海軍中将・丹花イブキ提督   作:ていん?が〜

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第11話『イブキの作った『ぜったい先制作戦』だよ!』

 丹花イブキ中将と最強の戦艦・金剛が考案した、あの奇想天外極まる猛特訓が始まってから数週間。

 盤喪鎮守府の6人の艦娘たちの肉体と戦闘思想は、海軍の常識では測れない次元へと新生を遂げていた。

 

 五感を断たれ、心眼で金剛の投げるティーカップをキャッチし続けた加賀と榛名は、戦場における『見えない敵の殺気』を完全に掌握する術を身に付けた。

 数トンの超重力を課されながら完璧な笑顔と弁舌を維持し続けた陸奥は、いかなる激痛や圧力の中でも艤装をミリ単位で制御し、冷徹に敵の急所を狙い撃つ精神力を獲得した。

 

 レベル5000の金剛の主砲弾からジャングルの中で毎日死に物狂いで逃げ回った摩耶と天龍は、野生動物をも凌駕する超直感的な回避ステップと、一瞬の隙に踏み込む爆発的なトップスピードを手に入れた。

 そして、イブキの『おひざの揺り籠』として彼女の心を回復させ続けた時雨は、自らの幸運を他者へと分け与え、艦隊全体の弾道を補正する『勝利の女神』としての才能を開花させていた。

 

 

 そして、その成果を試す『その時』は、最悪の形で、しかし完璧なタイミングで訪れた。

 

「みんな、集まってほしいデース!」

 

 ある朝、作戦司令本部の大型モニターの前に、緊迫した空気が流れていた。

 イブキの小さな手によって操作された画面には、盤喪鎮守府から数十海里離れた近海――『海区コード・エコー』に突如として出現した、不気味な赤黒い光点が映し出されていた。

 

「偵察型からの最終データが届きマシタ」

 

 金剛が腕を組み、いつになく真剣な、しかしどこか好戦的な笑みを湛えて言った。

 

「敵の規模は、通常種の深海棲艦が約50隻。……そして、その中心に君臨しているのは、大本営の主力艦隊すら何個も壊滅させてきた最悪の化け物――『戦艦棲姫(せんかんせいき)』、および、予測不能の化け物巡洋戦艦『戦艦レ級』デース!」

 

 戦艦棲姫。圧倒的な装甲と火力を誇り、その怨嗟の声は聴く者の精神を狂わせる深海棲艦の女王の一角。

 戦艦レ級。航空兵装、超弩級主砲、さらには開幕の魚雷まですべてを兼ね備え、単艦で一国の艦隊を蹂躙する最凶のイレギュラー。

 

 この2体が同時に現れたという事実に、かつての彼女たちであれば、ただ死を覚悟して震えるしかなかっただろう。

 しかし、今の6人の瞳には、怯えの「お」の字すら存在しなかった。

 

 イブキは、時雨に大きすぎる提督帽をそっと直してもらいながら、ちいさな指示棒を持ってモニターをポンポンと叩いた。

 

「あのね、この化け物さんたちは、すっごく強そうに見えるけど、イブキとコンちゃんが計算したらね、ぜんぜん怖くないって分かったの! お姉ちゃんたちが、イブキの言う通りにお船を動かして、ドカーンってしてくれれば、絶対に誰も傷つかないで勝てるよ!」

 

 イブキの黄金の瞳が、ゲヘナ学園の超天才飛び級生としての異次元の知略に染まる。

 

「これがね、イブキの作った『ぜったい先制作戦』だよ!」

 

 6人の艦娘たちは、一斉に背筋を伸ばし、その胸に誇りと闘志を漲らせた。

 

「了解いたしました、中将閣下。……盤喪鎮守府艦隊、これより出撃いたしますわ」

 

 加賀が絶対の確信を込めて告げた。

 

 漆黒の雲が垂れ込め、どす黒い波が牙を剥く決戦海域。

 

 深海棲艦の大軍勢の最奥にて、禍々しいオーラを放つ『戦艦棲姫』が、冷たい瞳で海を見つめていた。

 その隣では、尾鰭のような異形の艤装を揺らしながら、『戦艦レ級』が退屈そうに牙を鳴らしている。

 

 彼女たちは、この僻地から這い出てきた6隻の艦娘の姿を捉えた。

 

