貞操逆転世界で幼なじみ♀を慰めてたら襲われた   作:おねがいします

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逆視点

 

 

 また振られた。

 

 高校に入ってから何回目だろう。

 

 今回はいけると思ったのに。

 

 だって朝すれ違った時、向こうから「おはよう」って言ってくれたし、体育のあとも少し話せたし、目も何回か合ったし。

 

 ……いや今思うと全然だった気もする。「恋の運命が二人を結びつけた」みたいな恋愛漫画のありふれた展開に導くことは私にとって絶望的な試練であった。

 

 帰り道で告白して、内心迷惑だったのだろうけど申し訳なさそうに謝られて、周囲の冷やかしの視線を避けるように帰ってきた。

 

 もう最悪。

 

 情けない。

 

 恥ずかしい。

 

 ベッドに顔を埋めて「あああああ……」って呻いてたら、お母さんが呆れた顔で、

 

「はいはい、またあの子呼んだの?」

 

 と言った。 

 

「もちろん」

 

 数十分後経っても私は自室のベッドに転がっていた。

 

「で、今回は?」

 

 呆れた声。肩までの黒髪を適当に結んだ彼女は、制服のカーディガン姿のまま机にもたれ、いつもの「またか」という半目を向けてくる。整った顔立ちなのに愛想は薄めで、その気だるそうな雰囲気が妙に似合っていた。

 

 けど追い返す感じじゃない。

 

 この声を聞くと、なんか安心する。

 

「サッカー部の二年」

 

「早いよ」

 

「でも今回はいけると思ったんだってば!」

 

「どこに脈を感じたの」

 

「挨拶してくれた」

 

「それだけ?」

 

「それだけじゃないもん! 笑ってくれたし!」

 

 はあ、と深いため息。

 

 でも結局、この子はちゃんと最後まで話を聞いてくれる。

 

 昔からそうだ。

 

 小学校の頃、転んで泣いた時も。

 

 中学で友達と喧嘩した時も。

 

 初恋で振られた時も。

 

 気づけばいつも隣にいた。

 

 高校は別クラスになったけど、こういう時は結局反省会に参加してくれる。

 

 他の子には言いにくいことも、彼女には言える。

 

 変に慰めすぎないし、でも放ってもおかない。

 

 距離感がちょうどいい。

 

「灯里、自分で思ってるより距離詰めるの早いんだよ」

 

「えー」

 

「男怖がってたでしょたぶん」

 

「そんな草食動物みたいに言う?」

 

「この世界の男は基本そうなんだよ」

 

 真顔で言うから少し笑ってしまった。

 

 たまに悟っているみたいな変なこと言うのがよくわからない。

 

 でも不思議と納得してしまう。

 

「ほらティッシュ」

 

「……ん」

 

 ティッシュ箱の位置も当然彼女は把握している。私は鼻をすすりながら受け取る。

 

 狙った子に逃げられて悔しい。

 

 本当に悔しい。

 

 なのにこうして話してると、少しずつ落ち着いてくる。

 

 さっきまで「もう恋愛なんて無理……」とか思ってたのに、今はそこまででもなくなってる。

 

「好きになる速度だけなら台風なんだね」

 

「悪口?」

 

「事実」

 

 むっとしてクッションを投げたら避けられた。

 

 笑ってる。

 

 その顔を見てたら、なんだか急に安心して、力が抜けた。

 

 私はそのままベッドに倒れ込む。

 

「……やっぱり落ち着く」

 

「自分の部屋だからね」

 

「そうじゃないんだって」

 

 本当にそうだった。

 

 振られて泣いてても、キミに話を聞いてもらえるだけで大丈夫な気がする。

 

 たぶん私は、失恋するたびに慰めてくれるこの幼なじみに、かなり甘えている。

 

 そんなことを考えていたら、ふと衝動みたいに体が動いた。

 

「……灯里?」

 

 怪訝そうな声を無視して、私はベッドから起き上がると、そのまま彼女に抱きついた。

 

「うわ、ちょっ」

 

 一瞬だけ体が強張る。

 

 でも振りほどかれなかった。

 

 むしろ少し戸惑ったあと、背中にそっと手が回される。

 

「……なに急に」

 

「なんか、したくなった」

 

「い、意味わかんない」

 

 呆れた声なのに、離そうとはしない。

 

 制服越しに伝わる体温が温かくて、じんわり安心する。

 

 受け入れてくれたことが嬉しくて、胸の奥がふわっと軽くなった。

 

 包まれてるみたいだった。

 

