時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず 作:ゴマ醤油
別に一級が深層に出向こうとも、ナナシに絡まれようとも、それで俺の人生の何かが変わるわけでもない。
大学へ行き、ダンジョンで稼ぎ、自宅に帰ればダラダラとベッドに横たわって寛ぎ。
そんな感じで残すところ二年もないモラトリアム──人生最後の長期休みとやらを謳歌し、卒業までの日常に浸る。それが時田とめるらしい、平々凡々な大学生活というものだ。
そんなわけで、今日は疲れたからお休みの日。
なんと今学期、全休が二日もあるんだよね。もう二級試験までのノルマも考えなくていいし、大学生らしくダラダラふて寝しちゃっても問題ないわけなのだよ。そんなわけで……ぐうっ。
「ふわぁ……お腹減った」
そうして、本格的に目が覚めたのは午後の三時。
果たしてマイペコペコストマックが求めるのは朝ご飯なのか、それともおやつのどちらかなのか。
答えなんて考えるつもりのなかったので、両方を需要を一気に満たせる魔法の食事。
そんなジャンクであり主食。その名もカップラーメンとかいう万能食でも食べちゃおうかなと棚を覗いたのだが、見事に何も入っておらず。
仕方が無いので最寄りのコンビニへ向かったのだが、オーソドックスないつものやつとコーラ、そしてあろうことかポテチとエビグラタンと缶チューハイまで買ってしまい、想定外すぎる出費をくらってしまったが、まあいいでしょう。
そういえば、いつかの……あー何だっけ。あの緑の。
何たら、何たらー……ああ
そんなわけでぇ……美味しいそうに湯気立っちゃってまあ、まるで食べて欲しいと目を潤ませてるみたい。
君がそういうのなら、購入者として責任は取らなくちゃあね。ではでは、いただきまーす。
ズルズルズルと、安定の味に舌鼓を打ち。
そうそう、こういうのでいいんだよなんて思っちゃいながらコーラなんて開けちゃって、ポテチなんて突いちゃって、ついでに缶チューのプルタブまでプシュっとしちゃって。
気分はすっかり一際豪勢な晩酌の開幕セレモニー。
もう今日は一歩たりとも家から出ないぞって充足に満たされながら、お供となるべく動画か配信でもないかなって物色していく。
青柳トワ……今日はそういう気分じゃあないんだよなぁ。
せっかくの贅沢だし、気前よく配信サービスなんかと契約しちゃって映画なんかも一興……おっ。
「ホムラがやってる……って、えっ!? 総視聴者数、六万……!?」
俺が知る限り、ホムラの配信の平均視聴者数は一万、多くて二万だったと思うが倍近い。
それが倍近く。それもまだ日が落ちる前で、タイトル的にゲリラ配信であろうにもかかわらずだ。
やっぱりそれだけ、今回の深層攻略には注目が集まっているんだろうな。
無理もない。だってもう間もなく行われるのは、実に十五年ぶりの東京ダンジョンの深層攻略。
結果はどうなるにしろ、日本のダンジョン界を揺るがすことは間違いないのだから、その当事者の発言に興味を持てない人間はそういないはずだ。
……せっかくだし、今日の宴にはホムラという華が相応しい。そんなわけで、ポチッとな。
『そうなのそうなの、最近準備で忙しくてね? だから配信頻度減っちゃって、本当にごめんね!』
マウスを動かしてクリックし、配信画面を開けばそこには相変わらず見目麗しい、赤髪の美女がつたつらと笑顔で喋っている。
ホムラ。いつ見ても変わらないクオリティを誇りながら、コスプレのような作り物の違和感を一切感じさせてくれない。
まさに創作の中から飛び出してきたような彼女は、まさしく完成されていると言っても過言ではない。たったの一度でもリアルで会ったことのある俺が言うのだから、間違いなんてあるものか。
流石は最大手というべきか、コメントの流れる速度も青柳トワのそれとは別次元。
日本語以外もぞろぞろと、中には今までスパムでしか見たことないような、これ本当に文字なのって形をしている言語まである。
元々のホムラの人気もあるのだろうが、それ以上に深層攻略という一大行事が世界的にも注目されていることの裏付けに他ならない。歴史の変わる瞬間に生きていると、そう実感出来てしまった。
