両利きだけど、それって武器になるの? ~気づいたら俺、テニスでプロを目指してた~ 作:二刀
第三セット。
最後のセットだ。これを取ったほうが勝ち。落としたら負けだ。ベンチから立ち上がりながら、俺は自分に言い聞かせてた。
……ここでなんとかしないとヤバい。心臓はバクバクだ。
第二セットはいいようにやられた。理由はなんとなく分かってきてる。
ひとつ。俺のセカンドサーブ。アンダーでぽーんと入れるだけのやつ。あれを田中君は完全に狙ってる。アンダーが来た瞬間、前に詰めて強打。それで主導権を握られた。
ふたつ。田中君が低い球を増やしてきた。たぶんスライスだ。低く滑ってあんまり弾まない球。あれを打とうとすると、俺のフラットが浮いてアウトする。低い球はすげぇ苦手だ。
この二つで俺はじわじわ追い詰められた。
……じゃあ、どうする。このまま何もせず負けるのを待つだけか? 考えろ。考えるんだ、俺。
まず、サーブだ。
アンダーで入れてるだけだと、ダブルフォルトにはならない、けど確実に強打を狙われる。それじゃあ意味がない。
だったら。
確率は低くても。上から打つしかない。
ちゃんとしたセカンドなんてまだ打てない。でも、アンダーで狙われ続けるよりはマシだ。失敗してダブルフォルトになるかもしれないけど、やられっぱなしよりはずっといい。
……よし。決めた。
上から、打つ。
*
最初のサービスゲーム。ファーストを打つ。
パコーンッ!
……アウト。入らない。はいセカンド。
いつもなら、ここでアンダー。でも、今日は——上から、打つ。
トスを上げる。ファーストより、ちょっと力を抜いて。コートに、入れることを、意識して。
パァァン! パシッ!
……ネット。
ダブルフォルト。相手にポイント。
……っ、くそ。
やっぱり簡単じゃない。力を抜いたら今度はコントロールがつかない。ネットしたり、アウトしたり。
田中君はアンダーがまたくると思っていたのに、そうじゃなかったことに訝しんでいた。
練習を思い出すんだ。藤崎は何を言っていた、どう俺に教えてくれた?
『ボールはね、指で掴まずに手のひらの上に置く。そして手で押し上げるようにトスする』
もう一回。次のポイントもファーストが外れて、セカンド。上から打つ。手のひら上においてトス!
スパァン!
……今度はぎりぎりイン。
田中君は、一瞬、「え!?」って顔をした。アンダーが来ると思って前に詰めかけてた。でも予想が外れてサーブが上から来たから、ちょっと面食らっていた。そしてネットに詰めきれなかった。
その隙に、ラリーに持ち込んでポイントが取れた。
――これだ。
上から打てば、打球の速度が違うから相手は簡単には前に出られない。アンダーの時と違って待ち構えて強打ができない。サーブのコースも読まれにくくなるはず。
問題は確率だ。練習ではほとんど入らなかった。ダブルフォルトもまだ多い。
でも藤崎が言ってた言葉を思い出す。練習のときの。
『アンダーサーブだって、ちゃんと考えて使わないと、ただのカモになる』
……そうだ、ただ入れるだけじゃダメなんだ。
俺は上から打つとき、できるだけサービスエリアの奥のほう深く狙うことを意識した。浅いと踏み込まれて強打される。でも深ければ相手は前に出られず後ろで打つしかない。前に詰められないことで、田中君はラリー勝負をせざるをえない。
とにかく、深く――。
何本かダブルフォルトもした。でも入ったときは田中君を、前に出させなかった。
じわじわ、と。
俺のサービスゲームの流れが変わり始めた。
*
第三セット ゲーム<2-1> 田中君リード
俺のサービスゲームだ。サーブは改善できでる。でもまだ、もう一つの問題が残ってた。
ラリーだ。田中君が打つ低い球、スライスへの対処。
田中君は相変わらず低く滑る球を混ぜてくる。俺は、あれをうまく返せない。
低い球をフラットで打とうとすると、ネットに引っかかるか、無理に持ち上げてアウトする、どちらかになる。
トップスピンで返せばいい、ってのは頭では分かってる。回転をかけて、山なりに持ち上げれば、低い球でもコートに入る。藤崎にも、稲葉コーチにも言われた。
でも俺のトップスピン、しょぼいんだ。
低い球はなんでかうまく回転がかからない。
いつも「コートに入れなきゃ」って思って、おそるおそる振る。回転をかけようとして、でもアウトが怖くてスイングが小さくなる。フラットのように気持ちよく振り抜けない。中途半端な、振り方。それじゃ、回転も中途半端で、ただ浮いた球になる。
ラリーの途中で、また低い球が来た。
返さなきゃ。トップスピンで。でもいつものおそるおそるのスイングじゃ——。
……あー、もう!
