覇王なんてもう辞めたい 〜嘘から始まる世界征服〜 作:深海 星
空に浮かぶ二つの欠けた月。
その明かりが折れた煙突、崩れた研究棟、荒れた路面を照らしている。
そこを銃を持った男が逃げ惑う。
その顔は恐怖に歪んでいた。
男の死角に、小さな黒い影が生まれる。
「や、やめろ!来るなァ!!」
男の懇願も虚しく影から槍が伸び、男の首を切り落とし、男の絶叫を闇へと消した。
その様子を少し離れたコンテナの上から九条の戦闘服を着た男たちが見ていた。
逃げていた男が動かなくなるのを確認し、双眼鏡を下ろして口を開く。
「迅隊長、工場内にいた目標は全て沈黙しました」
「そうか」
迅と呼ばれた男は短く答え胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。
他の隊員たちは少し離れた場所から、複雑そうな面持ちでその様子を見ていた。
「荒れてますねぇ、迅隊長」
「この前の覇王の件で絞られてたからな」
「出たよ、覇王。放浪者の件もあるってのに……」
どこか不信感の隠せない、そんな口調だった。
「うるせぇぞ、お前ら」
「「「へーい」」」
隊員たちは各々の作業へと戻る。ある者は通信を始め、ある者は警戒へと移る。
迅は眼下を眺めながら思い耽る。
(楽しい……か)
覇王の言葉を思い出し眉根を寄せた。
(んなもん詭弁だ……)
そう結論付けるが、その顔は浮かない。
乱雑にタバコを地面へ落とし、踏みにじる。
(俺はただ、自分の仕事をするだけだ)
そこで思考を打ち切る。
そこへ赤髪の隊員が現れる。
「迅隊長、奴らやはり“野良”ですね。データベースにありません」
「そうか。だろうな」
隊員は持っていたタブレットの電源を消すと、迅の目を真っ直ぐ見た。
「……なんだ」
「迅隊長。最近、前にもまして覇王一派が勢いづいています」
「……」
「このままですと、近いうちに必ず全面対決になります」
「……何が言いたい?」
隊員の目つきが、刃のように鋭くなる。
「何故ですか?」
「何がだ?」
「隊長なら……あの時、覇王を始末できたんでしょう?」
「……買い被りすぎだ。覇王は……強い」
迅の静かな言葉に、隊員は押し黙る。その拳は、白くなるほど強く握りしめられていた。
「それでもッ!それでも……隊長なら」
「……もういいか?仕事が残ってる」
「ッ!……はい、すみませんでした」
しぶしぶと背を向ける隊員を見送りながら、迅は無意識に胸ポケットへと手を伸ばす。
(……殺せた……か)
そこには空になった包み紙しか残っていなかった。
冷たい夜風が体を撫でた。
「そうか、野良の討伐ご苦労だったな」
九条インダストリアルの最上階。部屋の中央には巨大な机が置かれていた。その上には何も置かれていない。
机を挟んで二人の男が立っている。
窓側に細身の男が、その反対には迅が立っていた。
細身の男は資料を纏め、引き出しへとしまう。
「それでいい、神代隊長。君はただ我々の命令を聞いていればいいのだ」
その目は人を消耗品としか見ていない、無機質なモノだった。
「……任務は遂行している」
迅の視線は僅かに男を捉えていなかった。
その様子を見て細身の男はため息を吐く。
「まあいい。新たな任務は追って知らせる」
そう言って出口とは別の部屋の隅にある扉を開け、その先へと消えていった。
男が消え誰もいなくなった机の先、一面ガラス張りのそこからはネオトウキョウが見えていた。
(そうだ。俺は任務を遂行するだけでいい)
迅は振り返り出口へと向かう。
(それでいい……はずだ)
その顔はやはり浮かなかった。
――――――――――
「いやですからね?覇王サマ、この機能だけは絶対に必要なんですよ!!」
賑わう店内。木のテーブルとカウンター。酔っ払いたちが話に花を咲かせ、店員は忙しなく動き回る。
新たに運ばれてきた焼き鳥からは鼻腔をくすぐる、良い匂いが漂ってきている。
「へい!ウーロン茶とビールね!!おまち!!!」
ドン!と少し雑に置かれる飲食物。
その喧騒の中の一つの席に玲とクロガネは腰掛けていた。
「ああ、ああ、分かる。分かるとも」
とは言え話すのはもっぱらクロガネの方だ。
玲の仕事はそれに適当な相槌を返すことだった。
新たに机に置かれたビールを一気にあおり、クロガネは話を続ける。
「ですからぁ!この新兵装にはね!いるんですよこの機能が!!」
