覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが本物の覇王にされたんだが?》 作:深海 星
ルナは装甲車から降り、周囲を見渡す。
「六時の方向!敵影です!!」
隊員が叫んだ。
その声で振り返ったルナの目に映ったのは、這うように空を駆けるバイク『スカイライダー』に跨った集団だった。
その数、凡そ十。それら全てがこちらへ向かって突撃せんと迫る姿だった。
九条の社紋をつけたその集団は、障害物のない荒野を圧倒的な速度で迫ってくる。
その統率された動きが先鋭部隊であることを物語っていた。
だがルナは、それを見ても普段の冷静さを失うことは無かった。
「総員、《黒鎖(こくさ)》構え!!」
凛とした声が通信機を通して全隊へ響いた。
隊員たちは迫る敵へ一糸乱れぬ動きで《黒鎖》と呼ばれた黒いライフル銃を向けた。
その銃の側面には黒い王冠の紋様と下手くそなピースマークが描かれていた。
「……打て!!」
ルナは射程圏内にスカイライダーが入るや否や、すぐに射撃命令を下した。
ダムダムダムダム!!と独特な射撃音が響き渡る。
発射された弾が敵集団の目前で炸裂し、次の瞬間、黒い粘着剤が網のように広がる。
それはスカイライダーを包むように絡みつき、その制御を失わせた。
「な、なんだこれは!?」
「う、動けん……!!」
「くそっ!ふざけた武器だ!」
ある者は岩に激突し、またある者はバランスを失い地面に叩きつけられた。
だが、一部の弾は炸裂せずそのまま後方に逸れ、またその多くが回避された。
流石に先鋭。集団の勢いは止まらない。
「チッ……やはりまだ試作品ですね……」
ルナが毒づき眉根を寄せ、弾を打ち切ったライフルを捨てる。
「……各自、近距離戦へ移行せよ」
「「「「「「了解!!!」」」」」」
隊員たちはライフルを次々と捨て、各々の得物を手にする。
刀、銃、あるいは素手。その種類は様々だ。
スカイライダーは目と鼻の先まで迫り、そのまま突撃してくる。
「ふん!覇王軍め消え去れ……!!」
先頭の男が叫ぶと同時、周りには六本の炎の槍が出現し、覇王軍に襲いかかる。
――だが、それが着弾することはなかった。
「吹き飛べ〜!」
凡そ戦場に似つかわしくないのんびりとした声が響いた。
その声の主は覇王軍の緑髪の女だった。
その女が手を上げると暴風が辺りに吹き荒れた。
下から上へと吹いたその風は、炎の槍をあらぬ方向へと吹き飛ばす。
影響はそれだけには留まらない。
風の煽りを受け不安定になったスカイライダーは制御を失う。
だが流石に先鋭部隊、すぐさまバイクを乗り捨て戦闘体制に入った。
そこから先は乱戦だった。
ある者が能力を使えば、それをまた能力で返し、銃を打てば防ぎ反撃する。
お互いに一進一退の攻防。練度で勝るのは九条。だが数では覇王軍が勝っていた。
その中で圧倒的な存在感を放っていたのがルナだった。
近づく者はその力で地面を這いつくばり、弾は勢いを失い地へと落ちた。
「チッ!しぶとい奴らだ」
「やはり赤の死神が厄介だ」
「だが……他も強い……!」
先鋭部隊は苦戦を強いられており、その顔には焦りが滲み出ていた。
じりじりと覇王軍が押し始めた。
――その時だった。
「ッ!ルナ様新たな敵影!同じく六時方向に増援です!」
ルナがその能力で敵を地面に叩きつけ、顔を上げたその時だった。報告通り新たな影が見えた。
それも――
(……不味い……さっきの倍は居る……!)
