かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」 あの子ちゃん「蛇足っす」   作:超かぐや姫!に脳を焼かれた人

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蛇足話02 ダブルかぐや「「かぐや以外で呼ぶの禁止!」」 彩葉「うそでしょ」

 

タワマンのリビングに、甘い匂いがしていた。

いや、甘い匂いがするはずだった。

 

けれど、目の前の皿に乗っているそれは、砂糖も、卵も、牛乳も、バターも使われていない。

焼き色だけは完璧な、粉と水だけで作られた、かつての彩葉特製パンケーキ。

 

かぐやはそれをフォークで口へ運んだ。

 

もぐ。

 

「ん~!」

 

盛大に顔をしかめた。

 

眉間にはしわ。

口元はひくひく。

舌が、これは本当に食べ物なのかと疑っている。

 

なのに、目だけはきらきらしていた。

あまりのまずさに顔を歪めながら、幸せそうに頬をゆるめる。

 

「クソまじぃ! でも、帰ってきたって味がする~!」

 

「なにその顔? 表情筋器用か」

 

向かいに座っていた彩葉が、心底わからないものを見る目をした。

 

「あんたらってホントそのパンケーキ好きね」

 

「あ、いや~」

 

もう一人のかぐやが、フォークでパンケーキをつんつんしていた手を止め、視線を泳がせる。

 

「好きというか~」

 

ヤチヨも、皿の上のパンケーキを見ながら曖昧に笑った。

 

かぐやがもう一口食べる。

やっぱりクソまじぃ。

でも、胸の奥がぽかぽかする。

 

「彩葉って感じがする」

 

もう一人のかぐやとヤチヨが、「わかる」という顔で腕を組み、深く頷いた。

 

「ほう」

 

彩葉の声が低くなる。

 

「つまり、私は粉と水のパンケーキみたいな人間だとおっしゃる?」

 

「ち、ちがうよー」

 

「違う違うー」

 

「それは違うかな~」

 

三人の声が重なった。

 

彩葉の目が細められる。

 

かぐやは慌てて手を振った。

 

「クソまじぃけど、なんか好きってこと!」

 

「フォローになってない」

 

「そ、素朴ってやつだよ~?」

 

「素朴にも限度があるでしょ」

 

「彩葉の味!」

 

「それはもう悪口」

 

彩葉はそう言いながらも、皿を取り上げたりはしなかった。

むしろ台所からジャムの瓶を持ってきて、テーブルへ置く。

 

「せめて何か塗りなさい。身体に悪……くはないけど、心に悪いわよ」

 

「彩葉が優しいー」

 

「はいはい」

 

かぐやはジャムを塗った。

それだけで、かなり食べやすくなる。

 

けれど、端の方は何もつけずに残しておいた。

このクソまじぃところが大事なのだ。

かぐやにとっては。

 

そして、もう一人のかぐやにとっても。

たぶん、ヤチヨにとっても。

 

食べ終わった皿を、彩葉がまとめようとした。

 

「かぐや、その皿取って」

 

「はーい!」

 

「はーい!」

 

二つの返事が同時に響いた。

 

かぐやは自分の皿を持った。

もう一人のかぐやも、自分の皿を持った。

二人そろって、彩葉の前に差し出す。

 

彩葉が固まった。

 

「……うん。ありがとう」

 

「どういたしましてー」

 

「どういたしましてー」

 

「いや、やっぱり不便すぎるでしょ、これ」

 

彩葉は二枚の皿を受け取りながら、眉間を押さえた。

ヤチヨがソファに沈み込みながら、楽しそうに笑う。

 

「深刻な問題だね~」

 

「楽しそうに言わない」

 

「だって、ちょっと楽しいし~」

 

「隠す気もないのね」

 

「ないかな~☆」

 

ヤチヨは、悪童のような笑みを浮かべた。

かぐやは、ヤチヨのこういう顔がけっこう好きだった。

 

彩葉は皿を流しへ置いてから、こちらに向き直る。

 

「やっぱり呼び分け、決めない?」

 

「呼び分け?」

 

「そう。今みたいに、かぐやって呼ぶたびに二人同時に返事されたら困るでしょ」

 

「かぐやは困ってないよ?」

 

「かぐやも困ってないよー?」

 

「私が困ってるの」

 

彩葉はきっぱり言った。

 

二人は顔を見合わせた。

彩葉は、二人を見比べた。

 

「じゃあ、月から帰ってきたかぐやと、もう一人のかぐや」

 

「長いー! かぐや、ウルトラな巨大ヒーローじゃないしー」

 

