時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず   作:ゴマ醤油

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届かぬからこそ星なのだ

 こうして恙なく進行したフェスは大盛況、瞬きほどあっという間に終わりを迎えた。

 

『かんぱーい!!』

 

 代表者であろう男の音頭と共に、それぞれ持っているコップを掲げ騒ぎ始める。

 不思議なことに撤退作業は昨日の設営よりも迅速に進み、十九時を超える前に大体が終わったのでと、解散する前にこうして軽い打ち上げをすることになったのだ。

 

 ああちなみに、そんなに長居をするつもりはない。

 この後、宿の方で夕食も絶対に食べたいし、その前にお風呂で汗を流したいからね。

 花より団子、社会とのコネより人生で何度泊まれるか分からない高級旅館の貴重な一食を俺は取る。他の人がどうするかは知らないけど。

 

「……ほら恋愛馬鹿、さっさと行ってこいよ。星川(ほしかわ)さん可愛いし、足踏みしてると持って行かれるぞ」

「え、あ、そうだな! 行ってくる!」

 

 流石はイケメンと言うべきか。

 ちらちら星川さんの様子を窺いつつ、お姉さん方に話しかけられ、カチコチになってしまっていた篝崎君。

 

 このままじゃ埒があかないし、何よりナチュラルにモテてるのがむかつくので。

 ため息を吐いてから近づいて、耳元で囁きながらちょうどイケメンに話しかけられていた星川さんに人差し指を向けてやれば、グイッと持っていたビールを飲み干してからズガズガと進み始める。

 

 ま、一回背中を押してやれば告白までならどうとでもやるだろ。

 元々俺なんぞよりずっと女慣れしてるやつだ。……そう考えたら、なんでわざわざ介護してやらなきゃいけないんだってむかついてくるな。あやかりてえよ、けっ。

 

 お姉さん方は俺に興味はないらしく、軽い会釈だけ次の会話相手を探しに離れていく。

 そんな自らの需要のなさに心底項垂れそうになりながら、どっか混ざれそうな人がいないか見回してみる。

 

 坂又(さかまた)部長は如何にも大人な人と話しているし、(かのう)先輩はまるで同じ社員みたいに馴染みながら女の人と話している。

 ちょっと人だかりから離れていってる篝崎君と星川さんも論外として、みんなそれぞれ楽しそうだし俺だけ蚊帳の外。……隅っこでこの一杯飲んだら、大人しく宿戻ろっかな──。

 

 

「お弟子君~♡ お疲れ様~♡ 今日は大活躍だったね~?」

 

 

 人気のない場所が呼んでいると錯覚しそうになっていたとき、背後から手を肩へと回されながらかけられた、甘ったるいハニーボイス。

 頭の中で誰か思い浮かべつつ振り向けば、コップ片手に気さくに手を振ってくる白鳥沢さんともう一人。今日会えないと思っていた赤みがかった茶髪の女性、火村さんが両手にコップを持ちながら肩へと抱きついてきていた。

 

「お疲れ様です白鳥沢さん……って、火村(ひむら)さん。今日は会えないって聞いてましたけど」

「そのつもりだったが、仕事終わったら顔くらい出せるさ。いやー、やっぱカラカラな喉にはビールが染みるよなぁ!」

 

 俺に体重を預けながらも、ごくごくとコップのビールを喉へと流し込んでいく火村さん。

 ほんと、いつでもどこでも相変わらずな師匠だと。

 鼻に伝わる汗と酒と女の混ざった臭いに、不快さとドキドキの両方を抱いてしまう自分に呆れながらそのままにしていると、周囲の視線が集まっているような感覚を抱いてしまう。

 

 ……なるほど。もしかして、これはあれか。嫉妬というやつか。

 美人なので当然だがさてはこの二人、職場でも中々な人気を誇っている感じでくっつかれてる俺が気になっても仕方ない。ちょっと同情が混じってそうなのが気になるが、まあ概ね間違ってないだろう。

 

 いやーまいっちゃうなぁ。夜の海で両手に花とか本当まいっちゃうなぁ。

 特別な魅力なんて持っていないし、篝崎君と違ってリア充でもイケメンでもないのになぁ。かーっ!

