かぐや「かぐやがいない間に、彩葉がかぐやと浮気したー!」 あの子ちゃん「蛇足っす」 作:超かぐや姫!に脳を焼かれた人
超かぐや姫!きっかけで始めたVRChatが楽しすぎて執筆が疎かになってました……申し訳ない。
今回、酒寄彩葉のあれこれを盛りすぎた気がしないでもないないんですが、酒寄彩葉ならやりかねないとわたしは思ってます。
酒寄研究所の一室に、機械の駆動音だけが響いていた。
机の上には、いくつものケーブルに繋がれた腕輪が置かれている。
見た目だけなら、装飾品と言っても通るだろう。
どういう原理なのか、月の光のような淡い輝きを放っている。
しかし、その内部構造は、地球の技術体系からあまりにも外れていた。
酒寄彩葉は、モニターに流れる解析結果を眺めながら、自身の眉間を揉んだ。
言うまでもないことであるが、酒寄研究所の設備は日本でも、いや、世界でも最高峰と言って過言ではない。
月見ヤチヨによってもたらされた月の技術を、彩葉の尽力によって一部とはいえ体系化し、取り入れることに成功している。
そんな、地球でもトップクラスの研究設備でさえ太刀打ちできない領域。
もと光る竹と呼ばれる月製のデバイス。
その解析結果と突き合わせてはじめて、かろうじて表層を理解できる程度。
わかったことは、大半が未知のブラックボックスであるという事実のみ。
「やる前から予想はしてたけど。これ、解析は無理。ヤチヨでも部分的にしかわからないなんて……滅茶苦茶な技術力だわ。制作者の顔が見てみたい」
彩葉がそう呟いた、その時。
腕輪の表面に一瞬、ノイズが走った。
「いやぁ、よかったっす」
声だった。何者かの声。
しかし、研究所内の計器やセンサーの類に反応はない。
警報も鳴らない。
研究所の高度な警備システムが、異常はないと沈黙で語っている。
けれど、彩葉の視界の中には明確な異常が鎮座していた。
いや、この場合、超常と呼んだ方が適切かもしれない。
彩葉の視界に、はっきりと人の輪郭をしたモノが浮かび上がった。
まるで、はじめからそこに存在していたかのように。
そこに居ることが当たり前かのように。
ミディアム丈の、くせっ毛で跳ねた茶髪。
とろんとしたタレ目。
ブラウンの瞳。
ダボっとした、だらしない着こなしの白衣。
それは、ダウナーな雰囲気を纏った、どこか気の抜けた女だった。
「そーんな簡単に解析されたら、ボクの面目丸潰れっすよ」
彩葉の手が、咄嗟に机の上のスマホへ伸びた。
「……誰?」
「どうも、通りすがりの月人っす。覚えなくても結構。そして、これがご所望の制作者のプリチーなフェイスっす」
女は、へらりと笑って両手の人差し指で自身の顔を指した。
「安心するっす。危害を加える気はないんで。ホントホント、ツキジン、ウソツカナイ。オデ、オマエ、マルカジリ」
彩葉はスマホを耳に当てた。
「ちょ、ちょっと待つっす! ジョーク! ジョークじゃないっすか! だから、そのスマホは机に置くっす! そう、ゆっくり、そうっす……いい子っすねぇ……。ふぅ、焦ったっす」
彩葉は、スマホを机に置いた。
しかし、その顔から警戒の色は消えない。
しばしの沈黙。
それから、彩葉はにっこりと笑った。
「……ようおこしやす。月からえらい遠いところを、ご苦労さんどすなぁ。ぶぶ漬けでもどうどす?」
「そうだ、京都行こう⁉ あっ、でも、ぶぶ漬けはちょっと食べてみたいっす」
女は彩葉の態度に臆するでもなく、へらへらと嫌味をかわした。
女が机の上の腕輪へ視線を向けた。
彩葉もまた、作った笑みを消し、その視線の先を追った。
「あらためまして、ボクはその『逆之羽衣』の開発者っす」
「……サカノハゴロモ?」
「いま、あなたが解析してた腕輪の名称っすよ。いい名前でしょ?」
彩葉は腕輪を見つめたまま、数秒黙った。
