時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず   作:ゴマ醤油

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かくして夏は始まった

 かくして、ここ最近の事件はようやく解決を迎えた。

 残念ながら佐藤(さとう)さんの事情聴取はそこそこ長引き、途中で先輩が起きてからも少し話し、ダンジョン庁が閉館ギリギリになってようやく解放されたので帰る頃には日が変わる間近。

 

 案の定、翌日のテストは時間停止を使う気力さえ湧かないほどボロボロだったが、まあ何とか単位は取れている程度には空欄は埋められたので大丈夫だろう。多分。

 

「本当に送っていかなくて大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。もう、わたしを付け狙う人はいませんから」

 

 キャリーケースと共に俺の部屋から出て、階段を降りてからアパート前で別れの挨拶を交す。

 心の傷だって完全に癒えたわけでもないだろうに、それでもにこやかでいられるのだから流石配信畑の人間と褒めるしかない。俺だったらまず無理だ。

 

 ……あのストーカーは逮捕されたものの、残念ながらあの事件自体が終わったわけではないらしい。

 これから警察の方でも色々と事後処理やら何やらがあるらしいのだが、その辺は俺には関係ないことでしかない。

 例え相談を受けていたとはいえ俺はあくまで部外者。面倒なので赤い封筒の件はなかったことにしたし、これ以上は俺が関与することではない。ここからは先輩の雇った弁護士の手腕と先輩の意思次第だ。

 

 ……しかしあれだな。終わった話を蒸し返すのもあれだが、結局の所、秘密云々を暴露する気がなかったのなら警察に相談するのが一番早かったよな。ほんと、回りくどいことをさせられたもんだよ。

 

 とはいえ、俺の軽率な提案から始まった奇妙な同居生活もこれで終わり。

 明日からはまたベッドで足を伸ばせる。風呂やトイレの時間を気にしなくていいし、ご飯や電気を消す時間だって自分のスタイルで行っていい。まさに自由な生活の再開だ。

 

 ……それでも、自分勝手な考えだとは自覚しているけど、寂しいものは寂しいな。

 

「……本音を言えば、少し寂しいです。こんな機会でもないと、誰かと過ごすなんてないですから」

「……そう言ってもらえると嬉しいです。俺も、似たような気持ちですから」

 

 これまでの数日を思い出し、心の内で感傷に浸っていたとき、葵先輩はふと背にあるアパートの俺の部屋がある場所辺りへ目を向けて、ぽつりと呟きが聞こえてしまったので同意する。

 

 一人だったらエアコンだって八月まで我慢していた。

 一人だったらこの夏の料理なんて良くてそうめん、悪くてゆで卵で終わっていた。

 一人だったら、こんなちっぽけな部屋で誰かと笑い合えるなんて夢にも思わなかった。

 

 たった数日。されど数日。

 無事に解決したからなのもあるが、振り返ってみればやはり俺にとっては得の方が多かったと思う。もちろん不謹慎にも程があるから、本人へ言うわけにはいかないけどね。

 

「また、遊びに来てもいいですか?」

「ええ。時間が合えば、また遊びま……ああでも、いいのかな? この前のをきっかけに大きく伸び始めた青柳トワが男と遊んでいたら、またいらぬやっかみをぶつけられちゃうかもですよ?」

「……もー、時田くんは優しいけど意地悪です。今のわたしは同じ大学の先輩、(あおい)夕葉(ゆは)なんですよ?」

 

 からかうようにそんなことを言ってみれば、先輩は頬を膨らませながら抗議してくる。

 いやまあ実際はそこまで冗談ではないんだけどね。どうにもこの前のダンジョンタウロス戦の切り抜きがバズッたらしく、現在は登録者が一万人超えて二万にまで突入直前。個人勢としては充分過ぎるほどの躍進だろう。

 

「それじゃ、また」

「はい。ありがとうございました、時田くん」

 

 ぺこりと頭を下げて、キャリーケース片手にゆっくりと歩き出す。

 

 いることに慣れてしまうと、いなくなって初めて孤独の辛さに気付くと。

 いつかどこかでそんなことを聞いた覚えがあったが、今日その言葉の意味がようやく腑に落ちてしまいながら、せめて去りゆく背中が消えるまでは彼女の姿を眺めていようかなと。

 

 ──そんな風に思った。次の瞬間だった。

 

「あ、あの! 時田くん!」

「え、あ、は──い?」

 

 足を止めたかと思えば、キャリーケースを置き去りにしてこちらへ駆け寄ってきた葵先輩。

 何か忘れ物でもしたかとか、そんな安易な発想にさえ行き着く前に、彼女が俺の頬へを唇を落としてきたのは。

 

「……えっ?」

「あ、ありがとうございました! とっても格好良かったですよ!」

 

 葵先輩は太陽のように眩しい笑みを見せてくれた後、恥ずかしがるように赤く染めた顔を背け、キャリーケースを引き摺りながら早足で去っていく。

 

 ゴロゴロと、やけに大きく響くキャリーケースのタイヤの音が耳に伝わる。

 まだ少しだけ感触の残る頬に指を当てながらぼんやりと考えるも、今の行動の意図さえ分からず、先輩が見えなくなってもしばらく呆然と立ち尽くしてしまった。

 

 これにて明日のテスト一つが終われば、春学期の講義はすべておしまい。

 夏の始まりにしてはひどくぎゅうぎゅう詰めな七月だったけれど、人によって長くも短くもある大学二回目の夏休みが、ようやく始まろうとしていた。

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