覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが“本物の覇王”にされそうなんだが?》 作:深海 星
「我が名は覇王。この世全てを支配する王だ」
そんな痛い台詞を口にしたのは、ほんの出来心だった。
2125年、ネオトウキョウ。かつて東京があったその地を一人の青年が歩いていた。
(面白くないなぁ)
この終わりに向かう世界で、その様な事を思うのは狂者か、あるいは力を持て余した強者だけだった。
だが、この青年はそのどちらでも無かった。少なくとも後者でないことは確かだ。
(そうだ、面白く無いなら面白く“してやろう”!)
不意に彼の脳内にそんな子供のような考えが浮かぶ。
彼は当てもなく歩き、思考はさらに飛躍していく。
(そうだな……この世界を支配する覇王、なんて最高に面白そうだな)
そこまで考え、自嘲気味に笑った
(まぁ、絶対黒歴史確定だけどな)
青年がそうして心の中で毒付いた時である。彼の目の端に何かが映った。
(なんだ?あれ)
それは路地の隙間に転がる黒い布の塊。ただのゴミだろうと思ったが、何やら動いた様な気がした。
もしかすると面白いものがあるかも知れないと彼はその黒い塊に近づく。
それは人間だった。小さな体躯に燃える様な赤い髪、そして服であったであろう黒い布。しかしその命の灯火は今にも消えそうに見えた。
「おい、君……」
そこで彼はハッとする。どうせならさっき考えた“覇王ごっこ”をしてみよう!、と。
彼の単純な脳はそれをすぐに実行へと移した。
青年は不敵に笑い口を開いた。
「おい、そこの貴様。生きているのか?」
あまりにも不遜な言葉遣い。
その言葉に、少女はぴくりと肩を震わせ、青年を見た。
真紅の瞳が青年をとらえた。
「……生きてる」
ぽつりと呟いた。
その表情はまるで機械のように感情が抜け落ちて見える。少女はそれだけ言うとしんどそうに体を捻って上半身だけを起こした。
「貴方は……誰?」
その目には明確な警戒の色が浮かんでいた。そのボロボロの格好を見れば分かる。恐らく企業の兵士と戦闘でもしたのだろう。そういったことはこの世界では珍しくない。
そんな少女の様子を気にも止めず、青年はさらに言葉を紡ぐ。
「俺か?」
青年はわざとらしく笑みを浮かべた。
「俺は……覇王だ」
「……覇王?」
「そう、この世全てを支配する絶対の王だ」
両手を掲げ不敵に立つ。その姿は空に浮く二つの月に照らされ、神秘的な空気を纏っていた。
その瞬間少女には、その男が本当に“王”に見えた。
当の本人はノリノリで楽しんでいるだけなのだが。彼はこの今にも死にそうな少女は、どうせこの事を覚えはしないだろう。この場限りの縁だろう。と、そう考えていた。
(うぉー!!思ったより楽しいぞこれ!!)
