覇王なんてもう辞めたい   作:深海 星

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001 我が名は覇王

001 我が名は覇王

「我が名は覇王。この世界を支配する王だ」

 

——そんな痛い台詞を口にしたのは、ほんの出来心だった。

だってまさか本気で信じられるなんて思わないだろ!!!

 

 

 

 

 

  それは突然だった。2025年11月25日。突如として出現した天体は月へと衝突した。月は砕け、その破片は地球へと降り注ぎ、空を赤く染め上げた。

 

 世界は明確に“歪み”始めた。

 

 多くの国や都市は滅び、その機能を停止させた。

 海は干上がり、陸はその肌を晒した。

 空は青を失い、太陽から与えられるのは濁った光となった。

 人類はこの災害を後に《大蝕災(エクリプス)》と呼び、それは時が経つにつれ新たな大陸を示すものとなっていく。超大陸エクリプスの誕生であった。

 このような状況でも人類はしぶとく生き延びた。機能しなくなった政府に代わり、企業が世界を統治し始めた。そんな世界の歪みに呼応するかのように人智を越える力を持つ者――異能力者が次々と誕生し、その数を年々増やしていった。

 だが、世界が僅かな安定を取り戻すにつれ、企業たちは己の権力を拡大せんと戦い始めた。科学と異能が交錯し、その火種はやがて世界を覆う炎となり、人々を絶望の淵へと追いやった。

 

 《大蝕災》から100年後の2125年、ネオトウキョウ。かつて東京があったその地を一人の青年が歩いていた。

 

 (面白くないなぁ)

 

 この終わりに向かう世界で、その様な事を思うのは狂者か、あるいは力を持て余した強者だけだった。

 だが、この青年はそのどちらでも無かった。ある意味では狂っていたのかもしれないが。

 

 (そうだ、面白く無いなら面白く“してやろう”!)

 

 当てもなく歩く彼の思考はどんどんと飛躍していく。

 

(そうだな…この世界を支配する覇王、なんて成れたら最高に面白そうだな)

 

 (まぁ、絶対黒歴史確定だけどな)

 

 そう青年が心の中で毒付いた時である。彼の目の端に何かが映った。

 

 (なんだ?あれ)

 

 それは路地の隙間に転がっている黒い布の塊。ただのゴミだろうかとも思ったが、何やら動いた様な気がする。

 もしかすると面白いものかも知れないと彼はその黒い塊に近づく。

 それは人間だった。小さい体に燃える様な赤い髪、そして服であったであろう黒い布。しかしその命の灯火は今にも消えそうであった。

 

「おい、君……」

 

 そこで彼はハッとする。どうせならさっき考えた覇王をロールプレイしてみよう!、と。

 単純な彼はすぐに実行へと移す。

 

「おい、そこの貴様。生きているのか?」

 

 その言葉に、少女はぴくりと肩を震わせ、青年を見る。

 赤の瞳が青年をとらえた。

 

「……生きてる」

 

 その表情はまるで機械のように感情が抜け落ちて見えた。少女はそれだけ言うとしんどそうに体を捻って上半身だけを起こした。

 

「貴方は……誰?」

 

 その目には警戒の色が浮かんでいた。そのボロボロの格好を見れば分かる。恐らく組織の兵と戦闘でもしたのだろう。そういったことはこの世界では珍しい事ではなかった。

 

「俺か?」

 

 青年はわざとらしく笑みを浮かべた。

 

「俺は……覇王だ」

 

「……覇王?」

 

「そう、この世全てを支配する絶対の王だ」

 

 少女には、その男が本当に“王”に見えた。

 だが、当の本人はノリノリで楽しんでいた。彼はこの今にも死にそうな少女はどうせこの事をすぐに忘れるだろうと、この場限りの縁だろうとそう考えていた。

 

 (うぉー!!思ったより楽しいぞこれ!!)