「……竹取物語において、羽衣とは、かぐや姫の記憶を消去するもの。つまりは奪うもの。でも、この腕輪は肉体を構築するもの。つまりは与えるもの。だから、逆之羽衣? 随分と洒落てるのね」
「うぇ? ……………あー、へへ。ボクってば、センス抜群なんすよ」
女は笑った。
だが、その目は泳いでいた。
「なんか深読みされたっすけど、カッコいいし、そういうことにしとくっす」
彩葉は女を真正面から見据える。
「それで、どういったご用件で?」
「うわぁ、単刀直入。もう少し会話フェーズを楽しむっすよ」
「無理ね。あいにくと、月人に対する印象は最悪なの」
「……ほーん、それって」
「個人単位の話は別。かぐやたちはもう地球人だから。戸籍もあるし」
「先回りされた」
女は肩をすくめた。
彩葉は未だ警戒を緩めない。
部屋の空気が、じわりと重くなる。
女はその空気を察したのか、溜め息をひとつ。
そして、急に明るい声を出した。
「シリアスな空気嫌いなんで、まずは友好を深めるためにも、一緒にア○パ○マ○グミ開封RTAでもやるっすか?」
「しません」
「あれー、嫌いっすか? マ? みんなのヒーローなのに……。あっ、じゃあ、『ツクヨミTCGブースターパック第一弾 月を見上げる者』を一箱買ってあるんで、パック開封デスマッチでもいいっすよ」
「しません」
「えー、絶版BOXなのに……?」
「そういう問題じゃないから。そもそも、何でそんなもの持ってるのよ」
「『月を見上げる者 ヤチヨ』とか、『月のお転婆姫 かぐや』のルナティックレア欲しくないんすか?」
「もう持ってるわよ。あと、かぐやのカードは第一弾には入ってない」
「そうなの⁉」
「あと、ヤチヨとかぐやのカードなら全種10枚ずつ持ってるわ」
「ガチの人だった⁉」
実際、タワマンの彩葉の部屋の戸棚にはヤチヨとかぐやのカードが大量にファイリングされている。
一番の美品は額縁に入れてあるうえ、直筆サイン入りは分厚いローダーに入れて飾られている。
「で、でもだよ? 流石にシングル買いっすよね? いいんすか、本当に? 自引きにこそ価値があるんじゃないです?」
「全部自引きよ。これでもちょっとだけお金持ちだから」
「えぐぅ……」
女の軽口が止まった。
研究所の一室に、再び機械の駆動音だけが残る。
「ちなみに、何箱開けたんすか?」
「愚問ね。人生で食べたご飯粒の数を一々覚えてる日本人がいるのかしら」
「パンの枚数とか、そういう次元じゃなかった⁉」
女は一度咳払いをした。
重い空気をどうにかしようとしたら、代わりに重たい愛がお出しされたので、話題を逸らすことにしたらしい。
「んー、取りつく島もない」
「真面目な話なら聞いてあげるわよ? ところで、うちの研究所のセキュリティ相当強固なはずなんだけど。こんな簡単に破られるなんて、流石は月人ってところかしら」
「自分で月人を名乗った身っすけど、あれらと一括りにされるのはちょっと……。まあ、でも実際、地球のセキュリティ技術くらいならボクには顔パス同然っすけど」
「理不尽の化身……」
「あと、今はあなたにしかチャンネルが合ってないんで、他の地球人には認識されないっすよ」
「ここにいるのは分身?」
「ちゃーんと本体っすよ。通信越しのゴーストとかホログラムじゃないっす」
「最初の話に戻すけど、あなたの目的は?」
女は少しだけ首を傾けた。
そして、得心したように腕を組んで頷いた。
「んー? あー、なるほどなるほど。心配は無用っす。姫さんを月に連れ帰るとかないんで。単に酒寄彩葉っていう人間に興味があって。顔を拝むついでに、姫さんの近況聞いて、渡し損ねてた逆之羽衣のトリセツを届けに来たってのがボクの用向きっすね……」
「姫さん?」
「かぐや姫なんで、姫さん。あの人元気っすか?」
「……自分の目で確認したらどうかしら?」
