機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
エターナル艦橋。
自ら呼びかけたザフト軍だったが、その声に耳を傾けたのは一瞬だけだった。
クサナギからの通信によれば、今ではすっかり動揺も収まり、ステーション5周辺では再び強固な防衛線が築かれつつあるという。
バルトフェルドはその報告を聞き、冗談めかしてラクスへ声をかけた。
「君の声でも届かないとはね。
ザフトもずいぶん変わったものだ」
「仕方のないことですわ」
ラクスは静かに返した。
だが、その表情は硬い。
セラの言った言葉が、今も頭から離れなかった。
――何もしてこなかったラクス・クライン。
何もしてこなかったつもりはない。
自分なりに戦争を止めようとし、できることをしてきたつもりだった。
それでも、セラのように前線へ立ったわけではない。
兵士たちと同じ場所で砲火に晒され、血を流したわけでもなかった。
戦う者たちの隣で、その痛みを共にしてきたわけではない。
だから、彼らの目に自分がそう映ったとしても、その見方を責めることはできなかった。
「……それでも」
独り言のように漏れた声に、バルトフェルドがラクスを見る。
「それでも、私たちは止まってはなりません」
ラクスは正面を見たまま続けた。
「レクイエムは、人を恐怖によって従わせるための力です。
あれほどの力を持てば、話し合うことも、理解し合うことも必要なくなる。
力を向けるだけで、人を従わせることができてしまいます」
デュランダルの計画も同じだった。
「デスティニープランも、人としての自由を奪うものです。
生まれた時から生き方を決められ、それ以外の明日を選ぶことを許されない。
そんな世界を、受け入れることはできません」
セラの言葉は、今も胸に残っている。
それでも、ラクスは前を向いた。
「明日を選ぶ権利は、誰にでもあるはずですから」
バルトフェルドはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうだな」
ラクスも頷き、再びモニターへ視線を戻した。
その先では、ザフト軍の防衛線が少しずつ形を整えていた。
---
機動要塞メサイア。
広域通信を終えたセラは、デュランダルの隣に立っていた。
デュランダルはその肩へ軽く手を置く。
「ありがとう、セラ。
助かったよ。
急いでまとめた原稿だったが、一度で覚えてくれたおかげで間に合った」
セラがデュランダルを見る。
「不備はありませんでしたか」
「不備というほどのものはないよ。
ただ、もう少し言葉に熱を入れられれば、聞いている者の心を、さらに動かすことができるだろうね」
「熱を入れる」
セラがその言葉を繰り返した。
デュランダルは、それだけで意味が伝わっていないことに気づいたらしい。
少しだけ言葉を選び直す。
「声を大きくする、ということではない。
君自身がその言葉を強く思っていると、聞いている者に感じさせるんだ」
「強く思っていると、感じさせる」
「そうだ。
内容が同じでも、伝え方で人の受け取り方は変わる」
セラは少し目を伏せた。
「はい」
近くでそのやり取りを見ていたシンは、まだ驚いたような顔をしていた。
レイも口には出していなかったが、先ほどの演説には驚いていたらしい。
「……セラ、お前、あんなに長く喋れたんだな」
「そうでしょうか」
「いや、だって普段ほとんど喋らないだろ。
あんなの初めて見たからさ」
「原稿はそう書かれています」
「そりゃ、そうだけど……」
シンは何とも言えない顔で頭を掻いた。
レイもそんな2人を見ながら、わずかに目を細めている。
その時、議長室の扉が開いた。
「議長、失礼します」
作戦参謀の1人が入室し、デュランダルの前で足を止める。
「各部隊から報告です。
ラクス・クラインの呼びかけによって一時的に崩れかけていた士気ですが、先ほどの演説以降、急速に持ち直しています」
その報告を聞き、シンの顔が明るくなった。
「やったじゃないか、セラ! お前のおかげだって!」
セラよりも嬉しそうに、その肩を何度も叩く。
叩かれるたびに、セラの小さな身体が左右へ揺れた。
「シン」
「何だよ」
「セラが痛そうだぞ」
「あ」
レイに言われ、シンは慌てて手を止めた。
「セラ、わりぃ!」
「問題ありません」
その3人を眺めながら、デュランダルは静かに考えていた。
セラを養子に迎えようとした判断は、間違っていなかった。
彼女は求められた役割から逃げず、必要とされたことには黙って応える。
正規の軍人ですらない少女でありながら、ミネルバと共に幾度も戦場へ立ち、十分すぎるほどの結果を残してきた。
だが、今見えたものは、それだけではなかった。
あの少女が画面に現れ、言葉を発したことで、迷っていた兵士たちが再び顔を上げた。
ラクス・クラインと同じ遺伝子を持つというだけではない。
ミネルバで積み上げてきた戦果も、兵士たちと同じ戦場に立ってきたことも、今ではセラ自身の一部になっている。
そして彼女には、人の目を自分へ向けさせる何かがある。
戦いが終わった後、この少女がどのような場所で生きることになるのか。
その時、その力はきっと彼女の支えになるだろう。
「議長」
参謀が、言いにくそうに話を続けた。
「まだ何かあるのかね」
「はい。