『あ、そういえば見て見て! これね、この前ありんすちゃんとみつきちゃんの三人でご飯行ったんだけどね、そのときの一枚! 昆虫食も豚足も初めてだったんだけど、意外と良い感じだったんだ!』
小気味好い、相手を楽しませる事に特化したテンポのトーク。
溌剌とした、誰だって気分の盛り下がらない発声。
女性配信者の中では抜きん出て聞き取りやすい、絶妙な声のトーン。
遙か昔、一回でも配信者に手を出してみたことのある俺だから分かるレベルの高さは、まさに圧巻の一言。
最推しである青柳トワでさえ、ここまでのレベルではないと断言出来る。
……しかし何故配信者という生き物は、昆虫食を嗜む傾向にあるのか。
ネタで金を稼ぐ性故か。それとも単純に、そういう変人だからこそ配信なんて生業に出来るのか。或いはホムラであっても抗えないほどの魅力が昆虫にはあるというのか。真実は如何に。
『それでねそれでね? ……あ、もうこんな時間。ごめんねみんな、この後出掛けなきゃならないからそろそろ終わりにしないといけないんだ。いやー、やっぱり話しているとあっという間だね。私も楽しくて楽しくて……ほんと、困っちゃうなぁ』
そうして耳を傾けていると、いつの間にか麺はなくなり、飲もうとした汁は冷め切っていて。
時計を見ればすっかり一時間は経っており、空を見れば青は茜へと切り替わりつつあった。
……思えばホムラの配信なんてのは、初めて腰を据えて観た気がするが、やっぱりすごい。
ただの雑談でこうまで楽しませてくれるのだから、一流の配信者というものは遠く高い。高すぎる望みかもしれないが、いつか
『えっとね、冒頭でも話したけど最後に改めてみんなにお知らせします。今日で深層攻略当日まで……あと三日かな? 多分だけど、私個人の配信はこれで最後になっちゃうと思う。本当は前日に決起配信みたいなのしたかったんだけど、公式の方に参加するし、帰ってきてからもすぐ寝ちゃうだろうからさ。だから、今日こうして時間が取れて、本当に良かったよ』
少し寂しそうな顔で、まるで引退前に今までを振り返るみたいな名残惜しそうに締めようとするホムラ。
そんな彼女の様子のせいか、それともただのテンプレ染みたやり取りか。
コメント欄はいかないでだのやめないでだの、ライブ会場でアンコールを願うファンみたいに嘆き惜しんだ発言一色に変化してしまう。
……さながら魔法だな。ま、俺も記念に五百円くらい投げちゃおうっと。えい。
『だから言わせて。みんな、今日まで本当に応援してくれてありがとう。そしてこんな死亡フラグみたいな挨拶しちゃってなんだけど、必ず全員で帰ってくるから安心して。私達がダンジョンの次を切り拓く所、楽しみにしててね! それじゃ、おつおつー!』
沈んだお別れではなく、次の再会を願う笑顔で。
その様はまさしく
……さて、配信も終わっちゃったし、変な満足感から宴も終わり感出てきちゃったけど、それでもまだ夕方なんだよな。
このまま歯を磨いて寝るってのも味気ないし、一次会は終了とシャワーでも浴びて一回仕切り直してから、今度こそ何か映画でも見ちゃおうかな──。
「……ん?」
誰かからの呼びだしか、はたまたお国やダンジョン庁、もしくは知らねえ馬の骨からのご請求か。
部長が社会という荒波に旅立ってしまい、夕葉先輩とも別れてしまった今、俺にわざわざ電話してくるのなんて、それこそ両親か夕葉先輩くらいなものだけど。はいもしもし?
「……もしもし?」
『お、ちゃんと出たな。久しぶりだな、もう失恋の傷は癒えたか?』
多分酔っていたせいか、誰かも確認せず衝動だけで出てしまうと、聞こえてきたのは女性の声。
俺に彼女がいたと知る者は両手の指で収まるほど少なく、更にやらかしを知る者はその半分以下の四人。そして男二人は除外、本人が蒸し返してくるとは思えないから、残るはただの一人だけ。
『明日暇だよな? 私とデートしようぜ、とめる』
電話を掛けてきた、数少ない知人の一人。
ダンジョンでの恩人。たまにご飯を奢ってくれたり、たまにちょっとドキリとさせてくる大人のお姉さんこと火村さんは、こちらの予定なんてお構いなしとばかりにそう提案してきた。