覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが本物の覇王にされたんだが?》 作:深海 星
車外へと踏み出した玲が最初に目にしたのは、辺り一面クレーターのように凹んだ地面だった。
捲れ、抉れ、まさに隕石の落ちた後のような生々しい圧倒的な破壊の後。
――だが、今の玲にとってそんなことは“どうでも”良かった。
(誰だ……俺の眠りを邪魔するのは……)
その姿は、悪人を裁く執行人そのものだった。
玲が辺りを見渡す。
少し先に周りとは比較にならないほど大きなクレーターを見つける。
その真ん中に二人の人間が立っているのが見えた。
(お前らか……)
その目は幽鬼の如く血走っていた。
(お前らかーーーー!!!)
そして寝起きとは思えないほどの確かな足取りで、二人の元へと歩き出した。
――――――――――
そこはもう、戦場では無い“何か”だった。
本気を出したルナの能力は敵味方関係なく、物理的な圧力となり襲いかかった。
近づく物は押し潰し、地面は抉れ、あらゆるモノを地へと落とした。
それはかの忌々しき《大蝕災(エクリプス)》を彷彿とさせた。
「くそっ!化け物め!」
「ちっ、あれが《星葬(ネメシス)》……!」
「総員、ルナ様から離れろ!」
「わ〜、危ない〜」
それは最早、覇王軍vs九条ではなくいかにルナから逃げるかに変化していた。
――ただ一人、迅を除いて。
ルナの背後から槍が伸びる。
それを紙一重で避ける。
一度見た技。だがその練り上げられた技量によって簡単には逃してくれない。
すぐさま二の矢三の矢となり、ルナに襲いかかる。
(チッ!……鬱陶しい)
しかしルナも簡単にはやらせない。時に宙に、時に伏せ、時には自分の能力に引き寄せられる事でその攻撃をギリギリで避けていた。
「ああ、もう!……めんどくさい!!」
焦れたように手を振り下ろす。
直後ルナの体が宙に浮き、戦場を見下ろせる位置で止まった。
そして目を見開き、迅に向かって右腕を翳す。
それを見た覇王軍の隊員たちは青ざめる。
「ま、不味い……!総員!待避!待避ぃー!!」
「はわわ〜」
皆、我先にとルナから距離を取り始める。緑髪の女だけはのんびりと走っていた。
その尋常では無い覇王軍の様子を見た九条の部隊も慌てて避難を始める。
だが、迅だけはそこに立ったままだった。
味方があらかた避難したのを見て、ルナが口を開いた。
「……喰らいなさい!……覇王様アターーック!!!」
技名を聞いた瞬間、迅の眉がピクりと動いた。
だが次の瞬間には、素っ頓狂なその名に似つかわしく無い破壊の奔流が辺りを包む。
まさに星の墜落。星さえ屠るその力が一点に集められた本気の一撃。
それは数トンある装甲車すら浮かせ、逃げていた隊員たちとスカイライダーを吹き飛ばした。
その衝撃によって暴風が吹き荒れる。
後に残ったのは巨大なクレーターとその真上に浮くルナだけだった。
吹き飛ばされながらもなんとか体制を立て直し、その光景を見ていた赤髪の覇王軍隊員が口を開く。
「……やったか?」
「あ、バカ!」
それを隣で聞いていた黒髪の隊員がその頭を小突いた。
クレーターの真ん中に降り立たち、ルナが口を開く。
「……倒した?」
通信機越しにそれを聞いた黒髪の隊員は頭を抱えた。
静寂が場を支配する。
この破壊の奔流の中にいて生き残れる者などいる訳がない。
――そのはずだった。
ぬるりと、クレーターの中に黒いシミが現れる。
それは人一人入れる程度の円を作ると、その中から無傷の迅が現れる。
「……やはり生きてましたか」
相性の差。
どれだけ破壊力が高くても、ダメージを与えられなければ意味がない。
(移動系?それとも変化系か……なんにせよ、相性が悪すぎる)
表面上冷静を装ってはいるが、内心お手上げ状態だった。
「……赤い死神、流石の力だな」
迅は胸ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
深く吸い込み、大きく吐き出す。
その行動の意味がルナには分からなかった。
何故なら、わざわざ自分の目の前に姿を現さなくても、後ろから突けばそれで終わっていたからだ。
にも関わらず、この男は自分の前に姿を現し、しかもタバコまで吹かしている。
(何を考えてる……?)