「……これが母性?」

 

「違うと思う」

 

 即ツッコミされて小さく吹き出した。

 

「じゃあなに」

 

「スキンシップのつもりでしょ。そういう重い概念にしないで」

 

「失礼」

 

 そう言いながらも、彼女の手は優しく背中を撫でてくれる。

 

 私はそのまま目を閉じた。

 

 しばらくの間、二人でそうしていた。

ーー

 また振られた。

 

 今回はクラスの男子。

 

 というか、よく考えたらほとんど話したこともない。

 

 じゃあなんで告白したのかと言われると、消しゴムを拾ってくれたからだ。

 

 ……いや違う。

 

 違わないけど違う。

 

 あれは絶対ちょっと優しかったし、渡す時もなんか照れてたし、私が「ありがと」って言ったら目逸らしたし。

 

 脈アリに見えるでしょ普通。

 

 結果は普通に違った。

 

「それで告白したの?」

 

 放課後、私は今度は幼なじみの家に転がり込んでいた。

 

 今日は向こうの部屋。

 

 白と黒で統一されたシンプルな部屋で、余計な物はほとんど置いていない。壁際には背の低い棚とゲームソフトが並び、ベッドのシーツもきっちり整えられている。ほんのり柔軟剤みたいな匂いがして、相変わらず落ち着く空間だった。

 

 ローテーブルの上には、いつの間にか湯気の立つ紅茶が置かれている。

 

 たぶん、私のため。

 

 ベッドの上に座っていた私に対して、彼女は床に座ってゲーム機をいじりながら呆れた声を出す。

 

「だって絶対意識してたもん」

 

「消しゴム拾っただけで?」

 

「いや目逸らしてたし」

 

「そりゃ灯里に見つめられたら男は逸らすのでは?」

 

「なんで?」

 

「肉食獣にターゲットにされたらどう反応する?」

 

「ひど」

 

 でも否定できないのが悔しい。

 

 彼女はちらっとこっちを見る。

 

 短く切り揃えた黒髪。気だるそうな半目。女子にしては少し低めの声。

 

 相変わらず愛想は薄いくせに、こういう時だけちゃんと付き合ってくれる。

 

 昔からそう。

 

 私が落ち込むと、なんだかんだ隣にいてくれる。

 

 だから気づけば、こうして彼女の部屋に来るのが当たり前になっていた。

 

「この世界の男は急に来られると普通に怖がる」

 

「またその世界観の話してる」

 

 意味わかんない、と笑う。

 

 すると彼女はどうせわかってくれやしないと言いたげに小さく肩をすくめた。

 

 昔から彼女は、こういう「別の世界では」とか「この世界の男は」とか、よくわからないことをぶつぶつ言っていた。

 

 本人の妄想の舞台設定いわく、別の世界では男の方がもっと積極的らしい。

 

 好きならちゃんと口説きに来るし、女の子を待たせたりしない世界なんだとか。

 

 正直意味はわからないけど、少しだけ羨ましかった。

 

 そんな世界なら、私も一回くらい行ってみたかったなと思う。

 

 ちょっと面白い。

 

 振られた直後なのに、ここにいると少しずつ気分が戻ってくる。

 

 教室で断られた時は本当に死にたかったのに。彼女の落ち着いた息遣いが部屋に暖かみを足しているようだ。

 

 しばらく軽い説教を受けた私はベッドに倒れ込み、ぐでっと枕を抱えた。

 

「……もう恋愛向いてない気がする」

 

「それはそう、もうこんな事してほしくないんだよ」

 

「ん? ちゃんと否定して? 恋愛するなってこと? 」

 

「そんな感じ。でも真っ直ぐ好意を向ける勇気はすごいと思う。必ず玉砕するけど」

 

「褒めてる?」

 

「半分くらい」

 

 相変わらず適当。

 

 でもこういう雑な優しさが落ち着く。

 

 変に「大丈夫?」って気を遣われるより楽だった。

 

 しばらく黙って天井を見ていたら、不意に頭を軽く叩かれた。

 

「ほら、泣くなら鼻かみな」

 

 幼い子をあやすように私の鼻にティッシュを押し付ける。落ち着いた私を見て彼女は少しだけ目を細めた。

 

 たぶん笑ったんだと思う。

 

 その顔を見ると、胸の奥がじんわり温かくなる。

 

 ああ、やっぱり落ち着く。

 

 ここに来ると安心する。

 

 振られても、上手くいかなくても、この子だけは変わらない気がするから。

 

