両利きだけど、それって武器になるの? ~気づいたら俺、テニスでプロを目指してた~   作:二刀

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第10球 なんかやっちゃいました? 再び

 

「それでは、両者、前へ」

 

 審判のおじさんに呼ばれて、俺はネット際に進み出た。

 向かいに立つのは、相手選手の田中一。同じくらいの背格好のたぶん同年代だな。落ち着いた顔でラケットを持ってる。間違いない、経験者っぽいこなれた構えをしている。

 ってか初心者で大会出てるの俺くらいだろうな、マジで。

 

 第四コート、第一試合。

 俺の、人生初の公式戦。

 

「サーブ、どっちか決めて」

 

 審判が言った。俺はラケットをくるっと立てて回してトスをした。

 

「じゃあ、ラフで」

 

 ラケットがくるくる回って倒れる。グリップの底のマークが、上を向いた。スムースだ。

 

「スムース。じゃあ千両君、選んで」

 

 これでサーブかリターンのどちらかが選べる。藤崎に教わった。俺はファーストサーブはともかく、まだセカンドが不安だからな。だったら、最初は……。

 

「リターンで」

 

 俺は、そう言った。

 実はリターンは俺の得意なやつだった。最初から自分のサーブで始めるより、まず相手のサーブを受けて、様子を見たい。リターンなら来た球を打ち返すだけ。

 

 *

 

 コートに入って、リターンの位置につく。

 来い。どこに来ても、しっかり返してやる。

 田中君が、トスを上げて、サーブを打った。

 

 パコン。

 

 ……お、見える。

 速くは、ない。きれいで、素直なサーブだ。俺の右側、フォア側に来た。打点にすっと入り、ラケットを引いて、振る。

 

 パコーン。

 

 相手コートへまっすぐに返った。田中君もすぐに移動してフォームを構えた。そこからラリーが始まった。

 思ったよりも深くコートに入ったようで、強打は返ってこなかった。

 

 田中君の球は安定してる。トップスピンで山なりに、深いところに入れてくる。さすが経験者だ。俺のへなちょこトップスピンとは、わけが違う。

 

 でも返せる。あれから俺も練習したんだ、本気じゃないなっちゃん部長のトップスピンとでもラリーできるようになったし。部活のみんなとの練習が俺の力になっている。

 

 右に来た球は右で。深い球は下がって。短い球は前に出て。とにかく、ボールの場所に入って返す。つなぐ。

 

 パコーン、パコーン、パコーン。

 

 ラリーが続く。田中君は左右に振って主導を握ろうと俺を動かして崩そうとしてる。

 

 そして来た。

 俺の左、バック側。普通ならここでバックハンドを使う。窮屈な体勢でなんとか返すところだ。

 

 でも俺は、違う。

 左手に持ち替える。

 ステップを踏んで、左のフォアハンドで振り抜いた。

 

 パコーン。

 

 いつもの、いい音。

 左から思いっきり、クロスに叩き込んだ。コートの対角線の、ぎりぎりのところ。

 

 田中君は、一瞬固まった。明らかに反応が遅れていた。主導権を握ろうとしたボールが逆サイドに強打された。ボールは彼の横をすり抜けていった。

 

 エース。俺の、ポイント。

 

「……は?」

 

 田中君の声が、聞こえた。

 

「シャァ!」

 

 思わずガッツポーズしてしまった。

 ざわっ、とコートの周りが動いた。見てた人たちがざわつき始めた。

 

「今の、見た?」

「左で打った……バック側を、左のフォアで……」

「なんだ、あいつ……」

 

 ……お。お。

 これだ。これだよ。

 なっちゃん部長のときも、藤崎のときもこうだった。みんな、最初は「なんだそれ」ってでぽかんとした顔になる。

 公式戦でもそれは同じだった。俺の両手フォアはここでも通用する。この確信は、俺に自信をつけた。

 この調子でいくぞ。

 

 *

 

 その後も、ラリーになれば、俺は強かった。

 田中君が左右に振ってきても、両方フォアで返せる俺は守備範囲が広い。普通なら追いつけない球にも追いつく。返せないはずの球を返すことができる。

 

 田中君はだんだん戸惑った顔になっていった。

 左右に振っても崩れない。バック側を攻めても逆に強打が返ってくる。どう攻めればいいか分からない、って感じだ。

 

 プロや選手になると逆にバックが苦手と言うこともないらしいが、あくまでそれは上位の話だ。大多数のプレーヤーには上手下手があり、バックハンドはミスをしやすい人も多い。

 

 俺にはそれがないから攻め手を見つけられないんだろうな。

 結果として最初のゲーム、俺はリターンからブレイクした。相手のサーブを破って先制した。

 ……えっ、いいの? こんなにうまくいって。

 

 *

 

 ゲーム<0-1>

 コートチェンジ。俺がリードしている。今度は俺のサーブの番だ。

 ここからが本当の勝負だ。サーブはまだ不安が残る。でもファーストが入れば。

 高く、トスを上げる。ラケットを、打ち下ろす。

 

 ばちーん。

 

 ……入った!