今現在、数で勝るが故に押してはいるが、その優位性がなくなれば苦戦は必須だった。
「クソ!まだ居たのか!」
「もうこっちに来るぞ!!」
「不味いかも〜」
だが……対策を練る時間は無い。
新たな集団は想像以上の速度で迫り、あっという間に戦闘域まで到達すると、近くにいた覇王軍の隊員を吹き飛ばした後、ようやく停止する。
「……よう、赤い死神」
その顔にルナは見覚えがあった。先日覇王領を襲撃した九条の男、迅。ルナの頭には先日の光景が再生される。
屈辱の相手。ルナの眉根が寄せられ、手は強く握りしめられる。その額には冷や汗が滲んでいた。
ルナの能力と相性の悪い相手。今この場に最も来て欲しくなかった相手だ。
しかも新たな敵の半数には九条の社紋とは別の、黒い狼の紋様が入っていた。
(黒狼……!)
迅はスカイライダーから降り、辺りを見渡して口を開いた。
「……相変わらず大した力だ」
そしてルナを一瞥すると表情を引き締める。
「……今度は……殺す」
先程までの優勢な空気は消え去り、逆に敗戦の空気が漂い始める。
(……もう、気にしている場合じゃない)
ルナの能力は一対多とは相性が良いのだが、多対多は苦手としていた。
だが、本気の殺気を放つ迅を前に悠長な事を言っている暇はない。
ルナは覚悟を決めたように手を開き、腰の位置で構えた。
束の間の静寂。
辺りに緊張感が走り、互いに動けない。
そんな事を気にも止めず、迅はどこからか槍を取り出し構えた。
「……総員、覇王軍を殲滅せよ」
今、第二ラウンドの幕が切って落とされた。
――――――――――
装甲車の中で玲はただ一人、睡魔と戦っていた。
戦闘の余波による適度な揺れは、まるで揺籠の如く車内を揺らす。
(あ〜……すっごい気持ち〜)
この男は外の事などつゆ知らず、一人呑気に別の戦いをしていた。
時折聞こえてくる爆発音でさえ、彼にとってはオルゴールの音色のように聞こえていた。
(それにしても……)
もはや半分以上機能してない頭で思考する。
口からはよだれが垂れていた。ルナが見ていたならば、嬉々として拭き取ったであろうと容易に想像できた。
(荷物持ちの不良ボコるのに随分かかるなぁ)
いつもならば、一分もかからずに屈服させ自分の前に連れてくる。
なのに今日は随分と時間をかけている。
ただ、それは心配から来るものではなく、ただ単純に――『遅いなぁ』といった考えだった。
まあ、これに関しては普段から能力者を屈服させ連れてくる、ルナ側にも問題があるのかもしれない。
ただただ一人呑気に船を漕ぎ、今にも意識を飛ばす……そんな時だった。
(あれ……なんか静かになったなぁ)
唐突に訪れる静寂。
急に静かになると、逆に目が覚めるあの現象が起きていた。
だが、それも束の間。またすぐに衝撃(揺籠)と破壊音(オルゴール)がやってくる。
先程よりも強い衝撃は、玲を殊更夢の世界へと誘う。
(あ〜……もうらめぇ……)
もう完全に寝る。夢の中に片足を踏み入れ、幸せの微睡の中、意識を手放そうとした。
――その時だった。
(ん〜!猫ちゃんちゅっちゅっ!猫ちゃんちゅっちゅっ!!)
ふわっ……
一瞬の浮遊感。直後、今までにない強い衝撃が車内を酷く揺らす。
ガンッ!!
「んガッ!」
玲の脳は強制的に覚醒し、現実へと引き戻される。
「チッ、人がいい気分で寝てるのに……」
眉は寄り、目尻は吊り上がる。その顔は怒りに満ち溢れていた。玲は無理矢理起こされる事だけは、どうしても許せなかった。玲はメロスよりも激怒した。
そしてゆっくりと立ち上がり、扉を開けて外へと足を踏み出した。
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2026.6.4.一話を加筆修正、二話のテンポ感を修正