ーー

 今日は遅くなったからお言葉に甘えてそのまま泊まらせてもらった。

 

 彼女のお母様が「久しぶりに一緒にお風呂入れば?」とか言い出してそれもいいと思った。彼女は動揺して首を振って断っているが。半分いたずら心でリラックス中のなか入り込んだ。真っ赤な顔で目を逸らしている。

 

 小さい頃は何度も姉妹のように遊んで風呂に入ることだってしてたのにそんなに嫌がらなくても。女子高生二人が湯船に入るとさすがに窮屈だっでもあの頃を思い出して心が温まった。

 

 ーー

 彼女は時々、変に大人びた顔をする。

 

 普段は気だるそうで、面倒くさがりで、ゲームしてる時なんか年相応なのに。

 

 たまに、急に。

 

 全部わかってるみたいな目をする。

 

 今もそうだった。

 

「灯里、男ってこっちでもある意味、好意向けられ慣れてないから」

 

 淡々とした声。

 

 まるで自分が「男側」を知っているみたいな言い方。

 

「急に距離詰められると普通に警戒するんだよ」

 

 そう言って紅茶を飲む横顔は、高校生というより、恋愛相談に慣れた年上のお兄さんみたいだった。

 

 私は思わずじっと顔を見る。

 

「……なに」

 

「いや、たまに変だなって」

 

「毎回振られにいく灯里のほうが変」

 

彼女の失礼な返しは一旦無視する。

 

「なんか女子高生っぽくない時ある」

 

 すると彼女は一瞬だけ黙った。

 

 そのあと、小さく息を吐く。

 

「まあ、訳あって中身おっさんだから」

 

「また変なこと言ってる」

 

 冗談っぽく返したけど。

 

 その時の彼女の目は、少しだけ本当に大人みたいだった。

 

ーー

 最近、彼女が男の子と話しているところをよく見る。

 

 前はそこまでじゃなかった気がするのに。

 

 廊下で呼び止められていたり、購買で男子グループに混ざっていたり、放課後に教室で話していたり。

 

 しかも、なんか普通に仲がいい。

 

 あの子、変に壁を作らないからだろう。相手のラインを気にせず踏み込む強さもある。

 

 女子相手みたいに自然に話すし、変に意識しないし、誰にでも同じ温度で接する。

 

 だから向こう側も安心するのかもしれない。

 

 今日だってそうだった。

 

 昼休み、クラスの男子が重そうにプリント束を運んでいた。

 

 すると彼女は、通りがかるついでみたいな顔で、

 

「持つ?」

 

 と当たり前みたいに半分抱えていた。

 

 相手は一瞬かなり慌てた顔をしていたけど、彼女は全然気にしていない。

 

 そのあとも自然に世間話して、そのまま別れていた。

 

 たぶん本人は何も考えてない。

 

 でも、あれは勘違いする。

 

 絶対する。

 

 現に、その子、しばらく彼女の背中見てたし。

 

「……モテるわけだ」

 

 思わず呟く。

 

 なんか悔しい。

 

 例えば私が精一杯の着飾った言葉を探している時、彼女はまっさらな善意を私より早くそして誰に対しても向けられる。

 

 私が“嫌われないように”笑っている横で、彼女は普通にしてるだけで好かれていく眩しさがある。

 

 放課後、いつものように彼女のクラスへ行くと、ちょうど男子二人と話しているところだった。

 

 窓の外は夕焼けでオレンジ色に染まっていて、教室の床にも長い影が伸びている。笑い声の混ざるざわついた空気の中で、彼女は自然にそこに溶け込んで見えた。

 

 向こうは妙に嬉しそうだし、彼女はいつもの無表情で適当に返してる。

 

 でもその空気感が自然すぎて、少しだけ胸がざわついた。

 

「灯里?」

 

 私に気づいた彼女が顔を上げる。

 

 二人も「あ、じゃあまた」と、名残惜しそうに手を振りながら廊下へ出ていった。開いた扉から吹き込む夕方の風が、彼女の黒髪をふわりと揺らす。

 

「待ってた?」

 

「別に」

 

 本当はちょっと待ってた。

 

 でもなんとなく言いたくなかった。

 

 帰り道、私は何気ないふりをして口を開く。

 

「ねえ、今週の休みさ」

 

「ん?」

 

「新しいコスメ見に行かない?」

 

 少し間があった。

 

 彼女は珍しく、少し言いにくそうな顔をする。

 

「あー……ごめん。その日、先約ある」

 

「え?」

 