「いや、そこまではいいっす」
彩葉の目が細くなる。
女は、かぐやを月へ連れ帰りに来たわけでも、会いに来たわけではない。
近況を聞いたら、適当に日本をぶらついて帰る。
本当にそういうつもりらしい。
「会っていかないの?」
「え? はいっす。会うと必然的に百合に近づくことになっちゃうんで。あと、酒寄彩葉の顔に『できれば会わせたくない』って書いてあるんで」
「……否定はしない。でも、前者の理屈は理解できない。友達なんでしょ、会いたくないの?」
「うん? うーん、まず、友達の定義から議論しません?」
「……友達、少なそうね」
「は? は? は?」
彩葉は表情を変えない。
女は何か言いたげに口を開き、しかし閉じた。
それから、気を取り直すように肩を回す。
「まあ、酒寄彩葉の顔も見れたっすし、その感じだと、姫さんもハッピーみたいで何よりっすよ。そんじゃあ、ボクはこの辺で」
「まあ、待ちなさい」
「えー、こっちの用向きは終わったっすよ?」
「私は終わってないから」
「んえー? まあ、話くらいなら聞くっすけど……お?」
女の輪郭が、ふっと薄く揺らいだ。
女の口元が、わずかに固まった。
さっきまでのへらへらした笑みが、ほんの少しだけ引っ込む。
「…………えーっと、なんすかこれ?」
「私、負けず嫌いなのよね」
「は?」
「昔、月人たちにかぐやを連れて行かれてさ。もう二度とあんな思いするものかって。もう二度とあんな思いさせるものかって。だから、準備してたの。月人対策」
「んーっと?」
「ツクヨミに残った月人のログとか、もと光る竹の技術とか、ヤチヨの生体データとか。解析するの大変だったし、ヤチヨにも手伝ってもらった。結局、一部しか理解できなかった。けど、月人一人を足止めできる程度の成果はあったみたい」
彩葉は、机の端に置かれたスマホへ視線を向けた。
画面に表示されている数値は、静かに上下している。
ただ、空間の中に、見えないノイズだけが満ちていた。
「まさか、こんな形でお披露目することになるとは思ってなかったけど。さて、ちゃーんと、かぐやに会って行ってもらおうかしら。あんまり会わせたくないけど」
「……いつこんなものを?」
「最初にスマホを触ったとき」
「通報じゃなかったんすか⁉ ビビッて損したっす⁉」
「逆に警備やら警察呼んだところで、あなたどうなるのよ?」
「たしかに! ビビッて損したっす⁉」
女は視線を落とし、自分の腕を見た。
命令が、うまく処理されない。
逆之羽衣が壊れたわけではない。基幹システムに攻撃されたわけでもない。
命令処理だけが嫌に鈍い。
「なるほど、大体わかったっす。月人が電子生命体であることを逆手にとって、地球人でいうところの脳のような器官から発してる電気信号をジャミングして肉体への命令処理を邪魔してる感じっすか……。なんて嫌がらせの極みみたいな技術⁉ これ作ったやつ相当性格わる」
「ん?」
「相当性格悪いっす!!」
「言い切った⁉ はぁ。月人の構造も技術も完全には理解できなかったけど、表面的なことでもわかれば、やりようはいくらでもあるのよ」
「逆之羽衣は腕輪型だから、脳と肉体の間の命令処理を邪魔されたら使い物にならないんすね。普通に勉強になったっす」
「月人の肉体動作時の電気信号なら、ツクヨミにログがたーくさん残ってましたから」
「……Oh」
女は、もう一度、自分の腕を見る。
それから、机上の端末、部屋の壁、彩葉の顔を順番に見た。
「にしたって、このシステムぶっつけ本番にしてはよくできてるっすね」
「ぶっつけ本番? そんなわけないじゃない」
「え? でも、酒寄彩葉の身近に実証実験できる月人なんて……まさかっすよね?」
「ヤチヨに手伝ってもらったの。向こうから申し出てくれたとはいえ、推しを実験台にするなんて……」