 

 先程までの退屈はどこへやら、今彼はこの覇王のロールプレイに夢中だった。

 

「……世界を……統べる」

 

 少女は噛み締める様にその言葉を確かめる。

 

「そうだ、貴様名をなんと言う?」

 

「私?……名前は、特に無い……けど、周りはノアって呼んでるみたい」

 

 名前がない。この世の中では決して珍しい事では無かった。

 ふむ、と青年は顎に手を当て、ノアと呼ばれている少女を見た。

 

(名前どうせならあった方がいいよなぁ…)

 

 少し考え空を見上げる。そこには砕けた二つの月が美しく浮かんでいた。

 そうだと、彼は心の中で一人頷く。

 青年はゆっくりと月から少女へと視線を移す。

 

「……ルナ」

 

 その声は静かで。

 

「それが貴様の名だ」

 

 そして、逆らうことの出来ない何かを含んでいた。

 その言葉に少女は、ルナはパチリと目を瞬かせる。

 

「……名前?……私の……?」

 

 その声は震えていた。

 

 (私の……名前……初めての……)

 

 青年が気まぐれで与えたそれは、彼女の中の“何か”を静かに震わせた。

 

 「そうだ、名前が無ければ不便だろう」

 

 それは明確に彼女の世界を変え始めた。だが当の本人はそんな事など知る由もない。

 

「……ルナ……ルナ」

 

 ルナは大切そうに何度も確かめる様にその名を口にする。

 その時、彼女のお腹から空腹を訴える可愛らしい音が鳴った。

 

「なんだ、腹が空いているのか。ならば飯だ、この覇王がしっかりと食わせてやる」

 

 (まあお腹空いてる子を放っておくのは気が引けるしね)

 

 そうして青年はルナに手を差し伸べる。ルナは躊躇いながらも、まるで壊れ物に触れるようにその手を握った。

 

「……うん。食べる」

 

「よし、ならば行くぞ!」

 

 青年が少女の手を強く握り、立たせる。そこで青年は違和感に気が付いた。少女の服装はボロボロであるのに対し、不自然な程に肌に傷が無いのだ。

 

 (なんだ意外と元気そうじゃん)

 

 ほっとしたと同時に、もしかするとこの事もしっかりと覚えられるかも知れないと、確実に黒歴史確定な対応をしてしまったことに恥ずかしさを覚える。

 

「……うん、行こっ!」

 

 ふわりとルナが微笑む。それはずっと機械的な顔をしていた少女が見せた初めての変化だった。

 

 (なんだ、笑えるんじゃん)

 

 その笑みを見ればそんな事などどうでも良い事のように感じた。

 

「ああ、ついて来い」

 

「……うん、私の……覇王様っ!」

 

 (ん?これちょいまずいかな……?まあ、いっか!)

 

 それが青年、高峰 玲(たかみね れい)の苦難の始まりだった。

 

 

 

 

 半年後、ネオトウキョウの外れ、地下鉄の跡地を改造した地下空間。そこには多くの能力者や行き場の無い者たちが集まっていた。

 人々は熱狂していた。覇王。その名を狂ったように叫ぶ。

 

「覇王ッ!覇王ッ!」

「覇王様ぁ!!」

 

 それは自らの頂点に立つ絶対的君主の名。

 コツコツと革靴の音を響かせて一人の青年が入ってくる。

 漆黒のコートを翻し、金の装飾が刻まれたスーツを纏った青年。その姿は見る者たちを圧倒するカリスマを持っていた。

 悠然と玉座に腰掛け、その青年が口を開く。

 

「さあ、貴様たちこの覇王に世界を献上しろ!」

 

 その一声に割れんばかりの歓声が上がる。

 その青年、高峰玲は内心冷や汗を掻いていた。

 

 (なんでこんな事になっちゃったのかなぁ…)

 

 こうして玲の何気ない嘘は、静かに、しかし確実に世界を歪ませ始めた。




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