覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが“本物の覇王”にされそうなんだが?》   作:深海 星

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014 九条の刺客

 薄暗い夜の灰域。

 そこを重力を忘れたかのように浮遊し、静かに移動するモノがあった。

 闇に紛れさせるように黒く塗られた車体。その側面には九条の社紋が描かれている。

 九条の誇る浮遊式装甲車《黒式・改》だ。

 ステルスに特化したその形状は、ありとあらゆるソナーを妨害し科学の目を掻い潜る。

 それが五台ほど、一列に並び目標へと向かっていた。

 その先は当然、覇王領である。

 

「ふっ、迅の奴が隊長を降ろされるとはな。まあ当然だろうな」

 

 その最後尾を走る車両。八人乗りのその車内には、二つの部隊員が半々に乗っていた。

 そのうちの一つ特殊強撃部隊・鵺。

 その隊長である猿渡が小馬鹿にした口調で呟いた。

 

「大体覇王如きぽっと出の小物相手に何度しくじるんだ」

 

 なあ、と周りに同意を求める。その言葉を肯定するように周りの隊員たちはクスクスと笑った。

 

「お前たち能力者部隊は偉そうにしてる割には弱い。能力にかまけ過ぎる節があるからな」

 

「まさしく」

「その通りですな」

 

 笑い声は大きさを増していく。

 それをもう片方の部隊である対能力者部隊・黒狼の新隊長、水野は静かに聞き流していた。

 気持ちよさそうに笑っていた猿渡も、期待していた反応が返ってこないことに苛立ち始めていた。

 

「おい、なんとか言ったらどうなんだ?“新隊長”さんよぉ!」

 

 苛立ちをぶつける様に座席を蹴り上げる。

 子どもの癇癪のような幼稚な行動。

 それに対して水野は短くため息を吐いた。

 

「……お前たちも覇王に会えば分かるだろうよ」

 

「なにぃ!?この期に及んでまだ言い訳が出るとはなぁ!!」

 

「御託はいい。今は覇王軍を倒すことだけを考えるんだな」

 

「んだと、この失敗部隊どもが!!」

 

 かつては九条の中でも一番の成果を上げていた黒狼も、ここ最近、立て続けに任務に失敗したことで今やお荷物部隊と言われるようになっていた。

 特にその活躍を妬んでいた者たちからの嘲笑は酷いものだった。

 水野の物言いに猿渡は拳を震えるほど強く握る。一触即発の気配が漂ってきた。その時だった。

 

『水野隊長!前方から何やら不審な影が迫っています!!』

 

「何だと?」

 

 それは本部の管制室からの通信だった。

 直後に車内モニターに映像が浮かび上がる。

 先行させていたドローンからのリアルタイム映像だ。

 そこに映っていたのは砂煙を巻き上げて、堂々とこちらに向かってくる装甲車の一団。

 黒い王冠のマークが入ったそれは間違いなく覇王軍のものだ。

 水野は思わず小さく笑う。

 

「流石は覇王。急襲のことなどお見通しと言うことか」

 

 水野の頭にはあの時見た覇王の姿が思い浮かぶ。

 細められた目、こちらを突き刺すような眼光、堂々とした出で立ち。

 戦場の中にあって、まるで緊張した様子が無い。

 そして何よりもあの《赤い死神》の怯えた姿。

 半年ほど前、水野は《赤い死神》の捕獲命令を下されて対峙したことがあった。

 ただ一人の少女に壊滅されられた部隊。

 命こそ奪われなかったが、それはただの気まぐれであり、運が良かったに過ぎないと理解していた。

 その為、あの少女の強さは身にしみて理解していた。

 それ故に覇王の存在の大きさが感じとれた。

 

 だが、覇王を直接見たことが無い猿渡からすれば理解しがたい出来事だった。

 

「おいおい、なんでこっちの動きがバレてんだぁ?おかしいだろうが」

 

 九条自慢のステルス装甲車での侵攻、しかも作戦は秘密裏に行われている。

 

