機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ステーション3まで進んだところで、オーブ軍の前進は止まった。
前方には防衛線を組み直したザフトのMSが、およそ150機。
さらにその後方から、新たに120機ほどの増援が姿を現している。
対するオーブ軍は、ステーション5から続いた戦闘で少なくない損害を出していた。
出撃時と比べれば損耗率は25%に達し、戦闘が可能なMSはおよそ260機まで減っている。
先ほどまでのように数で押し込み、そのまま突撃を続けられる状況ではなかった。
「各隊、追撃を中止。隊列を組み直せ」
「了解! 全隊へ通達します!」
クサナギの艦橋で、ソガは正面モニターを睨んでいた。
オーブ側のMSが次々と速度を落とし、散開していた部隊が再び艦隊前方へ集まってくる。
一方のザフトもステーション3周辺へ機体を集め、こちらの次の動きを待つように防衛線を整えていた。
ソガの視線が、その背後に浮かぶ巨大な構造物へ移る。
ステーション3。
レクイエムの射線を構成する中継設備の1つだった。
ここを破壊できれば、少なくとも今までのような精密射撃を続けることは困難になる。
「あと少し……」
思わず漏れた言葉に、ソガはすぐに頭を振った。
足りない戦力を数えても仕方がない。
オーブもスカンジナビアも、この戦いへ投入できる戦力のほとんどをすでに出している。
カガリは、その軍を自分に預けた。
国を守るために戦えと命じ、その指揮を任せたのだ。
ならば、ここで兵を無駄に使い潰すことだけはできない。
「損傷機は後方へ。補給可能な機体は弾薬と推進剤を補充させろ」
「了解」
「ザフトが前へ出てきた場合は迎撃する。こちらから仕掛けるな」
「各隊、現位置で待機させます」
命令が伝わり、前線の動きが少しずつ収まっていった。
双方のMSが互いの射程を意識した距離で隊形を整え、砲口だけを相手へ向けている。
ほんの少し前まで無数のビームが飛び交っていた空間に、不自然な静けさが戻っていた。
今は損害を増やす時ではない。
勝機が来るまで耐える。
そのための種は、もうすぐ芽吹こうとしていた。
ソガはそう考えながら、ザフト側の動きを待った。
だが、何も起こらない。
防衛線を整え終えたザフトは、こちらへ1機も前進させようとしなかった。
牽制射撃すらなく、挑発するような動きも見えない。
「……妙だな」
「敵、防衛線を維持したままです」
「増援を待っているのでしょうか」
「それなら、なおさらこちらへ圧力を掛けてもいいはずだ」
ソガは眉をひそめた。
攻めれば守りやすい位置から離れることになる。
それは分かる。
だが、こちらも損耗している以上、ザフトにとって今は押し返す機会でもあるはずだった。
それでも敵は動かない。
互いに銃を向けたまま、ステーション3の前で時間だけが過ぎていった。
*****
ダイダロス基地の作戦司令部では、新たに現れた反応を前に空気が張り詰めていた。
「ステーション3側面に新たな艦隊反応。戦艦1隻、大型輸送艦4隻を確認」
「MS搭載数は」
「正確には出ていません。しかし艦種から推定して、およそ60機です」
「60機か……」
戦術表示には、正面のオーブ軍とは離れた位置に新たな光点が並んでいた。
まだMSはほとんど展開されておらず、センサーで捉えられるのは艦艇の反応が中心だった。
だが、その位置は無視できるものではない。
「オーブの別働隊でしょうか」
「それ以外、何に見える」
作戦司令は眉間を押さえながら答えた。
正面の部隊と距離を取り、こちらの側面へ回り込む位置にいる。
もしステーション3防衛隊がオーブ本隊へ攻撃を仕掛ければ、その横腹へ60機近いMSをぶつけられる位置だった。
「助攻部隊と見ていい。正面だけを見て前へ出れば挟まれるぞ」
「正面の敵は、およそ250機余り。側面には60機規模の助攻部隊」
「こちらの残存戦力は355機です」
「数だけなら戦えるな」
「ですが、これで全部という保証がありません」
別の幕僚の言葉に、司令部が静まった。
つい先ほどまで敵は150機程度しか確認されていなかった。
それが短時間のうちに倍以上へ膨れ、今度は側面にまで別働戦力が現れている。
今見えているものだけを敵のすべてだと考えるのは危険だった。
