時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず   作:ゴマ醤油

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まるで妄想のような一時

 あまりにも突然夜の砂浜へと現れて、更には旧知の仲のような気軽さで声を掛けてきたホムラ。

 いつもライブで見る装備ではなく、今日の現場で大多数が着ていたあの『ぐぐりビーチフェス』のシャツを着ながらも、画面から飛び出してきたみたいな完成度を誇る彼女に、俺は声さえ出せず固まってしまうしか出来なかった。

 

「ん、どうしたの?」

「えっと、本物? あの、そのシャツって、明日のフェスの……」

「ああこれ? そうだよー。私はスタッフでなくゲストとして出るけど、一応シロナと契約してる社員でもあるからさ。中々悪くないデザインだし、ちょっと融通してもらったんだ。どう、似合う?」

 

 近くに寄りながら、くるりと一回転して尋ねてきたので、しどろもどろになりながらもブンブンと首を縦に振って肯定する。

 

 ……いや、だって当たり前だろう。

 目の前にいきなり有名人が現れたら、普通喜びや興奮より困惑が勝るのは仕方ない。だから俺は悪くない。

 

 しかし……相変わらずでかいな、おっぱい。

 流石にあのばくにゅ……げふんげふん、白鳥沢(しらとりざわ)さんに勝ることはないけれど。

 それでも火村(ひむら)さんよりも少しだけシャツに出来る胸の輪郭が大きい感じがする、いつぞやにダンジョンで拝ませてもらったあの大きなおっぱいに間違いない。間違いなく、本物のホムラだ。

 

 ……どうしよう。ホムラのオフの姿とか、初めて見たんだけど。

 

 雑誌やイベントで別の衣装を着ているのは知ってるけど、ここまでラフというかプライベートな恰好というのはネットでも見たことがない。

 他人の不幸で生計を立ててあまつさえ美人を侍らせたりしている、個人的に嫌いな職業の五指に入っているマスゴミもといゴシップ記者ですら見たことないかもしれない歴史的瞬間なのだが、そんな場面で話しかけられるのが俺のような木っ端大学生でいいのだろうか。

 

「んー? どうしたのさ、そんなにまじまじ見つめちゃって。……ははーん、さては私の首と胸に何か付いてたかな? あ、それとも重度の首か鎖骨フェチだったりする?」

「え、うわあ!」

 

 考え込んでしまっていた俺に一歩近づき、首を傾げながら覗き込んでくるホムラ。

 染み一つない綺麗な顔が急に近づいてきたことに驚いてしまい、一歩退こうとして、そのまま砂浜へと尻餅をついてしまう。

 

「……ファンの子にそんな反応されちゃうと、ちょっと傷ついちゃうなー」

「そ、そんなことないです。……実物は画面越しの三倍くらい綺麗だなって。それとなんて言うか、配信のときとキャラ違いませんか?」

「そうかなー? まあオフィシャルな場だと話すことは選んでるからね。ま、今の視線は多めに見てあげよう。私が思春期の目を引いてしまう美女なのは事実、若者ならば節度を持ってエロくあれってね?」

 

 醜態を晒した俺に、ホムラはにこりと笑みを浮かべながら手を差し出し、エロやフェチなどという普段の配信中であれば絶対に言わないような発言をしつつ微笑んでくれる。

 並の女性であれば自意識過剰にもほどがあるが、ことホムラが言えばそれは確固たる事実でしかなく。むしろ謙遜のない自信こそが、ホムラという存在の魅力を一層引き立てていた。

 

 ……実は(あおい)先輩の件以降、密かにだがホムラの正体が火村さんかもと疑っていた。

 ホムラが契約している株式会社シロナに所属する、どこか似ていると感じさせる恩人であり師でもある火村さんこそ、今話題な一級探索者の正体なのではないかと。

 

 だが(あおい)先輩、いや青柳(あおやぎ)トワというコスプレを間近で見たからこそ断言出来る。

 目の前で笑うホムラの特徴である赤い髪や瞳、心なしか大きい火村さんより大きな胸は作り物ではなく。コスプレと呼ばれる類のものでは決してない、薄気味悪いほどに本物であると。

 

 身長、声色、話し方、手足の長さ、そして雰囲気。

 何より火村さんの最大の特徴である、あの大きな首の傷跡が影も形も見られない。

 化粧で隠しているとかそういった感じには見えないし、となればやはり、目の前にいるホムラは火村さんとは別人なのだろう。

 

「ん? もしかして警戒してる? まあ無理もないよね。困ったな、最近は大体の人には知ってもらえてると思ってたんだけど……我ながら、ちょっと自意識過剰だったかな?」

「い、いえ、ホムラさんのことは尊敬してます。俺も三級ですけど、一応探索者の端くれですので!」

「あははっ、なら嬉しいな。いつも応援ありがとう。そうだ、せっかくだしサインとかいる?」

「は、はい! お、お願いします!」

 

 つい声を張り上げてしまった俺を、ホムラはくつくつと笑いながらサインの提案をしてくれる。

 

「……ふふっ。体格と態度はちょっと頼りないだけど、中々良い()してるね。君、名前は?」

「え、あ、はい! とめる、時田(ときた)とめるです!」

 

 かもと付けてしまうのを、果たして太鼓判と呼んでもいいのだろうかと。

 そんなことが頭を過ぎりながら、今はどうでもいいと。

 ホムラのサインという千載一遇のチャンスに、わたわたと自分の体をまさぐろうとして、スマホ以外は何一つ持ち出していない浴衣であったことを思い出してしまう。

 

