両利きだけど、それって武器になるの? ~気づいたら俺、テニスでプロを目指してた~ 作:二刀
「それでは、サーブは千両君から」
審判のコールで、俺と二ノ宮君はコートで向かい合った。
「よろしくね、千両君」
二ノ宮君が、さっきと同じように、にこにこ笑って言った。
「……よろしく、お願いします」
俺は、頭を下げた。
……何を考えてるのか、分かんねぇ。
あの笑顔。爽やかなのに、なんか底が見えない。試合が始まる直前なのに、まるでいつもの練習みたいな、リラックスした顔。
……いやいや。集中しろ、俺。
相手を見てビビってる場合じゃない。俺は、俺のテニスをする。それだけだ。
内心……正直に言うと、ちょっと、いやかなりビビってた。優勝候補だぜ。全国レベル。オールラウンダー。藤崎の言葉が、頭の中をぐるぐる回ってた。
でも。
藤崎は言った。「今のあなたにできることを、思い切りぶつけてきなさい」って。
だったらやるしかない。俺らしく、思い切り。
*
今回は俺からのサーブだ。
一回戦では、アンダーサーブで痛い目を見た。だから、同じ轍は踏まない。今日は——最初から、思い切り、振り切る。
トスを上げて。打ち下ろす。
スパァン! ドンッ!
……入った! 速い、ファーストサーブ! 我ながら、いい球だ!
スパァン! ドッ!
……えっ。
ラブフィフティーン<0-15>
返ってきた。それも、ただ返ってきたんじゃない。俺のコートの、ぎりぎりの隅に打たれた。
リターンエース。
俺の、自慢のファーストサーブが。エースされた。一球で。
……は? いや待て。今の、めちゃくちゃ速いファーストだったぞ。それを、こんな、当たり前みたいに、しかも俺が触れないコースに、打ち返した!?
――いきなり、失点。
……まあ、いい。今のは、たまたまだ。次、次。
もう一本、ファースト。
パスっ。
……あ、ネット。フォルトか。
仕方ない、セカンドだ。一回戦で掴んだやつ。アンダーじゃなく、上から、思い切り振り切る——。
スパァン! ドカッ!
……入った! ぎりぎりだけど、ちゃんと、サービスエリアに!
パァァン!!
……えっ。
ラブサーティ<0-30>
……また。また、リターンエース。
俺のセカンドサーブも。またエースで――打ち返された。
……なんで。
「……おいおい、やばいな、二ノ宮優斗」
「あのサーブをエースするって、どんだけレベル高いんだ……」
「さすが、優勝候補だな……」
コートの周りから、ざわめきが、聞こえてくる。
……分かってる。聞こえなくても、分かってる。
俺の、武器のはずのファーストサーブが。二ノ宮君には、ただの、打ちごろの球だったっていうのか!
……くそ!
……切り替えるんだ! 最初から、相手が強いことは、分かってたんだ。藤崎にもさんざん言われてた。怖気づくな。
大丈夫だ。サーブがダメでも、俺にはラリーがある。
ラリーに持ち込めば、両手フォアの広いカバー範囲がある。左右でどこでも返せる、俺の土俵。そこに持ち込めば、きっと、勝機は——。
*
ゲーム、<0-6>。
ファーストセット、二ノ宮君の取得。
……。
俺は、ベンチで、呆然としてた。
<0-6>。
一ゲームも、取れなかった。
……どういうことだ。
ラリーに持ち込んだ。何度も。両フォアで、左右、追いかけた。届く範囲は広いはずだった。
なのに。
二ノ宮君は、俺がぎりぎり届かないところに、打ってくる。針の穴を通すみたいに、コートの本当に、際のところ。俺が必死に追いついて返しても、今度は、逆のサイドに打たれる。それの繰り返し。
走らされて、走らされて、最後は、もう足が止まったところに、ウィナー。
……なんで。
なんで、俺のラリーで、ポイントが取れないんだ。
俺のカバー範囲は、広いはずだろ。両フォアで、普通の選手より、ずっと広く返せるはずだろ。
なのに、その広いはずのカバー範囲を、二ノ宮君は、平気で上回ってくる――。
俺が「ここまでは届く」と思ってる、そのさらに外。そこを正確に、突いてくる。まるで、俺のすべての動きを見透かされているみたいだ――。
……分からない。
二ノ宮君は涼しい顔、汗もかいていない、まるで本気を出していないような余裕がある。
何が起きてるのか分からない。ただボールに、ずっと、振り回されて。気づいたら、0-6になってた。
*
セカンドセットが、始まった。
……ダメだ。流れを変えないと。
でも、どうやって。
ゲーム<0-1>。<0-2>。
二ゲームとられた。
でもなんとなく、なんとなくだけど、わかってきた――気がする。やられてる、理由が。
二ノ宮君はとにかく、コースが正確なんだ。
俺の、苦手なコース。というか、ほとんど取れないエリア。そこに狙って、打ってくる。まるで針の穴を、通すみたいに。コートの、際ばかりだ。
ラリーになっても、同じだ。きわどいコースに、打たれて。左右に、振られて。俺が、なんとか食らいついても、最後は、届かないところに決められる。
理由は、分かった。
でも——分かっても、どうしようもない。
相手のコースが、正確すぎる。返せないところに、打ってくるんだから。理由が見えても、対処のしようがない。
むしろ、理由が見えるぶん、苦しい。走りまわっている途中、二ノ宮が打とうとするコースが見えるんだ……。
「あ、またあのコースだ」「あ、また届かない」って、やられるのが、分かってて、やられる。
ゲーム、0-3。
「……おいおい。このままじゃ、ラブゲームじゃんか……」
「千両の両手フォアハンドも、やばかったけど……二ノ宮は、それ以上か……」
観客の声が、刺さる。
……ヤバイ。
このままじゃ、一ゲームも取れずに、負ける。0-6、0-6。完全に、何も、できないままだ。
クソっ!
なんで、こうなってる。
俺の、両フォア。広いカバー範囲。覚えたばっかの、トップスピン。思い切り振る、ファーストサーブ。
ぜんぶ、通用しない。
ぜんぶ、二ノ宮君の、手のひらの上だ。
田中君のときは、自分の武器で、なんとか、戦えた。穴を突かれても、工夫で、乗り越えられた。
でも、この相手には。何も通じないのか。――工夫する、隙さえ、ない。
……そもそも。
俺は、ラケットを、握りしめた。
……俺の武器って、なんだ?
両フォア? 通じない。フラット? エースされる。トップスピン? まだ、しょぼい。サーブ? 打ち返される。
じゃあ、俺の、武器って。
……なんなんだ?
ベンチで、俺は、初めて。
自分が、分からなくなった。