」
そうして駐車場へと辿り着けば、大きくも小さくもない、一般的な白いバン。
そんな車に寄りかかっていた見覚えのある、赤みがかった茶髪の、目に傷跡を残した女性。
「おうおう、いっぱしの大人面だな。スーツが決まってるぜ、卒業生?」
「でしょう? 安くはなかったので、こんなものですよ」
馬子にも衣装と言わんばかりに、指で軽く小突いてくる火村さんに
互いに見合い、指し示さなくとも笑い合ってしまいながらも、外での軽口はそこそこに。
火村さんは駐車場の料金を払ってから助手席へ。そして俺が運転席へ乗り込んでハンドルを握り、適当にアクセルを踏んだ。
「お前の運転も中々ましになってきたな。思えば免許取り立ての頃は、都内で走るのは無理じゃねぇかってくらってヒヤヒヤしたもんだ」
「……人は成長するんで。あと一応、まだ違反切ったことはないから」
免許を取ってもう一年と少しだが、初心者マークからも卒業して、今では都内でも淀みなくって感じだ。
あと、運転しだして感覚で理解出来たことなのだが、時間を止めたって運転は難しい。
まあ冷静に考えたら当たり前なんだけど、時間を止めたら車も止まるんだから、やり直しとか誤魔化しとかは難しい。ペーパーの頃は、それはもうヒヤヒヤする場面が多々あったのは悪い思い出だ。
「それで、久しぶり……って言った方が良い感じです?」
「どうだろ。結構な頻度で連絡し合ってたから、正直そんな気はまったくしないな」
「同感です」
久しぶりのようで、そうでもないような。
そんな何とも言えない期間が空いたが、別に気まずくなるなんてこともなく。
隣でだらけながら話しかけてくる火村さんに、きちんと前を見ながら返し、のんびり進んでいく。
『躍進を遂げている
『そうですね。ダンジョンにあまり関係ないことなんですけど、実はどうしても叶えたい夢があるんです。今はそのための歌やダンスのトレーニングに力を注いでいたり……みたいな?』
「これお前の元カノだろ? 随分差を付けられちゃったよな、新米二級探索者様?」
相当に暇だったのか、火村さんが流し始めたテレビの音声はどうやらニュースかなんかのインタビューのようで。
最近はすっかりお馴染みではあるが、それでも馴染みのある声が地上波で聞こえることに少しの感慨深さを覚えてしまっていると、火村さんが横からニヤニヤしながら茶々を入れてくる。
二級……そう、俺はもう三級ではなく、二級探索者なのである。
この冬、卒業間際についに二級試験に合格し、念願の二級探索者の資格を得たことで晴れて昇格。不正の一切ない、自分に胸を張れるほど完璧な成功というわけだ。うへへへっ。
……振り返れば、ここまで来るまでの苦労はとてつもないものだった。
去年筆記で落ちて慢心を自覚させられたり、面接の練習に付き合ってもらったり、実は就職活動に失敗していたので結構気が気でなかったりと。
振り返れば振り返るほど、本当に大変だったと身に染みてしまう。試験終わってから結果出るまでの期間は、正直深層行ったときよりずっときつかった。
とはいえ今のニュース通り、
本人曰く運が良かったとのことだが、その運は彼女の努力が実を結んだだけで、紛うことなき彼女自身の才覚に間違いはない。一級ってのはそういう資格だ。
でもま、昔に比べて素直におめでとう言えて、とても嬉しい。
もしもあのまま付き合い続けていたら夕葉先輩は一級なんて目指さなかったかもしれないし、俺も葵夕葉と
何が正しいかなんて分からないけど、これに関しては、こうなって良かったかもな。……余裕出来た今だからこそ、あの頃が惜しくなることもあるけどね。
「ったく、お前が去年筆記で落ちるから、わざわざ合格祝いしようと思って買ったケーキをどんよりした気分で食べたの忘れてないからな?」
「……今年ちゃんと受かったんだから良いじゃないですか。それに
「ははっ、違いない。ま、その甲斐あってようやく気楽にやれるようになったんだから、そこは大目に見てくれよ。な?」
冷たい目で流し見てやれば、火村さんはあははと笑い飛ばしてくるがあのときのは冗談では済まないと思う。
二年前、あのホテルでの一幕の直後、理由も言わずに電撃的な引退を宣言したホムラ。
日本を震撼させた大ニュースにどういうことかと尋ねたら、返ってきたのは「自分探しの旅に出る」の一文だけで、本当に消息を絶ちやがったからな。
その余波で生じた違約金だの何だののせいなのか、家や車なんかは全部売っ払っちゃったらしいし。
そんでいきなり消えたと思ったら、たまに送られてくる写真は海外であろう一枚だし。
更には去年筆記で落ちたから自宅で落ち込んでた所に、いきなり連絡もなしに現れて、空気なんてお構いなしにうちまでケーキを持ってきたしでもう色々。
本当に、相変わらず、どこまでだって自分勝手な人。
いや、もしかしなくとも俺に対しての遠慮は最早どこにもない。とんでもない女だよ、まったく。
「お、ワックあるじゃん。ハンバーガー食べたくなってきたわ、寄ろうぜ」
「……この後、なんか奢ってくれるんじゃないんですか?」
「じゃあそれがワックってことで。ほら、ドライブスルーの練習ってことでさ。な?」
「……はあっ」
にへへと笑う火村さんに、ため息を吐きつつも、少し口角が上げながらハンドルを切る。
一級探索者達の深層攻略から二年。
別に世界が劇的に変わったかと言われればそうでもなく、精々総理大臣が交代し、一人の配信者が世から消えて、一級探索者が一人増えたくらいの差異しかない。
いつか人類は、ダンジョンがこの世に降りた意味を知るだろう。
いつか人類は、彼らの求める答えに届くのだろう。そして最後に、文字通り世界を選ぶのだろう。
だがそれは、俺には何の関係もない話。
時間停止を持つだけの探索者。ダンジョンの死神なんて呼ばれる俺が関することはない。
それでも俺は、こうして今日も平凡に。
程々に有効利用し、使いたくない所では考慮せず、けれど大事な所で迷わずに。
これからいくらでも、自分を否定したくなるときだってあるけれど。
それでも前を向いて、自分が自分を嫌いにならないように精一杯、自分の力と共に生きるのだから。
──さあ進め。未来は無限。俺の人生は、モラトリアムを終えたここからが本番だ。
「そういえばよ。前にボランティアに来てくれた
「……ええ、そんなの一切聞いてないんだけど。っていうかあの人この前結婚したんだけど、こんな泥船乗っちゃって大丈夫なのかな」
「いいんじゃね? ま、人生なんてそんなもんだよ。気楽に行こうぜ」
完結です。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。