「この前話した子たちと遊ぶ」

 

 一瞬、頭が空白になった。

 

 へえ。

 

 そうなんだ。

 

 男の子と。

 

 遊ぶんだ。

 

「……そっか」

 

「埋め合わせなら別日に——」

 

「いや、大丈夫」

 

 声はちゃんと普通だったと思う。

 

 でも胸の奥が変だった。

 

 なんだろうこれ。

 

 別に恋人じゃないのに。

 

 遊ぶくらい普通なのに。

 

 今までだって彼女は男の子と話してたのに。

 

 なのに。

 

 なんでこんなに落ち着かないんだろう。

 

 駅までの道が、赤く染まっていた。沈みかけた夕日がビルの隙間から差し込んで、アスファルトに長い影を落としている。踏切の警報音が遠くで鳴って、帰宅する人たちの流れが横を通り過ぎていく。そのざわめきの中で、隣にいる彼女だけが妙に遠く感じて、道が長く感じた。

 

 隣を歩く彼女はいつも通りなのに私だけが変に静かだった。

 

「灯里?」

 

「……なに」

 

「なんか元気なくない」

 

「そんなことないし」

 

 彼女は少しだけ首を傾げる。

 

「今度さ、その子たちとも一緒に遊ぶ?」

 

「……え?」

 

「当日ちゃんと暴走しないようにサポートするから。みんないい子だと思うよ。」

 

 おどけた様子で言われて、少しだけ言葉に詰まる。

 

 たぶん気を遣ってくれてるんだと思う。

 

 私が置いていかれたみたいな顔してたから。

 

 男の子との関わりを作ってくれようとしてる。

 

 それは、ありがたい。

 

 ありがたい、はずなのに。

 

 なんでだろう。

 

 胸の奥に小さな違和感が残った。

 

 でも、せっかく誘ってくれたんだし。

 

 私はいつもの調子を取り戻すみたいに笑う。

 

「ほんとに!? ぜひお願いっ」

 

「なら今度聞いとく」

 

「うん。せっかくだし、ちゃんと可愛い服で行こっかな」

 

 本当にわかってない顔。

 

 たぶん、この子は。

 

 誰にでも優しい。

 

 男の子にも。

 

 女子にも。

 

 困ってる人を放っておけない。

 

 だからモテる。

 

 だから好かれる。

 

 ちゃんと理由はわかる。

 

 わかるのに。

 

 その優しさが、自分以外にも向いていることが。

 

 なぜか少しだけ、寂しかった。

 

ーー

 四人で遊ぶ当日。

 

 待ち合わせの前に、彼女がうちへ来てくれた。

 

「で、今日の目標は?」

 

 私の部屋に入って早々、彼女は机の横に置いてあったクッションを抱えながらそう言った。

 

 なんか面接みたい。

 

「えっと……自然に仲良くなる?」

 

「抽象的」

 

「じゃあ連絡先交換!」

 

「高校生の目標としては低くない?」

 

「うるさいなあ!」

 

 ベッドの上に並べた服を見比べながら反論する。

 

 今日は絶対失敗したくなかった。

 

 彼女が「大丈夫そうな人」と言ってくれた相手だし、実際、写真を見せてもらった時も優しそうだった。

 

 今までみたいに勢いだけで突っ走るんじゃなくて、ちゃんと仲良くなりたい。

 

 何より私のためにセッティングしてもらった以上下手な真似はできない。

 

 だから昨日からずっと服も悩んでる。

 

 もし今日もうまくいかなかったら、きっとまた「私は選ばれない側なんだ」って思ってしまう気がして怖かった。

 

「これとこれ、どっちがいいと思う?」

 

「こっち」

 

「なんで?」

 

「右は気合い入れすぎ」

 

「うっ」

 

 即答だった。

 

 こういうところ、本当に妙に男心を理解しているというか。どこで身につけたのかわからないが目が良い。

 

 ある時本当に脈アリかもと感じさせる男子の先輩がいた。その人の写真を見せて紹介した時、数秒沈黙して、

 

「……やめとけば」と忠告された。実際その人はたくさんの女子と関係を持って高い物を貢がせる地雷だった。

 

「あと灯里」

 

「なに」

 

「今日は獲物見る目やめてね」

 

「してないし!」

 

「してる」

 

 真顔で返された。

 

 悔しい。

 

 でも彼女が言うと、なんとなく正しい気がしてしまう。

 

 結局、彼女に選ばれた服で家を出た。

 

 待ち合わせ場所には、男子二人がすでに来ていた。

 