なんかいろいろ限界だった。
うまく入れようとして失敗して。ビビって、小さく振って、それでも失敗して。
もう、知るか。
どうせ入れにいっても、封じられるんだ。だったら。
いっそ、思い切り、振ってやる!!
俺はラケットを、大きく後ろに引いた。そして、低い球の下にさらに下、潜り込むようにして――下から、上へ。フルスイング!!
力いっぱい、振り抜いた。
スパァン!
ボールが――、今までと違う飛び方を、した――。
田中君は急に球筋が変わったことに驚いて、ラケットにかろうじてボールを当てた。けど中途半端なフォームで打った球はコートサイドにアウトした。
ポイントになった――のは良いんだけど、俺は、さっきの球の軌跡がとても気になっていた。ぐんと持ち上がって、山なりに大きく弧を描いて、そして相手コートの深いところにズバッと突き刺さった。まるでなっちゃん部長のトップスピンみたいに。
今のなに?
俺、思いっきり振ったんだぞ? 絶対、アウトすると思った。なのにしっかりとコートの中に入った。しかもめちゃくちゃいい球だった。深く跳ねて、田中君は上手く返せなかった。
いつもはおそるおそる振ってアウトしてたのに。思い切り振ったら入った?
逆、なのか。分からん。理屈は、全然、分からん!
でも、もう一回。
また、低い球が来た。さっきと同じように。下から上へ、思い切って、振り抜く!
ズパァン!
――また、入った。
ぐんと持ち上がって、深いところに、突き刺さる。エース級のトップスピン。間違いない。
思い切り振ったほうが、トップスピンがかかる。
理屈は知らん! でも、感覚がこれだとそう言ってる。おそるおそるコートに入れにいくより、フルスイングで下から上に、思い切り振り抜く。そのほうが、回転がぐっとかかる。
フラットのボールがぶ厚く当たってる感じと、今までのただこすってるだけの感覚と、全然違う。
そういえばなっちゃん部長が練習の時、ちょっと相談したらこう言っていたのを思い出した。
『千両くん、トップスピンはね、ビビって当てにいったらダメだよ。思いっきり、ブンと振り切ること。思い切ること。その方がコートにいい球がはいるんだよ。おぼえておいて』
『いや、ブンって言われても……』
あれはこういうことだったのか……!?
