覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが“本物の覇王”にされそうなんだが?》   作:深海 星

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010 ある日の覇王

(灰域はいつ来てもテンション上がるなぁ〜!)

 

  玲は現在、灰域を気ままに歩いていた。

 いつものようにルナの目を掻い潜り、こっそりと覇王領を抜け出していた。

 その格好は普段のスーツ姿とは全く違う、カジュアルなものだった。申し訳程度にサングラスもかけている。

 今頃ルナは『覇王様がいない!!』と騒いでいる頃だろう。

 少し可哀想に思わなくもないが、いつもいつも覇王扱いされていると息が詰まる。これは仕方のないことだった。

 

(コラテラルダメージだ……許せルナ……!)

 

 例えそれが、自身の自業自得から始まった事だったとしても。

 

「あ、覇王サマ。あっちにガラクタの露店がありますぜ」

 

「お、行こう行こう」

 

 その隣には共犯者であるクロガネの姿もあった。

 クロガネに対して玲は素半分、覇王半分といった態度をとっていた。

 対するクロガネの態度も忠誠半分、友人半分といった具合だった。

 

 そんな浮かれ気分で灰域を探索する二人を遠くから見つめる一つの影があった。

 黒いローブに身を包み、スナイパーライフルを担いだ長身の男。

 それは裏世界では有名な暗殺者、西里ゴノレ豪(31才)だった。

 

(ふっ……あれがターゲットの覇王)

 

 ゴノレ豪は静かに二人を観察していた。

 

(なんだ……ただのガキじゃねえか)

 

 ゴノレ豪は隠れもせず二人を追跡する。

 

(俺の能力、ナイトシーカーはあらゆる気配を消す力……それは俺と俺の触れる物全ての気配を完全に消し去る……!)

 

 目標を追跡しながら自分語りをする。ゴノレ豪の悪い癖だった。

 

(まずは……ひひ……ナイフで刺してやる……!!)

 

 ゴノレ豪は懐からナイフを取り出し、ペロ……と、舐めるのは怖いので普通に構える。

 通常ならば周囲の注目を買うような行動。だが、彼の能力《ナイトシーカー》によってその気配は完全に消えている。

 そのまま玲の背後に回り、ナイフを振りかぶった。

 

(じゃあな……覇王!!)

 

 その瞬間。玲が物凄い勢いで振り向いた。

 その手にはハンマーを持っており、ゴノレ豪の腹を直撃した。

 

「ゴルバッッッ!!!!」

 

 その衝撃によってゴノレ豪は近くにあったゴミ置き場まで吹き飛ばされた。

 

「あ、悪い……ってあれ?」

 

「おいおい、覇王サマ。流石に勢い良すぎだぜ」

 

「ああ、すまん。今何かに当たった気がしたんだが……」

 

「そうか?何も無かったと思うが」

 

 二人の様子を見ていた店主が自慢げに口を開いた。

 

「どうだい?俺特製の『加速ハンマーくん16号』は!」

 

「ああ、良い物だとは思うが……一度振ると止まらんのはちょっとな」

 

「小娘あたりが見たらキレそうな道具だな」

 

 二人の言葉を聞いた店主は『それは残念だ』と本当に残念そうに口にした。

 

「また来てくれよ〜!!」

 

 一頻りガラクタを見た二人は結局何も買わずにその露店を後にした。

 だが、目を輝かせて自分のガラクタを見てくれた二人のことを店主は満面の笑みで見送った。

 

「喉が渇いたな」

 

「……水っすか?覇王サマ」

 

 玲の言葉を聞いたクロガネは嫌な事を思い出したように少しだけ顔を顰めた。

 

「ああ、やはり喉を潤すなら水が一番だからな」

 

「まあ、そうだけどな……」

 

 クロガネは頭をぽりぽりと搔いた。

 二人が歩いた先にはコンビニがあった。

 灰域でも営業している気合の入ったコンビニである。

 

 二人は店内に入り、一直線に飲料水コーナーへと向かう。

 