 少し緊張した顔。

 

 でもちゃんと挨拶してくれるし、話してみたら本当に優しかった。

 

 遊園地に向かう電車でも、気を遣って話題を振ってくれる。

 

 前みたいに露骨に避けられてる感じもない。

 

 私、ちゃんと頑張ればいけるかも。

 

 そう思った。

 

 最初のうちは。

 

 ジェットコースターに乗って。

 

 みんなで笑って。

 

 お昼を食べて。

 

 ちゃんと会話にも入れていた。

 

 でも。

 

 気づいたら、少しずつズレ始めていた。

 

「それでさ——」

 

 男子の一人が、楽しそうに彼女へ話しかける。

 

 彼女も自然に返す。

 

 もう一人もそこに混ざる。

 

 三人でテンポよく会話が続く。

 

 私は、一拍遅れる。

 

「あ、えっと……」

 

 入ろうとしても、タイミングが掴めない。

 

 頭の中で言葉を選んでいる間に、会話が先へ進んでしまう。

 

 しかも彼女、男子相手でも全然緊張していない。

 

 変に媚びないし、気を遣わせないし、距離感が自然だ。

 

 だから向こうもどんどん話しやすそうになっていく。

 

 その光景を見ながら、妙に納得してしまった。

 

 ああ。

 

 そりゃモテる。

 

 この子といると落ち着くんだ。

 

 私だってそうなんだから。

 

 でも。

 

 だったら。

 

 私はなんなんだろう。

 

 彼女の隣にいる理由って。

 

 ただの賑やかし?

 

 引き立て役?

 

 そんな言葉が頭に浮かんで、自分で自分を傷つける。

 

 男子たちが悪いわけじゃない。

 

 彼女が悪いわけでもない。

 

 むしろ彼女は、ちゃんと私を会話に入れようとしてくれていた。

 

 それなのに、勝手に置いていかれた気分になっている自分が情けなかった。

 

「灯里?」

 

 不意に名前を呼ばれて顔を上げる。

 

「さっきから静かだけど大丈夫?」

 

 彼女は普通に心配している顔だった。

 

 その優しさが、今は少し苦しい。

 

 こんなふうに気を遣わせてる時点で、もう駄目な気がした。

 

「……平気」

 

 笑おうとした。

 

 でもなんか上手くいかなかった。

 

 頬が引きつって、自分でも変な顔だと思った。

 

 気づけばまた三人が話し始める。

 

 私は少し後ろを歩いていた。

 

 男子が何気なく彼女の肩を小突いた。彼女はそれを避けもしないで、「雑」とだけ返して笑った。

 

 そのやり取りが、妙に自然で私の知らない時間が、そこにある気がした。

 

 そんな風に周囲は賑やかなのに、自分だけ浮いている感じがする。

 

 最初は私のための遊びだったはずなのに。

 

 なのにいつの間にか、彼女と男子たちの空気の方が自然になっていた。

 

 惨めだった。

 

 何を頑張っても、私より彼女の方が好かれてしまう。

 

 そんな考えが頭に浮かんでしまって。

 

 胸の奥がじわじわ熱くなる。

 

 嫉妬なんてしたくないのに、比べるのをやめられない。

 

 隣に並ぶだけで、自分の足りなさを突きつけられている気がした。

 

 しかも一番嫌だったのは。

 

 それを彼女に見られることだった。

 

 泣きそうな顔も。

 

 嫉妬してるみたいな感情も。

 

 全部。

 

 見られたくなかった。

 

 きっと彼女は優しく慰めてくれる。

 

 でもそんなの、余計に惨めになるだけだ。

 

「……ごめん、ちょっと帰る」

 

 そう言って離れた。

 

 引き止める声が聞こえた気がしたけど、振り返れなかった。

 

 そのまま戻らなかった。

 

 駅まで歩いて。

 

 電車に乗って。

 

 スマホはずっと震えていたけど、見なかった。

 

 今見たら、たぶん泣いてしまう。

 

 窓に映った自分の顔は、思ったよりずっと酷かった。

 

ーー

 翌日。

 

 スマホの通知がずっと鳴っていた。

 

『大丈夫?』

 

『昨日ごめん』

 

『せめて返信して』

 

『灯里』

 

 画面を見るたび胸が苦しくなる。こんな気遣い必要ない。勝手に幻滅して帰ったイタい私が悪いのに。

 

 だから途中から裏返して見ないようにした。

 

 学校も休んだ。

 

