覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが本物の覇王にされたんだが?》 作:深海 星
玲は素早くスーツに袖を通し、玉座の間(ルナ命名)へと足を運ぶ。
そこにはかつてないほど慌ただしく走り回る能力者たちで溢れていた。
「防衛班との通信が途絶しました!!」
「それで……相手の正体を見た者は?」
「それが、まともに姿を見た者がおらず……具体的な情報は何も」
「……そう」
ルナはそう呟くと、指示を出し始めた。
「……あなたたちは防衛班の増援へ……あなたは敵の正体を観測して」
その様子を玲は玉座に座り眺めていた。
「ククク……」
この状況下でも余裕を崩さないその態度に、皆は畏敬の念を覚えた。
(笑うしかねぇや)
その内心までは知る由もない。
「覇王様……敵は正体不明……おそらく単独だと思われます」
「ふっ、命知らずな奴だ」
玲は足の震えを必死に抑え込んでいた。
その時、備え付けられている通信機がけたたましい音を鳴らす。
近くにいた者が通信に出る。
「こちら玉座防衛隊。何用か」
「はぁはぁ……はぁ……壁……何かが……違ッ……!!」
「何!?もっと要点を話せ!!」
「……ズレッ…………後ろッ………………ザザー」
「おいっ!?おい!応答しろ!!おいっ!!!」
通信からはノイズと風切り音が聞こえてくるだけだ。
(えぇ……こわぁ……)
ついに外からも破壊音が玉座まで届く。
音は確実に大きさを増していく。
通信から聞こえる音も一つ、また一つと消えていき、ついには不自然なほどの静寂が辺りを包んだ。
「……おかしい」
誰ともなく呟いた。
秒針の音だけがやけに響く。
誰かが外を確認しようと扉に手を掛けた。
次の瞬間、その人間が地面へと消えた。
その場の全員が凍り付いたように動けない。
――ただ一人を除いて。
(大体こういう戦闘アニメってこの辺りで敵が出てくるんだよなぁ……)
「……来る」
(なんてね!)
玲が静かにそう呟いた。
「お前が噂の覇王サンか?」
その直後だった。
その声は聞こえてはならない場所から鳴り響いた。
玉座の前、王の御前。そこに九条のマークが付いた戦闘服を着た黒髪の男が立っていた。
「ふ……ふん、そうだが?」
玲は驚きのあまり体が跳ねるのをギリギリで抑え込んだ。
(びっくりした〜、本当に来るなよ)
見た目とは裏腹に玲の心臓はけたたましく鼓動していた。
「動じねぇな、確かに“覇王”を名乗るだけはある」
「……褒め言葉として受け取っておこう」
男が手にしていた槍に力を込めた瞬間、それまで呆けて成り行き先を見ていたルナがびくりと体を震わせ、正気を取り戻した。
「王に触れるなッ!!」
その力の本流は空間を軋ませる圧力となり、男へと向かう。
男は涼しい顔のまま沈むように床へ消える。
「チッ……移動系の能力!」
「怖いねぇ“赤き死神”ってのはお前だな?」
いつの間にか、男は玉座から離れた位置へ移っていた。
玲はルナが発した力が着弾した床を見た。
(……目の前ぐしゃぁってなってますけど)
玲は密かに震えていた。
他の者たちはあまりに高次元な攻防に手を出せずにいる。
「面白い奴らだ。殺すのは惜しいが……これも仕事でね」
男はそう言うが、立ったまま動こうとしない。
互いに一歩も動かぬ緊迫した空気が生まれる。
ルナが違和感を覚えたその時だった。
「随分と手品が上手いな」
玲の言葉に男がぴくりと動いた。
ルナからは死角になっていた左手。そこにあるはずの腕が、無かった。
(左手が……無い?!)
ルナは反射的にそこから飛び退く。
次の瞬間、床の影から左腕と槍が突き出した。
(危なかった……)
覇王の方を見る。覇王はいつものように不敵な笑みを浮かべていた。
「初見で見破られたのは初めてだよ、覇王」
「ふっ……なに、たまたまさ」
(すっげぇ、全く種が分からん。どこに売ってるんだろ。動画サイトに種明かしあるかなぁ)
男の目が覇王をまっすぐ捉える。
「覇王、貴様何を企んでいる?」
その声には純粋な疑問が含まれていた。
「……何、とは?」
「とぼけるな、領地を増やして何がしたい?企業に成り変わるつもりか?」
玲はフッと笑う。
「まさか……ただ覇王であるだけだ」
(そもそも俺が知りたい……覇王ごっこしてるだけなのに……)
玲は心の中だけで涙を流した。
「……理解できねぇ、お前は危険すぎる」
「ではどうする?」
「殺す、しかあるまい」
男が再び戦闘体制に入る。
ルナも能力を使おうとする。
(うおお!殺されたくねぇ〜!!くそっ、やけだ!!)
それを制するように覇王が口を開いた。
「貴様は何故戦う?」
男の眉がぴくりと動く。
「何故?生きる為だ」
「楽しいか?」
「……は?」
「企業に使われて、楽しいのか?」
男はすぐには答えられなかった。
「我は楽しむために生きている。貴様はどうだ?」
「……綺麗事か?飯の足しにもならん」
「だが、我は生きている」
まるで禅問答。
答える必要もない、いつもなら既に殺している。
だが、覇王の言葉には何故か説得感があった。
槍を持つ手に力が入る。
「企業に仕えるのは楽しいのか?」
「……楽しいとかじゃねぇ」
「そうか」
それだけ言うと覇王は口を閉じ、ただまっすぐに男を見ていた。
沈黙が流れる。
やがて男は槍を下ろした。
「興醒めだな、今日は帰る」
「ああ、ではな」
(良かった〜!帰ってくれた!!)
「……ふん」
(楽しいか……この時代にそんな事を考える奴がいるとはな……覇王、いずれまた……)
それだけ言うと男の体は床へ吸い込まれた。
その去り際、男はわずかに口角を吊り上げていた。
男が去って少し、少しずつ音が戻ってくる。
皆はようやく脅威が去ったと安堵のため息を吐いた。
(それにしても……企業って楽しくないのか〜)
玲だけが明後日の方向に思考していると、ルナが近くに寄ってきた。
「申し訳ございませんでした……覇王様」
その顔には珍しく悔しさが滲んでいた。
「問題ない」
その言葉にルナは安堵の表情を浮かべる。
「……だが、欲しいな」
(あの手品リモコンとか取るのに便利そうだもんな〜!)
玲は男の能力を完全に手品だと捉えていた。
だが、その言葉を聞いたルナは目を見開き、何かを会得したように小さく頷いた。
「!……はい、私も同じ意見です覇王様」
「ルナもそう思うか」
「はい……つきましては“灰域”にめぼしい者を見つけております」
「ほう、めぼしい“物”をか」
玲は玉座から静かに立ち上がった。
コートを翻し歩みを進める。
「では明日早速“灰域”へと向かう、良いな?」
「はいっ!……覇王様!」
(やったー!あれ便利そうだもんなぁ……!)
その頭の中は、完全に便利な道具を手に入れることでいっぱいだった。
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2026.6.1.16時.加筆修正
2026.6.3.2時.加筆修正