「もう一人って言われると、なんか、かぐやじゃない方みたいでやだー」

 

「そういう意味じゃないけど」

 

「片方だけが本物みたいに聞こえるー」

 

もう一人のかぐやは、フォークを置いて彩葉を見た。

拗ねているというより、本当にそこだけは譲れない、という顔だった。

かぐやがすかさず身を乗り出した。

 

「どっちもちゃんとかぐやだよー!」

 

「わかってる。二人ともちゃんとかぐやだから」

 

「ヨシ! 解決!」

 

「してない」

 

彩葉は額を押さえた。

 

「研究所式に、KG型?」

 

「やだー! それはボディの型式ー!」

 

「まあ、名前ではないよね~」

 

もう一人のかぐやが不満そうに言う。

 

ヤチヨも、それに合わせて頷いた。

彩葉は一度口を開きかけて、結局何も言わなかった。

 

「じゃあ、一号と二号」

 

「技のかぐや一号!」

 

かぐやは、びしっと片手を斜めに構えた。

 

「力のかぐや二号!」

 

もう一人のかぐやも、すかさず反対側でポーズを取る。

 

ヤチヨがぱちぱちと拍手した。

 

「おお~、ダブルかぐやだね~☆」

 

「で、解決でいいわけ?」

 

彩葉が頭を抱えつつ問いかける。

 

「楽しいけど、名前じゃなーい! ダメですー!」

 

「ダメー!」

 

「あんたたちね……」

 

彩葉は、何かを諦めたように目を伏せた。

 

かぐやは考える。

 

彩葉を振り回したいわけではない。

呼び分けが必要だという話も、わからなくはなかった。

 

けれど、名前だけは別だ。

 

かぐやは、かぐやだ。

それ以外で呼ばれるのは、違う。

 

だって、この名前は、彩葉がくれたものだから。

 

「かぐやはかぐやだし」

 

かぐやが言った。

 

もう一人のかぐやが、すぐに頷く。

 

「かぐやもかぐやなので」

 

二人は顔を見合わせた。

息を合わせる。

 

「「かぐや以外で呼ぶの禁止」」

 

「うそでしょ」

 

彩葉が、ため息を吐いた。

でも、怒ってはいなかった。

 

かぐやは知っている。

彩葉は、こういうとき、面倒くさがりながらも考えてくれる。

呆れた顔をしながら、ちゃんと向き合ってくれる。

 

だから、かぐやはずるい顔で笑った。

 

「だって、ねー?」

 

「彩葉がくれた名前だし、ねー?」

 

もう一人のかぐやも、同じように笑う。

 

彩葉は何か言いかけて、結局ため息だけを残した。

 

勝った。

かぐやは心の中で、小さく拳を握った。

 

「うーん」

 

そこで、ヤチヨがゆっくり手を上げた。

 

「ヤッチョ的にも、このまま二人とも『かぐや』って呼んであげてほしいかな〜って☆」

 

「ヤチヨまで」

 

彩葉が恨めしそうにヤチヨを見る。

 

ヤチヨは眉尻を下げて笑った。

でも、その声はいつものふざけた調子より、柔らかかった。

 

「だってさ。名前って、大事だからね~」

 

リビングが、しんと静かになる。

 

かぐやは、ヤチヨを見た。

 

ヤチヨは笑っていた。

いつものヤチヨみたいに。

 

でも、いつもの笑顔とは違った。

それを見たかぐやに天啓が降りた。

 

「じゃあ、ヤチヨのことも『かぐや』って呼ぶべきだと思う!」

 

「おー! ナイスアイデアー! 賛成ー!」

 

もう一人のかぐやが即答した。

 

ヤチヨの笑顔が固まった。

 

「い、いやいや、ヤッチョのことはヤチヨのままでいいかな〜って……」

 

「どうして?」

 

「どうしてー?」

 

「ど、どうしてって……ほ、ほら、ヤッチョはみーんなのヤチヨだからね~?」

 

「でも、ヤチヨもかぐやだよ?」

 

「そうだよー。ヤチヨもかぐやだよー」

 

「いやー、そこ全力で肯定されるとヤッチョもちょっと困るかな~」

 

ヤチヨが珍しく目を泳がせた。

その反応を見て、かぐやは逃がすまいと声を弾ませた。

 

「ね、彩葉、ヤチヨのこともかぐやって呼んであげて!」

 

「呼んであげてー!」

 

「いやいやいやいや」

 

ヤチヨが両手を振る。

 

「待って待って、ヤッチョはヤチヨで大丈夫! むしろヤチヨがいいかな~。ね、彩葉?」

 

