時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず 作:ゴマ醤油
「いやー、それにしても、こうして車に乗って家族全員で出掛けるなんていつぶりかな?」
「出掛けると言っても、ただショッピングモールでお父さんの買い物ついでに軽くブラブラするだけじゃないの」
前方、運転席と助手席で、いつも通り楽しそうに談笑する父と母。
車内に流れる我が家定番な一時代前の歌謡曲より大きなその声を聞き流しながら、窓のそばに頬杖突きながら、ほんの小さな息を吐いてしまう。
ただ今土曜日。せっかく帰省したのだから、今日は部屋でゴロゴロしていたかったのだが、父さんが買い物に行くと言い出したせいで全員で行くことになってしまった。
父さんは家で待っていてもいいと言ってくれたが、我が家の裏番が頷いてくれず。
「引きこもっているよりかは気分転換になるでしょ」と、まるでこちらの失意を見透かしているみたいに疲れたから寝ていたいという俺の反論を一手で封殺し、こうして車に連れ込まれてしまったわけだ。
「……仕事で疲れてるなら、運転を母さんに任せるか、大人しく家で寝ていたらいいのに」
「余計なこと言わないの。大体そんなこと言うのなら、あんたがとっとと免許取って運転すれば楽させてあげられるでしょ」
「ははっ、まあそう言うなって。こんなときでないと足を伸ばさないからなぁ。父さんも新しいクラブ、そろそろ欲しかったんだよ」
ちょっぴり呟いてしまった俺に母は、父のフォローさえ虚しくなってしまうほどキレのあるカウンター正論パンチをかましてくるので返す言葉もない。
確かにこういうとき、
しかし……そうか、クラブか。相変わらず、父さんの趣味も変わってないようだな。
父さんの趣味はゴルフ、といってもホールを回るのではなく、打ちっ放し至上なタイプ。
そのため出費自体はそう多い方ではないけれど、クラブの吟味はしっかりするので、たまに大きな買い物をしたりもするのだ。
まだ俺が小さい頃にちょっと高めのクラブに手を出した父親と母の喧嘩は、今となっては懐かしいが、幼い頃は随分と怖くてたまらなかったものだ。
……ま、面倒臭くはあるが、この不満げな態度の割にそこまで嫌というわけでもない。
こういう家族でのお出かけは久しぶりだし、この手の外出では必ず外食になってくれるから損ではない。久しぶりの実家の味など、昨日の夕食と今朝の朝食でひとまずは満足だ。
そうして、自宅から車で大体三十分くらい。
車内に音楽を流し、時々適当に話ながら、後部座席で寛いでるだけで着いたショッピングモールは、土曜日らしく中々に人の数が多くて見ているだけで満足できそうだった。
「結構混んでるわねー。土曜日だからかしら?」
「久しぶりに来たからな。案外昔だってこんなもんだった気が……おっ、とめる。あの車、格好良くないか?」
わらわらとみな同じ方向、モールの一番近い目的地へと向かっていく人波に従いながら進んでいると、父さんが後ろで一人歩く俺を呼び、どこかを指差してくる。
庶民の味方であるショッピングモールにはまったく似つかわしくない、まるでイタリアのモデルが乗ってそうな、炎のように赤いスーパーカー。
ドライブ好きか金持ちだとアピールしているみたいな、そんな見栄っ張りなスーパーカーに、父さんは少し声を弾ませてくる。
「いいなぁ。父さんも昔、ああいうのに乗ってみて峠をレースしてみるのに憧れたもんだ」
「……高級車なんてシートが立派なくらいで、普通の車と大差ないよ。トランク狭いし」
「なんだよとめる、そんな乗ったことあるみたいな。……え、まさか乗ったことあるのか? なあ?」
ぽつりと呟いた否定に父さんは無駄に食い付いてくるが、説明するのも面倒なのではぐらかしながら歩いていく。
今自分で言って思いだしたが、そういえば前に火村さんが乗せてくれたスーパーなカーもまさにあんな感じだったような……まあ流石にいるわけないか。だって近くには競馬も競輪も、パチンコ屋だってないモールだしな。
「んじゃ、父さん達買い物してくるから。何かあったら連絡しろよ」
そうしてモールの中へ入り、別れる父さんと母さんの背を見送ってから適当に散策を始める。
まあ一緒に来たとはいえ、結局は別行動。
父と母は買い物のために一緒に回るが、二人の買い物にほとんど興味のない俺は、集合時間だけ決めて一人でブラブラ。東京でどっかの店を回るときと何も変わりはない、ただの自由行動だ。
店内は至って普通の、特別に規模の大きいわけではないショッピングモール。
高校生までの俺なら特別な場所に思えたが、東京を知ったあとであれば、別になんてことのない場所だ。
しかし懐かしい。最後に来たのは中学生の頃のはずだけど、結構入ってる店が変わってる気がする。
昔はスマホなんて持ってなかったから、こんな自由に歩くことはなかった。