「ふむふむ、とめる君ね。君はいつか大成出来る……かも、ってこのホムラさんが太鼓判を押してあげよう。そして何も持たざる者の君には、なんと私がたまたま持っていた……あー、ごめん何もないや」

「……そっすか。まあ、仕方ないです」

「うーん、そこまで落ち込まれちゃうとはまいったなぁ。じゃあサインの代わりに、とめる君のスマホでツーショットでも撮ろうか! ほらこっち!」

 

 かもと付くのが太鼓判になっているのかと、そんな疑問はさておき。

 

 俺がサイン出来そうな物を持っていないことに気付いたのか、ホムラも短パンのポケットに手を入れてくれたが、残念ながら何もないと両手を挙げて。

 千載一遇のチャンスを逃すことへどうしようもなく落ち込んでいると、妙案が思いついたと手のひらへ拳を乗せたホムラにぐっと引き寄せられ、そのまま俺のスマホを使って流れで写真を撮られてしまう。

 

 ──はいっチーズ、パシャリ。

 

「うーんナイスショット! 流出したら私炎上して職失うかもだから、その辺よろしく頼むよー?」

「……これが世に出たら、ホムラさんより俺がこの国の敵になりそうですけどね」

「あっはは! そうなったら責任取り合って隠居生活だ! 内定一つおめでとう、やったね!」

 

 ……それは内定というより、人生の墓場と呼ぶべきものだと思うのだが。

 どうしよう、冗談だと分かっているのに笑えない。何よりも一瞬いいなと思っちゃった自分が最高に憎らしいな。

 

 ともあれ、これはこの夏最高の思い出だし家宝にしようと。

 満足げにスマホをしまおうとした所で手を掴まれ、そのままするするとスマホを奪われてしまう。

 

 何だと思っていると、ホムラのスマホを持っていない方の人差し指が俺の唇へと当てられ。

 やがてゆっくりと唇から放された手は懐へと伸びてハンカチを取り出し、手品師のように動きを付けながら俺のとホムラのスマホを見事に包んでから、そっと地面へと置いてしまう。

 

「え、えっと……?」

「ねえとめる君。ついでにちょっとだけ、海で遊ばない?」

「……え、俺浴衣なんですけど」

「いいからいいから! 今は海で遊びたい気分なんだ! ……これで良しっ。ほら行こっ、レッツゴー!」

 

 返事も待たず、俺の手を掴んで海へと駆け始めるホムラ。

 笑うホムラは思ったよりもずっと力強く、やっぱり一級探索者なんだなと実感させられながら浅瀬へと連れて行かれ、パシャパシャと水を掛けられる。

 

「ほれほれどしたー!? そんなへっぴり腰じゃ、びしょ濡れホムラを拝めないぞー!?」

「この、やりやがったな……!!」

「あっははー! 悔しかったら捕まえてみなー! 頑張れ頑張れー!」

 

 あまりにも急に始まって、置いていかれてしまったスマホへ気を揉みながらも。

 それでも人目なんて気にすることも、静かにすべき夜だということも、相手があのホムラだということさえ忘れて、(わらべ)かバカップルみたいにひたすらはしゃぎ続けた。

 

「あー楽しかった! 海でこんなにはしゃいだの、学生以来じゃないかな! 楽しいー!」

 

 息を弾ませながら、最早汚れるなどお構いなしに砂浜へと仰向けになる。

 夜空に浮かぶ数え切れないほどの星々は、都会じゃ見られないほど綺麗で、けれどそんな無数の輝きよりも、楽しそうに声を上げた彼女に心は惹かれてしまって仕方なく。

 

 誰よりも美しいから、胸が大きいから、強いからではなく。

 ホムラ自身が人を惹きつける魅力があるのだろうと気付いてしまい、僅かに口元が緩んでしまう。

 

 これがリアルで見る、本物の一級探索者か。──嗚呼、本当にすごいな。

 

「……当たり前ですけど、ホムラさんにも学生時代があるんですね。違和感すごいです」

「そりゃ私も人だからね。……ま、今のはオフレコってことで一つよろしく。ダンジョン配信者(ライバー)ホムラは謎多き赤髪の美人で過去も学歴も不明、おっけー?」

 

 楽しげに話すホムラはきっと、いたずらが成功したような笑みでも浮かべているのだろう。

 

「げ、もうこんな時間。楽しい時間はあっという間だね。……いい夜だったよ。明日は一緒にフェス頑張ろうね、とめる君! それじゃ、グッバイ!」

 

 先ほど落としたハンカチの包みを拾い上げて、取り出したスマホを見て嫌そうな顔をして。

 小さく息を吐いてから、再び笑顔を作って倒れる俺のお腹へスマホを置いてから、軽やかに跳び去ってしまう。

 

 明日は一緒にって……ああ、シャツについて反応したからスタッフ側だって気付いたのか。

 あんなたわいない会話すらも情報に変えるなんて流石の洞察力。同じ探索者として、少しでも見習っていかなきゃな。

 

 まるで先ほどまでのことが夢だったかのように静かな砂浜に、数分星を見上げながら。

 やがて起き上がってスマホを開き、既に日が回ったことに顔を歪ませながらも、ツーショット写真を見つけて夢ではなかったと微笑んでしまう。

 

 どっこいせと立ち上がり、時間を止めて真っ暗な夜道を歩いて宿へと戻る。

 部屋へ戻ったら静かに部屋のシャワーを浴びて、替えの浴衣に着替え直して、最初からいたみたいに布団に潜って瞼を閉じる。

 

 ……嗚呼、何だかよく眠れそうだな。もう少しだけ、この夜に浸っていたいのが残念だ。

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