彩葉は黙り込んでいた。

 

その顔はとても真剣だった。

 

「……」

 

「彩葉!?」

 

ヤチヨが彩葉に寄って、その肩を揺すった。

 

「そこ本気で悩まないでね〜?」

 

彩葉は、はっとしたように瞬きをした。

 

「いや、悩んではない」

 

「今の間は悩んでたよね~?」

 

「悩んではない。ただ、本人が嫌がってないなら、それもありかなって」

 

「それを悩むって言うんだよ~」

 

ヤチヨの声が裏返る。

 

二人は顔を見合わせ、同時に笑った。

 

「ヤチヨ、照れてるー」

 

「照れてるー」

 

「照れてないです~」

 

「ヤチヨは、かぐやって呼ばれたくないのー?」

 

「そこはほら、時と場合と……相手によるかな~」

 

「難しいー」

 

「ヤチヨって難しいねー」

 

「かぐやたちにだけは言われたくないかな~!」

 

彩葉は深く息を吐いた。

 

「わかった。もういい」

 

「何が?」

 

「ヤチヨをかぐやって呼ぶ話ー?」

 

「そこは保留」

 

「彩葉!?」

 

ヤチヨが悲鳴みたいな声を出した。

 

彩葉は咳払いをした。

 

「今後、見分けが必要なときは、目を見て呼ぶことにします。それでいいでしょ?」

 

「目を見て」

 

かぐやは、その言葉を口の中で転がした。

 

彩葉が、かぐやの目を見て名前を呼ぶ。

想像しただけで、胸のあたりがふわっと浮いた。

 

「彩葉が、かぐやの目を見て名前呼んでくれるって!」

 

「やったー!」

 

もう一人のかぐやが両手を上げた。

 

「そういう意味じゃない」

 

「じゃあ、かぐやが二人いたら?」

 

「順番に見る」

 

「ヤチヨの目も?」

 

「……必要なら」

 

「必要になる場面を想定しないでほしいかな~」

 

ヤチヨは苦笑いを浮かべた。

 

彩葉は疲れたような、呆れたような顔をしていた。

 

『かぐや』と呼べば、二人が返事をする。

気を抜けば、ヤチヨまで振り向く。

 

「じゃあ、試しに呼んで!」

 

かぐやが言った。

 

「何を」

 

「かぐやって!」

 

「……かぐや」

 

「はーい!」

 

「はーい!」

 

二人の声が、ぴったり重なった。

遅れて、ヤチヨの肩がぴくっと動いた。

 

彩葉はそれを見逃さなかった。

 

「……」

 

「……反応してないよ~?」

 

「まだ何も言ってないけど」

 

「してたねー」

 

「してたー」

 

「してないってば~」

 

ヤチヨは顔を赤くして、ソファのクッションを抱きしめた。

 

彩葉はもう一度、大きくため息をついた。

でも、そのため息は、とても満足げだった。

 

「……本当に、ややこしい」

 

「でも、楽しいでしょ?」

 

かぐやが聞く。

 

彩葉はすぐには答えなかった。

それから、ほんのわずかに目元をゆるめた。

 

「……そうね」

 

「いろはー」

 

かぐやが呼ぶ。

 

「いろはー」

 

もう一人のかぐやも呼ぶ。

 

「彩葉~」

 

ヤチヨも、いつもの調子で呼んだ。

 

彩葉は、三人を順番に見た。

 

「はいはい。今度は何?」

 

その返事が、あまりにも自然だった。

 

呼び分け問題は、きっとしばらく解決しない。

でも、かぐやはそれでいいと思った。

 

不便で、どうしようもなくややこしい。

 

けれど、簡単に解けないくらいで、ちょうどいい。

今のかぐやたちは、たぶん、そういう形をしている。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ね、彩葉」

 

「どうしたの、ヤチヨ?」

 

「わたしのことは、普段はヤチヨでいいんだけど……」

 

「うん?」

 

「耳、貸して?」

 

「……なに、急に」

 

「いいからいいから~」

 

「はいはい」

 

「二人きりの時は、『かぐや』って呼んでほしいなぁ~♡」

 

「アッ」

 

「彩葉?」

 

「……」

 

「彩葉~?」

 

「……」

 

「フッフッフ、天下の酒寄博士の頭脳も、ヤッチョにかかれば処理落ちさせるなど容易いのです!」

 

「……『かぐや』」

 

「アッ、エッ、イロハ!?」

 

「⋯⋯はぁ。かぐやが三人もいると、一生退屈とは無縁そう」

 

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