それでも退屈だと駄々をこねた小学生の頃は、百円だけ貰って微妙な規模のゲームセンターから出ないことを条件に一人でいることを許されたんだっけか。
今思えば、ゲーセンに子供一人とか結構危ないのに、よく母さん妥協してくれたよな。
それほど俺がうるさかったのだろうか。だとしたら、今更になって申し訳ないと思う限りだ。
「……お、こっちはまだあるじゃん。いいね」
昔と違って、今は自分の財布という最強の財力がある。
カードをもらえるアーケードゲームを悔しさを噛みしめながら諦めて、百円でメダルを十枚ほど交換して必死に時間を潰していたあの頃とは違う。その気になれば、レアカードが出るまでマネーパワーを行使出来るのだ。やらないけど。
とはいえ、ちょっとだけ意欲が湧いてきたので、お財布から百円だけ取り出してメダルを貰う。
あの頃と同じ百円一枚でどこまでやれるか……ま、成長した今の俺なら、百枚くらいは意図も容易く軽く稼いで──。
「……スった」
惨敗……いや、惨敗ですら温い、ぐうの音も出ない完全敗北。
一枚たりともメダルの獲得はなく、吸われ吸われ、ほんの数分程度で百円分のメダルを溶かしてしまった。あの頃の百円と今の百円では、一枚の重みが違うということか。
最近は何も上手くいかないなと。
突貫自爆したような身分で一端にへこみながら、ゲーセンを後にしてダラダラと歩く。
昔と違ってゲーセンより適当なウィンドウショッピングをしている方が時間を潰せてしまうのは、大人の利点であり哀愁なのだろう。
大人げなくハッスルしてしまった後、ぶらりと歩けばふと目に入ったのは小規模のフードコート。
そういえば潰れていなければフードコートが二つある、何とも珍妙なモールだったなと思い出していると、途端に小腹がちょっとした空腹を訴えてくる。
……ふむ、父さん達は結構買い物に時間を掛けるタイプだし、どうせまだ夕食が先の先なのは確実。
ならば今、大学生という一皮剥けた財力で軽食を取っても損はない。いやむしろ、子供の頃に出来なかった豪遊と考えれば、最高の選択とも言えるかもしれない。
そうと決まれば善は急げ。思い立ったが吉日と、迷うことなくフードコート内へと入り、食べるべき一品を吟味していく。
ステーキ、うどん、ハンバーガー……却下、メインを食べたいわけではない。
ドーナツ、ポテト、たこ焼き……うーん違う、もうちょっとさっぱりいきたい。
お、クレープ。そうそうこういうの、こういうのでいいんだよ。というわけで決定。待ちも数人だけだし、まさに理想の選択だね。
「なあなあ、さっきの人美人だったよな。運命だと思って、ちょっと声掛けてみれば良かったかな」
「やめとけやめとけ。この間桐ハズレの分析的に、あのタイプは典型的な彼氏持ち故に堂々としているタイプ、俺達小僧では手が出せんさ。眼鏡クイッ」
……目の前の下卑た会話も、制服着てるだけで微笑ましく聞こえるのは歳のせいかな。
恐らく中学生であろう二人の会話を、多分変質者みたいな目をしながら聞き耳立てていれば、何を食べるか決める前に順番は回ってきてしまう。
後ろに人もいないし、ちょっとだけ悩んだ末に王道のチョコバナナを選択し、今日の自分に適していそうな席がないかを探していく。
そしてちょうどいい感じの隅っこを見つかり、向かおうとした矢先だった。
通り抜けようとした席に、ラーメンの皿の前で怠そうにスマホを弄っている茶髪の美人、見覚えのある女性を見かけてしまったのは。
「……あれ、マジで
「うえ、とへる……ごくん、とめるじゃん。うそっ、本物? なんでいるわけ? 私の追っかけ?」
「は?」
立ち止まって名前を呼んでしまえば、彼女の方も気付き、顔を上げて意外そうに首を傾げてくる。
別にそこまで失礼でもないけれど、それでも無性にピキリとくるレッテル張りについ声が荒くなってしまう。
確かに美人だし謎に金持ってるからあり得なくはないけど、それでもこの酒とギャンブルに満ちた火村さんの追っかけはない。そういう自惚れは、ホムラくらい知名度上げてから出直してきて欲しいな。
しかし……なるほど。
外でたまたま見つけた見覚えある高級車の正体は思い過ごしでもなんでもなく、以前乗せてもらったスーパーカーホノオちゃんだったか。布石は既にあったと、そういうわけだな。
「いや、普通に家族とですけど。家、そんなに遠くないんで」
「ああそうなんだ。それなら納得……いや、逆にびっくりだわ。こんな場所で偶然会うことあるとか、実は小指が赤い糸で繋がってたりでもするんかね?」
「……かもしれませんね。で、火村さんはどうしてそのこんな所に?」
「うん? あー、まあ仕事の帰りになとりのアッシーやらされてる。最近出来たぎせい……彼氏のためだとかで、今ここでやってるらしい、なんかのアニメのブースみたいなので限定品買いたいんだと」
座れと手振りで指してくるので仕方なしに正面へと着席し、クレープ片手に火村さんの億劫そうな語りに耳を傾ける。
なとり……ああ、
ところで、アッシーって何? アシカの亜種? なんかの隠語?