 

「それでね~? 良ければなんだけど~、この後二人だけで──」

「はいはいお触りはなしだ。金の件は今回でチャラ、これ以上私の弟子に唾つけんじゃねえ」

「ええ~いけず~♡ わたし優しくしてあげるのにな~? っていうか~、いくら師匠でもお弟子君のプライベートに絡むのは越権行為じゃないかな~?」

 

 心の中でちょっと天狗になっていると、白鳥沢さんが空いていた手を取ってさわさわしてくる。

 冷たく柔らかい手に撫でられ、全身を走る初めての感覚。

 更には指と指と絡めながら耳元で囁かれ、頷いてしまいそうになったとき、火村さんがしっしと割り込むように避けさせてしまう。

 

 ……危なかった。あのまま頷いていたら二人だけでしっぽり……あれ、悪いことじゃなくない?

 

「白鳥沢さんと火村さーん。あっちで長井さんが呼んでましたけど、何かやったんです?」

「あ~そう? ……仕方ないな~、長井君に呼ばれたら流石に行かないとね~」

 

 バチバチと、謎に火花が散っているような緊張感もわずか数瞬。

 用があると話しかけてくれた眼鏡の女性によって、白鳥沢さんの方が折れてくれる形でひとまず落ち着いてくれる。

 

「……目付けられてそうだから言っておくけど、本当マジで気をつけろよ? あいつ自分なしで生きていけないように調教した男を捨てる瞬間の顔を見るのが好きな変態だから──」

(あかね)ちゃ~ん♡ 何か酷いこと言った~?」

「ん、ああいや、何でもない! んじゃなとめる青年! 明日迎えに行くから、そんときな!」

 

 ひそひそ声で話していた火村さんに、目の笑っていない笑顔という最大の圧をかける白鳥沢さん。

 火村さんはたじたじになりながら、意味深なことを言い残して逃げるように立ち去っていき、白鳥沢さんもそんなため息を吐きながら、「じゃあね♡」とこちらにウィンクをして去っていく。

 

 ……迎えに行くってなんぞや? 

 綺麗な花には棘があるとは言うが、それじゃ最早深淵に呑み込まんとする触手じゃねえかよ。

 

「とう……佐藤(さとう)?」

「…………ん、ああ、俺?」

「あんたの他にどこに佐藤がいるのよ。ってか何その顔、ウケるんだけど」

 

 この前の一万円は、今回の件関係なしに返した方が良さそうだなと。

 固く決意をしながらコップのビールをごくりと喉へと流し込んだ直後、背後からまたしても女性の声が聞こえてくる。

 

 聞き覚えのある声だなと思いつつも、俺は佐藤じゃないし関係ないなと。

 他人事のように思っているとすぐに少し強めに肩を叩かれてしまったので振り向けば、そこには大層不満そうに眉をひそめるギャルこと夏江さんが立っていた。

 

 いや知らんし。俺時田であって佐藤じゃないんだから反応出来なくても悪くないし。

 そもそも佐藤なんて鈴木とタメ張るくらいいるんだから、この中本物がいくらでもいるでしょうよ。

 

「ねえ、ちょっと二人で話せない?」

 

 どうしよう。恋愛縁はまるでないのに、女に絡まれること多いんだけど。

 思わせぶりな運命の巡りが本当に恨めしい。女難の相でも出てる……流石に思い上がりか、はあっ。

 

 

 

 

 

 打ち上げ会場から少し離れ、人気のない夜の浜道。

 人の声が減り、ジーっ、とどこかから虫の泣き声が聞こえやすくなった場所で年頃の男女が二人だけ。

 まるで告白でもされるのではないかと思える場所に連れてこられ、少しだけドキドキしてしまっていると、夏江さんは手頃な石の柵へと腰を下ろした。

 

「……座らないの?」

 

 隣をポンポンと手で叩きながら訝しげに尋ねられたので、いいんだと思いながらと腰掛ける。

 

「とりあえず乾杯。……そんであんがと。今日、何回かフォローしてくれて」

 

 助けた……なんのこと?

