機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ステーション5防衛隊の指揮艦では、正面モニターに接近する艦隊が大きく映し出されていた。
3時間近く動かなかったオーブ軍が、ついにこちらへ向けて前進を開始している。
「ようやく来たか」
指揮官は戦術表示へ目を落とした。
事前に本隊から届いていた情報では、敵は戦艦8隻とMS約150機。
それはこの目でも確認しており、長いあいだ大きな変化はなかった。
だが、今は違う。
表示を埋める光点は明らかに増え、艦影も先ほどまでの倍近くに膨れ上がっていた。
「何だ、この数……」
「いつ増えたんだ。さっきまであんなにいなかったぞ」
「騒ぐな!」
ざわめきかけた艦橋を、指揮官の声が押さえ込む。
「敵戦力を再確認しろ。数え間違いは許さん」
「了解。照合します」
オペレーターたちが一斉に端末へ向かう。
ほどなくして、正面の表示へ新しい数字が並んだ。
「確認しました。戦艦16隻。MS反応、300以上です」
「……こちらで見えている数と同じだな」
指揮官は奥歯を噛み、通信士へ顔を向けた。
「ダイダロスへ緊急報告。敵戦力、事前情報から大幅に増加。戦艦16隻、MS300機以上。至急、増援を要請する」
「了解!」
送信が始まるのとほぼ同時に、正面の光点が一斉に散開した。
次の瞬間、暗い宇宙を何本ものビームが走り、ザフト側からも迎撃の光が放たれた。
双方の間に無数の光が交差し、静止していた戦場が一気に動き始める。
ダイダロス基地の作戦司令部では、届いた報告に幕僚たちが戦況表示を見直していた。
ステーション5に置いた防衛隊は108機。
報告が正しければ、その3倍近い敵を正面から受けることになる。
「戦艦16、MS300以上だと?」
「識別情報を再照合しました。誤報ではありません」
「増援部隊が合流したのか……」
司令官は表示を睨んだ。
各ステーションは要塞ではなく、固定砲台や防衛用の火器を備えているわけでもない。
そこで戦線を支えているのは、配置されたMSそのものだった。
「ステーション5は維持できん。防衛隊をステーション3まで後退させろ」
「ステーション3まで、ですか」
「そうだ。後詰めをステーション4まで出し、撤退する部隊を援護させる。本隊からも増援を抽出しろ。ステーション3で立て直す」
「了解!」
命令が各隊へ飛ぶころには、ステーション5の戦闘はすでに形を変えていた。
遠距離から撃ち合っていた時間は短く、オーブ側のMSが一気に距離を詰めている。
防衛線の前ではビームが交差し、機体同士が互いの間合いへ飛び込んでいた。
ザクが放ったビームをM1アストレイがシールドで受け、その横からムラサメが飛び込む。
ヒートホークを振り上げれば別の機体が斬撃を受け止め、その間にもう1機が側面へ回り込む。
1機を押し返しても、その後ろから次の機体が前へ出てきた。
『左から来る!』
『こっちも2機だ!』
『隊列を崩すな。下がりながら撃て!』
ザフト側も簡単には崩れなかった。
だが、1機が2機、3機を相手にする状況が各所で生まれ、少しずつ逃げ場を削られていく。
味方を援護しようとすれば別方向から攻撃を受け、1機を追えばその背後から別の敵が迫った。
1機のM1アストレイがビームをシールドで受け、表面を赤く焼かれながらも前進する。
その横ではムラサメが翼の一部を失い、それでもサーベルを抜いて距離を詰めた。
後方で1機が爆発しても、前へ出る機体の数は減らなかった。
『何なんだ、こいつら!』
『止まらないぞ!』
『撃たれてもまだ来る!』
恐怖を押し殺した声が通信へ混ざる。
オーブ兵だって人間だ。死を恐れない訳がない。
それでも、敵は一歩も退かずに自分たちへ襲い掛かってくる。
「稼働機、90を割りました!」
