時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず   作:ゴマ醤油

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良いストーカーと悪いストーカー

 東京ダンジョン、十八階層。

 つい先週に起きた特殊個体が出たという噂の影響か、あまり人の気配がないお誂え向きと言ってもいい空間の中で俺達は……いや、(あおい)先輩は作戦の準備に勤しんでいた。

 

 しかしあれだ。聞いていたとはいえ、本当にダンジョンの中で着替えてるとはびっくりだ。

 確かにダンジョンの物陰ならそうはバレないだろうし、全裸になるわけでもないんだから問題はないだろうが、それでもちょっと警戒が甘いと言わざるを得ない。少なくとも、ソロの探索者がやることではないと思う。

 正直今回の件がなかったとしても、いつか絶対トラブルを招いてそうで心配になってしまう。それとも、これも二級故の余裕というやつなのだろうか。……なんか違う気がするな。

 

「お待たせしました。……いや、待たせたね」

 

 そんなことを考えていると、準備が出来たと少し低めな先輩の声が聞こえてきた。

 

 物陰から出てきたのは、入ったときの葵先輩とはまるで違う姿をした葵先輩。

 深い蒼の髪にサファイアのような瞳、そして今時中々見られない紺色の古風なセーラー服。そして手に握られているいつも先輩が使っていたシンプルなそれとは違う、長い蒼の持ち手に真っ黒な刃をした戦斧。

 

 戦斧の名は夜魔斧(ノエル)、そしてこれが本物の青柳トワ。

 俺が初めて投げ銭をするまで推したダンジョン配信者(ライバー)その人の登場に、俺は分かっていても言葉を奪われてしまった。

 

「……えっと、時田くん? どうしたんだい?」

「え、いや、本当に先輩が青柳トワなんだなって。分かっていてもドキドキしちゃってます。……えっと、握手とか……いいですかね?」

「……まったく、困った後輩だね。そういうのは後でね?」

 

 こんなときだというのに下心が抑えきれず、つい握手出来ないかなと。

 私欲丸出しで提案してみたのだが、先輩は……否、青柳トワはそんな俺を微笑みで一ファンの戯れ言を華麗に流し、そのまま準備に入ってしまう。

 

 ……薄々そうなんじゃないかなとは思っていたが、やっぱり役に入ると変わるタイプなんだな。

 この数日の同居で少し先輩の素を知ったからかもしれないが、なんかこうギャップがあっていい……おっと、いけないいけない。今日の俺はファンではなくこの企画の発案者であり協力者、リスナー気分はここまでだ。

 

「……じゃあ先輩、ご武運を。こっちは任せてください」

「ああ。……信じてるよ、時田くん」

 

 くるくると、夜魔斧(ノエル)を回してウォーミングアップを済ませる青柳トワ。

 いつも一緒にダンジョンに潜る先輩とはまるで違う、背中から迸る集中と緊張に思わず唾を呑んでしまいながら、互いの役割を果たすべくそれぞれ持ち場へと着く。

 

 信じてる、か。

 よりにもよって最推しにそこまで言われてしまえば、その期待に応えないわけにはいかないよな。

 

『復帰配信。近況報告しながらダンジョンタウロスを探してみる』

 

 青柳トワから離れに離れて、周囲を窺いながら準備完了とスマホを取り出す。

 画面に映し出されているのは、まさに今、この十八階層で始まろうとしている青柳トワの復帰ライブ。

 今はまだ始まる前の待機画面だが、そう遠くないうちに画面が切り替わり、青柳トワの姿と共に配信が始まるだろう。

 

 俺が立てた作戦は非常にシンプル。

 先輩が告知と共に配信をしてもらい、俺がどこかに潜んでいるであろう犯人を現行犯で捕まえる。それだけだ。

 

 先輩に送られてきた写真には、ダンジョンの中で撮られたものがあった。

 ダンジョン入り口にあるゲートはダンジョン庁が厳重に管理していて、探索者資格を取った際に発行されるライセンス証がないと入場は叶わない。これは日本にあるダンジョンでは共通の絶対であり、ならば必然的に犯人は探索者を有しているということになる。

 

 そして恐らく犯人は、俺と先輩がまだ一緒に行動していることを知っているはず。

 その上で再三の警告を無視し、まるで挑発するかのような告知からの復帰ライブを目にすれば、心中穏やかではいられるはずがない。必ずや現地に来て、何かしらのアクションを起こそうとするはずだ。

 

 ……先輩を囮に使うような真似、いくら了承してもらえたとはいえ非難されて当然だと思う。

 所詮はたいして頭がキレるわけでもない俺の脳内考察。渋々頷いてくれた坂又(さかまた)部長だって、葵先輩が僅かでも乗り気でなかったら無理矢理にでも止めてきたはずだしね。

  

 きっと死んだら、時間停止乱用罪共々地獄でしこたま裁かれるんだろうな。

 ま、後悔ない生き方を心がけてるから死後なんてどうだっていいさ。

 この作戦が失敗に終わるようであれば、天罰が下るよりも前に腹でも首でも切って閻魔様に会いに行くとも。切腹用の短刀(ドス)はもう選び終わってるからね。

 

『やあみんな、久しぶり。ダンジョン配信者(ライバー)、青柳トワ。ここに参上したよ』

 

・おかえりー!