 

 ああ、あの後も何回か似たようなことがあったので、同様に時間を止めて対処したんだっけか。

 流石に止まった時の中を認識しているわけではないだろうが、その後にちょこちょこフォローしたからそれについて言っているのだろう。

 この前の(あおい)先輩の一件でも切に痛感したが、美人美少女って本当に大変なんだな。それを知ったところで俺は見てしまう側なので何言えないが、理解した上で同情だけはするわ。

 

「こっちこそ接客初めてだったからさ。助けてもらってばっかりで、礼を言うならこっちの方だよ」

「あんた最初グズグズだったもんね。……あー、でも本当に何だったんだろ。目の前にいたクズ男が急にいなくなって……」

「あはは、何それ。実は熱中症間近で、夏の魔物でも見た?」

「は? そういうんじゃない……と思うけど、あーわかんねえ。何なんだろうね、マジで」

 

 困ったような苦笑いを浮かべた後、両手を塀に付けながら空を眺める夏江さん。

 ま、面倒だったので時間を止めて放り捨てておきましたよなんて、そこまで説明してあげる義理はない。

 精々夏の暑さとフェスの熱気に化かされたとでも思いながらぐっすり寝て、帰る頃には忘れて欲しい。ダンジョンの死神なんて言い訳を使わずとも、この件はそれで終わりだ。

 

「……そういえば佐藤、(りん)は上手くやったと思う?」

「っ!? ごほっ、ごほっ。な、何のこと?」

「あー、やっぱりそうなんだ。佐藤って嘘も下手なんだね。いいとこあるの?」

 

 虫の音に耳を傾け、星や月の明かりを仰ぎつつ。

 風情ある間に浸ってしまいそうになったとき、ふと尋ねられたことについ吹きだしてしまう。

 そんな俺の様子に夏江さんはくつくつと、まるでいたずらでも成功したかのように、こみ上げる笑いを口元に手を当てて零してくる。

 

「……もう聞いたかもしんないけどさ。あたしさ、凜に先月振られてるの。ばっさりと」

「ああうん、聞いた聞いた」

「は? ほんとデリカシーないわ。だからモテねえんだっつーの」

 

 酷くない?

 

「あたしらダン活に入ってたんだけど、ガチで本気で死にそうになってさ。そのときに後悔ないように生きたいなーって思ってたら、凜がリナのこと好きなのは分かってても止めらんなくてさ。案の定振られて、それから少し気まずくなっちゃって。……このまま終わっちゃうんじゃないかって、不安だった」

 

 まるで独り言でも零すかのように、ぽつぽつと話し始める夏江さん。

 つい知っていると口に出してしまった俺を射貫くかのように睨んでくるも、どうでも良さそうに視線を夜空へ向け直して話を続けていく。

 

 

「だから、ありがと。誘ってくれたのはリナだけど、きっかけはあんただから一応言っておく。それだけ」

 

 

 そうしてこちらへ顔を向けてきた夏江さんは、小さく、けれどはっきりと俺に礼を言ってくる。

 この二日で初めて見た優しい顔は、海や星や月があって尚見惚れてしまうくらいに綺麗だった。

 

「……ま、ありがたく受け取っておくよ。ギャルの感謝とか、最初で最後かもしれないしね」

「は? あんたやっぱりむかつくわ。マジで無理」

 

 赤くなっているだろう頬を誤魔化すように顔を背け、なるべく軽口で返す。

 先ほどのデレなど幻であったと思えてしまうほど、いつも通りな態度に戻った夏江さんは、ぴょんと石塀から立ち上がる。

 

「……ありゃ、もう帰るの?」

「用は終わったし、あんたと二人でいたって面白くないからパス。……それに、友達二人に茶々入れるほど安い女じゃねえっつーの。あー、あたしも新しい恋探さないとなぁ」

 

 ぐぐーっと腕を天に伸ばしながら、夏江さんは振り向くことも手を振ることもなくこの場から去っていく。

 

 そこそこ話す機会のあった二日を経て、それでも友達の友達でしかないギャルの後ろ姿。

 そんな彼女の背中をぼんやりと数秒見つめた後、残っていたビールを一気に飲み干してから、ぐしゃりと紙コップを潰して空を仰ぐ。

 

 ……葵先輩や火村さんといい、どうしてこう良い女ってのは俺に靡いてくれないのか。

 或いは手に入らぬからこそ美しいのかも。上を見れば一際輝いている、無数の一等星みたいにさ。

 

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