 戦艦棲姫が、血を流すような声で怨嗟の咆哮を上げる。

 

「……沈メ……。オ前達モ……、冷タイ海ノ底ヘ……!」

 

 同時に、レ級が邪悪な笑みを浮かべ、開幕の超高速魚雷と爆撃機を一斉に放とうとした、その瞬間――。

 

 

 通信機から、イブキの可愛らしくも、あまりにも冷徹で正確な指示が響き渡った。

 

『時雨ちゃん、いま! お歌を歌うみたいに、お空に幸運のきらきらを飛ばして!』

 

「了解、提督……! 僕の力は些細なものだけど、みんなに届け……っ!」

 

 時雨の身体から放たれた幸運の光が、艦隊全体を包み込む。それと同時に、イブキの第2の指示が飛ぶ。

 

『加賀お姉ちゃん、榛名お姉ちゃん! コンちゃんの紅茶を思い出すの! 右からくる飛行機は全部嘘っこだから無視して、3秒後に左の雲から出てくるレ級ちゃんの特攻機だけを、心の眼でドカーンってして!』

 

「――ええ、視えるわ」

 

 加賀が目隠し訓練の記憶を呼び覚まし、一切の迷いなく矢を放つ。

 

「榛名も……視えました! 敵の本当の殺気は、そこです!」

 

 榛名の放った主砲弾と、加賀の艦上戦闘機が、完璧な未来予知のように「まだ雲の向こうにいる」レ級の爆撃機隊の未来位置へ着弾した。

 

 ドカァァァン!!! と激しい爆発が起こり、レ級が誇る凶悪な航空戦力は、1機もこちらへ近づくことなく、空中で完全に消滅した。

 

『レ級ちゃんがびっくりして魚雷を撃ってくるよ! 摩耶お姉ちゃん、天龍お姉ちゃん、コンちゃんの主砲を思い出すの! 斜め左にステップを踏んで、波を蹴って!』

 

「しゃあおらぁぁぁ!!! コンちくしょーの姐御の弾に比べりゃあ、こんな魚雷、止まって見えるぜぇぇぇ!!!」

 

 摩耶が野生の獣のような笑い声を上げ、超高速で迫る魚雷のわずかな隙間を、流れるようなスラローム走法で回避していく。

 天龍もまた、刀を抜くような鋭さで艤装を翻し、敵の魚雷の波頭を完全に踏み越えてみせた。

 2人のレベルは、あの地獄の鬼ごっこによって、すでに限界値を遥かに超えて跳ね上がっていたのだ。

 

『最後は陸奥お姉ちゃん! どんなに痛くても、どんなに重くても、お顔はにっこり、でしょ? 棲姫ちゃんの艤装の、右から3番目の骨の繋ぎ目……そこが、1番弱いところだよ。笑顔で、ギューッて狙い撃ちして!』

 

 陸奥は、数百キロの重りを感じていたあの廊下を思い出した。今の艤装など、羽毛のように軽い。

 彼女は、戦艦棲姫の圧倒的な主砲が自分に向けられるのを真っ直ぐに見据えながら、ふっと、これ以上ないほど美しく、蠱惑的な微笑みを浮かべた。

 

「ええ、分かったわ、イブキちゃん。……お姉さんの火遊びはね、本気なのよ?」

 

 

 ドォォォォォン!!!

 

 

 陸奥の放った精密無比な一撃は、戦艦棲姫が主砲を発射するまさに一反の刹那、その装甲の隙間へと吸い込まれるように着弾した。

 凄まじい大爆発が棲姫の艤装を内部から破壊し、彼女の絶対的な火力を完全に沈黙させる。

 

「ナ……、アタシタチノ先制攻撃ガ、完全ニ無効化サレタ……ダト……!?」

 

 戦艦レ級が、初めてその顔に驚愕と恐怖を浮かべた。

 

 彼女たちが誇る『開幕の暴力』が、イブキの計算によってすべて先読みされ、一分の損害も与えられないまま、逆に主力を無力化されてしまったのだ。

 

 

 そこからは、もはや一方的な『演練』だった。

 

 