 フラットのファーストサーブ。サービスエリアにぎりぎり突き刺さった。

 田中君はなんとか反応して返球したけど、球筋が浮いた。これはチャンスボール。

 すかさず俺は前に出た。高い打点に入りフラットで、ドカン。

 

 パコーン。

 

 エース。

 

「……っ、速ぇ」

 

 田中君が、つぶやいた。周りも、同じようにざわついている。

 

「サーブも速いのかよ……」

「あいつ、何者だ?」

「千両――聞いたことないよな」

 

 へへっ、俺の物語はここから始まる。

 ファーストサーブは、俺の武器だ。打ち下ろすだけ、っていうシンプルさが俺は気に入ってる。入ればこっちのもんだ。

 パコーン。

 次のポイントも、ファーストが入った。運がいい。田中君は、なんとか食らいついて返してきたけど、ラリーの末に、俺がフラットを叩き込んで、ポイント。

 

 よし。よし。サーティ-ラブ<30-0>だ。

 

 完璧じゃん、俺。

 ……いや。

 待てよ。

 ここまで、全部ファーストが入ってる。

 ファーストサーブが入れば、強いけど……入らなかったら?

 

 *

 

 その嫌な予感はすぐに当たった。

 次のポイント。トスを上げて、打ち下ろす。

 

 ばちーん。

 

 ……あ。

 アウト。ネットの向こう側の、サービスエリアラインの外。ファーストサーブをフォルトした。

 ……まあいい。次だ次。

 セカンドサーブ。

 ちゃんとしたセカンドは、打てない。だから。

 アンダーサーブ。下から、ぽーんと、優しく。

 ……うん、とりあえずサービスエリアに入った。

 

 田中君は、一瞬、「え?」って顔をした。下から来た緩い球に、戸惑ったみたいだ。慌てて打点にはいったのか、リターンが弱くなった。

 その緩い返球を、俺はフラットで強打し、ラリーに持ち込んで、得意の展開でポイントを取った。

 お。アンダーでも、いけるじゃん。

 

 ……でもそう思えたのは、最初だけだった。その理由は次のポイントでわかった。

 次のポイントも、ファーストが入らなかった。また、アンダー。

 今度は、田中君は警戒し待ってたみたいだった。

 下から来る緩い球を、しっかり見て、踏み込んで、強打。

 

 パアン。

 

 ……っ、速い。

 さっきまでの、緩い田中君とは別人の球だ。アンダーサーブの、緩くて短い球を、思いっきり叩いてきた。最初のあれは、相手が戸惑ってる間だけだったんだ。

 俺は、なんとかラケットに当てた。でも、体勢が崩れた上に、返球が甘くなってた。

 そこを、また高い打点で叩かれた。

 俺は、田中君に主導権を握られた。結局左右に振り回されて、最後は決められた。

 相手のポイントになった。

 

 サーティオール<30-30>

 

 ……あれ。

 次も、ファーストが、入らなかった。

 アンダー。

 今度は田中君、最初から前に詰めてた。アンダーサーブが来るって、もう分かってる。来た瞬間に踏み込んで。

 

 リターンエース。

 

 俺のラケットは届かなかった。

 ……。

 なんだ、これ。

 

 *

 

 あれからゲームは、なんとか取った。ファーストが二ポイント連続で入り、ラリーで押し切って、キープはできた。

 

 ゲーム<0-2> 千両リード

 

 リードはしてる。でも心臓が落ち着かない。さっきの両フォアが決まったときの、いい気分とは違う感じ。

 

 俺、気づいちゃった。ファーストサーブが入れば強い。でも、入らなかったら。セカンド——アンダーサーブを、狙い撃ちされる。

 最初は、緩い球に面食らって相手も戸惑ってた。でも、一回慣れたらアンダーサーブなんて、ただの遅くて短い、打ちごろの球だ。

 待ち構えて、踏み込んで、強打。すぐに主導権が奪える。エースも狙える。

 

 藤崎が言ってた。「アンダーサーブだって、ちゃんと考えて使わないと、ただのカモになる」って。……これか。これのことかよ。

 コートの周りから、ざわめきが、聞こえてくる。さっきまでの「すげえ」とは、ちょっと違う、ざわめき。

 

「あの子、サーブ……」

「ファーストは速いのに、セカンド、急に緩くなるな」

「っていうかアンダーじゃん」

「もしかして、セカンド、調子悪いのか?」

「せっかくすごいことやってたのになー」

「両手フォアハンドなのにもったいないな……」

 

 ……聞こえてるぞ。くそっ好き勝手言いよる。こっちだって好き好んでアンダーやってるわけじゃないんだ。

 いや、聞こえてなくても分かる。実感してる。みんな気づき始めてるんだ。

 

 俺の、穴に。

 

 ファーストが入ってるうちはいい。でも、入らなくなったら。このアンダーサーブを徹底的に狙えばいい。

 ……やばいな、これ、なんとかしないと。

 ネットの向こうで、田中君が、さっきまでとは違う、落ち着いた目で、俺を見てた。

 もう、戸惑ってない。

 

 俺の弱点を見つけた、っていう顔だ。

 ……まだ第一セットの序盤なのに。

 

 俺は、ぐっと、ラケットを構えなおした。手のひらの汗が、さっきとは違う種類のやつに変わってた。

 

 




【作者あとがき】
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