・帰ってきてくれてありがとう!

・体調大丈夫?

・元気で良かった!

 

『早速だけど、まずは謝らせて欲しい。しばらくの間急に休んでしまったこと、心からお詫び申し上げます。大変申し訳ございませんでした』

 

 

 かくしてついに、俺達二人の運命を決める配信が幕を上げた。

 青柳トワはカメラを真っ直ぐ見据え、挨拶と共に頭を下げる。

 かくも綺麗な九十度。謝り慣れた社会のエキスパートであっても唸りそうなほどの完成度を誇るお辞儀に、温かいコメントと色とりどりの投げ銭達が濁流のように流れていく。

 

 脅迫されているとは思えないほど堂々と振る舞い。

 一切の淀みなく、普段の先輩より少し低く厚みのある声。

 そして謝罪ですら堂々とした、視聴者へ魅せが意識された一挙手一投足。

 

 目の前にいる青柳トワは、まさにいつも配信で見ていた俺の最推しに違いなく。

 例え事前に知っていたとしても、葵先輩本人とは思えないプロとしての姿を生を見せつけられてしまい、驚きの声すら出せずに感嘆する他なかった。

 

 やっぱりすごいな先輩……いや、俺の最推し配信者の青柳トワはさ。

 

『……っ、みんなスパチャありがとう。こんなにも想ってもらえるなんて、感謝してもしきれないよ。正直泣き出してしまいたいくらいだけど、そういうのは柄じゃないからね。声援には行動で報いたいと思うよ』

 

・これからも頑張って。

・トワちゃんのダンジョン配信が一番!

・復帰ありがとうございます。応援しています

 

 一ファンとして銭を添えつつコメントを投げてから、ようやく気持ちを完全に切り替える。

 さあ、先輩が役割を果たそうとしているんだ。俺の方も集中していかなきゃな。

 

『今日はリハビリのつもり。予告どおり、これまでとこれからを話しながら十八階層を歩こうかなってね。それじゃあ、行こうか』

 

・あんまり無理しないで

・復帰早々特殊個体なんて流石トワ様

・そもそも特殊個体って何?

・流石に出ないだろうけどね。ダンジョン庁が調査終えてるんだし

 

 スマホを片手に歩き始める青柳トワの様子を配信で窺いながら、俺も犯人捜索を開始する。

 

 ……はあっ、にしてもいいなー他のリスナー共。配信楽しんじゃってずるいなー。

 俺もせっかくの復帰配信、腰を据えてじっくり見たかったな。現地にいる方が青柳トワ分を補充出来るとか言われそうだが、生は生、配信は配信で楽しみたいタイプなのにさ。おのれストーカー、この恨み遺憾なくぶつけたるから覚悟しろよな。まじで。

 

・まだ懲りてないんだな。さっきまで男と一緒にいたビッチのくせに

 

 配信開始から三十分ほどが経過し、雑談の場がほどほどに元の空気に落ち着いてきた頃だった。

 ついにコメント欄に現れた正義の追求者。

 やはりというべきか、先ほどまで俺といたことを知っているようなコメントに、青柳トワの表情はほんの少しだけ歪んでしまう。

 

 ──さあ仕事だ。時間(とき)よ、悪いがしばらく止まってくれ。

 

 確証を得て、時間を止めた世界の中で虱潰しに探していく。

 捜索範囲は青柳トワを視認出来る中で、近すぎず遠すぎずの距離。俺の見立てが正しければ、必ずそこに……ほらっ、噂をすれば見つけた。

 

「ようやく会えたな。初めまして……いや、ラブレターありがとうとでも言うべきか? ストーカー」

「な、なんだお前……!?」

 

 しばらく探し、青柳トワの背後部分を確認し始めてすぐ、

 ついさっきまで影も形もなかったというのに、ある位置にまで踏み込んだ途端、まるで最初からいたかのようにそこに現れる男の姿。

 

 ようやく見つけたそいつの後ろに立ち、時間停止を解きながら声を掛けると、勢いよく振り向いたのは探索者らしく腰に剣を携えながらも、手にはカメラを握るぼさぼさ髪でどこかやつれた中年の男。

 

 間違いない。

 こいつこそが葵先輩を長々と付け狙い、俺に赤い封筒を送りつけてきやがったクソ犯人だ。

 

────────────────────

読んでくださった方、ありがとうございます。

皆様のおかげで☆1000に到達しました。感謝してもしきれないです。今後も期待に添えるように頑張れたらなと思います。

 

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