艦これとブルーアーカイブのクロスオーバーです。
こっちも好評であれば続き書きます。

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『イブキ、ちゅうじょうだよ!』

 深海からの脅威に脅かされるこの世界において、最前線に立つべき「鎮守府」という場所は、時に人間の醜悪な欲望や怠惰によって、戦う前に崩壊することがある。

 

 ここ、とある僻地に佇む盤喪(ばんも)鎮守府もまた、その例外ではなかった。

 

 かつてこの地を治めていた前任の提督は、権力を笠に着て横暴の限りを尽くし、公金を横領し、あろうことか戦うための資材を闇市へと横流ししていた。

 その不祥事が発覚し、憲兵隊によって引きずり出された時には、鎮守府の貯蔵庫は空っぽになり、建造施設や修復バケツの供給ラインは完全に停止していた。

 

 残されたのは、潮風に晒されて赤錆びた鉄骨と、ガラスの割れた庁舎、そして人間の身勝手な都合によって見捨てられ、心に深い傷を負った6人の艦娘たちだけだった。

 

 今日の空は、まるで彼女たちの心を映し出したかのように、どんよりとした灰色の雲に覆われている。

 敷地内には、手入れの行き届いていない雑草が膝の高さまで伸び、かつて美しい白亜を誇っていた庁舎の壁は、ひび割れて黒ずんだ雨垂れの跡が幾筋も刻まれていた。

 

 そんな廃墟寸前の鎮守府の片隅、辛うじて雨風をしのげる手狭な会議室に、6人の艦娘たちが集まっていた。

 

「……今日から新しい『身代わり』が来るそうよ。物好きなことね」

 

 沈黙を破ったのは、戦艦『陸奥』だった。

 

 かつては海軍の象徴として、またその豊満で大人びたプロポーションと蠱惑的な微笑みで周囲を魅了していた彼女だったが、今の瞳には怪しい光など微塵もない。

 活動的なショートヘアは手入れを怠って少しパサつき、かつて提督たちを翻弄した挑発的な唇は、ただ冷たい皮肉を吐き出すためだけに動いていた。

 彼女は机に肘をつき、退屈そうに外の景色を眺めている。

 

「新しい、提督……ですか。ですが、私たちが期待したところで、結果は同じかもしれませんね」

 

 その隣で、静かに、しかしどこか諦念の混じった声で呟いたのは、金剛型戦艦三女の『榛名』だ。

 

 腰まで伸びる灰色がかった黒髪ロング、右で七三に分けた特徴的な前髪、そして左側の大きなハネ髪。

 いつもなら礼儀正しく、自分よりも相手を立てる謙虚な彼女だが、今はその橙色の瞳が完全に濁っている。姉妹共通の巫女風の衣装は汚れ、胸元に巻かれた白いさらしも薄暗く煤けていた。

 彼女の口癖であった「榛名は大丈夫です」という言葉は、もう長いこと使われていない。

 

「けっ、誰が来ようが関係ねぇよ! また上から目線で指図するだけの無能だろ? アタシは絶対に認めねぇからな!」

 

 机をバンと叩いて荒々しく言い放ったのは、重巡洋艦『摩耶』だ。

 

 男勝りでサバサバした性格の彼女は、普段ならその飾り気のない物言いが心地よい活気となっていたが、今は純粋な敵意と警戒心に満ちている。

 胸元が開いた衣装からは、たわわな美乳の谷間が覗いているが、その姿勢は常に身構えており、まるで迷い込んできた野良犬が牙を剥いているかのようだった。

 

「黙りなさい、摩耶。時間の無駄よ」

 

 一航戦の正規空母、『加賀』が冷徹な声でそれを遮る。

 

 白の道着に青い弓道袴、黒の胸当てを身に纏った彼女は、いつも通りの冷静沈着な佇まいに見えた。

 サイドテールに結った髪も乱れてはいない。しかし、その顔は完全に仮面のようであり、一切の感情が削ぎ落とされていた。

 

 かつて一航戦としての強い自尊心を誇り、他者を寄せ付けないほどの圧倒的な存在感を放っていた加賀だが、今の彼女はただの「動く人形」と化している。心の内にある激しい情熱は、絶望という氷の下に深く沈み込んでいた。

 

「おいおい、そんなにカリカリすんなって。新しい奴が来たら、俺のこの刀でちょっと脅してやりゃあいい。ビビって逃げ出すか、それとも少しは骨のある奴か、試してやるさ」

 

 眼帯を指でいじりながら、不敵な笑みを浮かべようとしているのは軽巡洋艦『天龍』だ。

 