一部の兵士から、ラクス・クラインに対する非難の声が上がっています」
デュランダルが少し眉を顰める。
「自分たちの戦いを否定されたと感じたのだろう。
多少の反発が出ることは理解できる」
「それだけではありません」
参謀は続けた。
「先ほどの演説に強く触発された兵士の中に、オーブ軍へこちらから攻撃を仕掛けるべきだと主張する者が出ています。
一部では、命令を待たず持ち場を離れようとした者もいるとのことです」
「軍規違反だな」
「はい。
現場の指揮官が止め、現在は部隊を再編しています。
ただ、その対応に人員を取られ、防衛線の構築が予定より遅れています」
デュランダルは戦況表示へ目を向けた。
兵士たちの士気は確かに戻っている。
だが、強くなりすぎた熱を抑えるため、今度は現場の指揮官たちが時間を取られていた。
「勝手な出撃は認めない。
命令を徹底させ、防衛線の完成を優先するよう伝えたまえ」
「了解しました」
参謀が一礼して退室する。
それは、まだ小さな混乱だった。
だが、その収拾に使われた時間が、オーブ軍へわずかな猶予を与えることになった。
---
オーブ軍を中心とした艦隊が停止してから、まもなく3時間が経とうとしていた。
両軍は、まだ一発も撃っていない。
クサナギ艦橋には張りつめた空気が流れていた。
少ない戦力で敵の前に姿を晒したまま、長時間行軍を止めている。
いつ大軍が押し寄せてくるか分からない状況は、乗員たちが考えていた以上に神経を削った。
「敵部隊、依然としてステーション5周辺。
こちらへ接近する動きはありません」
CICからアマギが報告する。
ソガ一佐は正面の戦術表示を見た。
「牽制もなしか」
「はい。
小規模な部隊を出してくる様子もありません」
こちらの隊列を乱すために接近してくる部隊があってもおかしくない。
遠距離から牽制を仕掛けてくることも覚悟していた。
だが、ザフト軍はそれすら行わなかった。
「向こうも警戒しているんでしょうか」
「だろうな。
150機程度で堂々と止まっていれば、普通は何かあると思う」
こちらが何かを待っていることは、相手にも分かっている。
ザフトはその先に、別働隊や伏兵がいる可能性を警戒しているのだろう。
その慎重さに、今は助けられていた。
だが、いつまで続くかは分からない。
その時、後方から通信が入った。
「後方より通信!」
アマギが端末を確認し、顔を上げる。
「イズモ型3番艦、スサノオです!」
ソガが身体を起こした。
「繋げ」
通信回線が開く。
『こちらスサノオ。
クサナギ、応答願う』
「こちらクサナギ。
聞こえている」
『スサノオ以下、戦闘艦8隻、大型輸送艦15隻。
まもなくそちらへ合流する。
MS戦力、およそ200機。
以後、クサナギの指揮下に入る』
「了解した。
合流後、ただちに戦闘配置へ入れ」
『了解』
通信が切れる。
やがて月の暗がりの向こうから、スサノオを先頭とする艦隊が姿を現した。
先行していた約150機。
そこへ、新たに約200機が加わる。
合わせて約350機。
ザフト軍全体と比べれば、まだ少ない。
それでも、ようやく戦える数になった。
ソガは艦長席から立ち上がった。
「全艦、第一戦闘配備」
「全艦、第一戦闘配備!」
アマギが復唱する。
警報がクサナギ艦内へ響いた。
格納庫では整備員たちが最後の確認を終え、パイロットが次々と機体へ乗り込んでいく。
艦橋では砲術、索敵、機関の各員が配置につき、輸送艦のハッチ内ではMSの眼が次々に光った。
各艦から準備完了の報告が届く。
ソガはその声を聞き、アマギへ顔を向けた。
「全艦隊に回線を開け」
「はい」
回線が開かれた。
クサナギだけではない。
スサノオにも、スカンジナビアの艦にも、輸送艦の中で出撃を待つMSにも同じ声が届く。
ソガは一度だけ息を吸った。
「全艦に告ぐ。
これより我々は、ステーション5への攻撃を開始する」
艦隊回線が静まり返る。
「この戦いは、絶対に負けるわけにはいかない。
我々がここで負ければ、その先にあるのはオーブだ」
誰も声を挟まなかった。
「我々の後ろには国がある。
家族がいる。
友人がいる。
大切な人たちがいる」
ソガは正面を見据える。
「レクイエムを撃たせるわけにはいかない。
あの兵器がオーブへ向けられてからでは遅い」
艦隊にいる誰もが、その意味を理解していた。
「我々は死ぬためにここへ来たんじゃない。
国を守るために来た。
家族を守るために来た。
大切な者たちを守るために、ここまで来た」
一度、言葉を置く。
「全員が生きて帰れるとは言えない。
だが、できる限り生きて帰れ。
隣の仲間も連れて帰れ」
そして、ソガの声が強くなる。
「それでも、守るためにどうしても命が必要だというのなら、その時は我々が出す」
回線の向こうは静かだった。
誰も死にたいわけではない。
恐怖がなくなったわけでもない。
それでも、ここで退けば何を失うのかを、ここにいる者たちは知っていた。
「国を守れ。
家族を守れ。
大切な人を守れ。
眼前のザフト防衛隊を突破し、何としてでもレクイエムを止める」
スサノオが艦隊の先頭へ出た。
各艦の推進器に光が灯り、大型輸送艦からMSが次々と宇宙へ放たれていく。
ソガは正面のザフト防衛線を見据えた。
「全艦――」
一拍。
「突撃せよ!」
無数の光が、一斉にステーション5へ向かっていった。