(ん?これは……)

 

 そこで玲が目にしたのは、美味しそうに水を飲む覇王の写真、そしてそのラベルに書かれた『覇王様の美味しい水』の文字だった。

 

(何これ……いや、本当に何これ……)

 

 玲の頭の中はハテナマークでいっぱいだった。

 そんな玲の様子を見ていたクロガネが、その手の中にあるものを見て口を開いた。

 

「ああ、これもう流通始まったのか」

 

(は?)「は?」

 

 玲は思わず思った事をそのまま口に出した。

 

「いや、これ覇王サマが小娘に言ったやつでしょ?」

 

(何それ知らん怖ぁ……)

 

「小娘、嬉しそうに言ってましたよ。資金問題と飲み水問題が解決するって」

 

(そうなんだ……ルナすげぇ……)

 

 玲は困惑しながらも『覇王様の美味しい水』をレジへと持っていく。

 

「らっしゃせ、一点。88エンです」

 

「これで頼む」

 

「っす。これお釣りっすあざした〜」

 

 そこで店員が玲の顔を見た。

 そして思わずと言った具合に口を開く。

 

 

 

「あ、水の人だ」

 

 

 

 一瞬時が止まった。

 玲は恥ずかしさで死にそうになりながらも、染みついた覇王ムーブによってキメ顔で店員に手を振った。

 

「……すっげ〜、マジ神ファンサじゃん」

 

 店を出る玲を店員はキラキラとした目で見ていた。

 

(……水の人……水の人て……)

 

 

 

 玲がショックを受けているその背後、そこに怪しい影が迫っていた。

 ゴノレ豪である。

 

(ククク……先程はたまたま失敗してしまったが、今度こそ殺してやるぞ……!!)

 

 そうしてゴノレ豪は懐から小さな瓶を取り出した。

 

(これは無味無臭、無色透明の猛毒よ……!一口飲めばそいつはたちまち死に至る……!)

 

 そして玲がペットボトルの蓋を開けたその瞬間に、液体を流し込む。

 

(ククク……死ねぃ覇王!)

 

 玲がペットボトルを口へ運んだ。

 

(勝った!……覇王、完!)

 

 勝ちを確信したゴノレ豪は高らかに笑った。

 

「あっ……」

 

 その瞬間玲の手からペットボトルが滑り落ちる。

 そして玲は足元に落ちたペットボトルを、思わず反射的に蹴り上げた。

 それは勢いよくゴノレ豪の大きく開いた口に吸い込まれていった。

 

「ぶぶぶぶぶぶ!?」

 

 ゴノレ豪は勢いそのままに中身を飲み、慌ててペットボトルごと吐き出した。

 

「死ぬ〜!!死んじゃう〜〜〜!!!」

 

 ゴノレ豪は首元を抑えながらその場でのたうち回り、吐き出したペットボトルは排水溝へと吸い込まれていった。

 

「あ〜あ、何やってんの覇王サマ」

 

「……ああ、すまん……今変なところで跳ね返らなかったか?」

 

「そうか?気のせいでしょ」

 

「……そうか」

 

 そうして仕方なく水を買い直しに行った玲は、店員に握手を求められ、表面上快くそれに応じたのだった。

 

 

 

 

 ぶらぶらと歩いていた玲の目にいつかの露店が目に止まった。

 

「いつかの店主ではないか」

 

「ん?おっ!いつかのにいちゃん!!」

 

 それはライトロッドを買ったあの店だった。

 店主は玲の隣のクロガネに気がつくと、意外そうな顔をした。

 

「おお、クロガネじゃないか。お前が誰かと一緒にいるなんて珍しいな」

 

「まあな、今はこいつんとこで働いてんだ」

 

 その言葉に店主は驚く。

 

「へぇ〜、あの人嫌いがねぇ……」

 

 ジロジロとクロガネを見る。

 一通り見た後に今度は玲を見た。

 

「それにしても、にいちゃんどっかの企業のお偉いさんかい?」

 

「俺?俺は覇王だ」

 