 服の上からでも分かる見事なプロポーションと、頭部の龍の角のような装備が特徴的な、勝気で姉御肌な彼女。

 しかし、その言葉にはかつてのような覇気はなく、ただ自分を奮い立たせるための空虚な強がりに聞こえた。

 彼女の自慢の刀も、手入れがされていないため、どこか輝きを失っている。

 

「……雨は、いつか止むさ。でも、この鎮守府の雨は、当分止みそうにないね。僕たちの力なんて些細なものだし、誰が来ても、何も変わらないよ」

 

 部屋の隅で、膝を抱えて座っていたのは駆逐艦『時雨』だった。

 

「呉の雪風、佐世保の時雨」と称されたほどの幸運艦でありながら、彼女の纏う空気は誰よりも幸薄く、哀愁に満ちている。

 おとなしく控えめな彼女は、どこか全てを悟ったような暗い瞳で床を見つめていた。

 常に他者を優先し、謙虚である彼女だが、今はその謙虚さが「自分たちはもう不要な存在なのだ」という深い絶望へと繋がってしまっていた。

 

 

 この6人に共通しているのは、新しく赴任してくるという提督への、徹底した『不信感と拒絶』だった。

 

 

 前任者の不祥事の煽りを受け、軍令部からも見捨てられたこのゴミ溜めのような鎮守府。

 そこにわざわざやってくる者など、左遷された無能か、あるいは自分たちをさらに搾取しようとする悪人に決まっている。

 

「足音が聞こえるぜ。……チッ、来たみたいだな」

 

 天龍が鋭く耳をそばだて、窓の外を睨みつけた。

 

 敷地を囲む古い鉄製の正門の方から、静まり返った鎮守府に不釣り合いな、妙に軽快な足音が響いてくる。

 

 6人の艦娘たちは、重い腰を上げて庁舎のエントランスへと向かった。期待などしていない。

 ただ、どのような人間が自分たちを支配しにきたのか、その「敵」の顔を確かめるため、そして隙があれば最初から排除してやるという冷ややかな殺意を胸に秘めて。

 

 ガタガタと建付けの悪い正面玄関の扉を開け、彼女たちが外の様子を窺う。

 雨上がりの湿った空気の中、霧が薄く立ち込める門の前に、2人の人影が立っていた。

 

 

 いや、正確には「1人と、その上に乗るもう1人」だった。

 

 

「ヘーイ! 誰もいないのデスカー!? 提督が着任しましたヨー! Welcomeデース!」

 

 響き渡ったのは、やたらとテンションが高く、妙なカタコトの混じった英語混じりの女性の声だった。

 

 霧の向こうから現れたのは、茶髪の髪を独特の髪飾りのような艤装でまとめ、巫女風の衣装を華麗に着こなした艦娘。

 彼女の顔には、この滅びかけた鎮守府の空気など微塵も気にしていないような、満面の笑みが浮かんでいた。

 

 その姿を見た瞬間、陸奥の、加賀の、そして榛名の目が驚愕に見開かれた。

 

「嘘……、まさか……あの艦娘って……」

 

「『金剛』……!? なぜ、彼女がこんな場所に……!」

 

 そこにいたのは、海軍において『知らない者はいない』とされる最強の艦娘、金剛型戦艦長女の『金剛』だった。

 

 彼女の存在は、通常の艦娘の常識を遥かに超越している。一般的な艦娘が過酷な戦いを経て到達する限界のレベルは185。

 それだけでも一騎当千の英雄として崇められるが、目の前に立つ金剛の戦闘能力、その身に宿る霊子の密度は、データ上で【レベル5000】という、もはやバグとしか言いようのない桁外れの数値を叩き出している。

 

 海軍最強…。世界の命運を握る元帥たちでさえ、彼女の前では一介の軍人として頭を下げ、出撃の許可を懇願するほどの超大物。

 まさに天の上の存在であるはずの彼女が、なぜこのような地方の、しかも崩壊寸前のゴミ溜め鎮守府に立っているのか。6人の頭の中は激しい混乱に陥った。

 

 しかし、驚きはそれだけでは終わらなかった。

 

「コンちゃん、コンちゃん! あそこにお家があるよ! すっごく大きいね!」

 

 金剛の逞しい両肩に、ちょこんと小さな体を乗せて肩車されている幼女がいた。

 

 その幼女は、金剛の頭を両手でしっかりと掴みながら、短い足をパタパタと動かしてはしゃいでいる。

 姿は、あまりにもこの殺伐とした前線には不似合いな、愛くるしい女の子だった。

 

