時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず   作:ゴマ醤油

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予想だにしない決着

 竹を二つに割るが如く、高速で振り下ろされる戦斧。

 蒼砕岩(そうさいがん)と。

 恐らくそう名の付くであろう、赤い大牛の脳天目掛けて放たれた必殺の一撃を、ダンジョンタウロスは立派な白い角を器用に戦斧の刃に合わせ相殺してしまう。

 

「……ふうっ。流石は特殊個体、リハビリには持ってこいだね」

 

 長く頑丈な蒼い柄を支えに地面を飛び跳ね、押し潰さんと横に薙がれた大牛の体を回避しながら着地した青柳トワ。    

 決して赤い大牛から目を離すことなく、戦斧を持たない方の手で頬の汗を拭い、小休止と一息吐きながら息を整える。そんな激しい戦闘の光景に、俺は渡されたスマホを向けながら固唾を呑んで見守ることしか出来なかった。

 

 ……流石に強い。これが青柳トワの、いや葵先輩の本気か。

 

 青柳トワの配信だけではなく、何回もダンジョン探索に同行させてもらい、カメラ係として戦闘だって見学させてもらったことがあったから強いのは知っていた。

 けれどあれらはやはり調整や技の練習でしかなく、配信という画面越しですらない二級探索者の本気で戦いとは、ここまで違うものなのか。

 

 そして彼女が戦っている相手もまた、俺達三級探索者とはレベルの違う怪物。

 

 猪突猛進で知られるダンジョンタウロスとは思えないほど、器用で小回りの利いた立ち回り。

 軽い跳躍を用いた、四足の生き物としては不自然な自由な横への移動。

 そして並の攻撃であればあの戦斧の刃でさえ弾いてしまうほど硬度に通常個体以上の速度、そして強靱な四つの足。

 

 いずれもダンジョン配信者(ライバー)の配信で見る、通常のダンジョンタウロスの上位種とも言える特殊個体。

 ただでさえ三級の手には余る中層のダンジョン生物。

 その特殊個体ともなれば、如何に青柳トワと言えど攻めあぐねるのは当然なのかもしれないな。

 

「……んで、なんで俺を助けた。お前も、あの女も、俺が死んでた方が好都合だろう?」

 

 上層では滅多に見ることのない高レベルの戦闘は、一秒たりとも目を離せそうにないと。

 脳へ焼き付けるように戦闘を観察していたときだった。隣にいたストーカーが、この機に乗じて逃げようとするでもなく、ぽつりとそう問うてきたのは。

 

「……さあね。俺は打算でしかないけど、あの人は違うかもしれないな」

 

 ストーカーがどんな顔をしているかは知らないが、一瞥することさえなく簡潔に答える。

 

 今の言葉に嘘はない。はっきり言って、俺自身はこいつがここで死んだってどうでもいい。

 このストーカーは死んで当然のことをしたと思うし、

 それでもわざわざ殺したら明日からの目覚めが悪くなるし、こいつのために人殺しになんてなりたくないから助けた。あの赤い封筒を貰いこそしたが、俺にとってはその程度の相手だ。

 

 ……だけど、葵先輩もそう思っているとは限らない。

 あの人は俺と違って良い人だ。俺なんかより、ずっと誰かを笑顔にしながら前へと進める人だ。

 そんな先輩の人生に、こんなくだらないことでしこりが残るなんて納得出来ない。こいつに最後の審判を下すのは法でもダンジョンでもなく先輩であるべき、そのはずだ。

 

 そんなことを考えつつ彼らの戦闘を眺めていれば、両者の均衡は呆気なく崩れ去る。

 青柳トワの振った戦斧がダンジョンタウロスの左角を切り落とし、追撃と左前足を斬りつけて姿勢を崩す。武器と機動力を欠いた赤い大牛に、もう勝ち目は──。

 

「……驚いたな。そんな芸当が出来るなんて、噂に聞いた下層のダンジョン生物みたいじゃないか」

 

 勝ちを確信したと。

 戦斧を地面に突き、僅かに表情を緩めた青柳トワの顔つきが一層真剣なものへと移りゆく。

 

 まるで松明のように残った右の角先へ、そして斬られた足の傷に真っ赤な炎を滾らせながら立ち上がるダンジョンタウロス。

 鼻息と共に火を噴き出し、瞳をメラメラと燃やしている様は、まさに燃える大牛。

 

 ……まじかよ。あの特殊個体、魔法(マジック)持ちのダンジョン生物なのか。

 

 一級資格を持つダンジョン配信者(ライバー)が稀に映す、オカルトショックを経てもなおファンタジーとされている下層以降のダンジョン生物の不可思議な生態。

 そんなダンジョン生物に近い特徴をみせる赤い大牛は、最早牛というよりは魔獣。

 ともすれば二級どころか一級案件。今なお続いている配信のコメント欄を見れば、さぞ阿鼻叫喚で流れているのだろうと容易に想像ついてしまう。目の前にいるのは、そのレベルの相手だ。