「ステーション3は現位置を維持。敵が動くまで防衛線を崩すな」
「了解!」
その時、オペレーターが声を上げた。
「後方より友軍機1、急速接近!」
「友軍?」
「識別確認。ミネルバから派遣された機体です!」
作戦司令は戦術表示へ目を向けた。
1つの反応がステーション3防衛線へ近づき、そのまま速度を落とすことなく通過していく。
「どこへ行く気だ」
「進路……側面の敵艦隊です」
「何だと?」
機影は、単機のまま60機規模の戦力を抱える艦隊へ向かっていた。
ステーション3の前線でも、その動きはすぐに確認されていた。
『後方より友軍機!』
『ミネルバから増援が1機来るとは聞いている』
『あれか!?』
『速い! 速すぎる!』
ステーション5から後退した部隊と、その撤退を支援した部隊は、今では1つの防衛線としてステーション3周辺に展開している。
彼らの頭上を、見覚えのない黒い大型MSが猛烈な速度で通り抜けていった。
防衛隊指揮官はすぐに通信を開いた。
「そこの友軍機、停止しろ! 単機で前へ出るな!」
返事がない。
「聞こえているのか! 敵は60機規模だぞ!」
指揮官の再度の呼びかけに、一言だけ返ってきた。
『気にするな』
「……何?」
返事はそれだけだった。
黒い機体は一度も速度を落とさず、側面へ現れた艦隊との距離を詰めていく。
「おい、待て! 単機で何をするつもりだ!」
呼び止める声に、もう返答はなかった。
*****
ステーション3の側面に現れた艦隊には、戦場とは思えないほど緩い空気が流れていた。
艦橋の正面モニターには、遠くステーション3を挟んで対峙するオーブ軍とザフト軍の姿が映っている。
双方ともまだ撃ち合いを再開しておらず、光点だけが戦術表示の上で睨み合っていた。
「オーブも随分と押し込んだものだな」
「我々が出るまでもないのでは?」
「それならそれで結構だ。こちらまで損害を出す必要はない」
艦隊指揮官は椅子へ身体を預けたまま、戦況表示を眺めていた。
「MS隊の発進は」
「まだ待機中です。出しますか?」
「必要ない。ザフトがこちらへ来る様子もないだろう」
「了解」
大型輸送艦の格納庫には、ダガーLが並んだまま固定されていた。
その中に少数のウィンダムが混じっているが、どの機体にも発進命令は出ていない。
パイロットたちもコクピットには入らず、待機区画で戦況を眺めている者が多かった。
彼らはオーブ軍の指揮下にはいない。
ブルーコスモスを支持する複数の国々が、独自に送り込んだ部隊だった。
「オーブには援助を断られましたが、本当に問題ありませんか」
「だから何だ。我々まで戦うなと言われたわけではない」
「ですが、共同作戦ではありません」
「戦後にザフトへ何かを要求するなら、我々も戦ったという事実は必要だ。ここまで艦隊を出した以上、何もしていないとは言わせんよ」
指揮官は遠くの戦場へ目を向けた。
オーブがザフトを削るなら、それでいい。
必要になれば最後に戦力を出し、自分たちも戦闘へ参加したという記録を残せばいい。
その時、警報が鳴った。
「高速接近反応!」
「何だ」
「MS1機。ザフト側からこちらへ向かっています」
「1機?」
艦橋の何人かが笑った。
「偵察か?」
「この艦隊相手に?」
「対空火器に任せろ。MS隊を出すほどでもない」
だが、その笑いは長く続かなかった。
「接近速度、上昇!」
「速い……!」
「対空戦闘! 迎撃しろ!」
艦の各所から対空砲火が放たれた。
無数のビームと実弾が、迫る黒い機影へ集中する。
その中心へ、ネメシスは速度を落とさず飛び込んだ。
No.2の目が射線を追う。
次に撃たれる位置が見えるより早く、黒い機体の軌道が変わった。
右へ加速した直後、機体がその場へ縫い付けられたように停止する。
照準が追いつくより早く真下へ沈み、次の瞬間には逆方向へ跳ねる。
噴射方向と機体の動きが一致せず、撃つ側からすれば、どこへ動くのか予測することさえできなかった。
『何だ、あの動き!』
『照準が追いつかない!』
『正面、来るぞ!』
ネメシスは対空砲火の隙間へ入り込んだ。
黒い大型機が戦艦の上部構造へ迫り、右腕の大型ビームサーベルを抜く。
艦橋が目前へ迫る。
ネメシスは避けなかった。
すれ違いざまに刃を振り抜き、青白い光が艦橋基部へ深く食い込む。