 イブキの指示通りに動く艦娘たちは、通常種の深海棲艦50隻を、まるでドミノを倒していくかのように次々と撃沈していく。

 摩耶と天龍が前線を切り裂き、加賀と榛名が空と遠距離を支配し、陸奥が確実に仕留める。

 時雨の加護によって、敵の反撃の砲弾はすべて不自然なほどに彼女たちの艤装をかすめ、水柱を上げるだけだった。

 

 

 わずか数十分後。

 

 海面に浮かんでいた50隻の深海棲艦はすべて海の底へと沈み、残されたのは、艤装を完全に破壊され、海面に浮かび上がって呆然としている戦艦棲姫と戦艦レ級の2体だけだった。

 

 2体は、傷一つなく、服すら汚れていない6人の艦娘たちに包囲され、完全に戦意を喪失していた。

 

「……ア、アリ得ナイワ。1人ノ犠牲モナク、我ラヲ、ココマデ完璧ニ叩キノメスナンテ。……一体、誰ガソッチノ指揮ヲ執ッテイルノダ……?」

 

 戦艦棲姫が、悔しさと恐怖で唇を噛み締めながら、弱々しく問いかけた。

 加賀は、静かに弓を納めると、誇りに満ちた声で彼女たちを見下ろした。

 

「私たちの指揮官は、丹花イブキ中将。世界で一番小さくて、世界で一番聡明な、私たちの最愛の提督よ。……あなたたち、命が惜しければ、そのまま大人しく降伏しなさい。私たちの提督は、無駄な殺生を好まないお方だから」

 

 戦艦棲姫と戦艦レ級は、互いに顔を見合わせ、やがて諦めたように両手を上げた。

 深海棲艦の絶対的な女王たちが、人類に対して『降伏』を選んだ歴史的な瞬間だった。

 

 

 

 夕暮れ時、盤喪鎮守府のドックには、凱旋した6人の艦娘たちと、特製の檻に入れられて生け捕りにされた戦艦棲姫、戦艦レ級の姿があった。

 

「みんなー!!! おかえりなさーい!!! 誰も怪我しないで、すっごく良い子で勝てたね!!!」

 

 正門からトコトコと走ってきたイブキが、大きすぎる軍服の袖を振り回しながら、最高の笑顔で彼女たちを迎えた。

 その後ろからは、いつものエプロン姿に戻った金剛が、これまた誇らしげに胸を張って歩いてくる。

 

「みんな、本当に無傷ね。素晴らしいわ」

 

 陸奥がイブキの前に膝をつき、その小さな体を優しく抱きしめた。

 

「イブキちゃんの作戦の通りに動いたら、本当に敵の攻撃が全部避けられちゃったわ。お姉さん、あなたの天才ぶりに、もう一生付いていくって決めちゃった」

 

「榛名も、お姉様と提督の作戦のおかげで、最高の戦果を挙げられました! 榛名は、もう落ちこぼれではありません!」

 

 榛名が金剛の隣にピタリと寄り添いながら、嬉し涙を流す。

 

 加賀も、摩耶も、天龍も、誰もが興奮気味にイブキを称賛していた。時雨は、そっとイブキの頭を撫でながら、「僕たちの幸運は、君のおかげだよ、提督」と優しく微笑んだ。

 

 イブキは、檻の中で小さくなっている戦艦棲姫と戦艦レ級の方を振り向くと、トコトコと近づいていき、檻の隙間から小さな手を差し伸べた。

「深海棲艦のお姉ちゃんたちも、もう悪いことしちゃダメだよ? これからはね、このお家で、みんなで一緒に美味しいご飯を食べて、仲良くしようね!」

 

 その、あまりにも邪気のない、救いの言葉に、生け捕りにされた戦艦棲姫と戦艦レ級は、信じられないものを見るかのように目を丸くしていた。

 

「オーウ! 作戦大成功デース! さあ、今夜は全員無傷のパーフェクト勝利を祝して、私特製の最高級ステーキと、お祝いの特大ケーキでどんちゃん騒ぎデース!!!」

 

 金剛の声に、鎮守府全体がドッと歓声で包まれた。

 

 最年少中将の圧倒的な知略と、新生した6人の艦娘たちの絆。盤喪鎮守府は、もはや誰も脅かすことのできない深海すらも包み込む絶対の聖域へと、その姿を変えていた。




次は明日の18時5分に投稿します。
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