「あっ、やばっ……思い出しただけで……ッ」
彩葉の膝が、わずかに震えた。
机に手をつく。
指先が白くなる。
「なんか急に生まれたての小鹿のように足を震わせだしたっす。こわっ」
彩葉は、何も言い返さなかった。
言い返す余裕がなかった。
女は、そんな彩葉をしばらく見ていた。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「正直、地球の技術力、いや、酒寄彩葉の執念をなめてたっすわ」
その声には、ほんの少しだけ真面目な響きが混ざっていた。
彩葉は、震えを押し殺すように深呼吸をした。
それから、改めて女を見る。
「……かぐや、表には出さないけど、ずっと後悔してたみたい。あなたを月に置いてきたこと」
「……」
「ねぇ、あなたも地球で暮らさない? 戸籍と、住む場所と、うちの研究所のポストくらいなら用意してあげるわよ? かぐやも喜ぶと思う。わたしは微妙な気持ちだけど」
「さっきから本音だだ漏れなんすよ⁉」
「かぐやのためなら、わたしの私情なんて二の次よ」
「じゃあ、表に出さないでほしいっす!」
「でも、悪い話じゃないでしょ? あなたも地球の文化気に入ってるみたいだし」
彩葉の視線の先には机に積まれた大量の荷物があった。
手ぶらの女がどこからともなく取り出した日本のサブカルグッズやお菓子の数々だ。
「んー、ボクは別に姫さんを喜ばせるために生きてるわけじゃないんで。心身の自由と百合をこよなく愛してるんすよね」
女は指を動かそうとした。
だが、動きが鈍い。
女はしかめっ面になった。
「あと、月のリソースを玩具にできなくなるの、何よりデメリットなんすよね……」
「玩具って」
「月の演算資源、素材、観測ログ、勝手にいじれる作業区画。捨てるには惜しいっす」
「交渉決裂ね」
彩葉は、小さく息を吐いた。
その間にも、女の指先は少しずつ動きを取り戻していく。
ジャミングに対する解析。
逆之羽衣側の再同期。
乱された命令処理の迂回。
「月人特攻のジャミング。たしかに凄まじい執念のなせる技術っす。けど、地球人に一対一で簡単に負けてあげるようなボクじゃないっすよ」
「ええ、そうでしょうね。あなたならすぐに対応すると思ってた」
彩葉は、あっさりと認めた。
「でも、一対一なんて、私言ったかしら?」
「……ほわい?」
次の瞬間、研究室のPCに、淡い光が走った。
彩葉のジャミングで鈍った逆之羽衣に、拘束プロトコルが差し込まれる。
PC画面には美しい少女が映し出された。
「ヤオヨロ〜! 神妙にお縄につけ〜い!」
明るい声が響いた。
月見ヤチヨだった。
「は? ちょっ」
「ヤッチョ、友達に顔も見せないような悪い月人さんは見逃せないかな〜! うちのかぐやの何が不満なんだい~? ん~?」
ヤチヨの声が、少しだけ低くなった。
ヤチヨはにこにこと笑っていた。
しかし、目は笑っていなかった。
ヤチヨが自身の腕を指さした。
そこには、逆之羽衣が装着されている。
女がかつて、かぐやに複数個譲渡した予備の腕輪のひとつだった。
「この腕輪型デバイス、ツクヨミにアクセスできちゃうんだよね~? だったら、その逆もできると思わなかったかにゃ~? こう見えて、ヤッチョも月人なので、月の技術にはちょっと詳しいんだ~☆ 特にこの腕輪の肉体構築機能は、もと光る竹のプログラムをすごく綺麗に応用してくれてたしねぇ~」
「なんで!? 今日はYC型のメンテ予定はなかったはず……KG型と姫さんとお留守番だったのでは? というか、ツクヨミって地球のインフラに等しい代物っすよね? こんなしょうもないことにインフラのリソース割かないでほしいっす!」
室内が静かになった。
彩葉が、ゆっくりと女を見る。
「随分と詳しいのね」
「あっ、いやー……っす」
「ちなみにヤチヨがいたのは偶然よ」
