二日間のオフを経て、フットボールフロンティア全国大会────日本一の少年サッカーチームを決める祭典の日がやってきた。
既にウォーミングアップを終えて全身からユラユラとオーラを立ち上らせつつ座禅を組んでいるのは、もちろん我らが神話生物ミーム。ヨガの力で浮いているような気がしないでもないが、ツッコんだが最後、ミームの領域に引きずり込まれて名状しがたい何かになってしまうので南雲原サッカー部の誰もがツッコむことはしない。
観客も実況も、お茶の間で観戦する視聴者も試合が始まる瞬間を今か今かと待ち望み、高揚感で盛り上がる中、南雲原サッカー部の誰もが心が浮足立つどころか地に足ついている感じがしているのは、彼らがこの舞台に相応しい実力を手にしたことの証明……もしくは、神話生物という常に緊張を求めてくる怪生物が日常的に近くにいるからなのか。
もちろん地に足のついた感じがあるとしても、緊張がないわけではない。ガチガチに強張っている者もいれば、自分が緊張していることにも気づかずに緊張している者もいる。
「いよいよだね、ネット君」
「うむ……ここから先はハイライトしかないんだナァ」
なお、ここに例外が幾人か存在している。
「常に見せ場しかない舞台か……マジックショーでももっと緩急があるよ」
「これだから面白いんだ、サッカーってやつは」
「お二人共、緊張感が足りてませんこと?」
お互いに指先から花を出したり、ポケットからコインを出現させるなどの軽いマジックを披露しながら会話をするミームと銀郎を見て、呆れた表情を浮かべる陽愛。こんな緊張感のない会話をしている二人を見ていれば、緊張感などぶっ飛んでいくというものだ。ミームと噛ませることで銀郎や兵太といった縁の下の力持ちはメガシンカを遂げたムードメーカーと化す。
「さて、緊張が解けたところで注目」
南雲原サッカー部の程よく緊張が解けた頃合いを見計らい、雲明が号令をかける。教育が行き届いているお蔭で全員が一糸乱れぬ動きで雲明の方に注目すれば、南雲原サッカー部の勝利を全く疑わない強い目をした少年の姿が映り込む。
「今回の試合からそこの神話生物を投入します。相手は化身使いに加えて、ミームのことをよく知っている変態麗人……ですが」
「ネットの現状を知っているわけではない?」
「そうだよ、空宮君。千陽がいくら異常サッカー愛者の変態麗人であっても、ミームがどういう進化を辿っているかまでは知らない」
つまりは、ミームという切り札が存在していることは知っているが、それがどんなことをしでかすような存在なのかを掴み切れていないということだ。
「そして、今のミームがどれだけやる気になってるのかも、向こうは知りません」
「やる気……? いつも通りに見えるんだが、違ぇのか?」
「はい、星先輩。あそこの観客席をご覧ください」
そう言って雲明が指さすのは、観客席の一角。そこには他の観客の妨げにならない絶妙な高さとサイズの横断幕っぽい何かを掲げていたり、ボンボンと音を鳴らすスティックバルーンを振って試合開始を待っている幼稚園児や小学生、その引率であろう大人達(一部変装している)の姿があった。
横断幕には『頑張れ南雲原!!』とか、『イナズマチャレンジャー』などの熱い文の他に、可愛らしい字で『がんばれ、みいむおにいちゃん』、『がんばれ、うんめいおにいちゃん』などの南雲原サッカー部のメンバー全員の名前がひらがなで書かれているため、あの集団がどこの誰なのかを南雲原サッカー部のメンバー全員が理解する。
「え、もしかして……あそこの集団」
「はい。つまりそういうことです。お日さま園の皆さんが南雲原サッカー部の応援団として来てくれました」