 部屋のカーテンを閉めて光を浴びないようにしてベッドに潜り込む。風邪のときよりメンタルダウン中。

 

 最悪だった。

 

 勝手に期待して。

 

 勝手に比べて。

 

 勝手に傷ついて。

 

 しかも最後は逃げた。

 

 彼女は悪くないのに。

 

 むしろずっと気にかけてくれていたのに。

 

「……最低」

 

 枕に顔を埋める。

 

 でも、頭に浮かぶのは彼女のことばかりだった。

 

 昨日、私を追いかけて名前を呼んだ声。

 

 心配そうな顔。

 

 帰り道で届き続けたメッセージ。

 

 最初から最後まで男子よりも私に意識を向けてくれたと思うとちょっとだけ嬉しいのが私の救いようのない心。

 

 本当なら呼びかけに応えて今すぐ会いたい。

 

 いつもみたいに話を聞いてほしい。

 

 大丈夫って言ってほしい。

 

 私を確かめるように頭を撫でてほしい。

 

 ゆっくりと慰めてほしい。

 

 でも。

 

 こんな惨めな自分を見せたくなかった。

 

 彼女の隣で勝手に気分を浮き沈みさして、勝手に泣きそうになったなんて。

 

 知られたくない。

 

「……んー会いたいなあ」

 

「いるけど」

 

「っ!?」

 

 尻尾を踏まれた猫のように飛び起きた。

 

 ベッドの横にいつの間にか彼女が座っていた。いつもの落ち着いた顔だけどその裏に私への心配が読み取れた。よく見ると目の下の疲れがあるからだ。

 

「な、なんで!?」

 

「お母さんが入れてくれた」

 

 さらっと言う。お母さんは私が誰が来ると喜ぶのか理解していた。私の「一人にして」の意味はお見通しってことだろう。

 

「連絡返ってこないから来た」

 

「……」

 

「心配した」

 

 人のいない川辺のような静かな声だった。

 

 責めるでもなく。

 

 怒るでもなく。

 

 ただ、本当に心配しながらも私を包み込む声。

 

 それが余計につらかった。

 

「……ごめん」

 

「ん」

 

 彼女はそれ以上追及しなかった。

 

 沈黙が落ちる。

 

 部屋の中は静かで、時計の音だけが大袈裟に会話の間を区切ろうとする。

 

 その空気に耐えきれなくなって、私はぽつぽつ話し始めた。

 

「……昨日さ」

 

「うん」

 

「なんか、私だけ空回りしてる気がして」

 

 口が渇き喉が詰まる。

 

「みんな、キミと話してる方が楽しそうで」

 

「……」

 

「私、頑張ってるつもりなのに」

 

 視界がじんわりと滲む。

 

「結局また、キミの方が好かれて」

 

 言いながら、自分がどれだけ醜いことを考えていたのか思い知る。

 

「最低だよね。嫉妬とか」

 

「灯里」

 

「しかも、あの時だけは」

 

 声が震えた。

 

「キミに慰められるのも嫌だった」

 

「……」

 

「だって、絶対優しくするじゃん」

 

 涙が落ちる。

 

「そんなの、余計惨めになるし放せなくなる……」

 

 そこまで言った時だった。

 

「それは違う」

 

 低い声。

 

 顔を上げる。

 

 彼女は、珍しく感情を抑えきれていない顔をしていた。

 

 いつもの冷静な目じゃない。視線が定まらずどこか切羽詰まったみたいな顔。

 

「私は別に、お人好しじゃない」

 

「え……」

 

「灯里だから構うんだよ」

 

 心臓が止まりそうになる。

 

 彼女は少し俯いて、ぐしゃりと前髪をかき上げた。

 

 その仕草が、妙に大人っぽく見えた。

 

 普段の彼女らしくない余裕のない姿にこれから何を話すのかドキドキさせる。

 

「……本当は」

 

 小さく息を吐く。

 

「男紹介したくなかった」

 

「……え?」

 

「灯里が誰か好きになるたび、普通に嫌だった」

 

 一瞬、意味が理解できなかった。

 

「でも灯里、ずっと男追いかけてたから」

 

 彼女は長年塞がった傷をこじ開けるように苦しそうに笑う。

 

「だから私は、応援する側やるしかなかった」

 

 頭が真っ白になる。

 

「本当は」

 

 彼女がこちらを見る。

 

 まっすぐ。

 

 逃げ場がないくらい真剣な目で。

 

「男じゃなくて」

 

 喉が鳴る。

 

「私を見てほしかった」

 

