覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが“本物の覇王”にされそうなんだが?》 作:深海 星
覇王城の一室。
特別豪奢な部屋の中で、玲はいつものようにソファに座り、膝上の猫を撫でていた。
猫の名前についてはひと悶着あったが、結局玲の付けた『シロ』に落ち着いたのだった。
シロは玲の膝の上で、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
そこへルナが扉を勢いよく開けて入ってきた。
その顔には笑みが浮かんでいた。尻尾が有れば千切れんばかりに振っているだろうと、容易に想像がついた。
「覇王様っ!新鮮なお野菜をお持ちしました!!」
「そうか!」
その言葉に、玲は待ってましたとばかりに喜色をあらわにした。
(久しぶりのサプリじゃない本物の野菜だ!)
ここ暫く不作の影響も手伝い、野菜が高騰していた。
その為その分の栄養素をサプリメントで補っていたのだ。
(きっと手に入れるの大変だったろうなぁ……)
玲は感涙にむせぶ思いだった。
だが、そこでルナが何も持っていないことに気が付く。
「野菜は何処だ?」
威厳を感じさせる低い声でルナに問いかける。
だが、その声は普段よりも少し高かった。
「はい、お野菜は別室に用意してあります!」
(それもそうか。別にここに持ってくる必要はないもんなぁ)
ルナはずい、と頭を前に出した。
玲はその頭をわしゃわしゃと雑に撫でた。
髪が乱れる事も気にせず、ルナはただ気持ちよさそうにそれを受け入れていた。
「よくやったぞ!ルナ」
「えへへ……頑張りました」
ルナはぼさぼさになった自分の髪を、照れくさそうに撫でた。
「では案内してくれ、野菜の下へ!」
「はい!覇王様!」
玲は扉の先へと歩みだした。
その後をルナは髪を指で整えつつ追いかけた。
(……なにこれ?)
玲は野菜が保管されているという部屋に案内された。
だが、そこで玲が目にしたのは想像を絶するものだった。
そこにあったのは、確かに野菜だった。
車輪のついた1メートルほどのナス。
根っこが触手のように蠢いている、腰の高さほどまである玉ねぎ。
なぜかシャドーボクシングをしている2メートルはある人参。
もはや地獄絵図だった。
「ルナ……これは?」
「はい!お野菜です!」
自信満々に答えるルナ。
その表情は、これが常識的な野菜であるのだと1ミリたりとも疑っていないようだった。
(そうか……これはお野菜なのか……)
玲は自分を無理やり納得させた。
(いや、これは野菜ではない)
無理だった。
その時、部屋の外から何者かの足音が聞こえた。
玲が振り返ると丁度マテタが部屋に入ってきたところだった。
マテタは玲に気がつくと、満面の笑みを浮かべた。
「これは覇王様!いやぁ、まさか覇王様があそこまでお考えだったとは……このマテタ流石にそこまでは考えが至りませんでしたよ!」
マテタは少し早口でそうまくし立てた。
その言葉にルナはうんうんと、強く頷いていた。
「ほう?」
玲は何も理解していなかったが、とりあえず条件反射的に返した。
何をどう取れば野菜がキメラ生物になり、一体何があそこまでお考えだったのかさっぱりだったのだ。
しかし、マテタはそれを『覇王様は自分を試している』と受け取った。
「覇王様もお人が悪い、」
そして饒舌に話し始めた——
———————————————
九条の刺客を一蹴したルナたちは、目的地である
その周辺は酷く荒れており、人の影すら見当たらず、辺りには重苦しい空気が漂っていた。
放棄されてからあまり時間が経っていないせいか、建物自体は綺麗に保たれており、それがまた不気味さを助長していた。
だがそんなことは関係ないと、皆ずかずかとその建物へと踏み込んでいく。
彼女たちにとって多少不気味なことなど些末なことだったのだ。
早く覇王様に褒められたい、そんな考えが胸中に渦巻いていた。
ルナは入口にあった配電盤を弄る。
「電気系統は……生きていないようですね」
「大丈夫ですルナ様。このような時の為にクロガネから道具を預かっています」
赤井は水筒サイズの筒を取り出した。
「クロガネから……?」
クロガネの名を聞いてルナは胡乱げな顔を浮かべた。
赤井が筒をくるくると回し蓋を外すと、透明なクロガネの像が現れた。
ルナは苦虫を噛み潰したような顔をした。
クロガネの像はライトロッドを構え、これでもかとキメ顔をしていた。
内部には電球のような物が透けて見え、これが光るのだろうと容易に想像できた。