不思議な空気が流れる。
それは凡そ戦場にあるはずのない空気だった。
あらかたタバコを吸い迅が口を開いた。
「……一つ良いか?」
吸い殻を捨て、迅が続ける。
「お前は……お前たちは……」
そこまで口にした時だった。
「そこで何をしている?」
それは身の毛もよだつような冷たい声色だった。
少しでも動けば殺される。その声を聞いた全ての人間がそう思った。
迅はどうにか声の方へ目線を向ける。
そこには、以前会った時よりも、圧倒的な威圧感をまとう絶対的な王の姿があった。
――――――――――
「そこで何をしている」
玲は巨大クレーターに向かって真っ直ぐ近づいていく。
その歩みはあまりにも雄大で力強さを感じさせるものだった。
「は、覇王……!」
迅の目が見開かれた。
その背中には冷たいものが伝わり、指先一つ動かせずにいた。
「「は、覇王しゃま……!」」
遠くの方では己が王の登場に乙女のように目を輝かせ、顔の前で手を組む黒髪と赤髪の覇王軍隊員がいた。……勿論二人とも男である。
ルナは覇王を複雑な面持ちで見ている。その心中は察するにあまりある。
玲はクレーターの縁に立ち、口を開く。
「お前たちか?」
「……何がだ?」
なんとか迅が答える。
次の瞬間、迅の体を突き刺すように覇王の目線が鋭くなる。
「俺を……起こしたのは」
迅は理解した。自分たちは眠れる獅子の尾を踏んだのだと。それはある意味では間違っていなかった。
「……お前たちが……始めたことだ」
これは覇王軍が領地を拡大したために起きた抗争だと、迅は暗に答えた。
その言葉に玲は眉をぴくりと動かすと、迅の近くにいたルナを一瞥する。
あまりにも冷たい己が王の目にルナはビクリと体を震わせる。その顔は青ざめていた。
玲はすぐに迅に目線を戻した。
(あ、そっか。またルナが派手に暴れたんだなぁ)
ここまでのやり取りでほぼ目を覚ましていた玲は、先程までの怒りが消えていた。
(それにしても……)
怒りに代わりに新たな疑問が浮かび上がる。
(……この人なんでこんな所にいるんだろう?)
それは本当に純粋な疑問だった。
玲にとっては水を買いに来ただけの、ただの買い物。何故そこに自分の命を狙った九条の男がいるのか、本当に不思議だったのだ。
「貴様は……何故ここにいる?」
「……何故?」
迅の眉間に皺ができる。
仕事だから、任務だから、それだけのこと。
だが迅の頭に以前の問答がよぎる。
『楽しいから』覇王をやる。そう言い切った男。
狂人の戯言と切り捨てようとしたその言葉は、今もなお迅の思考を蝕んでいる。
「……任務だからだ」
「ふん……そうか」
玲は興味を失ったように迅に背中を向け、口を開く。
「ルナ、もう行くぞ。“水”を手に入れにな」
「ッ!は、はい!覇王様!」
ルナは体をビクリと跳ねさせ、急いで玲の後に続いた。
いつものように通信を飛ばしていたが、その指先は震えていた。
その後すぐに覇王軍隊員たちが素早く装甲車へと乗り込んでいく。
玲が装甲車に乗る直前、迅を見て口を開いた。
「ではな、頑張れよ」
それだけ言い残すと装甲車に乗り込み扉を閉じた。
直後に全ての装甲車が動き出し、森へと向かって走り出した。
その様子を九条の部隊は呆然と眺めるしかなかった。
赤髪の隊員が迅に近づき、口を開く。
「あれが……覇王ですか」
その声は僅かに震えていた。
その手は指が白くなるほど強く握りしめられており、やり場のない敗北感が男を襲っていた。
「……」
迅は何も答えられなかった。
その心の中には先程の覇王の言葉が棘のように刺さっていた。
『何故ここにいる?』
(俺は……任務だから……?……何故、ここに……)
それは今まで九条の言いなりになり、任務に従ってきた迅の心を酷く強く揺らしていた。
――――――――――――
玲は装甲車の中で腕を組んで座っていた。
車内にはルナと三人の部隊員が戦々恐々とした顔で座っていた。
玲の心の中にあるのはただ一つ。
(こんな所まで任務で来るなんて……九条ってやっぱりきついのかな、大企業だしな……)
企業勤めの厳しさについてだった。
そんな事とはつゆ知らず。目を閉じ、悠然と座るその姿をルナと隊員たちは震えて見守るしかなかった。
自分たちが情け無いせいで己が王に負担をかけた。と、そう考えていたからだ。
(頑張って欲しいな……)
ただ、玲の心の中はどこまでも呑気だった。
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