 部屋が静まり返った。

 

 何も言えなかった。

 

 飾ってもいないまっすぐな言葉だったからこそ正面で受け取るには飲み込む時間が欲しかった。

 

 彼女が、そんなふうに思っていたなんて。一度も考えたことがなかった。

 

 だって彼女はいつも落ち着いていて。

 

 余裕があって。

 

 私を慰める側だったから。

 

 でも今は違う。

 

 泣きそうなのを堪えてるみたいな顔で、私を見ていた。

 

「……ごめん」

 

 返事を求めようともせず彼女は掠れた声で言う。

 

「言うつもりなかった」

 

 そう言って立ち上がろうとする。

 

 その瞬間。

 

 気づけば私は、彼女の制服の袖を掴んでいた。

 

 自分でも驚くくらい、強く。

 

 離したくない、と思った。

 

 このまま行かせたら、きっともう戻れない気がした。

 

 胸の奥がぐちゃぐちゃだった。

 

 恥ずかしいとか、どう返せばいいとか、そんなこと全部追いつかないくらい、ただ彼女を失うのが怖かった。もうこんな本当の姿を見せてくれない気がした。

 

 指先に触れる制服の布地が熱い。

 

 彼女の体温がそこから伝わってくる気がして、余計に心臓がうるさくなる。

 

 なんでこんなに無配慮に甘えてしまったんだろう。

 

 いつも隣にいたのに。

 

 私が泣けば慰めてくれて、好きな人ができれば背中を押してくれて。

 

 その全部を、優しさで片づけていた。

 

 でも違った。

 

 彼女はずっと苦しかったのだ。

 

 私が誰かを好きになるたびに。

 

 それでも笑って応援してくれていたということだ。

 

 そんなの、あまりにも。胸が締めつけられるし自分への怒りが湧いてくる。

 

 言葉が出ない。謝罪でも感謝でも茶化しでも何か言わなきゃいけないのに、喉の奥が熱く詰まって、うまく息もできなかった。

 

 彼女が振り返る。

 

 でもあれだけ感情的だった顔が、血の抜けた無機質なものへ変わってしまう。

 

 掴んでいた腕も、そっと離された。

 

「……困らせたよね」

 

 事務的で淡々とした声を背中から発する。

 

 さっきまでの熱が嘘みたいに消えていた。

 

ーー

 あの日から、まともに眠れていない。

 

 ベッドに入るたび、最後の言葉が頭の中で繰り返される。

 

『男じゃなくて、私を見てほしかった』

 

 何度考えても、現実感がなかった。

 

 だって彼女は、ずっと私を慰める側だったから。

 

 冷静で。

 

 落ち着いていて。

 

 少し呆れながら、それでも見捨てない人。

 

 私はずっとそこに甘えていた。

 

 彼女が隣にいるのが当たり前だった。

 

 でも。

 

 もし彼女が誰かのものになったら?

 

 ふとそう考えた瞬間、胸の奥が冷たくなる。

 

 嫌だ、と思った。

 

 即座に。

 

 反射みたいに。

 

 ただの幼なじみなのに。

 

 親友なのに。

 

 ……本当に?

 

 私は枕に顔を埋める。

 

 違う。

 

 たぶん、違う。

 

 だって私は。

 

 なぜだか男に振られた時より。

 

 彼女に避けられてる今の方が、ずっと苦しい。

 

 教室で彼女を見かけるたび、胸がざわつく。

 

 でも、話しかけられない。何を言えばいいかわからない。足は動くのに目が合わせられず口も開けない。

 

 彼女も、前みたいには家に来なくなった。

 

 昼休みも別の子と食べている。

 

 通学も帰り道もタイミングをずらしているみたいだった。

 

 距離を置かれている。

 

 その事実だけで、息が詰まりそうになる。これが本当の寂しさなのかと思った。

 

 なのに私は、自分から近づく勇気もない。

 

 最低だ。

 

 逃げてるのは私なのに。

 

 そんな自己嫌悪で終わる日が続いた。

 

 そして、ある日の放課後。

 

 廊下を歩いている時だった。

 

「今度の日曜どうする?」

 

「映画のあとゲーセンでよくね?」

 

「ていうか、あいつ私服めちゃくちゃ可愛かったよな」

 

「わかる。あれ反則だったわ」

 

「彼氏いないってマジかな」

 

「いたらあんな距離感で話してくれねーだろ」

 

 耳障りなくらい楽しげで、女子の前では絶対しない無遠慮な男同士の会話。

 

 反射的に足が止まる。

 