「ダイダロスより撤退命令! ステーション3まで後退せよ!」
「全隊へ回せ。互いに援護しろ。背中を見せたまま逃げるな!」
*****
クサナギの艦橋では、後退を始めたザフト軍の反応が戦術表示を流れていた。
ステーション5の周囲を固めていた光点が崩れ、後方へ向けて移動している。
「敵防衛隊、後退を開始しました!」
「追撃中の各隊から損害報告。行動不能機が増えています」
ソガは敵の動きを見たまま答えた。
「こちらの損害は」
「撃墜、大破ともに増加しています。自力帰還できない機体も複数」
「搭乗員の救難信号は」
「確認できるものは、すべて捕捉しています」
戦術表示には、前線から外れた味方機の反応がいくつも残っていた。
片腕や脚部を失って後退する機体もあれば、推進器を損傷してその場に留まるしかない機体もある。
「後続の輸送艦へ回収を指示。救難信号と行動不能機の位置をすべて送れ。自力で戻れる機体は輸送艦まで下がらせろ」
「了解!」
「前衛は速度を落とすな。ここで止まれば、敵に立て直す時間を与える」
ソガは前方へ視線を戻した。
ザフトの防衛線は崩れた。
だが、敵はばらばらに逃げているわけではない。
互いに援護射撃を重ねながら、隊列を組み直して後方へ下がっている。
「追撃を継続する。突出した部隊は周囲と歩調を合わせろ。1機で敵を追うな」
「全軍へ通達します!」
傷ついた機体を後方へ残しながら、オーブ軍の先頭は止まらなかった。
後続の輸送艦が救難信号へ向かう一方、戦闘可能なMSは後退するザフト軍を追ってさらに前へ出ていった。
*****
撤退命令が出ても、敵との距離はすぐには開かなかった。
損傷した機体を庇えば別の機体が追いつかれ、敵を振り切ろうと加速すれば隊列に穴が開く。
その穴へオーブ軍が食い込み、離脱しようとするザフト機をさらに削っていく。
それでも防衛隊は互いに射線を重ね、少しずつステーション5から離れていった。
後方ではステーション4まで進出した後詰め部隊が展開を終え、撤退してくる味方を待っている。
正面へ向けられたライフルが一斉に照準を合わせた。
『撤退部隊を確認!』
『前を開けろ!』
『追撃部隊、接近!』
『突っ込んでくるぞ! 包囲しろ!』
『前衛が抜けるまで持たせろ!』
後詰めの一斉射撃が、追いすがるオーブ軍の先頭へ降り注いだ。
ようやく開いた隙間を、ステーション5防衛隊の残存機が次々と通り抜けていく。
後詰め部隊はその前へ出ると、追撃してくる敵を受け止めた。
だが、オーブ軍は止まらなかった。
先頭を押し返しても別の機体が左右から回り込み、後続が途切れることなく前へ出てくる。
後詰め部隊も目的を果たすと戦線に固執せず、隊列を保ったままステーション3へ後退を始めた。
ステーション5から退いた部隊がステーション3へ届いたころ、残っていた機体は出撃時の半数ほどになっていた。
後詰め部隊も損害を出したが、こちらはまだ大部分が隊列を維持している。
2つの部隊はステーション3周辺で合流し、追ってくるオーブ軍へ再び機首を向けた。
その後方からは、本隊より抽出された増援が急行している。
だが、到着までにはまだ時間が必要だった。
*****
ステーション1に配備されたミネルバの艦橋では、戦術表示が絶えず更新されていた。
タリアはステーション3周辺へ集まった識別反応を見つめ、眉間に皺を寄せている。
敵の反応は、そのさらに外側から押し寄せるように広がっていた。
「ステーション5防衛隊はステーション3への後退を完了しました。後詰め部隊も合流しています。本隊からの増援は、まだ到着していません」
「不味いわね」
メイリンの報告に、タリアは小さく息を吐いた。
ステーション5も4も短時間で抜かれ、今はステーション3で増援を待ちながら戦線を支えている。
