時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず   作:ゴマ醤油

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初めてのナンパ

 ようやくレポート呪縛から解放され、爽快感で夏の暑さも何のその。

 残る関門は期末テストだが、そんなのは時間停止があればどうとでもなる。実質的に夏休みまでまっしぐらというわけだ。がーはっは!

 

「…………」

「…………」

 

 けれどそんな晴れやかさはどこへやら。

 冷房の効いた食堂にて、俺と(あおい)先輩の間にあるのは沈黙だけ。普段と同じで美味しいはずの唐揚げ定食も、今日は空気に負けて味がないような気さえしてきてしまう。

 

 今日の先輩は明らかにおかしい。会ったときに見せた緊張と安堵の入り交じったみたいな引きつった笑顔からもう変だ。

 確かに数日ぶり、一緒にダンジョンに潜ったとき以来の再会ではある。

 だが気まずい。なんていうか、明らかにそれ以上に気まずい空気が俺達の間には存在してしまっている。

 まるで初対面の人とお見合いをしているかのよう。まあもちろん、お見合いどころか合コンすらしたことないけどこんな感じだろう。多分。

 

 こういうとき、いつもなら葵先輩が蒼斧レナについて話し始めてくれるのだが、今日は何故かずっとだんまり俯くばかりでしかない。

 どうにかしなきゃと思いつつも、会話を振るのが苦手なことで定評のある俺にこの空気を打破するスキルなんてない。……ないったらないのだ、ちくしょう!

 

「えっと、葵先輩?」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 とはいえ、流石にこれ以上は耐えられないと。

 ひとまず話しかけてみると、葵先輩は肩でも触られたみたいにびくつきながら顔を上げてくる。

 

「ど、どうかしました? あまり顔色よくないですし、ちょっと様子がおかしいですけど……?」

「な、なんでもないです! はい、問題ありませんから!」

「……はあ。それならまあ、いいですけど」

 

 顔を青くして硬い笑みと乾いた声を貼り付けて、慌てた様子で否定してくる葵先輩。

 念押しされたとて欠片も納得出来ず、むしろ尚更疑惑は深まってしまったけれど、そう言われてしまっては次の言葉を呑み込むしかなかった。

 

 ……ま、所詮俺と先輩は知り合い以上友達未満の関係性。

 連絡先さえ交換していない仲でしかないのだから、そこまで知る権利などありはしない。せっかくの交友関係だというのに、深く訊いて拗れるなんてのは勘弁だ。

 

「……あ、そうだ。俺昨日、ようやく全部のレポート書き終わったんですよ。三千字以上が五つとか、我ながら結構頑張ったと思うんですよね。

「…………」

「……あの先輩。やっぱり今日は帰った方がいいんじゃないですか? 本当に体調悪そうで──」

「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!」

 

 そう考えて話を切り替えてみるも、やはりどうにも目を逸らすことは出来そうにない。

 

「そ、そうだ時田くん! 時田くんは今日、何限まであるんですか?」

「ええっと、今日は忌々しいことに五限までなんで、ダンジョンの誘いならちょっと……」

「ああ、えっと、そうではなくて。実はお願いがあるんです。この後の時田くんの講義、ご一緒していいですか……?」

 

 今度は彼女の方が話を切り替え、そのまま突拍子もないことを俺に頼み込んでくる。

 

「……体調悪いなら、素直に帰って休んだ方がいいと思いますけど」

「そ、それは嫌です! 今、ちょっと一人になりたくなくて……お、お願いします! お願いします!」

 

 頼んでくる彼女の態度は、さながら天井から垂らされた蜘蛛の糸にしがみつくかのよう。

 いつもダンジョンで見せてくれる頼もしさはどこへやら。あまりに必死に頼み込んでくる先輩はか弱い女子大学生そのもので、そんな彼女の手を振り払うのはあまりに酷としか思えず、つい時間を止めて考えてしまう。

 

 この後の講義は全て大部屋で行われる選択科目だけ。

 出席もカードリーダーによるものだし、今日はまだテストじゃないから講義を取っていなくても紛れ込むのは簡単ではある。先輩もそれを知っているからこその提案だろう。

 けれど今は出席とか単位の問題じゃない。どんな事情であれ、体調が悪いなら大人しく帰って休むべき。探索者は体が資本、それを知らない先輩じゃないだろうに。

 