 教室の前で話していたのは、あの遊園地の時の男子二人だった。

 

「アイツ誘ったら絶対来るだろ」

 

「まあノリいいしな」

 

 アイツ。

 

 誰のことか、すぐ分かった。

 

 心臓が嫌な音を立てる。

 

「この前は途中で解散みたいになったし、今度は普通に遊びたいわ」

 

「ていうか普通に話しやすいよな」

 

「わかる。変に気使わなくていいし」

 

 楽しそうに笑う。

 

 その瞬間。

 

 頭の奥が、ぐらりと揺れた。

 

 ああ。

 

 やっぱり。

 

 二人とも、あの子のこと好きなんだ。

 

 当然だ。

 

 あんなふうに笑われて、優しくされたら、好きにならない方がおかしい。当の彼女はその好意に全く気づいていないというのが罪な子だと思うけど。

 

 でも、その視線を向けられるだけで胸の奥がざらついた。

 

 気軽に名前を呼ばれて、私の知らない時間を共有されていることが、どうしようもなく嫌だった。

 

 胸の奥で、どす黒い感情が膨らんでいく。

 

 行かないで。

 

 そっちに行かないで。

 

 私以外に、そんな顔を見せないで。

 

 頭の中で繰り返すたび、苦しさが増していく。

 

 渡したくない。

 

 誰にも。

 

 あの子が誰かに笑いかけて、私に向けていた声を他の誰かに向ける。

 

 そんな想像だけで、喉の奥が焼けるみたいに苦しくなった。

 

 気づいてしまった。

 

 私はもう、とっくに壊れてる。

 

 ただ隣にいてほしいだけじゃ足りない。

 

 私だけを見てほしい。

 

 他の誰にも、あの子を渡したくない。

 

 だってあの子は優しい。

 

 誰にでも自然で。

 

 一緒にいると落ち着く。

 

 私だってそうだった。

 

 ……違う。

 

 「だった」じゃない。

 

 今もだ。

 

 今だって、あの子がいないと落ち着かない。

 

 なのに。

 

 なんで。

 

 なんであの子は、平気で他の人にその優しさを向けるんだろう。私が誰よりもその魅力を理解しているはずなのに。

 

 胸の奥がぐちゃぐちゃになる。

 

 嫌だ。

 

 取られたくない。

 

 あの子は。

 

 私の。

 

 そこまで考えて、自分で息を呑んだ。

 

 私の?

 

 何それ。

 

 重い。

 

 気持ち悪い。

 

 でも止まらなかった。

 

 頭の中が、彼女のことでいっぱいになる。

 

 たまに笑うときの目尻。

 

 呆れながらも私を捨てない声。

 

 触れてくれているときの少し汗ばむ手。

 

 私だけを見ていた時間。

 

 全部、全部。

 

 他の誰かに渡したくない。

 

 気づけば、その日曜日。

 

 私は彼女の家の前に立っていた。

 

 震える手でインターホンを押す。

 

 少しして扉が開いた。ちゃんと家にいて良かった。

 

 彼女は私を見るなり、目を見開く。

 

「……灯里?」

 

 制服じゃない私服姿。

 

 たぶん、これから出かけるところだった。

 

「っ!? ちょっと灯里さん? これから遊びに出かけるんですが……」

 

「知ってて来てるんだよ」

 

 自分でも驚くくらい、声が冷えていた。

 

 私はそのまま彼女を押し込むように部屋へ入る。慌てる様もこれが素なのかと彼女への愛おしさが強まる。

 

「ちょ、待っ——」

 

 勢いのまま押し倒す。

 

 ベッドが軋む音。

 

 彼女の息が止まる。

 

 跨ったまま見下ろすと、彼女は私が慰めてもらっていたときのような涙目になっていた。らしくないびくびくとした上目遣いがドス黒い感情を高める。

 

「今日はあの時の男子とだよね」

 

 自分でも嫌になるくらい、声がじっとりしていた。

 

「馴れ馴れしくキミにボディータッチでもしてた」

 

「灯里……?」

 

「ねえ」

 

 胸の奥が熱い。

 

 苦しい。

 

 怖い。

 

 でも止まれない。

 

「ずっと何で避けるの」

 

 細い肩を両手で掴む。

 

 離したくなくて。

 

「今まで振られることには慣れてたけど」

 

 喉が震えるけどゴクリと自然に鳴る。

 

「キミがいなくなるのは駄目みたい」

 

 揺れる瞳に映る私のそれは酷く濁っていた。

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