覇王なんてもう辞めたい   作:深海 星

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002 覇王領

 

 自らを覇王と崇める者たちから解放され、玲は自室へ戻っていた。

 

「はぁ〜…疲れた」

 

 玲はため息を吐き、ルナが何処からか持ってきた高級ソファーへ深く沈み込む。

 あの日から、ルナは玲の後をついて回るようになった。

 絡んできた能力者たちをルナが薙ぎ倒し、何故か俺の前に跪かせ、

『この方こそ……世界を統べる覇王様……従わなければ殺すから』

 そんな事を言うものだから、次から次へと玲を覇王と呼ぶ者が増えていった。

 しかも猫でも拾うような気軽さで仲間を増やしていった。

 後から知った事だが、ルナは能力者の間では有名な存在だったらしい。彼女の実力が俺を覇王と信じさせる要因となっていた。

 

「大体覇王ってなんなんだよ。意味わかんねぇ〜」

 

 あの日、暇つぶしについた嘘とも言えない滑稽な言葉。

 その嘘によって玲は苦しめられていた。

 

「はぁ」

 

 何度目か分からないため息を吐いた時、ドアがノックされ一人の少女が入ってくる。ルナだった。

 ノックされた瞬間に玲は背筋を伸ばし、覇王としての仮面を被る。

 

「覇王様、ご報告があります」

 

「聞こう」

 

「本日、セタガヤ西区が制圧完了しました。」

 

 そう言ってルナが資料を差し出す。

 玲はそれを一瞥し、ルナを見る。

 

「ほう、西区を制圧したか」

 

「これでセタガヤ区は制圧完了……全ては覇王様の計画通りです」

 

「ふん、制圧完了したか、流石だな」

 

 

 

 

 

 

 (待て待て待て!セタガヤ区制圧?なんで?セタガヤ区なんで?)

 

 覇王の威厳を持って答える玲。それに満足そうにしながら話を続けるルナ。

 だが、玲の内心は渋面を浮かべていた。

 

「……これで覇王領はまた広がりました……全ては覇王様の意のままに」

 

 覇王領。

 ルナが能力者たちを連れて、覇王様の領地と言って制圧する地の事をどうやらそう呼んでいるらしい。

 無駄に治安がいいからと移住してくる人間まで居るそうで、玲の知らぬところで拡大を続けている。

 

 (全然意のままじゃ無いんですけど…ああ、胃が痛い)

 

 玲はまたも自分の知らぬところで領地が増えている事に胃をキリキリとさせていた。

 報告の終わったルナが静かに何かを待っていた。その機械のように冷たい顔からは感情を読み取る事はできない。

 だが、ここまでの付き合いで玲にはそれが何を意味するのか分かっていた。

 

「よくやった、流石ルナだ」

 

「……ん」

 

 そう言って頭を撫でると、普段は人形のように感情を見せないルナが、その時だけは僅かに目を細める。

 

 

 一通り撫でられて満足したのか、ルナはまた無機質な顔に戻り部屋を出ていった。

 再び一人になった部屋で玲はぽつりと呟く。

 

「覇王なんてもう辞めたい……」

 

 

 

 

 

 ネオトウキョウ・シブヤ区。そこは大企業――九条インダストリアルが納める街。

 軍事産業が活発なこの都市は他の街に比べ、かなりの治安の良さを誇っていた。

 そして住む者たちの最近の話題の種は“とある噂”だった。

 寂れた居酒屋。そこそこ客も入っているその店で二人の男が酒を交わしている。

 

「聞いたか?セタガヤ区も覇王領になったらしい」

 

「ああ、聞いたよ。なんでも九条も狙っていた赤い死神《星葬(ネメシス)のノア》が大暴れしてんだろ?」

 

「ああ、しかも奴は例の“覇王様”にご執心らしい」

 

「このシブヤ区にもそのうち来るのかねぇ」

 

「無いとは言えねぇな、幾ら九条があるとは言えあの“赤い死神”だからな」

 

「怖い怖いねぇ」

 

そこに二人の話を聞いていた青年が割って入る。

 

「でもよぉ、その覇王領ってのはこのシブヤ区よりも治安が良いんだろぉ?」

 

「そうらしい、嘘くさいもんだがな」

 

「ならいっそ俺たちも先に覇王領にいっちまう方が良いんじゃねぇかなぁ」

 

 それはあまりにも突飛な発言。企業である九条インダストリアルの庇護下から出るなど自殺行為に等しい。

 

「……」

 

 だが、誰もそれを笑えなかった。

 何故なら相手はあの赤い死神なのだから。

 窓の外では、天を貫かんとする高層ビルの赤い光が怪しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 そのビルの最上階。九条インダストリアル本社の会議室には三人の影があった。

 

「覇王領……下らんと言い切るには些か勢力を広げすぎていますね」

 

 灰色のスーツを身に纏った細身の男が静かに呟いた。

 それを聞いた高級な和服に身を包んだ恰幅の良い老人が口を開く。

 

「ふん、覇王などと大層な名を語りおって。早急に軍を手配しろ」

 

「しかし相手にはあの“赤の死神”が……」

 

 細身の男の言葉を遮るように老人は机を叩き立ち上がる。

 

「だいたいお前の部隊があの小娘を始末せんかったからこんな事になるんじゃろ!!」

 

 そう言って壁にもたれかかった九条の紋章が入った戦闘服を着た黒髪の男に怒号を飛ばす。

 

「それはそうだ」

 

 男はまるで他人事のように笑う。

 

「ジジイ、俺に任せろよ今度こそ俺とその部隊《黒狼》が死神ごと覇王とやらも屠ってやるよ……!」

 

 男はそれだけ言い残すと、まるで影のように床に溶けて姿を消した。

 

「ふん!勝手な男じゃ」

 

「しかし彼の実力も確かです。覇王の力を見極めるのには丁度良いかと」

 

 老人はその言葉に不機嫌そうに『ふん』と喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

 玲は高級ベッドに寝転がり眠りに入ろうとしていた。

 しかし先程から何やら外が騒がしい。

 

 (まあ良いか。俺には関係ないし〜)

 

 いつものように能天気に考え、部屋の明かりを消そうとしたその時だった。

 勢いよく扉が開いた。入ってきたのは何処か慌てた様子のルナだった。

 

「……覇王様……このような時間に申し訳ありません」

 

「構わん、何の用だ」

 

 玲は一瞬で覇王の仮面を貼り付ける。

 

「九条が動きました……直属の対能力者部隊、黒狼です」

 

「ほう、九条が動いたか」

 

「狙いは……私、そして……覇王様です」

 

「ふん、成程な」

 

 冷静な玲を見てルナはいつもの調子を取り戻す。

 だが、玲の内心は全く別のものだった。

 

(なんでぇ?俺しぬんか?嫌じゃ!死にとうない〜!!!)




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