この勢いのまま押し込まれれば、いずれステーション1も戦場になる。
その時、格納庫から艦橋へ通信が入った。
『艦長』
「No.2?」
『今の状況なら、俺を出した方がいい』
タリアは正面表示から視線を外さなかった。
「却下します」
『理由は』
「あなたとネメシスを知っているザフト兵は、ほとんどいません。今の前線へ正体の分からない機体を入れれば、余計な混乱を招きます」
つい先ほどまで、命令を待たずに前へ出ようとする兵士まで出ていた。
ようやく各部隊が落ち着きを取り戻したところへ、さらに混乱の種を加えるわけにはいかない。
『ネメシスは近接戦闘に特化している。敵はもう距離を潰している。今の戦況なら使える』
「問題はそれだけではありません。あなたが出れば、本艦の直掩はルナマリアのインパルス1機になります」
『バンパイアを残す。4機いる』
その数字に、メイリンの手が止まった。
月面基地で初めて見た時、バンパイアは12機いた。
「……4機しか、残っていないんですか」
『そうだ』
「あの、撃破された機体に乗ってた子たちは、無事なんですか」
『知らない』
「知らないって……」
一拍置いても、No.2の声は変わらなかった。
『バンパイアは量産機だ。生命維持装置も最低限しかない。機体が損傷すれば、あれらもまず無傷では済まない。まだ幼体だからな。それに生きていても交換対象になる』
「交換って……人を、ですか」
『Lシリーズは人間じゃない。部品だ』
メイリンは返す言葉を失い、通信表示を見つめた。
No.2の声には、冷たく言い放ったという響きすらない。
ただ決められていることを、そのまま答えただけだった。
タリアはメイリンを一度だけ見てから、再び戦況表示へ視線を戻した。
「残った4機で、本艦を守れるのね」
『1個小隊あれば十分だ。インパルスもいる。不足であればL-31も呼び戻せばいい』
「……分かりました。ネメシスの出撃を許可します」
『了解』
「司令部には私から話を通します。あなたはステーション3へ向かい、現地の指揮を乱さないこと」
『分かった』
通信が切れる。
タリアはすぐにメイリンへ向いた。
「ダイダロス司令部へ回線を」
「……はい」
返事がわずかに遅れたが、メイリンの手はすぐに動いた。
数秒後、ダイダロス作戦司令部との通信が開く。
『こちらダイダロス作戦司令部。ミネルバ、どうした』
「本艦からステーション3へ増援を1機向かわせます」
『たった1機? それが何になるというのだ』
「詳細は省きます。ただ搭乗者の実力、そして機体は非常に強力です。必ず助けになります。前線には友軍機として通達してください」
通信の向こうで、短い沈黙があった。
今の司令部に、使える戦力を遊ばせておく余裕がないことはタリアにも分かっていた。
『……了解した。識別情報を送ってくれ。ステーション3防衛隊には、ミネルバから友軍機1機が向かうと伝える』
「お願いします」
通信が切れると、タリアは艦内回線へ切り替えた。
「ネメシス、発進を許可。バンパイア4機はミネルバ直掩に残しなさい」
『了解』
「あと……」
『なんだ』
「神経接続補助ユニットを着用しなさい。あなたのサイズに作らせたわ」
『いらん』
「着用しないと発進は許可しないわよ」
『……了解した』
通信を切ったNo.2は、渋々ヴィーノから黒いスーツを受け取る。
格納庫の外扉が開き、黒い大型機の前方に宇宙が広がった。
その後方では、残った4機のバンパイアが静かに機体を起こしていく。
かつて3個小隊を組んでいた機体は、今では1個小隊を残すだけになっていた。
ネメシスのコクピットで、No.2はステーション3の戦況表示を見た。
押し寄せる敵反応を確認すると、その口の端がほんのわずかに上がる。
『ネメシス、出る』
黒い機体がミネルバを離れ、ステーション3へ向けて加速した。