「仕事はできるだけ楽しく」
ゴーン、ゴーン。朝を告げる鐘が鳴り、私は目をこすりながら起床した。部屋は簡素なものだ。ベッド、テーブル、椅子が一脚。清貧でなければならない。
顔を洗い、髭を剃る。そして歯を磨く。何も変わらない。ポマードで髪を撫でつけ、意識がはっきりとしてくる。トースターにパンをいれ、コーヒーのため湯を沸かす。ソーセージをボイル。スクランブルエッグをこしらえ、付け合わせの野菜も。面倒に思うさ、でも日々をしっかり、確実に生きるのが私の信条だ。朝食を食卓に並べると決まって言うことがある。
「天にわします我らが父よ、ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください。私たちの主イエスキリストによって。AMEN」
素早く食べ終え言うことも決まっている。
「父よ、感謝のうちにこの食事を終わります。貴方の慈しみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら、私たちの主イエスキリストによって。AMEN」
人間だったころから、この習慣は変わらない。私はいつだって神に仕える。
手早く身支度を整える。糊のきいたシャツ、きっちりと仕立てられたスーツ。身分と立場に合った色のネクタイをしっかりとしめる。爪を確認し、最後に鏡を見る。
「申し遅れました、私、異世転生課所属の上級天使、アズラエルと申します。以後お見知りおきを」
部屋を後にし、真っ白な無機質な廊下を歩いている。聞こえてくるのは私の足音だけ。何も変わらない。退屈だ。そう考える。この退屈を紛らわすために、私は熱心に仕事に取り組む。仕事はできるだけ楽しく。それが私の信条だ。
木製の美しいドアを開け、自分に与えられたオフィス、その席に着く。おもむろに足を組み、コーヒーをすすりながら、資料に目を通す。
「小山たくみ、35歳、死因は自殺、ろくな職歴もなく、学校も中学から通っていない。親に就労を促され、腹いせに自殺と。ふーむ。つまらん人生だ。刺激も何もない。次の人生は刺激を与えてあげよう」
ほくそ笑み、マイクのスイッチを押した。
「小山たくみさん、どうぞ」
ガチャリ、がりがりの黒縁の眼鏡をかけた男が入って来る。髪はボサボサ、服もダルダルでくたびれていた。
「な、なんだよここ!!おまえだれだよ!」
「小山さん、あなたの御霊は、天国の門をくぐれません」
淡々と相手の目を見て、私はゆっくりと話す。
「あ?俺死んだってのか?」
「ええそうです」
「よし、死んでやったぜくそばばぁ!!!」
「落ち着いて私の説明を聞いてくれませんか?あなたには選択肢があります」
「うるせぇ!!さっさとてんせいさせろや!!もちろん異世界な!ナーロッパ!!チートでおれTHUEEEEして、ハーレム!!」
何を言ってるんだこの男は、こちらに話を聞こうともせず、おそらく荒唐無稽な小説の主人公になりたいらしい。
「それは出来ません」
「あ?ふざけんなよ」
「いいですか?誰もかれも神と同じ力を与えられれば、神になり替わろうとする。待っているのは混沌です。私にはできることとできないことがある」
「いいからやれよ!!このくずやろう」
「仕方ない、私の話を聞く気がないなら、あなたの来世はトノサマバッタです。今変えてみましょうか?」
指をぱちりと鳴らす。小山の体はみるみる縮み、手足がバッタへと変わっていく。
「わかった。きく!聞くから!元に戻せ!」
「いいでしょう」
私はもう一度指をパチリとならし、小山をもとにもどす。
「うう…くそが」
「はい、聞いてください。チートとやらは私の方から提案させていただきます。転生先については、希望通り、剣と魔法の世界にしましょう」
「ほんとか!で?何のチート?」
小山の態度が途端に変わる。なんて浅はかな男だ。
「これなんてどうです?「ミダスの黄金の手」触れたものすべてを黄金に変えます。金の価値は元いた世界と一緒。なんでも金で買えますよ」
「いいな、それ!触ればいいんだな」
「ええ、触るだけ、簡単でしょ?」
「ほかには?」
「仕事は仕事として割り切り、仕事にあまり苦痛を感じない才能とかは?」
「はぁ?なんだよ、それ、喜ぶの、社畜だけだろ。金の奴にしろ」
「ではこちらの契約書にサインを」
「あいよ」
契約書に小山はサインする。すると契約書は金の板に変わり、ペンも金に変わった。
「はは!すげえや!」
「契約成立です。では新天地でのご活躍、期待してます」
「おう、ははマジで最高だ!!」
嬉しそうに転生される小山に私は声をかける。
「うらやましいよ、無知な馬鹿は扱いやすい」
そして小山は転生された。私は能力の説明書に目を落とす。プリュギアの王ミダスは豊穣の神ディオニューソスから、触れたものすべてを金に変える力を与えられる。俗に言う「ゴールデンタッチ」だ。そしてすべてを金に変えてしまった。食べ物はすべて金に変わり、水は金の氷となり固まっていった。娘さえも金の彫像に変えてしまい。あふれんばかりの黄金に囲まれ餓死しましたとさ。
「どれどれ、あはは、さっそく初めて会った女の子を金に変えてしまったぞ。どれ、少し時間を進めよう。「聞いてねぇぞ」だって。聞かれなかったからね」
ひとしきり満足したら、私は次の転生候補者の資料に目を落とす。
田辺玲子40歳、一流大学を卒業後、就職先になじめず、一か月で退職以来ずっと家に引きこもり。自殺。私の担当する候補者はこんなのばっかりだな。どうやら主は私の思考を理解しているらしい。
「田辺さんには、「カッサンドラの瞳」なんてどうでしょう。全ての未来を見通せる瞳です」
アポロンに見初められたカッサンドラは未来を見通せる能力を手に入れる。そこでアポロンの不貞を目にした彼女は、アポロンの誘いを断り、その腹いせに誰も彼女の話を信じなくなる。呪いをかけられ、孤独に死んでいった。
「いいですねそれ、これでみんなを見返せます」
食らいついたな、ここでダメ押し。
「では転生先は中世、後宮の、あなたは侍女として仕えるというのはどうです?あなたがお好きなアニメそっくりな世界でしょう」
「いいわ!それでお願い!!」
「かしこまりました、では契約書にサインを」
「はい」
「貴方様のご活躍を心からお祈りしています」
田辺玲子は転生後の後宮で未来を次々と言い当てる。しかし誰もが彼女を信じず、疑い、生きたまま串刺し刑に処された。中世のなんと恐ろしいことか。
「この仕事最高!!!」
24時間働けますか