「今日は彩葉に着いてきたい気分だっただけなのです〜」
女は口を閉じた。
そして、深く息を吸った。
「スゥー……あの、ア○パ○マ○グミとTCGのBOX、なんなら地球で買い漁ったものは全部置いていくんで。見逃してくれたりとか、しちゃったりしてくれないっすかね? なーんて……へへっ」
「じゃあ、かぐや呼ぶわね」
「ヤッチョは見張っておくね~」
「話も聞いてくれない⁉」
ヤチヨの拘束が強まる。
女は観念したように歯を食いしばる。
「くっ! 煮込むなり焼き目をつけるなり好きにするっす!」
「いや、食べないから」
「おいしくなさそう~」
「ひどい⁉」
その直後、室内の空気ががらりと変わる。
女から立ち上がった威圧感が現実に干渉し、照明が一瞬だけ明滅した。
彩葉は動かない。
ヤチヨも笑みを消さない。
やがて、女はゆっくりと肩を落とした。
一瞬だけ、場を支配した圧迫感が嘘のように消える。
「……まあ、焦ってはみたものの、一応頑張れば逃げられるんすよ」
「……なら、やってみれば?」
「それができないから困ってるんすよ。ジャミングのせいで、上手く力加減を調節できないんで。こっちだってあんたら傷つけるのは本意じゃないんすよ」
「そ。優しいのね」
「……くぅ、もどかしいっす」
女は、唇を尖らせた。
拘束されたまま、女は彩葉とヤチヨを交互に見る。
その目には、諦めと、計算と、妙な納得が混じっていた。
「駄菓子菓子! ここで、諦めるわけにはいかないんすわ。このままだとワンチャン地球永住ルートに入ってしまうっす!」
「永住って。流石にそこまでは……うん」
彩葉はかぐやの顔を思い浮かべたらしい。
あながち、ないとも言い切れない話だった。
「さっきも言ったけど、技術屋として月のリソースを手放すのは惜しいんす!」
「でも、地球にはア○パ○マ○グミがあるよ〜?」
「天秤が揺らぐようなこと言わないでほしいっす!」
「ふーん、かぐやよりア○パ○マ○グミ? うちのかぐやのどこが不満なのかしら?」
彩葉の声が、少しだけ低くなった。
彩葉はにっこりと笑った。
しかし、目は笑っていなかった。
「あんたら、さっきからなんすか⁉ そのめんどくさい親ムーブは⁉」
女の表情が引きつる。
「はー、埒が明かないっす」
女は拘束されたまま、首元へ視線を落とした。
そこには、マゼンタカラーの小さなトイカメラが下がっていた。
「正直、試作段階なんで、あんまし無茶な使い方したくはなかったんすけどね、これ。背に腹は代えられねぇっす」
「それは、何をする気かしら?」
「緊急避難っす。セーフティ機能以外は何の設定もなしの完全ランダム時空間移動っす」
「それ、避難じゃなくて遭難じゃないかな~?」
「そうなんす」
「認めちゃったね〜」
「だから、やりたくなかったんすよ」
トイカメラのレンズが光る。
玩具のような外見のそれから、銀幕のような光が立ち上り始める。
銀色のオーロラのようなものが、女の周囲に広がった。
「これ、ボクにしか作用しないんで、あんたらが触れてもどうにもならないっすから。そこは安心するっす。それじゃあ、まあ、元々の予定通り、通りすがるだけにさせてもらうっすわ」
彩葉が慌てたように一歩踏み出した。
ヤチヨが拘束プロトコルを強める。
だが、それらすべてをすり抜けて、銀幕のオーロラが女の輪郭を包み込んだ。
「酒寄彩葉。月見ヤチヨ。機会があればまた会おうっす。姫さんによろしく言っといてください」
女の姿が、オーロラにのまれて消えた。
彩葉は無言だった。
ヤチヨも、しばらく何も言わなかった。
数秒後、研究所の外から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「あの子ー! かぐやが会いに来たよー!」
扉が開く。
かぐやが勢いよく飛び込んできた。