 

 だけど、例え相手が下層レベルの相手だったとしても。

 青柳トワは決して負けない。その手に握る夜魔斧(ノエル)が落ちず、蒼い瞳に闘志が宿り続ける限り、俺の最推しは何時だって最後には勝つヒロインだ。

 

 

「……千鶴流秘伝、蒼戦舞(そうせんぶ)っ!!」

 

 

 ほんの一瞬、この場を包んだ完全なる静寂。

 刹那、踏み込み駆け出したのは同時。交差したと思ったその瞬間、血飛沫と炎が空へと噴き出した。

 

 千鶴流の秘伝が一つ、蒼戦舞。

 蒼斧(あおの)レナの連撃最強技、その完全なる再現。

 ある小説の文とイラストによってのみ紡がれるだけだった、現実に存在しない創作の舞いが今初めて形となり、猛り暴れる大牛を打倒したのだ。

 

「……勝った。ふふ、ハハハッ、勝ちやがった……! 何だよそりゃ、強えじゃねえか……」

 

 どさりと、力でも抜けたのか膝から崩れ落ちるストーカー。

 無理もない。これほどの激戦を特等席で見られる機会なんて、一生に一度あるかも分からない。それとも今になって自分が軽はずみに手を出した二級探索者という存在の大きさにでも気付いたのか。

 

 ……まあ、俺としてはどっちでもいいことだ。

 ストーカーは捕まえた。ダンジョンタウロスも倒した。色々ありはしたが、これにて一件落着だろ──。

 

「危ない!!」

「……ふうっ。手強かったけど、なんとか倒せた──くっ!?」

 

 だから事件はもう終わりと。

 青柳トワに助けられた一探索者として、スマホを返しにいこうと彼女の方を向いた。その瞬間だった。

 

 この場の誰よりも早くそれに気付き、咄嗟に声を荒げてしまう。

 俺の声のおかげか、それとも単純に察知していたか。

 いずれにしても、間一髪で回避が間に合った青柳トワはすぐに意識を戦闘へと戻し──けれど目の前のそいつの姿に、驚きから目を見開いてしまう。

 

 そこにいたのは今し方、青柳トワがとどめを刺したはずのダンジョンタウロス。

 斬られた無数の部位を炎で強引に接合しながら、先ほどよりも一層強い闘争心と敵意を青柳トワにぶつけ、狙いを定めて後ろ足で地面を擦っていた。

 

 命を燃やし、死すら躊躇わず、目の前の敵へと狙いを定める様はまさに猛炎。

 燃え尽きる前の最後の輝きとでも言うかのように、一層強く、一層荒々しくそこにある魔獣。

 

 まずい。今の連撃に力を注いだからか、流石の青柳トワも息を乱してしまっている。

 それでも、先ほどまで優位だった青柳トワならば勝てるだろう。……俺達という足手纏いさえいなければ。

 

 如何に青柳トワと言えど、余裕のない状態でこちらを気にしないように戦うのは至難のはず。

 彼女にとってこの場の俺達は守るべき三級探索者(じゃくしゃ)。俺達を庇った結果、どこかしらで事故る可能性は少なくない。そのまま負けて全滅、それが最悪だ。

 

 ……こうなったら俺がやるしかない、か。

 ここまで絶体絶命で混沌とした状況であれば、例え時間を止めて牛を解体しようと、その場でダンジョンの死神とわめき立てればどうとでも誤魔化せるはず。所詮はストーカーを釣るための建前如きに、これ以上踊らされてたまるもんか。

 

 

「おーおー、結構やべえことになってんな。間に合って良かったわ」

 

 

 ダンジョンタウロスの蹄が地面を擦り、青柳トワへ飛び出しそうとしたそのときだった。

 俺が時間を止めるよりも早く、燃えたぎる大牛が真横へと吹き飛び、そのまま壁へと叩き付けられる。

 

 だらりと倒れ、炎を失い、今度こそ完全に力尽きるダンジョンタウロス。

 先ほどまでの熱が嘘みたいに命の気配を失ったダンジョン生物の骸を前に、助かったというのに現実に追いついてくれない思考のまま、ダンジョンタウロスがいた場所へと目を向ける。

 

「や、ヤシロさん……?」

「ようあんちゃん。また会うとは思っていたが、まさかダンジョンの中でとは思わなかったぜ」

 

 ダンジョンタウロスがいた場所にいたのは、新たな敵ではなく見たことある一人の人間。

 ヤシロ。

 筋骨隆々な益荒男。片目に傷を宿した強面の男は、にかりと歯を見せながらこちらへ笑みを浮かべてきた。

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