 その言葉に店主は目を見開いた。

 そして嬉しそうな顔をして、玲の手を取り上下にぶんぶんと振る。

 

「いやぁ、あんたが覇王だったのか!覇王が現れてからこの辺りの灰域は随分と治安が良くなったよ!」

 

 それは心からの感謝の言葉だった。

 

「なに、俺は何もしていない」

 

 玲は本当に何もしていなかった。謙遜ではない心からの言葉だった。

 

「それでも……ありがとう」

 

「……その言葉、素直に受け取っておこう」

 

 玲の言葉を聞いた店主は笑みを深くした。

 

「さあ、なんでも見てってくれ!サービスさせてもらうよ!!」

 

 そう言って、いつかのように自分の商品を自慢げに語り出した。

 

 

 店主の話を楽しそうに聞いていた玲を、少し離れた場所から見る影があった。

 ゴノレ豪だった。

 

(ククク……なんとか解毒薬が間に合ったぜ……)

 

 念のために懐に忍ばせておいた解毒薬を飲み、急死に一生を得ていた。

 

(今度こそ確実に殺す……!!)

 

 ゴノレ豪は背中に背負っていたスナイパーライフルを、構えた。

 

(ククク……この俺に銃を使わせるとはな……だが、俺様は銃を使った時は失敗したことがないんだよぉ!!)

 

 そうしてゴノレ豪がスコープを覗き込む。

 

(死ねぃ、覇王!!)

 

 その射線が玲に向いたその時だった。

 

(ば、ばかな……!!)

 

 そこに見えたのはゴノレ豪に向かって銃を構える、玲の姿だった。

 それも既に指を引き金に当て、発砲する直前だった。

 

「ちょ!ま……!」

 

 次の瞬間、辺り一帯に轟音が鳴り響いた。

 音に驚いた鳥たちが一斉に羽ばたく。

 

「ハヒュー……ハヒュー……」

 

 ゴノレ豪は震えていた。

 

(ば、化け物だ……!)

 

 能力を使ったゴノレ豪は人生の中で一度として気取られた事がなかった。

 にも関わらず、あの男は的確にゴノレ豪を見て威嚇射撃をしてきた。

 それはつまり、いつでも殺せるというサインだった。

 

(もうダメだ……勝てるわけが無い……!)

 

 恐怖心。絶望感。

 裏の世界に生きる内にいつの間にか失っていたそれを、あまりにも鮮明に思い出していた。

 ゴノレ豪は暗殺者から足を洗う事を決心した。

 

(ありがとう、覇王さん。私に表の世界で生きろ。と、そう言って下さるのですね……)

 

 その目は未来への希望に溢れていた。

 もう彼に《ナイトシーカー》は必要なかった。

 

(世界って、こんなに綺麗だったんだ!!)

 

 ゴノレ豪の心の中は晴れ渡っていた。

 スキップまじりに歩く彼を、周囲の人々は奇怪なものを見る目で見ていた。

 

 

 

 

「どうだいにいちゃん!効果抜群だろう?!」

 

 店主は目を輝かせて玲を見ていた。

 

「ああ……だが少しうるさすぎるぞ」

 

 玲の手にある物。それはいつかの音だけデカい銃だった。

 

「そうなんだよ、だから最新作は音量調整のツマミを付けた」

 

「そう言えばこの銃はクロガネが作った物だったなぁ」

 

「……なら余計に買う必要がないな」

 

 玲は銃を元の場所へと戻した。

 

「やはりこれだな」

 

 そう言って機械の棒、ライトロッドを手にする。

 

「わかる」

「わかるわ〜」

 

 店主とクロガネはうんうんと強く頷く。

 玲はライトロッドを二本買い、その店を後にした。

 

「じゃあな!にいちゃん!クロガネ!また来いよ〜!!」

 

 そうして覇王の一日は終わっていく。

 暗殺者を退けたことなど知る由もなく――

 

 なお、帰った後クロガネだけルナにきつく説教されたのは言うまでもない。




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