両利きだけど、それって武器になるの? ~気づいたら俺、テニスでプロを目指してた~ 作:二刀
=== 千両利士 ===
第一セットは、なんとか取った。
ゲーム<4-6> セットカウント<0-1> 千両リード。
……でも。
ぜんぜん余裕じゃなかった。
最初のうちはリードしてた。両フォアで相手を振り回して、ファーストサーブで主導権を握っていた。でも、ファーストが入らなくなると、アンダーサーブを狙われるようになった。そのたびに厳しいリターンポイントを返された。それにファーストの速さに相手も慣れてきたのか、途中からまともに返球が返ってくるようになった。
俺がリターンゲームでブレイクして、相手も俺のサービスゲームでブレイクしての繰り返し――。
最初のサービスゲームをキープしてたおかげで、それでなんとか第一セットを押し切った。
田中君がアンダーになれていなかった最初のサービスゲーム……運がよかっただけだ。
ベンチに座りタオルで汗を拭きながら、俺はぼんやり考えていた。
セット間の短い、たった二分の休憩。誰も、何も言ってくれない。当たり前だ。コートには、俺一人だから。藤崎はずっと向こうのフェンスの外で声は届かない。
……一人で考えるしかない。
次のセット。田中君は、絶対俺のセカンドサーブを狙ってくる。さっきのセット、最後にとられたゲーム、完全に相手に弱点を把握されたプレーだった。またアンダーサーブが来たら前に詰めて強打をする。それを徹底してくるはずだ。
なんとかしないと。
でもどうやって?
ちゃんとしたセカンドはまだ打てない。アンダー以外に手がない。
……分かんねぇ。
休憩、終了――。
*
第二セット。
始まってすぐ、嫌な予感は当たった。田中君は、もう完全に俺の弱点を分かってた。
第一セットから変わって俺のサービスゲーム。ファーストが入ればいい。でも外したら、アンダーを打つ。外れたっ!?
アンダーを打ったその瞬間、田中君はぐっと前に詰めてきて、打ちごろの緩い球を、待ち構えて、叩いた。
パァン!
……速い。
返せない。そして返せても、体勢を崩されて次でやられてた。
それだけじゃなかった――。
田中君は、俺がリターンのときも、戦い方を変えてきた。
サーブを打ったら、ネットの近くまで、すぐ前に出てくるようになった。そして、俺が返した球を、ボレーで、コートの空いたところに決めてくる。
ドカァッ!
――ラリーに、ならない。
俺はラリーになれば両フォアで、どこでも返せるから強い。でも、田中君はそのラリーを避けるような戦術をとるようになった。前に出て、短く決めてくる。簡単に俺の得意な展開に、持ち込ませてくれない。
……くそ。それに加えてラリーもうまくいかなくなってきた。ストロークもアウトが多い。
なんでだ。なんでこんなに、うまくいかないんだ。
第一セットの最初はあんなにいけてたのに。
気づいたら、ずるずると、ゲームを取られてた。
ゲーム<4-6>
第二セット、田中君の、取得。
セットカウント、1-1。振り出しに戻された。
ヤバいな――。
……はぁ、あっという間にベンチに帰ってきてしまった。
なんでだ。俺の球、なんで、通らなくなったんだ。さっきまで、あんなに決まってたフラットが。今はなんか、ことごとく相手のいいようにされてる。
相手は俺の苦手を知って、かつ有利な展開に持ち込ませてくれない。
相手の不利は自分の有利。それは結局自分のポイントにつながる……、つまり同じ意味だ。
そうか――、だったら俺の有利な展開は――。
=== 藤崎真白 ===
第二セットが終わって、フェンスの外から、私はベンチに座る千両君を見ていた。
ここまでの試合運び……正直に言うと、あまりよくない。
第一セットを取れたのは、運の要素が大きかった。終盤、たまたまファーストサーブが続けて入った。それがなければ、もっと早く崩れていた。
彼の試合の組み立てを、私は頭の中で整理してみる。
前半は、まだ、よかった。
彼は、彼なりに、戦っていられた。ラリー勝負に持ち込んで、両手フォアのあの広いカバー範囲を使って、相手を走らせて、スキを見つけてポイントを取る。経験は浅くても、あの守備範囲の広さは、本物の武器だ。最初のうちは、それで十分通用していた。
でも相手の田中君は堅実な選手だった。
彼は、序盤こそ千両君の変則プレーに戸惑っていたけれど、すぐに冷静に弱点を見つけた。
セカンドサーブ。
アンダーサーブしか打てない。
この一点。そこを徹底して突いてきた。卑怯とは言うまい、私でもそうする。
さらに田中君は自分の優位を確実にするため、第二セットから、もう一つ戦い方を変えてきた。
ネットに、出るようになった。
これは、的確な判断だ。なぜなら——、千両君のボールは基本フラット。まっすぐで速い球筋だ。強い球には強い球で応じる、打ち合いの展開が、彼の得意分野。
だから田中君は、その打ち合いを避けることにした。千両君のリターン優位を崩すため、前に出てラリーを短く切る。千両君の得意な土俵に上がらないための戦術だ。
それに。
田中君は低く滑る球を、スライスを多く混ぜるようになった。低く、滑って、あまり弾まない球は、千両君の高い打点からのフラットを打たせなくした。
千両君は、トップスピンがまだ得意じゃない。低い球を、下から持ち上げる技術が未熟なのだ。だから、低く滑ってくる球を無理にフラットで叩こうとして——浮く。あるいは、コートアウトしてしまう――。
フラットという武器を、低い球で封じられているのが傍目でもわかった。……見事な攻略だ。田中君、いい選手ね。
千両君の長所を消して短所を突く。第二セットはテニスのお手本みたいな試合運びだった。
そして、千両君は――。
たぶん、その理由が、分かっていないだろう。
コートの上で、彼はもがいている。なんで通らないんだ、なんでうまくいかないんだ、っていう顔で。理由が見えないまま、ただ追い込まれているのがわかった。
……もどかしい。
私には、全部見えている。なぜ彼が劣勢なのか、そしてどうすれば打開できるのか。
単純だが低く滑る球には、無理にフラットで合わせず、トップスピンで持ち上げて返す。アンダーサーブは、ただ入れるだけじゃなく、できるだけ深く、相手に踏み込ませないコースに。そして相手がネットに出てくるなら、足元を狙うかロブで頭上を抜く。答えはあるのよ千両君。
試合中の選手にコーチングはできない。私はそれを伝えられない。私はただ、フェンスの外から見ていることしかできない。
こういうときいつも思う。
コートの中で、自分で考えて、自分で打開して、自分で勝つ。私はもうあそこには立てない。
必死に頑張っている千両君をみて、懐かしい気持ちが出てくる。
目の前の彼の試合。第二セットを取られた。セットカウント<1-1>。勢いは相手選手にある次の第三セットで決まる。
ここが、正念場だ。
……打開策は、ある。
でもそれに彼が、自分で気づけるか。
追い込まれた中で、自分の頭で活路を見つけられるかどうか。
……気づいて、練習を思い出して。
あなたならできるはず。ベンチで、一人何かを考え込んでいる千両君を、私はただ見つめていた。
【作者あとがき】
この度はお読み頂きありがとうございました。
苦しい試合って、見てる側も苦しくなりますよね。
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