式は恙無く進行した、最前列の俺はしっかりと深雪の晴れ姿を見届けた。
深雪の新入生代表挨拶はそれは見事なものだった。
挨拶が終わり、深雪は降壇する際に俺の目を見て、笑みを浮かべる。
俺の背後の男子生徒が息を飲んだのが、振り返らずとも分かった。
去年まで通っていた東京郊外の私立中学校でも
深雪は男女問わずその可憐さで生徒たちを魅了していたが、
まだ免疫のない彼らには刺激がどうやら強すぎたようだ。
俺は小さく手を上げ、深雪に応える。
達也も自慢の妹をすぐにでも労いたいに違いない。
式が終了し、IDカードの配布が始まる。俺もIDカードを受け取る列に並んだ。
今日は日曜日。授業は月曜である明日から始まる。
式の後、クラスに顔を出し親睦を深めるか、帰宅するかは各人の自由だ。
先ほど席が隣になった、ほのかと雫が俺に近付いてくる。
「司波君は何組だった?」
雫が問いかける。
「あぁ、A組だったよ。」
「え!?本当ですか?私達もA組でした。」
周囲の話し声も大きくなってきたため、ほのかが元気に答える。
「そうか。改めまして、これからもよろしく。」
和也は改めて、彼女たちに挨拶をした。
「こちらこそ!!よろしくお願いします。」「よろしく。」
ほのかが何やら質問したそうな表情でこちらを窺う。
「その……不躾な質問なのですが、新入生代表の司波深雪さんとは双子なのですか?」
恐る恐るといった様子で和也に問い掛けた。
「いや、俺が4月生まれで、深雪は3月生まれの年子なんだ。
実は俺には双子の兄が居て、兄もここに入学している。」
ここで達也のことを話す必要はなかったが、どうせ後から分かることだ。
それなら隔意が無いうちに伝えておこう。そう和也は考えた。
「そうなんですね。」
「司波さんと司波君のお兄さんか、会ってみたいな。」
「この後、俺達は家に帰るつもりだから。……そうだな、少しだけ話していくかい?」
これから同じクラスになるのだ。無碍に扱うのも忍びないと二人に話を持ち掛ける。
「え、良いんですか!?ぜひ、お願いします。」
「よろしく。」
笑顔で答えた二人に頷き、俺は体の向きを変える。
「じゃぁ、付いてきてくれ。」
俺達三人は他の生徒と同じように流れに乗って講堂の出口まで進む。
そこにはどうやら同じクラスになった生徒達と話す達也が居た。
集合場所までは決めていなかったが、事前に式の後は家に帰ると示し合わせていた。
達也も俺と深雪のことを待ってくれていたようだ。
「兄さん。」
俺は達也の背後から声をかける。
達也は俺の接近には気付いていたが、
それをお首にも出さずに今気付いたとばかりに振り返る。
「おつかれ、和也。……深雪は?」
彼は弟より、溺愛する妹をご所望らしい。
「まだ来賓と生徒会の相手をしているみたいだ。」
普段通り和也は答える。
「そうか、……紹介しよう。
こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。俺と同じクラスだ。」
どこか寂しげな表情を浮かべかけた達也は、周囲に悟られないように話題を変えた。
「よろしく。はじめまして、柴田さん、千葉さん。弟の司波和也です。」
紹介された二人に体を向け、俺は同学年の少女たちに言葉を掛けた。
一瞬、胸のエンブレムに視線が向いた気もしたが、気にせず二人の目を見る。
「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします。」
「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。
貴方のことは、和也君って呼ばせてもらってもいい?」
馴れ馴れしいとは感じなかった。彼女の陽性の雰囲気がそう思わせるのだろうか。
「あぁ、苗字だと兄さんと区別がつかないだろうしね。エリカさん。」
よくあるやり取りだと、特に意識せず和也は答えた。
「あら、ありがとう。でも、エリカって呼び捨てでいいわ。」
笑顔を浮かべたエリカは試すような目を俺に向けた。
「エリカ、改めてよろしく。」
間髪入れず俺は答える。
「へぇ……和也君は融通が聞くんだ。」
どこか感心したようなエリカに達也が口を出す。
「おいおい、エリカ……それだと俺がまるで堅苦しい人間みたいじゃないか……?」
達也はこれでお茶目なところもあるので、エリカに釘を刺す。
「ふふ、和也君は達也君と違って、優しい感じがするのよね。」
「エリカちゃん……」
美月が呆れた顔をエリカに向ける。
「……」
随分と失礼なことを言われているが、
客観的に見て、達也は初見では冷徹な人間だと誤解されやすい。
だが、エリカからは不思議と嫌な感じを受けはしなかった。
「こちらも紹介させてくれ、こちらが光井さん、北山さん。」
「光井ほのかです。」「北山雫です。」二人が会話に加わる。
「あぁ、こちらこそよろしく。和也の兄の司波達也だ。
優秀な弟だが、時々抜けていることもある。和也のことをよろしく頼む。」
まるで父親のような言にエリカが吹き出す。
ほのかと雫も釣られて笑う。俺は憮然とした表情になる。
「あはは、兄弟の仲は良いみたいね。私は千葉エリカ、二人ともよろしく。」
「その、柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします。」
エリカと美月はほのかと雫に挨拶をする。
この4人の少女からは一科と二科の蟠りはどうやら見受けられない。
いや、まだ新入生であるからそこまで染まっていない可能性もある。
(そこまで心配するほどでもなかったか……?)