けれど、そこにお目当て人物の姿はない。
彩葉は、かぐやの方を向いた。
「……ごめん、かぐや。取り逃がした」
「ヴェ?」
「よよよ~、不甲斐ない親で申し訳ないのですよ~」
「おや?」
ヤチヨがわざとらしく袖で目元を押さえた。
かぐやは、しばらく固まっていた。
やがて、俯いて肩を震わせ始めた。
「ふ、ふふっ。そっかそっかー。あの子ってば、そういうことしちゃうんだー……」
「かぐや?」
彩葉が声をかける。
かぐやは笑っていた。
笑っているのに、目が笑っていなかった。
「ねぇ、彩葉、ヤチヨ」
「うん」
「なにかな~?」
「次は、かぐやも手伝うから……」
かぐやは、静かに言った。
「絶対に捕まえようね」
彩葉とヤチヨは、首を縦に振ることしかできなかった。
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落下。
それは落下と呼ぶには、あまりにも方向がなかった。
上も下もない。
前も後ろもない。
時間も空間も、薄い膜のように引き伸ばされていく。
銀幕のオーロラが砕け、マゼンタカラーのトイカメラが火花を散らす。
無茶な動作で回路がイカれた可能性がある。
女は舌打ちした。
幸い、セーフティは働いているようだ。
だが、それは残念ながら、使用者の絶対の安全性を保証するものではない。
世界も。時代も。座標も。
何もかもが、ランダム。
大博打の時空間転移は、女としてもほとんど賭けだった。
ジャミングと拘束プロトコルを脱したことで、逆之羽衣も正常に動作していることが救いだった。
そして、落下が終わる。
女は、だだっ広い砂浜の上に転がった。
「いったー……くはないっすね。まさか、こんな形でセーフティ機能の実証をすることになるとは」
女は起き上がり、周囲を見回した。
見知らぬ土地だった。
見知らぬ空気だった。
どの時代なのかもわからなかった。
眼前には広大な青い空と青い海。
女が立ち上がろうとした、その時だった。
「ねぇ。今空から落ちてきたけど、大丈夫そー? 痛くないー?」
声がした。
女は固まった。
右を見る、左を見る、後ろを見る。
誰もいない。
「こっちだよー! 下!」
足元に目をやればそこにいた。
一匹のウミウシが。
ウミウシが、こちらを見上げている。
ウミウシが、喋っている。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」
「うわっ、ビックリした⁉ 急に叫ばないで……あれ? 言葉通じてる?」
「えー、どうなってんすかぁ、喋るウミウシって。あれ、でも、喋るウミウシって、なんかどっかで……」
ウミウシは、ぱちぱちと瞬きをして身体を震わせた。
「キミ、わたしの言葉がわかるの⁉」
女は、しばらく空を見上げた。
空の端に見えている、天に登りきっていない白んだ球体。
月だ。すなわち、ここは地球である。
時代は不明。
だが、逆之羽衣がネットワークを検知していない。
ということは、地球文明は未発達あるいは発展途上の可能性が高い。
首から下げたマゼンタのトイカメラは光を失い沈黙している。
本当にただの玩具になってしまっている。
そして、目の前には言葉を話すウミウシがいる。
ひどく聞き覚えのある声で。
女は乾いた笑みを浮かべた。
「……いやー」
それから、肩をすくめた。
「これ、だいぶ面倒なことになったかもしれんっす」
あの子ちゃん「ひとつのデバイスになんでも機能ブチ込むのは便利だし、ある種のロマンっすけど。でも、それって、そのデバイスが壊れたら何もできなくなるのと同じじゃないっすか?」
あの子ちゃん「え? 設計思想? 一つのデバイスになんでも機能をぶち込みすぎるのは良くないって? いい言葉っすね、それ。誰の金言っすか? 参考になるっす」