先程までの退屈はどこへやら。彼は今、この覇王ごっこに夢中だった。
「……世界を……統べる」
少女は噛み締める様にその言葉を確かめる。
「そうだ、貴様名をなんと言う?」
青年は軽い気持ちで問いかける。
「私?……名前は、特に無い……けど、周りはノアって呼んでるみたい」
名前がない。この世の中では特段珍しいことでは無かった。
ふむ、と芝居がかった動きで青年は顎に手を当て、少女を見た。
呼んでいるみたい。それはつまり少女自身がその名を認めてはないと言うこと。
(名前……どうせならあった方がいいよなぁ…)
それは捨て猫に名前をつけるような気楽さだった。
少し考え空を見上げる。そこには砕けた二つの月が美しく浮かんでいた。
そうだ。と、彼は心の中で一人頷き、ゆっくりと月から少女へ視線を移した。
「……ルナ」
その声は静かで。
それでいて――
「それが貴様の名だ」
逆らうことの出来ない何かを感じさせた。
その言葉に少女は、ルナはパチリと目を瞬かせる。
「……名前?……私の……?」
その声は震えていた。
(私の……名前……初めての……)
青年が気まぐれで与えたそれは、彼女の中の“何か”を静かに震わせた。
「そうだ、名前が無ければ不便だろう」
ただの気まぐれ。ただのごっこ遊び。
だがそれは、明確に彼女の世界を変え始めた。だが当の本人はそんな事など知る由もなく、どこまでも遊び気分だった。
「……ルナ……ルナ」
ルナは手を握り、口の前へと軽く置いた。
そして大切そうに、確かめる様に何度もその名を口にした。
その時、彼女のお腹から空腹を訴える可愛らしい音が鳴った。
「なんだ、腹が空いているのか。ならば飯だ、この覇王がしっかりと食わせてやる」
(お腹空いてたら楽しくないしね)
これまた捨て猫に餌をやる程度の気楽な考えだった。
青年はルナに手を差し伸べる。ルナは躊躇いながらも、まるで壊れ物に触れるように。そっ、とその手を握った。
「……うん。食べる」
「よし、ならば行くぞ!」
青年が少女の手を強く握りかえし、立ち上がらせる。
そこで青年は違和感に気が付いた。少女の服がボロボロであるのに対し、逆に不自然な程に肌に傷が無いのだ。
(なんだ意外と元気そうじゃん)
ほっとしたと同時に、もしかするとこの事もしっかりと覚えてるかも知れないと、今更ながら恥ずかしさを覚える。
「……うん、行こっ!」
ふわりとルナが微笑む。それはずっと機械的な顔をしていた少女が見せた初めての変化だった。
(なんだ、笑えるじゃん)
その笑みを見れば羞恥心などどうでも良い事のように感じた。
「ああ、ついて来い」
「……うん、私の……覇王様っ!」
(ん?これちょいまずいかな……?まあ、いっか!)
「さあ、美味いラーメンを食べに行くぞ!」
それが青年、高峰 玲(たかみね れい)の苦難の始まりだった。
――――――――――
半年後、ネオトウキョウの外れ、地下鉄の跡地を改造した地下空間。そこに多くの能力者や行き場の無い者たちが集まっていた。
人々は熱狂し、『覇王』その名を狂ったように叫ぶ。
「覇王ッ!覇王ッ!」
「覇王様ぁ!!」
「抱いて〜!!」
それは自らの頂点に立つ絶対的君主の名。
コツコツと革靴の音を響かせて一人の青年が入ってくる。
漆黒のコートを翻し、金の装飾が刻まれたスーツを纏っている。その姿は見る者たちを圧倒するカリスマを持っていた。
悠然と玉座に腰掛け、青年が口を開く。
「我が名は覇王、この世の支配者だ」
その一声に割れんばかりの歓声が上がる。
だがその青年、高峰玲は内心冷や汗をかいていた。
(なんでこんな事になっちゃったのかなぁ…)
こうして玲の何気ない嘘は、静かに、しかし確実に世界を歪ませ始めた。
――――――――――
2025年11月25日。突如として出現した天体は月へと衝突した。月は砕け、その破片は地球へと降り注ぎ、空を赤く染め上げた。
世界は明確に“歪み”始めた。
多くの国や都市は滅び、その機能を停止させた。
海は干上がり、陸はその肌を晒した。
空は青を失い、太陽から与えられるのは濁った光となった。
――《大蝕災(エクリプス)》
それでも人類はしぶとく生き延びた。機能しなくなった政府に代わり、企業が世界を統治し始めた。
世界の歪みに呼応するかのように人智を越える力を持つ者――異能力者が次々と誕生し、その数を年々増やしていった。
世界は僅かな安定を取り戻したかに見えた――
だが企業は己の権力を拡大せんと戦い始める。科学と異能が交錯し、やがてその火種は世界を覆う炎となり、人々を絶望の淵へと追いやった。
時が経つにつれ厄災の名は新たな大陸を示すものとなった。超大陸エクリプスの誕生である。
これはその《大蝕災》から100年後のお話――
(な〜んでこんなことになっちゃったかなぁ〜……)
嘘から始まる、新たな王の話。
ご一読ありがとうございます。
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2026.6.4.20時.加筆、テンポ感の修正、