思い返すのは、強化合宿でたまに差し入れを持ってきた大人達についてきて、ミームのことを「みいむお兄ちゃん」と呼んで神話生物に滅茶苦茶懐いていた少年少女達の姿。ミームの薫陶を受けているせいか、それともトップレベルのサッカープレイヤーが近くにいるせいなのか、普通にサッカーも上手い少年少女達────お日さま園の子供達が南雲原サッカー部の応援団としてサッカーガーデンに訪れていた。
「うおおおお……! 力が溢れてくる……! 雲明! これは一体……!?」
「応援の力ってすげーっ! ……で、いいんじゃないですかね」
決勝戦ともなれば、モニター越しであったとしても南雲原中の全校応援などもあるかもしれないが、生の応援をしてくれる応援団がいるというのは間違いなく南雲原サッカー部に力を与えてくれる。
「さあ皆さん、応援してくれる人がいるところで、カッコ悪いところは見せられませんよ?」
「はは、上等じゃねえか。なあ!?」
「うん! てっぺん取るってここまで来たんだし、カッコ悪いとこなんて見せるつもりないよ!」
「シュートを全部止める……そんな気持ちで試合に挑むよ。いつも以上にね」
南雲原サッカー部の士気が高まる。応援とはかくも素晴らしい力を人々に与えてくれるのだ。
「……さて、時間ですね。もうあれこれ言いません。勝ってきてください、皆さんで!!」
「「「おおおおっ!!」」」
「しゃあっシバキあげたらァッ!」
完全勝利の力を持つ可能性の獣のように右腕天高く突き上げる南雲原サッカー部が、試合のためにポジションについていく。
『まもなくフットボールフロンティア決勝大会の初戦が始まります! 京前嵐山対南雲原! この試合どういった展開が予想されますかね、角馬さん?』
『やはり南雲原にとって厳しいのは化身でしょうね。王者雷門や帝国などの強豪校ですら、京前嵐山との試合ではギリギリの勝負ばかりですから……どう凌ぎ、どう攻めるかが鍵となってくるでしょう』
『なるほど……化身使いがいるチームを相手に化身のいないチームがどのような対策を講じてくるのか、注目していきたいですね!』
(そんな簡単な話で済むわけがないよ)
実況解説の席からの声を聞きながら、京前嵐山のFWである少女、藤堂千陽は心の中で呟いた。軽くストレッチをしながら試合開始のホイッスルを待っているミームに熱い視線を向けながら、彼女は口角を上げる。
(あの日のことは、今でも昨日のことのように思い出せる)
幼い頃の千陽にとって、サッカーとはつまらないもの……とは言わずとも、随分と退屈なものであった。小さい頃から演算能力がずば抜けていた千陽は、様々なボードゲームを試し、大人にすら勝利できてしまった。
ならばスポーツはどうだと考え、始めたのがサッカーだったが────運動神経も良好だった千陽に勝てる同年代の子供はおらず、やはりこんなものかと失望すら感じていたところに現れたのが神話生物とそれと並び立つために爆走している雲明と征であった。周囲が凄い凄いと騒いではいたが、どうせ同じようなものだろうと思っていた千陽の常識はすぐにぶち壊されることになった。
ボールが取れない。どれだけ計算して、計算結果を実践してもすり抜けていく。ボールを持ったとしてもすぐに手元から離れ、ゴールを決められてしまう。自分がやること為すこと、その全てが通用しない────そんな経験の何もかもが新鮮で、モノクロだった世界に色が差し込んだかのような衝撃を受けたのだ。その中でも、ミームとのサッカーは凄まじい衝撃を受けた。全く常識が通用しない、自由奔放着の身着のままの風来坊、猫のような自由なサッカーや、心から楽しんで笑う神話生物の姿に千陽は心惹かれたのである。
『お前さ千陽ちゃんさ、サッカー楽しい?』
『楽しいよね。てか距離感近くなーい? 壁ドン距離……って、コト!? おおーっ、背が高いってオシャレやのォ』
『おっしゃ次ゴール決めたやつが今日のアイスの味決める権利獲得な!! 今だ! パワーをメテオに!!』
