覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが“本物の覇王”にされそうなんだが?》 作:深海 星
あのCMが放映されて以来、覇王の存在は世間に一気に知れ渡った。
これまでは街を歩いていても特段見向きもされなかったのだが、今では――
『あ、水の人だ』
と指を差されるようになってしまった。
今までは“覇王”という言葉だけが独り歩きしていたが、今回の件で覇王の顔が知れ渡ったのだ。
玲は薄々、『自分は引き返せないところまで来ているのでは?』と感じ始めていた。
両手を広げても埋めきれないベッドに横たわり、額に手を当て考える。
それは“あの日”のことと“これから”のこと。
(……あの日、ルナに出会った日のことを後悔はしていない)
それだけは間違いなく言い切れた。
あの日、死にそうに見えた彼女は日に日に活力を取り戻し、今では玲の知らぬところで勝手に走り回っている。
大変喜ばしいことだ。だが――
(俺はこれからどうする?)
自分が与えたもの以上を返してくる少女。少なくとも玲はルナのことをそう思っていた。
玲はベッドから立ち上がり、寝間着から普段のスーツへと着替える。
(考えても仕方ないか)
頭を振るい、部屋の外へと続く扉に手をかけた。
少なくとも今は、それ以上の結論は出せなかった。
扉の先では慌ただしく隊員たちが走り回っていた。
玲を見つけると立ち止まり、声をかける。
「あ、覇王様!」
「覇王様俺たち今回もやりますよ!」
「覇王様!おはようございます!!」
玲は覇王の仮面を被り、一人一人丁寧に対応する。
良い顔をして去っていく隊員たちを見て、玲は彼らとの出会いを思い出していた。
なんの希望も持てず絶望にくれる者、ただ力を持て余し暴れることで何かを解消しようとしていた者、様々な者がいた。
そして皆が共通して“楽しそう”では無かった。
だからつい言ってしまったのだ――
『共に来い』
と。
それは覇王としての演技でもあり、玲個人の本音でもあった。
今の彼らを見ていると、もう少しこのままでもいいか。と思えてしまう。
その顔には本人も気づかぬうちに笑みが浮かんでいた。
玲は先程よりも軽い足取りで、宛もなく歩き出した。
――――――――――
覇王城地下一階。
そこにある会議室には30名ほどの隊員たちが集められ、綺麗に配置された三人掛けのテーブルに座っている。
その最前には、ルナが堂々と立っていた。
ルナは全員が居るのを確認し、口を開く。
「先日、覇王様は言われました」
少し溜めを作り意味もなくゆっくりと歩く。
「野菜が欲しい……と!」
『おお!』と隊員たちから感嘆の声が響く。
多くの者の手は強く握られていた。
現状、食料は畜産系の企業からの購入が殆どであり、皆新鮮な野菜を食べたくて堪らなかったのだ。
ルナはその様子を眺め、満足気に大きく頷く。
「そこで、我々の次の作戦はこうです!」
ルナが手を叩くとホログラムが起動した。
そこに映し出されたのは高尾マウンテンだった。
「その名も……」
隊員たちがゴクリと唾を飲み込む。
映像が拡大され湖畔が映し出される。そしてその隣に広がる広大な畑が現れた。
「『高尾マウンテン畑化計画』です!」
ルナは腰に手を当て胸を張り声高に宣言した。
最前列で思案顔をするマテタを除き、隊員たちは立ち上がって涙を流しながら拍手をした。
「流石は覇王様や……!」
「野菜が食える……!!」
ルナは皆を落ち着かせ、席につかせる。
一息置いて口を開いた。
「そして覇王様はこうも言われました……」
ざわざわ……
「外から敵が来る……と!」
「なん……だと!?」
「本当なんですかルナ様!?」
「本当です」
ざわめきが広がる。だがそれは悲観的なものでは無く、皆の目には闘志が宿っていた。
再び手を叩くとホログラムは敵の予想進行ルートを表示した。
「そこで今回の作戦は部隊を2つに分けて……」
ルナがそこまで口にした時だった。
その言葉を遮るように、一人の隊員が自身の黒髪を揺らし、勢いよく立ち上がった。
マテタだった。
「お待ち下さいルナ様」
ルナは眉をピクリと動かす。
「なんですかマテタ……まさか覇王様のお言葉に異を唱える気ですか?」
その言葉で空気が張り詰める。だがマテタはそれに怯むことはなかった。
「果たして覇王様の意図はそこでしょうか?」
「……どういうことです?」
「では説明いたします」
マテタは立ち上がり、ルナの元へと歩みを進めた。
「まず、今回の二つのお言葉は一見別々の意図がある様に見られます。ですが……」
そしてホログラムの前に立つと、専用のペンで何やら書き込み始める。
「ここが戦闘予想区域、そして……」
そのまま少し上の建物でペンが止まった。
「ここにヘリックスバイオテック、通称HBT社のバイトプラント跡があります」
おお、と感嘆の声が漏れる。ルナも神妙な面持ちで聞いている。
「ここは破棄されたとされていますが、人影を見たとの情報が多くあがっています」
「つまり何者かがプラントを動かしている可能性が高い……と?」
「その通りです。そして覇王様はきっと、こうおっしゃりたかったのでしょう」
手を広げ芝居がかった動きで声高に叫んだ。
「敵を排除しバイオプラントを確保せよ――とね!!」
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
「なるほど……」
ルナは思案する。
一理ある、と。
今から畑を耕しても、すぐには収穫は出来ない。だが、既にある破棄されたバイオプラントならば時間を短縮できるかも。
しかも、現在も稼働状態にあるかもしれないと来た。
ならば、その案に乗っからない手はなかった。
「素晴らしい提案です……で、この作戦に名前はあるのですか?」
「勿論です」
マテタはニヤリと笑い、ホログラムに文字を書き込む。
「オペレーション・デメテル!!覇王様に神の如き恵みをもたらすのです!!」