 黄金のように輝く天真爛漫な瞳に、綺麗な金髪。頭上には、不思議な幾何学模様を描いた光の輪――ヘイローが浮かんでいる。

 そして何より異様なのは、彼女が身に纏っている服装だった。

 

 それは、純白の海軍最高幹部用、つまり『提督』の軍服だった。

 

 しかし、仕立てられたサイズが彼女の128センチという小さな体にはあまりにも大きすぎるため、全体的にダボついており、上着の袖は完全に手を覆い隠して「萌え袖」の状態になっている。

 頭には大きすぎる提督帽を斜めに被っており、歩くたびにズレそうになるのを一生懸命に頭を振って直していた。

 

「イブキ、危ないデース! 落ちたら大変だから、しっかり私の頭を掴んでいてくだサイね!」

 

「うん! コンちゃんのあたま、あったかくて大好き!」

 

 金剛は肩の上のイブキと呼ばれた少女を落とさないよう、細心の注意を払いながら、デレデレに緩みきった顔で微笑んでいる。

 

 海軍最強の気高き戦艦、金剛がまるで我が子を盲愛する母親のような表情を見せているのだ。

 

「あの……金剛…さん。その上に乗っているお子さんは……?」

 

 榛名が、困惑と畏怖が混ざった声で恐る恐る尋ねる。

 

 金剛は6人の姿を認めると、誇らしげに胸を張り、肩の上のイブキを優しく地面へと降ろした。

 

「紹介しましょー! この子こそが、今日からこの鎮守府の新しいボス! 『丹花イブキ中将』デース!」

 

 

「「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」」

 

 

 6人の艦娘たちの絶叫が、静かな鎮守府にこだました。あまりの衝撃に、摩耶の顎が外れそうになり、加賀の無表情な鉄面皮が初めて激しく歪んだ。時雨すらも、目を丸くして固まっている。

 

「ちゅう、じょう……!? このガキが、中将だってぇ!?」

 

 摩耶が指を差して叫ぶ。

 

 それもそのはずだ。海軍における「中将」という階級は、数々の激戦を生き抜き、何千、何万という深海棲艦を駆逐したベテランの指揮官が、人生の半ばを過ぎてようやく手が届くかどうかの最高位に近い階級だ。

 

 それを、どう見ても戦場を知らない幼女が持っているというのだ。

 

「イエス! イブキは海軍に入ってまだ3ヶ月も経っていまセェンが、その卓越した『才能』によって、超スピード出世を果たした天才デース! 私の自慢の娘ナノデース!」

 

「イブキ、ちゅうじょうだよ! えへへ、お洋服がちょっと大きいけど、がんばるもん!」

 

 イブキは大きな袖を一生懸命に振って、ペコリとお辞儀をした。

 

 その姿には、前任者の不祥事に対する気負いや、廃墟となった鎮守府への落胆などは一切ない。

 ただただ純粋に、新しい場所に来られた喜びと、大好きな『コンちゃん』と一緒にいられる幸福感で満ち溢れていた。

 

 6人の艦娘たちは、あまりの状況のブッ飛び振りに、完全に戦意を喪失していた。

 

 排除しよう、冷遇して追い出そう、そんな風に意気込んでいた心が、イブキの圧倒的なマイペースさと、その後ろに控えるレベル5000の金剛という絶対的な壁の前に、綺麗さっぱり霧散してしまったのだ。

 何せ、下手にこの幼女に手を出そうものなら、後ろの金剛によってこの鎮守府ごと世界地図から消し去られかねない。

 

「……ねぇ、コンちゃん。イブキ、なんだかお腹が空いちゃった」

 

 緊迫した空気を切り裂いたのは、イブキのお腹の虫の音だった。ぐぅ、と可愛らしい音が静かなエントランスに響く。

 イブキは両手でお腹を押さえ、眉を下げて金剛を見上げた。

 

「オーウ! それは大変デース! 育ち盛りの子供が空腹なんて、マミーとしての私のプライドが許しまセェン! すぐにキッチンを借りて、サイッコーのご飯を作ってあげまショー!」

 

 金剛は腕をまくり、やる気満々で鎮守府の庁舎へと足を踏み入れた。その際、呆然と立ち尽くしている陸奥たちの方を振り返る。

 

「ユーたちも、お腹が空いているデショ? 顔色がすっごくアンヘルシーデース! 私が全員分のフードも作ってあげますから、大人しく待っていなサイ!」

 

 金剛の圧倒的な主導権の前に、誰も反論することができない。

 

 最強の戦艦と、その愛娘である最年少中将提督。この奇妙な二人の来訪によって、絶望に染まっていた鎮守府の歯車が、誰も予想しなかった方向へと激しく回り始めようとしていた。


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