『しゃあっ! とうもろこ────千陽ちゃん? へい、待ちなよ千陽ちゃん足足足足!! 血血血血血血血! 血出てる! てかそれ多分折れてる!! 俺も皆も千陽ちゃんも青ざめてる! 救急車案件!! サッカーやってる場合じゃねえ!!』
『雲明! 征! ジェットストリームアタックで千陽ちゃんを止めるぞ!! いやほんとマジで!! 千陽ちゃんに走らせるなーッ!!!!』
そして気付けば千陽はサッカーに夢中になり、ひたすらに進化し続けるミーム達とサッカーに明け暮れ、足に小さくない怪我を負ってしまった。だが、その怪我すら気にならないレベルで、千陽はサッカーに、ミームに心を奪われてしまった。その結果、心のうちに潜んでいた本当の癖が溢れ出たのである。
(私に向けて悲鳴を上げる君もイイけど……やっぱり君はサッカーをしている時が一番カッコイイね……)
表情が緩んでしまわないように気を張るのが中々難しいと感じる中、間もなく試合が始まる時刻となる。千陽は恋愛脳からすぐにサッカー脳へと意識を切り替えて深呼吸をした。
サッカーとは相手が強ければ強い程楽しくて、心が踊るもの。神話生物に毒されている変態麗人たる千陽の薫陶を受けた京前嵐山は、南雲原サッカー部を前にして油断はしていなかった。油断せず、未知の強敵との戦いを前にして心を高ぶらせているまであった。
『さあ開始時刻となりました! フットボールフロンティア決勝大会初戦! 京前嵐山対南雲原、キックオフです!!』
実況解説の試合開始を告げる声とほとんど同時に、審判が持つホイッスルが鳴り響く。京前嵐山のボールで始まった前半戦、千陽にボールが渡され────
「じゃあ俺、ギャラ(ボールの隠喩)貰って、帰っから」
いつの間にか目の前にいた神話生物にすぐさま奪われてしまった。
「────ぁ、は……!!」
化身を出す暇もない、意識の外からやってきたとしか思えない速度と練度の襲撃によってボールを奪われてしまった千陽の顔に恍惚の笑みが浮かぶ。
『い、いきなりボール奪取!! 南雲原の選手が流星のような加速によるボール奪取です!!』
『大会資料によると、彼は今回の試合が初投入となる寝戸選手! とんでもない脚で瞬く間にぐんぐんゴールへ迫っていきますね!!』
実況解説が興奮したように声を上げる中、一瞬の出来事にコンマ1秒程度放心していた京前嵐山の選手達がハッとしたように動き出す。
「三人に勝てるわけないだろ!」
「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前(天下無双)!!」
「こ、こいつ……!? どんな動きして!?」
ミームの進撃を止めようと三人で囲むように止めに入るが、ミームの像がぐにゃりと溶けたかのようにすり抜けていく。猫とは、液体である。
前に、前に、跳ねる兎のように、獲物を追いかける猫のように走っていく神話生物に追いつけるのは、やはり同じ異常サッカー愛者である千陽だが────彼女が追い付いた直後。彼の周囲、否、グラウンドが夜の帳に包まれたように暗黒に染まった。
「初めまして、日本────名刺代わりに受け取れ」
真昼だというのに暗黒に染まったグラウンドに月が昇る。朧げに輝く三日月の光がボールに収束していくところを目撃した誰もが、ようやくミームがシュートを決めようとしていることに気付く。
エネルギーを収束させたボールを天に蹴り上げて、それと同時にとんでもないバネでボールよりも高く飛び上がったミームは両足を縮めるようにした後、同時に力一杯ボールに叩き付けた。
「【クレセント・ラビット】!!」
ジャストミートで蹴り飛ばされたボールは黄金の回転がかけられ、真っ赤な瞳の兎が跳ね回るように力強く、凄まじいランダム性を持ったバウンドをしながらゴールに迫っていき────
「明鏡止────ッ!!?」
必殺技を発動しようとした京前嵐山のGK、
ピィイイイイッッ!!