練習の時は明らかにピンときてなかった。
これがトップスピンか。クソっ、なんでこんな事忘れてたんだ。……いや忘れてたんじゃない。
いま実感したんだ。
*
そこから流れが明らかに変わった。
低い球が来ても、もう怖くない。思い切り振る。トップスピンで、持ち上げて深く返す。
田中君が、スライスで低く滑らせてきても。俺は、それを、トップスピンで跳ね返す。
ラリーが続くようになった。
そしてラリーになれば——俺の土俵だ。
両フォアで左右どこでも返せる、広い守備範囲がある。それに、思い切りのトップスピンが加わった。田中君が、低い球で封じようとしても、もう効かない。
観客のざわめきが変わった。
「お、あの子、トップスピン打ち始めたぞ」
「さっきと、球が違うな」
「あーあ、アンダーやめちゃったのか……」
「――第三セットで、化けたか……?」
へへ。
聞こえてるぞ。
化けたかどうかは分からん。でもさっきまでの俺とは、ちょっと違う。それは確かな事だった。
*
とはいえ、簡単にはいかなかった。
上からのセカンドは、まだ、入ったり入らなかったり。ダブルフォルトも、する。トップスピンも、毎回かかるわけじゃない。さっきの感覚を、再現できないこともある。
そこで俺は思いついた。もしかしてセカンドサーブのスピンの理屈も同じじゃないのか。
俺のサービスゲーム、セカンドサーブ。俺はトスを上げ、ボールを切るように思い切り振りきった!
シュパァン!
サービスイン! エースだっ!
きたっ! これだっ!
「……おい今エースとったぞ……」
「……セカンド苦手じゃなかったのかよ」
思い描いたセカンドサーブができて、踊りだしたい気持ちだった。――とはいえ、ぜんぶできたばっかりだ。武器っていうには、まだ遠い。不安定すぎる。
田中君もベテランだ。簡単には崩れない。たとえセカンドが入ったとしても一進一退の、攻防が続いた。
ゲームを取って、取られて。デュースを、何度も、繰り返して。
……長い。長い、第三セットだった。
手はしびれてるし、。足も、重い。汗が、止まらない。
でも、最後の、最後。
俺のサービスゲーム。マッチポイント。あと、一本、取れば、勝ち。
ファーストを、打つ。
ばちーん。
……入った! 速い、ファーストサーブ!
田中君が、なんとか返してきた。でも、球が、浮いた。
チャンスボール。
俺は、前に出て、高い打点で——フラットで、ドカン!!
パァァン!!
決まった。
田中君の、横をすり抜けて。ボールがコートに、突き刺さった。
……勝った。
ゲーム<4-6>
ゲーム セット&マッチ ウォンバイ千両
第三セット、俺の取得。
――勝った。勝ったんだ。俺。
「――っ、よっしゃあああ!!」
思わず、叫んでた。ラケットを、握りしめて。
はぁー。
やった。やったぞ。初めての、公式戦。初めての一勝。
ネットを挟んで、田中君と握手をした。
「……強かったよ。特に、最後のセット。別人みたいだった」
田中君が、悔しそうに、でもちょっと笑って言った。
「ありがとう……ございます。田中さんも……、めっちゃ、強かったです。途中……、マジで……、終わったと思いました」
息も絶え絶えだ。上手く喋れてる気がしない!
本心だった。第二セットなんて、完全にやられてた。理由も分かんないまま、追い込まれて。
でも、なんとか、自分で、活路を、見つけられた。
上から打つ、セカンド。思い切り振る、トップスピン。
まだ、ぜんぜん、不安定だけど。でも、追い込まれた中で、自分で考えて、自分で掴んだ。
それが——なんか、すげぇ、嬉しい。
パチパチ……パチパチパチ
「おー! いい試合だったぞー!」
「二人とも、よく頑張ったなー!」
まばらだけど、讃えてくれる、応援してくれる人達がいる。
ふと、フェンスの外を見たら。
藤崎が、いた。
いつもの、落ち着いた顔で。でも、なんか、ちょっとだけ、ほっとしたような、そんな顔で。
俺と目が合うと、藤崎は、小さく、頷いた。
……うん。
俺は、頷き返して、ピースを返した。
そしてもう一回、心の中で噛みしめた。
一勝。
まだ、一勝。でも、確かな、一勝だ。
【作者あとがき】
この度はお読み頂きありがとうございました。
千両くんの確かな一勝、とてつもない価値だと思います。自分も公式戦で初めて勝った時のことを思い出しました。
これからもまだまだ彼の戦いは続きます、まだ暫くお付き合いください。
それでは引き続きよろしくお願いします。