「ああ、間違いない」
「良いですか?」
クロガネがずいと体を乗り出す。
「まず戦闘に入るでしょう?」
「ああ」
「そして緊迫感に包まれる」
「そうだな」
「そこでスイッチを押せばフレグランスの匂いが漂い緊張が解れる!!」
机の上に足を置き手を広げ自慢げに語る。
手を広げた衝撃で白衣がはためいた。
店員の鋭い目線が飛んでくるが意にも返さない。
「どうです!!素晴らしいでしょう」
「ああ……そうだな」
(その機能いらないと思うなぁ……)
玲の生返事をクロガネは肯定と受け取り更に続ける。
「なのに!!なのにあの小娘と言ったら……!!」
今度は泣き始め、机に頬を擦り始める。
「『なんですか……そのゴミ機能』ですって!!!これだからロマンの分からない奴はダメなんですよ!!!」
だがそれも一瞬のこと、すぐに気を取り直して先程の調子を取り戻す。
「良いですか!?戦場ですよ??」
「うん」
「銃弾が飛び交うんですよ!!」
「そうね」
「そこでフレグランス!!!」
「わぁ」
「癒されるでしょう!!!」
「されるされる」
「なのにあの小娘と言ったら!!!」
(やばい話がループし始めた)
玲は心底めんどくさそうな顔をしていた。
だがその顔には少し笑みも浮かんでいた。
スーツの襟を正し、近くにいた店員を呼び止める。
「すまない店員よ、ほどほどに強い酒をくれ」
「へい!」
程なくして酒が運ばれてくる。
「クロガネ、これでも飲んで落ち着いたらどうだ?」
クロガネは素直に酒を飲んだ。
「わらひはへいじょうですよぉ?でも小娘がですねぇ!?!?」
すでにかなり飲んでいたせいか、呂律が回らなくなってきている。
程なくして机に突っ伏し寝息を立て始める。
「フレグランスぅ……小娘ぇ……!」
何やらうなされ始めた。
(相手にしてられん、とっとと帰ろ)
玲は懐から端末を取り出し素早く操作する。
発信音がしてすぐに通話がつながった。
出たのはルナだった。
「覇王様!今どこにいるんですか!?」
「ああ、西区のたみたみにいる」
「西区!?……たみたみって、そこ居酒屋ですよね!?」
「ああ、すまんが手押し車を一台持って来てくれ。頼むぞ」
「あ、ちょっと!……覇王様!!」
玲は通信を切る。
ルナの叫びが虚しくこだました。
会計を済ませ、クロガネを担ぎ店外に出ると程なくしてルナと手押し車を押す黒髪の隊員が現れた。
「覇王様……手押し車をお持ちしました」
普段通りの無機質な顔。だがそこには不満が滲み出ており、少しだけ頬が膨らんでいた。
(すげぇ、器用なことするな)
いつもの顔のまま頬だけ膨らませる。玲は変なところに感心していた。
「すまないな、助かるよ」
その言葉にルナは少し喜色を滲ませたが、担がれたクロガネを見つけると再び不機嫌になった。
玲はクロガネを雑に荷車に乗せた。
「全くこの男は……!覇王様の手を煩わせるなんて!」
その目は侮蔑の色を含んでいた。
玲が歩き出すとルナと隊員は慌ててその後を追う。
ガクンと揺れた荷車の上でクロガネが『ウッ』と声を漏らす。
「全く……覇王様も覇王様です!……この男に甘すぎるんですよ」
「そうか?」
「そうです!……私だって覇王様と……」
もにょもにょと言葉尻が消えていく。
「まあ、そのうちな」
「!……はい!」
それだけでルナは機嫌を良くした。
「それにしても……」
玲が空を見上げる。
それに釣られてルナも空を見た。
そこには二つの月がいつものように浮かんでいる。
「水が欲しいな」
「!……分かりました覇王様」
ルナの顔は真剣味を増していく。
「分かったか」
「はい!……必ずや“水”を手に入れて見せます!!!」
ルナは手を強く握り、強く宣言した。
「え?あ、うん。……美味いのを頼むぞ」
玲はそんなルナの様子を首を傾げて見ていた。
――――――――――
当てもなく街を歩いていた迅の端末が震える。
慣れた手つきで操作し、端末を耳に当てる。
「なんだ?」
『新たな指令だ神代隊長』
「……」
『覇王が水源の確保に動き出した』
迅の眉がぴくりと動く。
『今度こそ覇王とその一味を始末しろ。出来るね?』
「……了解」
迅は通信を切り、乱雑な手つきで端末をしまう。
「……始末……か」
見上げた空には月が二つ佇んでいた。
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