そのまま機体を艦体へ沿わせ、サーベルを外板へ押しつけたまま艦尾へ向かった。
巨大な船体に、赤熱した切断痕が一直線に伸びていく。
装甲が裂け、内部区画から火花と空気が噴き出した。
遅れて爆発がいくつも起こるが、ネメシスはその炎より速く船体後方へ抜けていく。
艦尾へ到達すると、黒い機体が急反転した。
戦艦の巨大なエンジン噴射口が正面に入る。
ネメシスの腹部装甲が開き、内側から砲口が露出した。
位相収束砲が発射される。
高出力の光が噴射口から機関部へ突き刺さった。
一瞬遅れて船体内部が膨れ上がり、艦尾から連続して爆発が走る。
機関部で起きた誘爆は止まらず、巨大な艦体が中央から折れるように崩れていった。
「戦艦の艦橋が!」
「機関部に爆発を確認!」
「艦内誘爆止まらないようです!」
輸送艦群から見るその様子は悲惨なものだった。
戦艦が爆発し、破片と炎が周囲へ広がる。
退避命令が全艦へ届くよりも早く、艦体は制御を失っていた。
大型輸送艦の格納庫で、ようやく発進命令が出る。
『全MS緊急発進!』
『急げ! 戦艦がやられた!』
『ダガーL、出せる機体から出ろ!』
固定アームが次々と外れ、ダガーLが宇宙へ飛び出した。
遅れて数機のウィンダムも続く。
目の前では、先ほどまで艦隊の中心にいた戦艦が爆発を繰り返していた。
『あいつだ!』
『1機しかいない、囲め!』
『撃て!』
ダガーLのライフルから一斉にビームが放たれた。
ネメシスが加速する。
その進路へ射線が集まるより早く停止し、直後には横方向へ滑る。
敵がそちらへ照準を振った時にはもう反転しており、黒い巨体は別方向から隊列の内側へ入り込んでいた。
『また消えた!?』
『違う、後ろだ!』
ダガーLが振り向く。
ネメシスはすでにその背後を通過していた。
大型ビームサーベルが1機の胴体を斜めに切り裂く。
補助アームが別の機体のライフルを弾き、空いた正面へネメシス本体が踏み込む。
2機目が撃つ前に刃が肩から胸部へ走り、その機体も爆発の中へ消えた。
『狙うな! こいつは狙って当たる相手じゃない!』
『隊長!』
『周囲へばら撒け! 逃げ道ごと塞げ!』
部隊指揮官の命令に、ダガーLたちが一斉に距離を取った。
今度はネメシスそのものではなく、その周囲へ向けて無数のビームが放たれる。
黒い機体の上下左右を光が埋めた。
すべては避けきれない。
数本のビームがネメシスの肩と腰部装甲を捉えた。
『当たった!』
歓声が上がる。
だが、黒い装甲の表面を赤紫の光が走っただけだった。
ビームは装甲表面で散らされ、ネメシスの速度はほとんど変わらない。
『効いてない……?』
『直撃したんだぞ!?』
『何なんだ、あれは!』
指揮官機が再びビームライフルを構える。
その瞬間には、ネメシスが正面にいた。
『な――』
大型ビームサーベルが振り抜かれる。
ダガーLの機体が上下に分かれ、爆発が通信ごと呑み込んだ。
指揮官を失った部隊の動きが乱れる。
距離を取ろうとする機体。
輸送艦へ戻ろうとする機体。
なお射撃を続けようとする機体。
それぞれが別方向へ動き始めた。
その中央を、ネメシスだけが迷いなく進んでいく。
コクピットの中で、No.2の口元が緩んでいた。
周りには
右を向いても、左を向いても、前にも後ろにも
味方の位置を気にする必要がない。
射線へ誰かが入る心配もない。
壊してはいけないものを選り分ける必要もなかった。
壊していいものだけが、いくらでも並んでいる。
No.2にとっては、それだけのことだった。
もっとも、目の前に並んでいるのはダガーLばかり。
オーブの高性能機なら、ネメシスの性能を示す材料としてもう少し価値があっただろう。
それでも、この程度の部隊を単機で潰したという記録は残る。
ネメアの機体が、1機で艦隊を壊滅させたという結果も残る。
No.2自身は、ネメアという組織に忠誠心など持っていない。
だが、ネメアの名に値が付くことが、自分たちにとって不利益ではないことくらいは理解していた。
「まあいい。L-31が戻らないせいで、こっちは稼働率が下がらなかったのだ。これくらいは息抜きにさせてもらう」
ネメシスの正面で、立て直そうとしていたダガーLの一団が散開する。
No.2はその中心へ機体を向けた。
次の瞬間、黒い巨体が再び加速し、敵の群れの中へ飛び込んでいった。