 しかし、本当にどうしたんだろう。もしかして、何か嫌なことでもあったのだろうか。

 それとも異常の原因は肉体的ではなく精神的で、原因は家にあるとか? ……考えすぎかな。

 

 まあ誰もいない所で倒れられても困るし、こんなに困っているのだから、せめて学内では一緒にいるべきか。

 いつもお世話になっている先輩だし、困っているときくらいは力になりたいからな。今日の講義は死ぬほど退屈だし、一緒にいてくれるならむしろ歓迎すべきか。

 

「じゃあまあ、はい。面白みのない講義ばかりですけど、それでも良ければ」

「っ! あ、ありがとうございます!」

 

 正直な話、こんなことでそこまで喜ばれると逆に困惑してしまう。

 一体何なんだろうな。……まあ話したくなったら話してもらえばいい、それより講義だ。

 

 ひとまず話がまとまったと、時計を確認すると既に時間は講義開始の五分前。

 少し長居しすぎたと、食器を片して二人で三限の教室へと向かい準備を済ませると、すぐさま三限が開始される。

 

 三限、ダンジョン発生におけるオカルトショックの影響。

 四限、時間と空間の連続性について。

 五限、基礎出版論。

 

 どれも話を聞き、最後に簡単なリアクションペーパーの記入を要求されるだけの講義。

 全十五回の内で興味を持てる部分が一割程度しかない、坂又(さかまた)部長が楽に単位が取れると推してくれた講義達を聞き流しながら、隣へ座る先輩へちらりと視線を向ける。

 

 この教室にいる生徒の誰よりも真っ直ぐ熱心に黒板を見つめ、教師の話に耳を傾ける葵先輩。

 いつもであれば隣に可愛い女性の先輩がいることにラッキーと思ったのかもしれないが、先ほどまでの先輩の様子を思い出せばそんな感傷を抱く気持ちにはなれない。

 

 集中することで何かを忘れようとしているのか。それとも思いの外、この講義の中身が刺さったのか。

 出来れば後者であって欲しいと願いつつ、配られたレジュメにメモを取ったりスマホを弄ったりで時間を潰していけば、あっという間に今日の講義は終了する。

 

 五限が終わったものの、夏ということもあり、まだ夜になりきっていない茜色の空。

 少しだけ落ち着きを取り戻した先輩と夕暮れのキャンパス内を歩き、お別れである校門の前まで辿り着く。

 

「それじゃあ先輩、また明日です」

「あ、え、また明日、です……」

 

 何か言いたげに、けれどもぐっと呑み込みながら、痛々しいほど無理に笑みを浮かべてくる先輩。

 このまま別れてもいいのかと、自問自答しながらも踏み込む決意が出来ず。

 目を背けるように背をを向けて、家までの帰路を歩き出そうとしたはいいものの、どうにも足が重く数歩の後で止まってしまう。

 

「……そうだ先輩、せっかくだし飲みに行きましょうよ。俺んち冷蔵庫に何もなくて、今日は外食しようと思ってたんです」

「……っ! は、はい! 行きます! ありがとうございます!」

 

 ダン考の先輩のチャラい方、(かのう)先輩を思い出しながら立ち止まり、ごほんと喉を調整して準備完了。

 ゆっくりと振り返って、肩を落としながら帰ろうとしている先輩の下へ戻ってそう提案すると、彼女は沈んだ表情から一転して笑顔で俺の手を取ってくれた。

 

 あー緊張した。こういうのは柄じゃないってのに、困っている女子大生の心に酒で踏み入るなんてヤリチン陽キャみたい真似はあの茶髪チャラ男……もとい(かのう)先輩みたいにワンナイトから始まるラブロマンス、なんてことが出来る人の特権だ。

 

 ギュッと握ぎられる手は、迷子にならないよう親の手を掴む子供のようだと。

 そんな感傷を抱きながら、俺と先輩は並んで夜に賑わいに変わりかけている街の中を歩いていく。

 

 ……さあ、どこの店に行けばいいのかな。

 大見得切ったけど、女性を連れて行ける店とか知らないや。どうしようか。

 

────────────────────

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