赤井はそんなルナの様子には気が付かずに、スイッチを入れた。
途端に昼間のような明るさに包まれる。
「おお!明るい!流石はクロガネ製だ!!」
(こんなに明るいのに眩しくない……なんか逆に腹がたちますね……)
ルナの心中は複雑だった。その頭にはクロガネが両手でピースをしながら笑っている姿が思い浮かぶ。
(帰ったら絶対に文句言ってやる)
ともあれ、これで探索の障害はなくなった。
全員で人気のない館内の探索を始める。
3階建ての建物はすぐに探索が終わった。
各階に3〜4の部屋があり、それぞれの広さはそこそこであったが、物はほとんど撤去されており大した成果は得られなかった。
皆が諦めの表情を浮かべ、「覇王様の予想も外れることもあるか」と肩を落としていた。
だが、マテタの頭には疑問符が浮かんでいた。
「おかしいですね」
「そうか?放棄されたプラントだしこんなもんじゃないのか?」
黒井の言葉にマテタは鋭く反応した。
「そこですよ!」
「え?な、なにが?」
「ですからここはバイオプラントのはずなんですよ。なのにまるで役場のような部屋しか存在してないじゃないですか!」
その言葉に皆ハッと息を呑む。
それもそうだ。ここはHBT社のバイオプラント跡。
つまりは“工場”なのだ。
にも関わらず、その形跡が一切ない。
「そうだ!おかしいじゃないか!」
資料が無くなるのは理解できる。
だが、建物が残っているのに工場の痕跡が消えているのはおかしい。
「覇王様が読み違えるハズがありません。つまり、ここには何かが隠されている……!」
「な、なるほど……!でも、どこに?」
「う、それは……まだ分かりません……」
その言葉に再び全員が肩を落とす。
結局振り出しに戻ってしまった。
そこで今度はルナが何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば……覇王様は正確には“敵が来る”とは言ってませんでした」
皆がルナを見る。
「ただ『野菜が欲しい』『動き出した』『外へ向かう』——そう言っていたのです」
その言葉を聞いたマテタは思案していた顔をバッと上げた。
「なるほど……!流石は覇王様!」
その顔は上気しており、目には少し狂気の光が宿っていた。
「分かったのかマテタ!」
「ええ、黒井さん。このマテタ、完全に覇王様の意図を理解しました」
マテタは小さな円盤を床に投げ落とした。
その円盤からホログラムモニターが起動し、皆の前に画面を映す。
手元に出現したホログラムキーボードを操作してマテタは話を始める。
「まずは覇王様の『野菜が欲しい』との発言。これはそのまま食料問題の解決、そしてこのバイオプラントを指しています」
モニターにはマテタの言葉が簡潔にまとめられていく。
「そして『動き出した』これは間違いなく九条の部隊のことでしょう」
そこでキーボードから顔を上げる。
皆はマテタの言葉を真剣に聞いていた。
「では、最後の『外へ向かうようだ』ですが——我々はこれを九条の部隊のことだと思っていました」
ですが。と続ける。
「もしこれが今の状況を言い表したものだとすれば?」
「なんだと!?」
「つまりどういう事なんだマテタ!」
黒井と赤井が声をあげる。
その様子を見てマテタはフッと口角を上げた。
「もしかすると覇王様は正確にはこう言われたかったのかもしれません……『外へ向かうと良い』——とね!」
「確かに……よく思い出せばそう言っていたかも」
ルナはその時のことを正確に思い出そうと、小さな手を顎に当てて思案する。
思い出そうとすればするほど『外へ向かうと良い』と言っていた気がしてきた。
そして自分の中で完全に記憶を置き換えた。
「うん、よく思い出せば覇王様はそう言っていました」
「おお!ルナ様がそう言うなら間違いない」
「ルナ様が言うなら合ってますね!」
「ルナ様の記憶に間違いありませんよ!」
マテタは満足そうに頷く。
「つまり、この状況すら覇王様の手の中なのです!そして答えは外にあります!!」
「「「「おお!!」」」」
「さあ!外に向かいましょう!!」
「「「「了解!」」」」
マテタを先頭に建物の外へと向かった。
全員で外を探索し、しばらく経った時、黒井が大きな声を上げた。
「おーい!ここに小さな建物があるぞ!」
その声を聞いて全員が黒井の下に集まる。
そこにあったのは小さな公衆トイレのような建物だった。
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