ゴールを告げるホイッスルが鳴り響く。お日さま園の応援団による声援以外の音が消え去ったスタジアムの中、注目を集めた神話生物は酷く楽しそうな笑みを浮かべて口を開く。
「退屈してたか? つまんねえとか、しょっぱい試合でご不満だったか?」
夜の帳が消え去り、差し込む陽の光がスポットライトのようにミームを照らす。
「もう大丈夫。なぜって?」
それは、誰に伝えるための言葉だったのか。神話生物のことをよく知っている人間は異口同音にこう言うだろう。「日本どころか世界中、もしかしたら宇宙の果てにまで伝える言葉かも」、と。
「俺が、来た!!」
暗黒の太陽のような笑顔と共に放たれたその宣言と同時に、スタジアム全体が揺れるかのような喝采が巻き起こり、南雲原による先制点に興奮を見せた。
『ご、ゴゴ、ゴォオオオオオオオオルッッ!! 先制点は南雲原!! 開始1分にも満たない時間でまさかの1点先取!! スタジアム全体の度肝を抜いたァ!!?』
『これは想像もできませんでした!! なんという動き! なんという威力のシュートでしょう!!? ご覧ください!! ゴールネットが悲鳴を上げています! かつてのイギリス代表、エドガー・バルチナスの【エクスカリバー】を彷彿させる鋭いシュートです!!』
今日の主役は俺だと言わんばかりの眩しい笑顔を見せながら両手を広げるミームは、軽いステップを踏みながら千陽の真正面に立つ。
「ハァイ、千陽ちゃん。サッカー、楽しんでる?」
「あはっ……! うん! とっても!!」
異常サッカー愛者と異常サッカー愛者は引かれ合う。スタンド使いの如く、互いの引力に引っ張られてよく分からない方向に進化し続ける。そしてその近くにいる人間も巻き込んで進化は嵐・竜巻・ハリケーンとなっていくのだ。
* * *
『俺が、来た!!』
ビルの中、山積みになった書類を放り出して、男は液晶に映る試合を食い入るように見ていた。見ているのはフットボールフロンティア決勝大会初戦、京前嵐山対南雲原の試合。輝くような笑みを浮かべる少年を見て、男は穏やかな微笑みを浮かべている。
「何を見てるんだい?」
試合を食い入るように見ていた男がいる部屋に誰かが入ってきた。男が顔を上げると、ゴーグルを首に下げた自身と同じくらいの年齢であろう白髪の男が笑みを浮かべて立っている。
「フットボールフロンティアの決勝大会だよ」
「うん? 決勝大会は明日からだろう?」
「ああ、違うんだ。見ているのは過去の決勝大会なんだ」
ほら、と男が端末の画面を白髪の男に見せると、白髪の男は納得したように頷いて口を開く。
「なるほどね。過去の映像記録……必殺技の国立図書館と謳われた男の記録か」
「いや、普通にリアタイだよ。ワンダバに頼み込んでね」
「────────タイムパラドックスとか大丈夫なのかい?」
「そこはほら……色々ちょちょいと、ね? バレない場所に置いてるから大丈夫さ」
「はは、昔の君が聞いたら卒倒しそうだ」
確かに、と互いに笑い合う男二人は、記録として残っている試合とリアタイの映像を見比べてみるとか、記録を思い出すなんて無粋な真似はしない。わざわざ一部の記憶を制限するための道具を使って記憶を封印し、その試合を視聴し始める。しかも端末をモニターに接続して大画面で見るための準備と、軽い軽食と炭酸飲料も忘れずに用意し始めた。用意周到である。
「おっと、三人分ってことは、彼女も来るのかい?」
「もちろん。何せ、一番楽しみにしていたのは彼女だからね。ワンダバも一緒に観れたら良かったんだけど、ちょっと都合がね」
「はははっ! ワンダバは残念だけど、思い出話も一緒に聞かせてくれよ。彼との出会いとか、色々とさ」
クレセント・ラビット
三日月召喚してエネルギーを収束させた後両足で蹴り飛ばすことで黄金の回転がかかったシュートとして放たれる必殺技。オリジナル必殺となっております。
属性?林。
???
リアタイでフットボールフロンティアを見ている男。
「片手にコーラ、片手にホットドッグ……彼が教えてくれたスタイルだよ」
????
リアタイでフットボールフロンティアを見ている男。
「なるほど。けど、片手にコーラと来たらハンバーガーも捨てがたいと思うんだ」
???
リアタイでフットボールフロンティアを見るために廊下を爆走している女性。