「お、美味そうだな。一口くれ」
「えー……って、勝手に食べてるし」
ぱくりと遠慮なしに、遠慮もなくチョコバナナクレープの目玉であるバナナへとかぶりつく火村さん。
相変わらず横暴な人だ。自分の育てた肉はくれないのに人の肉は食べる、一人っ子だからイメージでしかないが、根っからの姉って感じだ。
「あー美味い。ラーメンの後に生クリームって冒涜的だよな。……そういえば、最近連絡してなかったけど、何か面白いことでもあったか?」
「そうですね……そういえば、二級試験受けたんですけど、ボコボコに落とされました」
歳上特有の無茶な話題振り。
一瞬だけ失恋を暴露してやろうと喉まで出かかったが、何故か思いとどまってしまい、別のことを話してしまう。
誰に話してもいいとは思っていたのに、どうしてか火村さんにだけは言いたくないと、何故か無性に思ってしまったのだ。
「そうか、お前二級落ちたのか。しかし水臭いなぁ、言ってくれれば助言とか協力とかしてやれたってのによ」
「……忙しいって言ってたし、
「あー、まあ女持ちじゃ色々あるわな。逆の立場だったらそれこそ胸ぐら掴んで問いただしてるわ。というかしたことあったわ。ははっ」
笑っていいのか分からないジョークに、多分すごく顔が強ばってるなと実感してしまう。
というか、ちょっと今は男女関係の話で笑える気がしない。
こっびどく振られた側だったら怒りで飛ばせるけど、そうじゃない俺が笑う資格なんてどこにもないだろうとしか思えないよ。
「で、どうだ? その彼女さんと上手くやってるのか?」
「……別れました。二級試験の前夜に、俺のせいで」
「……そっか、そりゃどんまい。お前と私の仲だから、あえて理由は聞かないでおいてやるよ」
それでも、話の流れで当然ではあるが、深掘りされては仕方なく。
見栄は張りたかったし、失望もされたくはなかったが、嘘は付きたくはなくて。
そんな中途半端で、ちっぽけなプライドが、この場を誤魔化すことを許してくれず。懺悔でもするかのように観念して話すと、火村さんは貶すでも励ますでもなく、意外にも優しく肩を叩き謝ってくるだけだった。
「……実はな、私も別れたんだよ。年明ける前に。へへっ、お揃いだな」
少しの沈んだ空気の後、火村さんは唐突に自分も同じだと、にやりと笑みを浮かべて話してくれる。
俺と違って、既に失恋を過去に変えたような見事な笑顔。
けれどほんの少しだけ、その笑顔には陰が含まれている。いつもなら気付けなかっただろうけど、今の俺は、何故か気付かなくても良い部分まで目聡く気付いてしまう。
……わざわざ言わなくてもいいことだろうに、こっちを気遣ってくれたのが明白だ。
やっぱりこの人は優しいな。理由も聞かず、こんなろくでなしを気遣ってくれるんだから。
「……うっし! とめる、まだ時間大丈夫か?」
「え、まあ全然ありますけど」
「よし。この火村お姉さんとストレス発散だ。行こうぜ、ゲーセン!」
「えっ、俺今ゲーセンから来たばっかり──」
「いいからいいから! かつてゲーセン荒らしの火村と畏れられた私に勝てたら、何か一つくらいは奢ってやるから! ほら、早くクレープ食べちゃえよ!」
そうして火村さんはゲーセンに行くと言いだし、パンパンと手を叩きながら、クレープを食べるのを急かしてくる。
そんな彼女の無茶振りを困りながらも、ちょっとだけ気持ちが楽になりながら、ならばとクレープをバクバクと食べ進めていく。
ちなみにゲーセン荒らしの名は伊達ではなく、一人ではなく二人で巡るゲーセンは楽しかったけれど、勝負は見事に全敗した。
罰ゲームはプリクラで、それはもう変顔を強いられた一枚が勝者である火村さんの手に収められて。
残念賞とくれたカップに入ったシングルのアイスはミントなのに、どこか甘く切ない味がした。ぐすん。