覇王なんてもう辞めたい《覇王“ごっこ”のはずが本物の覇王にされたんだが?》   作:深海 星

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009 水源

 やってきました!……ここどこ?

 あれから数十分ほど車に揺られ、到着したのは森の奥の湖だった。

 

(なんで?コンビニとかじゃないの?)

 

 見渡す限りの大自然。

 このような場所にコンビニがあるとは到底思えなかった。

 玲の後ろで俯いていたルナが、控えめに口を開いた。

 

「……覇王様、ここが……お望みの場所です……」

 

「そうか……そうか」

 

 玲は腕を組み、感慨深げに頷く。

 

(そうか……そうなのか?……そうなんだろうな)

 

 何も理解出来ていなかったが、きっとそうなのだ。と、自分を納得させることにした。

 ルナは玲の反応を恐る恐る確認する。

 その姿はあまりにも弱々しく、出会ったあの日の姿を想起させた。

 そんなルナの姿を見ていた玲は、膝立ちをしてルナに目線を合わせると背中を優しく叩いた。

 

「よくやったな、ルナ」

 

 その瞬間、ルナの顔がパァッと華やぐ。

 先程までの沈鬱な空気はどこへやら、その顔には笑みすら浮かんでいた。

 

「はいっ!覇王様のために頑張りました!」

 

 正直なところ、玲は未だに何一つ理解出来ていなかったが、ルナが頑張ったことだけは痛いほど理解していた。

 

「ああ、流石ルナだな」

 

「〜ッ!はいっ!!」

 

 ルナの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 それは悲しみの涙ではなく、主に褒められた歓喜と努力が報われた安堵の涙だった。

 ルナはおずおずと玲に向かって両手を伸ばす。

 玲はその意図を汲み、ルナを軽く抱きしめる。

 

「……覇王様」

 

 それは恋人同士の抱擁ではなく、親子がするような親愛の、愛情深いハグだった。

 その様子を他の部隊員たちも優しく見守っていた。一部鼻息が荒かったり鼻血を出していたが……。

 やがてどちらともなく手を離し、玲は膝の砂を払いながら立ち上がった。

 

「水を飲むか。美味い水をな」

 

 優しい声色。

 その言葉にルナは感情が込み上げ、また瞳に涙が浮かび始めた。

 

「はい゙!覇王さま゙!」

 

 鼻水を啜りながら喋ったせいでその声は掠れていた。

 玲はそんなルナを優しい微笑みで見ていた。それはまるで、娘の成長を見守るような愛情に溢れた微笑みだった。

 ルナの鼻水をどこからか現れた隊員がティッシュで拭き取った。

 あまりに突然現れたので、驚きのあまり体が跳ねそうになるのを玲はギリギリで抑えた。

 玲は辺りを軽く見渡して、腕を組む。

 

(それでコンビニどこだろ……)

 

 色々と台無しであったが、その心の声をルナたちが知る由もない。

 ルナはすっかりいつもの調子を取り戻し、玲の前に立って先導し始める。

 

「さあ!覇王様、こちらです!」

 

 ぐいぐいと小さな手で玲の手を掴み、引っ張る。

 玲はルナが転ばないように歩幅を合わせながらその後に続いた。

 

 

 

 少し歩いたその先に、何やら様々な機械を用い湖畔で作業をしている白衣の一団を見つけた。

 その機械には大きくH.Lと企業名であろうイニシャルが刻まれている。

 その一団がこちらに気がつき、その中の一人が作業の手を止めてルナたちへ近づく。

 それは細身の女性だった。

 淡い水色の髪を風に靡かせながら歩みを進め、ルナの前で止まる。

 

「ルナ様、この度はご依頼頂きありがとうございます」

 

 その女性は丁寧なお辞儀をした。

 動作の一つ一つが美しく、彼女の育ちの良さを感じさせた。

 

「……大丈夫、それで結果は?」

 

 すでにルナはいつもの無表情に戻っていた。その耳はまだ少し赤かったが。

 

「はい、全ての数値において基準値に達しています。すこし濾過するだけで十分かと」

 

 それと。と、彼女は続けた。

 

「途中、“鼠”の処理もしておきましたので」

 

 彼女が少し離れた場所を指差した。

 その先には小さな穴を大量に開けた九条のスカイライダーが三台ほど、乱雑に置かれていた。

 それを見た玲は内心ドン引きしていた。

 

(えぇ……もはやチーズじゃん……こわぁ……)

 

 玲とは逆に、ルナは満足そうに頷くと静かに口を開いた。

 

「……そう……分かった、ありがとう」

 

 ルナの言葉を聞いた女性は再び丁寧なお辞儀をして作業へと戻っていった。

 その女性と入れ替わるようにして、見慣れた白髪の男が近づいてきた。

 クロガネだった。

 

「小娘!聞いたぜ、九条と戦(や)ったんだろう?」

 

 その顔は見るからに機嫌が良さそうだった。

 

「どうだった?俺の《蜘蛛の巣くん八号》は?」

 