(作戦命令が下ったのが二時間前だぞ?俺たちですら寝耳に水だった。なのに何故それを敵が知ってやがる……)

 

 普通なら内通者を疑う場面。だが水野の反応はやけに落ち着き払っている。

 

「まさかお前が内通者じゃないだろうなぁ?」

 

「まさか、だが覇王ならこの程度やるだろう。奴は……不気味だ」

 

 そう。覇王は別に特別強そうには見えない。

 確かにオーラはある。圧はある。

 だが見た目はただの青年である。

 なのに無視できない。

 一般人だと言うには堂々と“しすぎている”。

 それに《赤い死神》があれ程までに恐れ、敬う存在だ。

 故に水野は覇王ならばこの作戦を看破していてもおかしくないと考えていた。

 

(覇王、やはり知力タイプの王か)

 

 迅が力で負けるなぞ、水野は想像もできない。

 それ程に迅の実力は飛び抜けたものだった。

 少なくともあの時だって迅は力で負けた訳ではなかった。

 タイミングだ。

 奴はこちらの心の隙を見つけるが如く、神がかったタイミングで現れた。

 あれは間違いなく、計算によるものだ。

 

「おい!水野!意味が分かんねぇぞ!!」

 

「じきに分かるさ」

 

 ドローンからの映像が途切れる。

 敵に撃ち落とされたようだ。

 

 異様な雰囲気。

 水野だけでは無い。黒狼全員から感じる異様な緊張感。

 猿渡の、そして鵺全員の背中に冷たいものが伝わる。

 

(なんだ、この重苦しい空気は……)

 

 猿渡は自分たちが藪蛇につついているのでは無いかと思い始めていた。

 だが、あれだけ迅を馬鹿にしたのだ。

 今更怖気づけば今度は自分が笑いものになる。

 そう考え無理やり自身を奮い立たせた。

 

「おら!お前たち、ビビる必要はねぇぞ!こっちには最新の武器があるんだからよぉ!!」

 

「は、はい!隊長!!」

 

 その一声で鵺の部隊員たちは平静さを幾分か取り戻した。

 猿渡がただのイキリ野郎では無いとその光景を見れば察することができる。

 

『水野隊長!間もなく接敵!!』

 

「了解した。総員戦闘態勢に入れ」

 

「「「「了解!」」」」

 

 覇王軍はもう、すぐそこまで迫っていた——

 

 

 

 

 

 

 それは凡そ戦闘と呼べるものではなかった。

 ありとあらゆる攻撃は地面へと落とされ、少女の前に全てが跪いた。

 最初から全力のルナを前に迅の居ない彼らに対抗する術は無かったのだ。

 

「覇王様のお野菜に群がるコバエ共め……そこで一生反省してなさい」

 

 それだけ言って、ルナは車に乗り込んだ。

 そして装甲車は再び走り出していった。

 よく見れば装甲車の側面には農機具が括り付けられていた。

 

「なんなんだ……なんなんだアイツらはよぉッ!!!」

 

 猿渡は思い切り地面を叩いた。

 自慢の銃火器も意味をなさず、全て地面へと叩き落とされた。

 まるで相手にならなかった。

 ただ、邪魔だったから。ついでに。まるで虫を払うかの如き気軽さだった。

 ルナの興味のない目線、そしてすぐに去っていった姿が、お前たちはオマケだったのだと雄弁に語っていた。

 今まで自分たちが相手にしていたのがただの雑魚だったのだと、その身をもって知ることとなった。

 

「これが覇王の力であり、赤い死神の力だ」

 

 いつの間にか側に立っていた水野を見上げる。

 その目には諦観の念が見えたが、同時になにか燃え滾るものも見えた気がした。

 

「覇王……化物め……ッ!」

 

 猿渡は地面を握りしめた。

 完敗だった。

 情報でも、力でも。

 水野のあの態度が今では少し、理解できるような気がした。

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