予め事前知識と仕入れていた確執はごく一部の生徒の言説が過剰に流布されていたのだろうか。
だが、火がないところには煙は立たぬということもある、しばらくは注視するべきだろう。
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2095年2月
国立魔法大学付属第一高校入学試験会場
その日、中学3年生の光井ほのかは幼馴染である北山雫と共に
雫の両親に連れられ試験会場を訪れていた。
日程はすでに筆記を終え、残すは実技のみ。
周囲には緊張した様子の受験生達の姿がある。
入学試験の実技では、予め公開された起動式が保存された試験用CADを用い、
対象の物体を移動させる。評価内容は処理速度、演算規模、事象干渉力の三要素。
物体を移動させるには、移動系魔法が最も直接的だが、
効率的に行うためには以下の組み合わせが必要である。
移動系:直接的な移動(速度と座標の書き換え)
加速系:加速度ベクトルの操作(加速・減速・方向)
加重系:慣性質量の操作(重量調整)
振動系:摩擦・抵抗の調整(加熱・冷却)
収束・発散系:密度・状態の調整(相転移)
具体的な手順としては、
1. 加重系 → 慣性質量を減少(軽量化)
2. 移動系 → 速度と座標を直接書き換え
3. 加速系 → 加速度ベクトルを操作(方向制御)
4. 振動系 → 摩擦・抵抗を調整
5. 収束・発散系 → 密度・状態を調整(必要に応じて)
注意点は加減速の過程を無視して速度を高めると大きな慣性が掛かる点だ。
ニュートンの第一法則により
「外部から力が働かない限り、物体は静止状態または等速直線運動を続ける」
物体は運動状態の変化を嫌い、質量が大きいほど慣性が働く。
移動系魔法は「加減速プロセスを無視」するため、
そのまま使用すると物体に無限大の慣性力が掛かり、圧潰・破断する危険性がある。
ニュートンの第二法則により
同じ力を加えると、重いものほど加速度は小さい、
同じ速度変化を実現するには、質量が大きいほど大きな力が必要だ。
ほのかは自身の試技を終え、安堵の息を吐いた。
そして、今まさに試験を始めようとする少女が目に入る。
不測の事態に備え、魔法発動にはある程度広い空間が必要なため、
複数の受験生が同じ部屋で試験を受けることが普通だった。
(公平のため、全員が互いの試技を確認するという建前もある。)
「綺麗……」
それは文字通り、眼前の少女の幼気な美貌に見入ったこともあるが、
それよりも魔法発動時の光波ノイズが少ないことに目がいった。
ほのかはその特性から光子に対する感受性が人一倍たかい。
魔法発動時の余剰サイオンを光波として捉えた彼女は、目の前の少女の技量に舌を巻いた。
彼女と彼女の幼馴染はそれまで、自分達よりも魔法の巧い
同学年の魔法師を目にしたことが無かったこともあり、世界は広いと改めて感じていた。
「それでは次の受験生。」
少女に変わり、男子が前に出る。試技順は五十音順ではなく、入学願書の受理順だ。
どこか冷たさを感じる目をしていたが、すぐにそんなことよりも驚きが前にでる
(すごい、全くノイズが見えない……!!)
その男子の魔法発動速度は平均よりも遅く、規模・干渉力ともに特筆すべきところは無い。
だが、それなのに、先程の少女よりもほのかは眼前の男子に魅入ってしまっていた。
(こんなに綺麗な魔法、見たことない……!!)
「それでは次の受験生。」
続けて、男子が前に出る。先程の少女に面影が似ているような気がした。
そして、その少女と同程度の速度・規模・干渉力の魔法が発動された。
(同学年にこんなに凄い人たちが居るなんて、わたし、大丈夫かな……)