 その瞬間ピシリ。と、空気が固まった。

 ルナは能面のような顔でクロガネを見た。

 

「……ええ、まあ試作品にしては使えましたよ。《黒鎖(こくさ)》は」

 

「は?」

 

 今度はビシッ。と、空気が音を立ててひび割れた。

 クロガネの顔が一気に引き攣る。

 

「ああ、まあ使えたんなら良かったかな《蜘蛛の巣くん八号》。まだ改良の余地があるのは分かってたからな」

 

 その声はとても『良かったかな』と言ってる人間の声色ではなかった。

 

「ええ……不発弾もですが、割と回避されました……それ以外は良かったですよ《黒鎖》は」

 

 片や笑顔、片や無表情。二人ともいつもの表情だ。

 だがどちらも目が笑っていない。

 交差するその視線は明確にバチバチと音を立てていた。

 

「水……」

 

 玲の声で二人ともハッと気が付く。

 

「申し訳ありません覇王様……ほらバカガネ、水を持ってきなさい」

 

「誰がバカガネだ!誰が!……ちっ、全くしょうがねぇな」

 

 ぶつくさ言いながらも、クロガネは素直に従った。

 少しして戻ってきたクロガネの手には一本のペットボトルが握られていた。

 外装は何故か真緑に塗られていたが。

 

「覇王サマ、どうぞ」

 

 玲は不思議に思いながらもそれを受け取る。

 

「あっ!……私が覇王様に渡したかったのに……」

 

 後ろではルナがもにょもにょと何やら呟いている。

 玲は蓋を開け、一口飲む。

 本当にただの水だった。よく冷やされており、冷たい液体が喉を通る爽快感を感じる。

 

「……美味い」

 

 口を離し、軽く息を吐いた。

 その姿を見たルナはほっと胸を撫で下ろした。

 

「では覇王様、撮影をしますのであちらを向いてください」

 

「……え?」

 

 ルナの言葉を合図に、わらわらと隊員たちが集まってきた。

 その手には反射板やカメラなどを手に持っている。

 

「では覇王様、一口煽るような感じでポーズを取ってください」

 

「……あ、うん」

 

 玲は言われるがままにポーズを決め、山と湖を背景に写真を撮った。

 

「完璧な写真だ!」

「素晴らしい!」

「いいかも〜」

 

「覇王様の素晴らしさが完璧に収められていますね……良い仕事です」

 

 ルナの褒め言葉に隊員たちは喜色を露わにする。

 

(えっ……?何これ……?)

 

 中心であるはずの玲だけが置いてけぼりだった。

 

「それでは……建設班を残して撤収します……皆お疲れ様」

 

「「「「「ハッ!!」」」」」

 

(建設班……?何の……?)

 

 こうして『覇王様のお水大作戦』は幕を閉じた。

 

 

 ――――――――――

 

 

 九条インダストリアル本社、その最上階。

 その一室に迅がいた。

 大きな机を挟んだ対面には、細身の男が座っていた。

 男は苛立ちを隠さずに机を指で叩いていた。

 

「それで?失敗しました?……水源も渡し、覇王も赤い死神も殺さずに??」

 

 その声は平坦なものであったが、それが故に男の内なる怒りを感じさせた。

 

「……ああ、そうだ」

 

 迅の顔には表情が無く、何を考えているのか感じとれない。

 少しの沈黙が訪れ、やがて男がため息混じりに口を開いた。

 

「はぁ……もう良い、お前は降格だ」

 

「しっ、しかし社長……!」

 

 迅の隣に立っていた赤髪の隊員が口を開いたが、迅はそれを手で制止した。

 

「隊長……」

 

 男は指が白くなるほど手を握りしめている。

 

「降格処分、了解した」

 

 迅はそれだけ言い残し、その場を後にする。

 迅の去ったのを見届けて、細身の男が口を開いた。

 

「新しい隊長は水野くん、君だ」

 

「はっ!はっ……?し、しかし社長……」

 

 赤髪の隊員、水野は納得がいかないと反論しようとしたが、細身の男がそれを許さなかった。

 

「これはもう役員会で決まってるのだよ。君の意思は関係ない」

 

 まるで機械の部品を見るような冷たい目が水野を貫く。

 

「は、ハッ!不肖水野、しかと拝命しました!」

 

 水野は内心納得していなかったが、自分程度がこの大企業に逆らえるはずもなく。

 表面上了承して部屋を後にした。

 

「……やれやれ。覇王、厄介な相手だ」

 

 一人残された男は誰に言うでもなく呟くと、端末を操作した。

 何度かのコール音が響き、通信が繋がる。

 

「私だ……ああ、そうだ黒狼は失敗した」

 

 男の声はどこまでも冷たい。

 

「そこで、君たちには覇王の暗殺を命ずる。言っておくが失敗は許されない……ああ、期待しているよ」

 

 それだけ言うと男は通信を切った。

 軽く椅子を引いて立ち上がり、一面ガラス張りの窓からネオトウキョウを一望する。

 

「覇王……忌々しい名だ……」

 

 その呟きには、様々な感情が含まれていた。




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